3749話
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
セトとデスサイズが魔獣術によって強化されたことに満足したレイだったが、これからどうしようかと考える。
現在、レイの中では二つの案があった。
一つは、この階層にはダンジョンの異変に関係する何かがないように思われるので、一度十階に戻ってそこで異変の原因を探すというもの。
もう一つは。このまま十一階の探索を続けるというもの。
先程の雪の結晶の形をしたモンスターもそうだが、氷の階層ということで氷系の攻撃をしてくるモンスターが多いのは間違いない。
それはつまり、レイやセトにとって……魔獣術にとって非常に美味しい場所であるということを意味している。
もっとも、レイはこの十一階にどれだけの種類のモンスターがいるのか分からない。
もしかしたら、雪の結晶の形をしたモンスターしかいないという可能性も十分にあったが。
それでもガンダルシアのダンジョンをここまで来た経験からすると、一つの階層に一種類しかモンスターがいないということはない。
……ただ、それはあくまでもレイの認識でしかなかったが。
現在起こっている異変のように、ダンジョンの中では何が起きるのか分からないのだから。
中にはそれこそレイにも理解出来ない何かが起こってもおかしくはないし、そこまでいかずともダンジョンの階層の中には一種類のモンスターしかいないということがあってもおかしくはなかった。
ともあれ、このままこの階層の探索をするか、あるいは十階に戻るか。
レイは自分がどうすればいいのか迷い……
「十階に戻るか」
苦悩の末の決断がそれだった。
レイの個人的な願望としては、このまま十一階の探索を続けたい。
氷系の未知のモンスターの魔石を入手出来る可能性が高いのだから。
それに半ば無理矢理ではあるが、ダンジョンの異変に関係する何かが十一階にある可能性は十分にあるのだから。
だが……そう考えても、やはりレイは自分がやるべきなのは現在起こっているダンジョンの異変を解決することだろうと思う。
ここで下手に手を抜くようなことをした場合、それこそダンジョンにとって最悪の未来を迎えるという可能性が否定出来ないのだから。
レイが手を抜いた結果、ダンジョンが崩壊する……あるいはそこまでいかなくても、ダンジョンに何らかの大きな被害が起きるという可能性は十分にあるのだから。
そうなると、それこそここで十一階の探索を続けても、最終的にはそれ以降の階層は攻略出来なくなるかもしれず、そういう意味でも出来るだけ早くダンジョンの異変を解決する必要があった。
「よし、戻るぞ。セトにとってはあまり好ましくないかもしれないけど、悪臭用のマジックアイテムがあるから、臭いについては気にしなくてもいいだろう」
「グルゥ……」
レイの言葉に喉を鳴らすセトだったが、そこにあるのはそうじゃないんだけどといったような思いだ。
セトが十階に行きたくないのは、レイが十階にある転移水晶を使うのではないかという思いからで、それを阻止したいことからの態度だった。
珍しくレイはそんなセトの心配に気が付く様子はなかったが。
「ほら、行くぞ。九階にも十一階にも特に怪しい何かがなかったと考えると、恐らく十階が原因なんだろうし」
九階も十一階も隅から隅まで調べた訳ではない。
しかし、それでもダンジョンについて色々と聞いた状況を考えると、やはり十階こそが原因のような気がするのも事実。
十階も九階や十一階と同様に隅から隅まで調べた訳ではないのだから。
……ただ、十階の場合は悪臭や腐臭が漂っているのが厄介だった。
それをどうにかする為には悪臭用のマジックアイテムを使わないといけないのだが、その数は限られている。
現在はミスティリングの中にそれなりの数……マイモの店で買い占めたのが入っているものの、それも使っていればどうしても減っていく。
不幸中の幸いなのは、昨日と違って何故か悪臭用のマジックアイテムの消耗具合が緩やかだということか。
……それはつまり、十階がやはり怪しいということを意味してもいるのだが。
「よし、行くか。セトにとっては厳しいかもしれないが、少し我慢してくれ」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは仕方がないといった様子で喉を鳴らす。
セトとしては、出来ればレイには十階に行って欲しくはなかったのだが、ダンジョンの異変の件を考えるとそうしない訳にもいかないのだ。
だからこそ、今は少し無理をしてでも十階に行く必要があると思い直す。
セトがやる気になったこともあり、何よりレイとセトのいた場所は十階に続く階段のすぐ側だったこともあり、レイとセトはあっさりと十階に戻ることに成功する。
十階に到着した瞬間、レイは素早くミスティリングから悪臭用のマジックアイテムを取り出し、起動する。
すると周囲に漂っていた悪臭が急速に消え、レイの側にいたセトが安堵したように喉を鳴らす。
(このマジックアイテムの厄介なところは、効果範囲が限定されているところなんだよな。悪臭の漂う屋敷とかに使うって話だったけど、効果範囲が限定されていると屋敷全体の悪臭に対処するなんてことは出来ないんじゃないか? ……まぁ、それでも俺達にとっては悪くない効果を持ってるのは間違いないけど)
レイの希望としては、もっと効果範囲を広くして欲しかった。
今の効果範囲だと、レイとセトが離れて行動するのは無理なのだ。
そうなると、レイがセトと別行動をするには悪臭用のマジックアイテムを起動させ、それをセトに持たせるといったようなことをする必要がある。
それでもレイとしては構わないのだが、そうなると単純に悪臭用のマジックアイテムの消費が倍になってしまう。
レイとしては、数に限りがある以上は出来るだけ避けたい。
一応、マイモの店に追加の発注はしてあるのだが、それが具体的にいつ届くのかは分からないのだから。
「さて、取りあえず十階を見て回るとするが……どこから行けばいいと思う?」
「グルゥ?」
レイの問いに、セトはレイが取り出した地図を見ながら考える。
十階は転移水晶のある階層というのも影響してるのか、それとも墓場がどこまでも広がっている階層だからか、とにかくかなりの広さを持つ。
そのような場所だけに、レイとしてはどこから調べるのかを決めようとする時点で迷っていた。
とはいえ、それでも十階をしっかりと探索すると決めた以上は、レイもしっかりと異変の有無を……いや、レイの感覚では異変の原因がこの十階にあるのはほぼ確定なので、その異変の原因を突き止めるのを最優先にしていたのだが。
「グルルゥ?」
地図を見ていたセトが、その中の一ヶ所をクチバシで示す。
「セト? ……ここに行ってみたいのか?」
「グルゥ」
セトがクチバシで示したのは、十階の中でも端の方にある場所。
地図で見る限りでは、小屋のような物があるのだろう。
それはレイにも分かっていたが、問題なのはそこに行っても何があるのか分からないという点だろう。
……それはつまり、もしかしたら何かがあるかもしれないので、ある程度しっかりと調べてみる必要があるということを意味していた。
「分かった。じゃあ、そっちに行ってみるか。……出来れば、何か手掛かりの類でもあればいいけどな」
特にどこか怪しいと思しき場所がない以上、レイとしてもセトが示す場所を探すのを素直に受け入れる。
そうしてレイとセトは地図に示してある場所……ダンジョンでも端にある方に向かっているのだが……
「ギイイイイ……」
ゴーストが氷雪斬を使ったデスサイズによって斬り裂かれ、消滅する。
ポトンと魔石の落ちる音が聞こえたものの、レイはそれを拾うつもりはない。
ゴーストの魔石は既に魔獣術で使っており、わざわざ拾う必要がない為だ。
金に困っている冒険者なら拾うのかもしれないが、レイは金に困っていない。
ミスティリングの中にある金や宝石、それ以外にも多数のお宝を売れば、金に困るということはないのだから。
「それにしても……本当に何でこういう弱いアンデッドしか出て来ないんだ?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、その隣を歩くセトが同意するように頷く。
セトもまた、これまでレイと共に行動することによって数え切れない程のアンデッドと戦っている。
その経験からして、この十階に出て来るアンデッドは明らかに弱いのだ。
これが、例えばダンジョンの一階や二階のような浅い階層であれば、まだ話も分かる。
だが、ここは十階だ。
それこそ上の階層ではもっと強力なモンスターが多数現れている。
砂漠で現れたサンドワームや、湖で現れた空を飛ぶサメのように。
なのに、十階に出てくるアンデッドが、ゾンビ、スケルトン、ゴーストといったような、アンデッドの中でも弱い敵だけなのは、レイにとっても素直に疑問だった。
一体何がどうなってこのようなことになったのか。
(もしかして、これもまた十階の異変が関係してるとか? ……もしそうだとしても、十階に出るアンデッドを弱めるのが、一体何を目的にしてるのかは分からないけど。この十階をもっと探索しやすくするとか? ……まさかな)
十階のアンデッドを弱める原因がレイには分からない。
分からないが、こうして考えていると何となく……本当に何となくだが、それがダンジョンの異変の原因のような気がしてきた。
「セト、もしかしたらお手柄かもしれないぞ?」
「グルゥ?」
何故いきなりそのようなことを言われたのか分からなかったセトは、不思議そうに喉を鳴らす。
だが、レイはそんなセトを撫でつつ……それでも周囲を警戒しながら先に進む。
途中、何度かスケルトンやゾンビ、ゴーストといったモンスターと遭遇したものの、その全てを鎧袖一触という表現が相応しい程、容易に倒していく。
(悪臭用のマジックアイテムは……まだ余裕があるな。やっぱり昨日と比べると大分消費が遅い。これもダンジョンの異変と関係してるのか? ……してるんだろうな、多分。そうなると、やっぱり十一階じゃなくて十階を調べるのは正解だった訳か。少し残念だけど)
雪の結晶の形をしたモンスターの一件があるので、レイとしては出来ればもう少し十一階を探索したいという思いがそこにはある。
あるのだが、今はまず十階の探索を……ダンジョンの異変を解決するのが先決だという思いがそこにはあった。
だからこそ、レイとしてはここで素直に十階の探索を続ける。
「グルゥ……」
「セト?」
十階の中を歩いていたレイだったが、不意に隣を歩くセトが警戒の鳴き声を上げたことに疑問を抱きつつ、注意深く周囲を探る。
現在のところ、この十階で出てくるのは弱いアンデッドだけだ。
そのような相手に、セトがここまで警戒する筈がない。
それはつまり、この周辺……いや、セトの視線の先にそんな弱いアンデッドとは違う、何かが起きている可能性が高いことを意味していた。
「セト、注意して移動するぞ」
レイはミスティリングからデスサイズを取り出し、そうセトに告げる。
いつもなら黄昏の槍も取り出すのだが、現在左手には悪臭用のマジックアイテムがある。
そうである以上、黄昏の槍を持つのは不可能だった。
……悪臭用のマジックアイテムを手放せば黄昏の槍を持つことも可能だったが、そうなるとセトが悪臭で本来の実力を発揮出来なくなる。
だからこそ、レイは黄昏の槍か悪臭用のマジックアイテムのどちらかを選ぶしかなく、レイが選んだのは後者だった。
実際に何か危険なことがあっても、デスサイズで対応しながら黄昏の槍を取り出せばいいと思っての行動でもある。
「セト」
名前を呼ぶだけだったが、それだけでセトはレイの言いたいことを理解し、歩みを再開する。
ただし、先程までのような気楽なものではなく、十分に警戒をしながらの行動。
そうして進み続け……
「ビンゴ、だな」
視線の先にある小屋。
それはセトが地図を見てクチバシで指し示した小屋だった。
その小屋を見てセトが警戒の鳴き声を発している以上、そこに何かがあるのは間違いない。
問題はその何かなのだが……
(行ってみれば分かるか)
もし敵がいるのなら、ここまで近付けばレイも気配で分かってもおかしくはない。
しかし、こうして間近にいても特に気配らしい気配を感じられないのは事実。
つまり、レイが見た限りではただの小屋のようにしか思えない。
だが……だからといって、レイは相手を侮ったりはしない。
自分よりも感覚の鋭いセトがこうして警戒しているのだ。
それはつまり、自分では感じられない何かがあるということであり……レイはセトと共に、ゆっくりと……何が起きてもいいように、小屋に近付いていくのだった。