3748話
セトの見ている方に視線を向けるレイ。
その手には既にデスサイズと黄昏の槍があり、いつ戦闘が起きても問題はない。
だが……肝心の敵の姿を見つけることが出来なかった。
「セト?」
一応といった様子でセトに尋ねてみるレイだったが、セトは凍っている地面を爪で掴みつつ、いつ何があってもいいように準備をしている。
それはつまり敵がいるということに間違いはなく……
(けど、どこにいる?)
レイの視力でも、セトが警戒している相手がどこにいるのか、全く理解出来なかった。
レイもセト程ではないにしろ、鋭い五感を持っている。
そんなレイが見つけることが出来ないのだから、それはつまり相手が気配を消す、あるいは見つからないように高い隠蔽能力を持っているということを意味していた。
それでもレイはじっとセトの見ている方に視線を向け……
「あれか!?」
ようやくセトが見ているのがなんなのかを理解する。
形としては、雪の結晶がそのまま大きくなったかのような存在が空中に浮かんでいた。
身体が透明で、体内に魔石があるのが見える。
……実際、レイがその敵の姿を確認出来たのは、光を通すので見分けにくい中でも確認出来た魔石を見つけたからというのが大きい。
そんな雪の結晶が五匹、空中を浮かびながらレイ達に向かっている。
偶然レイ達の方に向かってきている……のではなく、明確にレイ達のいる場所を目標にして空を飛んでいるのだ。
飛行速度はそれなりに速く、その透明な身体と空から降り注ぐ冬晴れと呼ぶに相応しい太陽の光によって、非常に見つけにくい。
レイが見つけたのも、魔石を込みで考えても半ば偶然に近い。
「セト、よく見つけたな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは近付いてくる雪の結晶から視線を逸らさずに喉を鳴らす。
「ともあれ……近付いてくる前に攻撃するか」
そう言い、レイは左手に持つ黄昏の槍を投擲する。
放たれた黄昏の槍は真っ直ぐ雪の結晶に向かい……ギャン、という妙な音を立ててその身体を貫く。
「弱い……のか? いやまぁ、十一階のモンスターなんだから、そんなにおかしなことではないかもしれないけど。あの音はともかく。……鳴き声じゃないよな?」
疑問を口にしつつ、レイは黄昏の槍を手元に戻す。
そうして呟いている間にも、残り四匹の雪の結晶はレイ達に向かってくる。
仲間がやられたからか、雪の結晶の飛ぶ速度は間違いなく上がっていた。
「グルルルルルゥ!」
そんな雪の結晶に対し、セトはクチバシを大きく開けてファイアブレスを放つ。
氷の階層に、一瞬だけだが真夏の暑さ……いや、それ以上の熱さとも呼ぶべき高温が広がる。
(水蒸気爆発とか大丈夫だよな?)
武器を構えながらそんなことを思うレイだったが、水蒸気爆発についての詳細については残念ながら分からない。
レイが知っている知識は、あくまでも日本にいた時に漫画やアニメ、ゲームといったものからの知識なのだから。
幸いなことに、セトのファイアブレスによってレイが心配した水蒸気爆発の類が起きることもなく、纏めて焼け死んだ。
「って、セト? 魔石は……大丈夫なのか?」
「グルゥ!?」
雪の結晶の全てがファイアブレスによって焼かれたのを見たレイは、思わずセトにそう尋ねる。
セトは少し慌てた様子で喉を鳴らす。
どうやら十階でゾンビやスケルトンを相手にしていた時のようなつもりでファイアブレスを放ったらしい。
セトの様子からミスったのだろうと判断したレイは、慌てて雪の結晶が焼かれた場所に向かう。
この階層は地面も氷で出来ていることもあり、かなり滑りやすい。
しかも先程のセトのファイアブレスによって、地面の氷がある程度溶けており、余計に滑りやすくなっている。
だが、レイはそれでも持ち前のバランス感覚によって、転ぶことなく進む。
日本では東北の田舎……それも山の側にある家に住んでいたので、凍った地面に慣れているというのも影響しているのかもしれないが。
とにかくレイは転ぶことなく進み……やがて、目的の場所に到着する、
「あー……」
氷の地面に落ちているのは、完全に焼き焦げた雪の結晶。
それを見ながら、レイは空を……正確には天井なのだが、そこを見上げる。
「グルゥ……」
申し訳なさそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、十階で戦っていた感覚そのままで攻撃をしてしまったのを悔やんでいるのだろう。
レイは落ち込んだセトを慰めようとし……
「うん?」
不意にその動きを止める。
「グルゥ?」
どうしたの? とセトが喉を鳴らすが、レイはそれを聞き流しながら地面の上にある焼け焦げた雪の結晶を寄せる。
するとその下にも、もう一匹焼き焦げた雪の結晶があったのだが、焼かれているのは身体だけで魔石そのものは無事だった。
どうやら前にいた雪の結晶が盾代わりになったらしい。
「ラッキーだったな、セト」
そう言いつつ、レイは何とか無事だった魔石を取り出す。
前方にいた仲間が盾代わり……あるいは壁代わりとなったお陰で無事だった魔石。
それを見たセトは、嬉しそうな様子で喉を鳴らす。
「グルルルルゥ!」
セトにしてみれば、初めて遭遇したモンスターの魔石だ。
それを自分のミスで……十階での行動で魔石がどうなってもいいという思いからの攻撃によって行った攻撃だったが、それでも何とか魔石が無事だったことは、それだけ喜ばしいことだったのだろう。
レイもまた、喜んでいるセトの様子に笑みを浮かべつつ、最初に倒したモンスターの魔石も取り出す。
(こうして十一階に下りてきた途端に遭遇したモンスターということは、多分この雪の結晶のような形をしたモンスターは、この階層に多く存在している……のか? いやまぁ、レアなモンスターが偶然俺達を襲ってきたと言われれば、それはそれで悪くないとは思うけど)
レイは自分がトラブル誘引体質であるのを知っている。
それは常日頃から好ましいとは思っていなかったが、希少なモンスターが襲ってくるという意味では、魔獣術的に決して悪いことではない。
(その辺は十一階を探索した時に分かるか。それがいつになるのかは分からないけど)
レイとしては、出来るだけ早く現在最深部を探索している久遠の牙に追いつきたい。
だが、現在レイが関わっているダンジョンの異変を解決しなければ、それが不可能なのも事実。
……もっとも、レイがダンジョンの攻略が出来ないのと同様に、久遠の牙もまたダンジョンの探索が出来ないのだが。
いや、実際には転移水晶の使用が禁止されているだけで、ダンジョンに潜るのは禁止されていないので、ダンジョンの探索をしようと思えば出来る。
出来るのだが、転移水晶が使えない今は自力で一階から潜らなければならない。
セトに乗って移動出来るレイとは違い、久遠の牙は普通に歩いて移動する必要がある以上、今の状況でダンジョンを攻略するには、泊まり掛けでダンジョンに挑む必要があった。
……泊まりでダンジョンに挑むというのは、一般的に考えればそこまでおかしなことではない。
しかし、このガンダルシアのダンジョンには転移水晶があり、それを使えば容易に地上まで戻って来られるのだから、わざわざそのようなことをする者は……いない訳ではないが、少ない。
例えば五階や十階、十五階に到達する時といった具合に。
レイの場合はセトの協力があり、何より単純に強いということもあって一日で数階を攻略するのも難しくはないが、それはレイだからだ。
異名持ちのランクA冒険者という、そんな存在だからこそ可能なことだった。
普通の冒険者がそのようなことをしようとしても、それこそ自殺行為でしかないだろう。
「まぁ、ともあれ……魔石を入手して、今は他の冒険者もいない。なら、この魔石を使わない手はないな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはそれに同意するように喉を鳴らす。
少しドジなことをしたものの、それでもセトが魔石を使うのを躊躇う必要はない。
「さて、じゃあ……どっちからやる?」
「グルゥ!」
自分がやる! と喉を鳴らすセト。
レイも別にどうしても自分がやりたかった訳ではないので、セトの主張をあっさりと受け入れる。
「分かった。じゃあ、セトからだな。……洗うか?」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは首を横に振る。
これが例えば、アンデッドの……それもゾンビ系のモンスターの魔石であれば、セトも絶対に洗って欲しいとレイに頼んだだろう。
だが、今回は違う。
雪の結晶のような姿のモンスターの魔石は、その体内にあった魔石には特に体液の類がついていなかった。
セトもそれが分かっていたので、わざわざ洗う必要もないと……少しでも早く魔石を使ってみたいと思ったのだろう。
レイもそんなセトの気持ちは分かったので、セトの準備が出来るのを待ち、魔石を投げる。
(とはいえ、この魔石だと何となくスキルの傾向は分かるけどな)
そんな風に思っているとセトはレイの投げた魔石をクチバシで咥え、飲み込み……
【セトは『アイスブレス Lv.一』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「……おう?」
今のアナウンスメッセージは、レイにとっても予想外のアナウンスメッセージだった。
てっきりアイスアローのレベルが上がるのだとばかり思っていたのだが、そんなレイの予想とは裏腹に、アイスブレスを習得したのだ。
(さっきの雪の結晶の形をしたモンスター、実はアイスブレスとかを使えたりしたのか? ……いやまぁ、口がないあの外見でどこからブレスを放つのかは分からないが)
レイが行った黄昏の槍の投擲と、セトのファイアブレスによってあっさりと倒されてしまったので、向こうが攻撃をする機会はなかった。
その為、敵がどのような攻撃手段を持っていたのかレイには分からず、アイスブレスを使っても特に驚いたりはしない。
「グルゥ?」
どう? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でる。
「レベル一のスキルだけど、この十一階もそうだし、それ以外でも氷系の攻撃をするモンスターはいる。レベルアップはそれなりに早いと思うから、そういう意味では悪くないスキルの習得だったな」
レイとしては、どうせ氷系ならアイスアローのレベルが上がって欲しかったのだが、魔獣術では習得したりレベルアップするスキルを任意に選ぶことは出来ない。
出来るのは、せいぜいが狙っているスキルと同系統の特性を持つモンスターの魔石を使うことだが……それでも今回のように、違うスキルを習得したりするのは珍しくなかった。
「とにかく試してみるか。セト、新しく習得したスキルを使ってみてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せて! と喉を鳴らすと、誰もいない方に顔を向け……
「グルルルルゥ!」
アイスブレスを発動する。
開いたクチバシからは、吹雪のブレスが放たれる。
ただし、レベルが一の為かその勢いはそこまで強くはない。
弱いモンスターなら倒せるだろうが、少し強いモンスター……例えばオークの類は多少のダメージを与えられるものの、倒すことは不可能だろう。
(とはいえ、レベル一でこの威力ならそれなりに将来性は期待出来るな。氷系の攻撃をする敵はそれなりに多いのは間違いないから、レベルを上げるのもそれなりに期待は出来ると思うし)
そんな風に思いつつ、レイは次は自分の番だともう一つの魔石を手にする。
さて、どうだろうな。
そんな風に思いつつ魔石を放り投げ……デスサイズで一閃する。
【デスサイズは『氷雪斬 Lv.八』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それを聞いたレイは、嬉しく思いながら納得する。
セトの場合はアイスアローではなくアイスブレスという、氷系のスキルではあったが別のスキルを新たに習得した。
その流れからすると、デスサイズも氷のスキルである氷雪斬ではなく、何らかの新たな氷系のスキルを習得するのではないかと思っていたのだ。
だが実際には、そんなレイの予想とは違って氷雪斬のレベルが上がっただけだ。
……もっとも、それが嬉しくないのかと言われれば、それは否なのだが。
何しろ今回のレベルアップで氷雪斬はレベル八になったのだから。
デスサイズのスキルでは腐食やパワースラッシュと並んで三つ目のレベル八だ。
「グルゥ!」
おめでとうと喉を鳴らすセトを一撫でしてから、レイは早速スキルを試してみることにする。
「氷雪斬!」
デスサイズを手にスキルを発動すると、デスサイズの刃が氷に覆われていく。
その大きさは、二m半ばほど。
……デスサイズの柄の長さが二m程だと考えると、その長さ以上の氷が刃を覆ったのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.七』『嗅覚上昇 Lv.七』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.四』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.六』『翼刃 Lv.五』『地中潜行 Lv.三』『サンダーブレス Lv.七』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.一』new
【デスサイズ】
『腐食 Lv.八』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.六』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』new『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.三』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.四』『黒連 Lv.一』『雷鳴斬 Lv.二』
アイスブレス:吹雪のブレスを吐く。吹雪の威力はセトの意志である程度変更可能。
氷雪斬:デスサイズに刃が氷で覆われ、斬撃に氷属性のダメージが付加される。また、刃が氷に覆われたことにより、本当に若干ではあるが攻撃の間合いが伸びる。レベル五で刃を覆う氷の大きさは一m程、レベル六で刃を覆う氷の大きさは一m半、レベル七で刃を覆う氷の大きさは二m、レベル八で刃を覆う氷の大きさは二m半。