3754話
「うーん……なるほど。まず、こちらのローブはリッチの魔力が染みこんでいるので、錬金術師によっては素材として使えるでしょうが、それなりの技量が必要になると思います」
ギルドマスターによって呼ばれたギルド職員は、最初にリッチのローブ……正確にはローブの残骸について説明する。
その説明はレイを納得させるには十分だった。
……いや、寧ろレイにとってはローブにリッチの魔力が染みこんでいるというのは予想外ですらあった。
レイにしてみれば、リッチがいた証拠の一つで、少しでも価値があればラッキー程度の気持ちだったのだから。
そんなローブの残骸だが、ギルド職員の鑑定によってレイが予想する以上の価値を持つことが証明された。
「持ってきてよかったな。……セトに感謝だ。それで他のは?」
ローブの残骸が思わぬ値段になりそうだということで、レイは次の鑑定結果を促す。
鑑定をしたギルド職員が次に示したのは、リッチの両腕の骨。
「こちらの骨は、リッチの両腕の骨ということで、ローブ以上にリッチの魔力が染みこんでいます。ローブ以上に希少な素材となるのは間違いないと思いますが……ローブですら、使うにはかなりの技術がいるとなると、この骨は貴重な素材であると同時に、取り扱いが非常に難しいかと」
「悩ましいな」
鑑定結果にレイはそう口にする。
ローブとは違い、リッチの両腕の骨はきちんと素材として使えるだろうと判断して持ってきた。
それだけに素材として使えるのは嬉しいものの、それを使うには錬金術師として高い技量が必要とされるというのは、レイにとっても予想外だった。
「このガンダルシアも迷宮都市だろう? なら、希少な素材とかを求めて、錬金術師が集まってきていたりしないのか?」
「それなりにいるが……ギルムと比べられてもな」
ギルドマスターの苦々しい声に、レイはどう反応すべきか迷う。
そもそもギルムは辺境にはあるものの、迷宮都市ではない。
……いや、継承の祭壇のあったダンジョンであったり、レイが攻略した出来たばかりのダンジョンであったりと、何気にダンジョンはそれなりにあったりするのだが。
ただ、それでも迷宮都市という扱いでないのは間違いない。
「ギルムは迷宮都市じゃないぞ」
「辺境という時点でダンジョン以上だよ。……実際、錬金術師は多いんだろう?」
「そうだな」
その言葉にはレイも素直に頷くことしか出来ない。
実際、ギルムには辺境だからこそ入手出来る素材を求め、多数の錬金術師が集まってきているのだから。
問題なのは、その錬金術師の多くが厄介な性格をしているということだった。
ギルムの増築工事において、レイがトレントの森で樵達が伐採した木を持っていくと、何か珍しい素材はないかといったようにレイに集まってくるのだ。
他にも、穢れの一件で錬金術師に協力して貰ったりもしたが……有能な者達だというのはレイも認めるが、だからといって厄介な存在だというのも間違いのない事実だった。
「なら、この腕の骨はギルムで錬金術師に渡した方がいいかもしれないな。ガンダルシアの錬金術師では、持て余しそうだし」
「分かった、そうするよ」
具体的に何に使うのかはレイにも分からないので、暫くはミスティリングで塩漬けにしておこうと思いながらそう返す。
「それで、次は杖か。鑑定を頼む」
ギルドマスターの言葉に、ギルド職員は杖を調べ始める。
「分かりました。では、少々お待ちを……ふむ、これは……」
ローブの残骸や両腕の骨についてはすぐに鑑定を終えたギルド職員だったが、杖の鑑定にはかなりの時間が掛かっていた。
(何でここまで時間が掛かる? いや、ギルド職員で鑑定を任されているということは、普通に考えれば冒険者が持ち込んだ素材とかを鑑定する機会の方が圧倒的に多い。だとすれば、モンスターの素材についての鑑定には慣れていても、杖とかそういう装備については慣れていないとか?)
そう思うレイだったが、モンスターの中には武器を使う個体も相応にいる。
ただ、基本的には倒した冒険者から奪った武器であったり、あるいは木の枝や石を武器として使うというパターンが多い。
ゴブリンなどはその典型的な例だろう。
そのようなモンスターから奪った武器であれば、木の枝や石は論外としても、冒険者から奪った武器の類は持ち込まれて鑑定をしていてもおかしくはない。
あるいはもっと高ランクのモンスター……それこそレイが倒したリッチのように、知能の高いモンスターであれば何らかの手段で独自の武器を持っていてもおかしくはなかったが。
「なるほど」
やがてギルド職員は鑑定を終えたのか、杖から視線を外す。
その手が微かに震えているように見えたのは、決してレイの気のせいという訳ではないだろう。
そんなギルド職員の様子をしっかりと確認した為か、ギルドマスターは真剣な表情で尋ねる。
「それで? その杖はどのような効果を持つ?」
「魔法の発動を早くするという効果があるようです」
「それは……また、凄いな」
魔法というのは、使うのに基本的には呪文の詠唱が必要となる。
それだけではなく、呪文の詠唱が終わってから実際に発動するまでにも相応の時間が必要だった。
この杖は、そのタイムラグを減らすという能力を持っているのだ。
ギルドマスターだけではなく、レイもまたそんな杖の説明に納得しつつ……疑問を抱く。
「ちょっと待った。その杖を持っていたリッチだったが、魔法を発動するのに呪文の詠唱そのものがなかったぞ? 無詠唱で魔法を発動していた」
「……無詠唱? そのようなことが可能なのですか?」
ギルド職員にとっても、レイの言葉は意外だったのだろう。
驚きの視線をレイに向ける。
ここでレイにその視線を向けたのは、レイがこの杖を持っていたリッチを倒したというのもあるが、レイ本人が優れた魔法の使い手であると思っていたからだ。
炎の竜巻を使い、ベスティア帝国軍の兵士を全て焼き殺したという、そんな噂すらあるのだから、当然かもしれないが。
実際にはレイが焼き殺したのはあくまでもベスティア帝国軍の一部であって、その全てではない。
それでもレイが炎の魔法に特化した存在であるのは間違いなく、そういう意味ではギルド職員の行動も当然ではあった。
「出来るんだろうな。実際にそれをこの目で見ているし。そういう技術があると知ったからには、俺も出来るようになりたいとは思うが」
レイも日本ではアニメや漫画、ゲームを楽しんでいただけに、魔法を使うのに詠唱が必要ない無詠唱という技術については知っている。
知っているし、以前にそれを何度か試そうとしたことはあった。
しかし、結局成功せず、恐らくこのエルジィンにおいて無詠唱魔法というのは存在しない……存在出来ない技術なのだろうと思っていたのだが、リッチはレイに向かって実際に無詠唱で魔法を使って見せたのだ。
(とはいえ、見た感じではどの魔法もそこまで難易度の高くない魔法のように思えた。威力そのものは強かったけど)
レイが見たリッチの魔法は、空間魔法によって作る盾と、空間に攻撃をするといったものだ。
リッチが具体的にどのくらいの空間魔法を使えるのかは、レイにも分からない。
だが、無詠唱ではなくきちんと呪文を詠唱していれば、恐らくもっと強力な空間魔法を使えたのだろうことは、何となく予想出来た。
グリムに及ばないにしても、リッチなのだから。
つまりそれは、無詠唱魔法では即座に魔法を使えるが、比較的簡単な魔法しか使えないということなのだろう。
これは、これから無詠唱魔法を使えるようにしようとするレイにとって、大きな意味を持っていた。
レイが無詠唱魔法に期待しているのは詠唱という余計な時間を省略するというのもあるが、魔法については、他にも幾つか特徴がある。
レイが魔法を使う際にも使っている技術だが、魔法を発動する際に使う魔力を極端に高めることによって、魔法の威力を上げることが出来るのだ。
つまり、例えば簡単な魔法……ファイアボールやファイヤアローのような初歩的な魔法であっても、魔力を通常以上に込めることによって、その威力は増す。
本来必要な以上に魔力を使用するのだから、効率的にはかなり悪いだろう。
魔法の構成や詠唱、使用する魔力、周囲の環境や敵の得意とする属性、苦手とする属性。
それ以外にも多くの要素があるものの、ともかく大量の魔力を使ってもコスト的には割に合わないことが多い。
多いのだが、それはあくまでも普通の魔力しか持っていない魔法使いの場合だった。
レイのもつ魔力は、何らかの方法で魔力を感知する能力を持っている者がいれば、腰を抜かしたり、漏らしたり、気絶したり……といったようなことになってもおかしくはない程に莫大だ。
実際、レイの魔力を感知した者の中にはそのような状態になった者が何人もいるのだから。
今は新月の指輪という、魔力を普通の魔法使いと同じくらいに見せる偽装用のマジックアイテムを使っているので、そのような心配はなかったが。
それだけの魔力を持つレイだ。
効率が悪くても、レイの持つ莫大な魔力であればそれを無視して初歩的な魔法であっても圧倒的な威力を持たせることが出来る可能性が十分にあった。
ましてや、それを無詠唱で使えるということになれば……
(これはかなり強力な手札になるんじゃないか?)
絶対に無詠唱魔法を習得しよう。
そう決意を固めるレイだったが……
「レイ、おい、レイ。話を聞いてるのか?」
必死に声を掛けてくるギルドマスターの声に、レイは我に返る。
「ああ、悪い。ちょっとリッチとの戦いを思い出していてな」
それは嘘でもないが真実でもない。
ギルドマスターはレイの様子から何となくそれを理解したものの、レイの様子からその件については触れない方がいいと判断する。
「悪いが、今はこっちの話を優先にしてくれ。それで、この杖はどうする? 素材ではなくマジックアイテムだ。一応ギルドでも買い取れるが、専門の店に売った方がいいと思うけど」
「あー……そうだな。もしギルドで買い取るとしたら、幾らになる?」
レイとしては、わざわざ買い取りの交渉をするのは面倒だ。
だからこそ、それなりの値段であればギルドに売ってもいいと思っていたのだが……
「白金貨八……いや、ギルドの経営を考えると、光金貨一枚か二枚……頑張って三枚といったところだな」
ギルドマスターの口から出た値段は、レイにとってはかなり意外で驚く。
「随分と高いな」
「……え?」
鑑定をしていたギルド職員は、レイの言葉にそんな声を漏らす。
それこそ、レイがそのようなことを言うとは思っていなかったのだろう。
そんなギルド職員の様子に気が付いたのだろう。
レイはそちらに視線を向ける。
「何か妙なことがあったか?」
「えっと……いや、その……」
「本来なら……というか、専門の相手に売ればもっと高値で売れるのは確実だからだ」
ギルド職員を助けるように、ギルドマスターがそう言う。
ギルド職員にしてみれば、ギルド以外の場所に売ればもっと高く売れるというのは、あまり言えることではないのだろう。
ギルドに雇われている身としては、自然なことかもしれないが。
そんなギルド職員にギルドマスターが救いの手を差し伸べたのが、今の言葉だったらしい。
「そうか。……なら、それでいい。売るよ」
「え? いいのか?」
ギルドマスターにしてみれば、もっと高く売れるという話をしたのだから、ギルドに売らないと思ったのだろう。
だが、レイは別にこの杖を高く売る必要はない。
ギルドで買い取るより高く売れるとしても、その交渉をするのが面倒だというのもある。
一瞬だけ猫店長の店に売ってもいいかもしれないと思ったが、ギルドマスターがこうして正直に言ってきたのが気に入ったので、最終的にギルドに売ることにしたのだ。
「まぁ、金には困ってないしな」
これもまた、レイの正直な思いではあった。
盗賊狩りやこれまでの冒険者としての活動で、レイは金に困ってはいない。
そうである以上、極端に値段が違ったり、あるいはぼったくられるのではない限り、面倒を嫌ってこのままギルドに売っても構わなかった。
「……すまん、助かる」
「気にするな。その杖は俺には必要のないものだし」
これが例えばただの杖ではなく、もっと別の……レイが欲しがるようなマジックアイテムであれば、話は別だった。
マジックアイテムを……それも実戦で使い物になるようなマジックアイテムを集めるのを趣味としているレイにとって、もしそのようなマジックアイテムがあれば、ギルドに売るという選択はなかっただろう。
そういう意味では、ギルドは幸運だったのかもしれない。
「さて、そうなると最後だな。……魔石だ」
そうレイが言うと、ギルド職員とギルドマスターの視線がリッチの魔石に向けられるのだった。