3746話
「ってまたスケルトンか」
十階……どこまでも墓地が広がる場所を歩いていたレイとセトの前に姿を現したのは、レイが口にした通りスケルトンだった。
既にこの十階のどこに異変の原因があるのかを調べ始めてから、三十分程。
その間に何回かスケルトンとの戦いを経験しており、レイにとってはそれが非常に面倒臭い。
四階の砂漠で遭遇したサンドワームの時のように、以前倒したモンスターでも微妙に違う種類であれば、その魔石も魔獣術に使えるのだが、この十階で出てくるスケルトンは以前倒したことがあるスケルトンと変わらないらしく、魔石を使ってもスキルの強化や習得は出来なかった。
そうなると、レイやセトにとってスケルトンは厄介な存在でしかない。
魔石や素材、討伐証明部位も特に欲しい訳ではないので、その辺は倒しても回収したりはしない。
(そもそも、十階なんだからもう少し強いスケルトン……というか、強いアンデッドが出てもいいと思うんだが。いや、でも昨日俺が異変を感じた時は特にモンスターらしいモンスターはいなかった。……最初は出て来たけど、異変を感じてからはいなかった筈だ。そうなると、モンスターが出ている時点で異変は解決……いや、消えたと思って間違いないのか?)
そう思うも、何か決定的な証拠を見つけた訳でもなく、もしくは異変を起こしていた何者かを倒して捕らえたという訳でもない以上、ただモンスターが出て来たからといった程度で異変は解決して、もう気にすることはない……とはギルドに言えない。
ギルドにとっても、十階に行ってみたらモンスターが出て来たので異変は多分解決したと言われても困るだろう。
「グルルゥ?」
レイが悩んでいるのに気が付いたセトが、どうしたの? とレイを見て喉を鳴らす。
レイはそれに何でもないと首を横にふってから、自分のやるべきことを考える。
(とにかく、何らかの異変の証拠があればいいんだが。もっと言えば、異変を起こした何かを見つけることが出来れば……いや、それが簡単に出来るのなら俺に頼まないか。あ、しまったな。これは一応依頼という扱いになるのかどうか、聞いてくればよかった。まぁ、それについては地上に戻ってからでいいか)
レイは周囲の様子を見つつ、とりとめのないことを考える。
とはいえ、いつまでもセトに適当に歩かせている訳にもいかないだろうと考え……
「セト、転移水晶のある場所に行こう」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは気が進まないように喉を鳴らす。
セトにしてみれば、五階での一件に思うところがあるのだろう。
もしここで転移水晶のある場所に行けば、再びレイが転移水晶を使うのではないかと、そのように思ったらしい。
レイもセトの様子から何となくセトの言いたいことが分かったので、それを否定する。
「安心しろ。五階の時のように転移水晶を使おうとは思わないから」
五階で転移水晶を使ったのは、異変のあった十階ではなかったことと、何より転移水晶を見たレイが問題はないだろうと判断したのが大きい。
五階はそのような理由で大丈夫だったものの、この十階は異変の起きた場所だ。
また、一晩行方不明になっていた者達も十階の転移水晶を使ったことによって今回の事態が起きた。
そう考えると、やはりレイも十階の転移水晶を使おうとは思わなかった。
「グルルゥ?」
じゃあ、何で転移水晶のある場所に行くのかと疑問に喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でつつ、口を開く。
「転移水晶を使うつもりはないけど、転移水晶に何か異常があるのなら、実際に自分の目で見てみたいからな。もしかしたら、転移水晶をどうにかすればこの異変も終わる……かもしれない」
自分で言っても説得力がないと思ったレイが、最後は言葉を濁す。
レイが昨日悪臭用のマジックアイテムを使っていて異変を感じた時、転移水晶はまだ普通に使えたのだ。
それはつまり、転移水晶が異変の起点ではないということを意味している。
勿論、実は異変の起点でありながら、使えなくなるのは最後だった……という可能性もあるので、全てを完全に否定は出来なかったが。
それでも十階に起きている異変を思えば、転移水晶が何らかの影響を与えているのはほぼ間違いない。
だからこそ、レイとしても一度は転移水晶を見てみたいと思っての行動だった。
……五階の一件でセトを心配させたことにより、セトは納得出来ない様子ではあったが。
「ほら、俺なら大丈夫。何の問題もないから、一緒に調べてくれ。いいだろう?」
「グルゥ……」
渋々といった様子で、セトはレイの言葉に頷く。
本心では反対だったが、レイの言うようにこの十階で起きている異変をどうにかする為には、少しでも手掛かりが必要だと判断したのだろう。
「じゃあ、セトも納得してくれたことで、転移水晶のある場所に行くか。……安心しろ、何度も言うようだけど、俺が転移水晶を使うということはないから」
「グルゥ?」
レイの言葉に、本当? と首を傾げるセト。
その姿は愛らしいものの、セトに疑われているレイとしてはどう反応すればいいのか少し迷う。
とはいえ、それでも転移水晶のある場所まで移動しなくてはならないのは間違いない以上、今はそちらをしっかりと確認するべきだと思い直す。
そうしてセトが納得したところで、レイは転移水晶のある場所に向かう。
(とはいえ、これはやっぱり外れか?)
転移水晶のある場所に近付いても、レイもセトも特に何も異変らしい異変を感じられない。
もし転移水晶に何らかの原因があるのなら、こうして近付けば何らかの異変を感じられるのではないかと、そのように思っていた。
だが、転移水晶のある場所にこうして近付いても、特になにもそれらしい感じはしない。
それはつまり、転移水晶そのものは異変に関係ない……あるいは関係があったとしても、中心ではないのではないかと、そのように思ったのだ。
それでもこうして来た以上、実際に転移水晶に何も問題がないのかどうか、しっかりと確認する必要がある。
「グルゥ?」
セトもまたレイと同じく転移水晶に近付きはしたものの、特に何もないことに疑問を抱いたらしく、不思議そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、五階の時と同じくレイが転移水晶を使おうとすれば、何としても止めるつもりだった。
だが、こうして近付いてみるにつれて、転移水晶に何らかの異変があるようには思えないのが疑問だったのだろう。
……もっとも、それはセトが警戒を緩める理由にはならなかったが。
転移水晶に特に問題がないとなれば、レイが試しに使ってみようといったことを言いかねないし、やりかねないのだから。
セトとしては、絶対にそのようなことは避けたかった。
(警戒されてるな。やっぱり五階で転移水晶を使ったのはやりすぎだったか? とはいえ、あれで何故かダンジョンに入る前に転移水晶に触れていないのに、転移水晶が普通に使えるといったようなことが判明したんだが。……あれ、正直なところ何がどうなってそうなったんだろうな)
前もって聞いていた話と違う。
それを疑問に思うが、ダンジョンだからと言われれば納得するしかないのも事実。
何しろ迷宮都市としてダンジョンを内に抱え込んだガンダルシアだが、ダンジョンについて全て分かっている訳ではないのだから。
ダンジョンにある転移水晶も、どのような機能があって、どうすれば使えるのかを分かっているから使っているだけで、具体的にどのような仕組みでダンジョンと地上を転移で行き来出来るのかは分かっていない。
とはいえ、レイもそれは特に気にならない。
日本にいる時、普通に使っていた家電が具体的にどのような仕組みで動いているのか分からないというのは普通のことだったのだから。
転移水晶のある場所に到着すると、レイはじっと観察する。
何か異常がないか。
以前使った時と明確に違う何かがないかと。
「分からないな」
転移水晶を観察すること、数分。
やがてレイの口からそんな声が漏れる。
元々転移水晶を使う際にそこまでじっくりと見ていた訳ではない。
例えば以前と違って露骨に黒い何かが付着していたりといったことがあるのなら、レイもおかしいとは思う。
だが、こうして見ている限りでは特に以前と何かが違うように思えないのも事実。
そうなるとこうして転移水晶を見ても違いは分からない。
「グルルゥ」
触ったら駄目だよと、喉を鳴らすセト。
レイが転移水晶を観察している横で、セトはレイが転移水晶に触れたりしないように警戒している。
セトにしてみれば、レイが転移水晶に触れようとしたら何としてでも止めるつもりだった。
もっとも、レイは転移水晶に触れたりするつもりは全くなかったのだが。
「駄目だな。結局何も分からない」
転移水晶の周囲を歩き回って何か妙なところがないか探していたレイだったが、結局そう言ってギブアップする。
あるいはこのダンジョンを研究している学者――いればだが――を連れてくれば、もしかしたら何かが分かったかもしれないが、レイは素人だ。
冒険者としてならともかく、研究という意味では役に立たない。
これがマジックアイテムのことであれば、本職には及ばなくてもそれなりに詳しい……セミプロと呼ぶにはまだ少し厳しいが、それでも素人よりも大分詳しいのは間違いないのだが。
とはいえ、この転移水晶も見ようによってはマジックアイテムと呼べるかもしれないのだが、それでもレイには分からなかった。
「うーん……十階に来ればあっさりと異変の原因とかそういうのを見つけられるかもしれないと思ったんだけどな」
レイは困った様子で周囲を確認する。
だが、レイの視線の先には特に何かおかしいものはない。
今のこの十階の様子は、レイが初めて来た時と違いはないように思える。
間違っても、昨日レイが感じた異変のような何かは感じられない。
「……どうすればいいと思う?」
そうセトに尋ねる。
ここまで何もないのなら、一体どうすればいいのかレイには分からなかった。
なので、何となくセトに聞いてみたのだが……
「グルルルゥ」
レイに対し、セトはとある方向を見て喉を鳴らす。
そっちに行ってみようと、そうセトは態度で示しているのだ。
そしてセトの見ている方向に何があるのかは、レイもすぐに思い当たる。
「十一階にか?」
そう、セトの見ている方にあるのは十一階に続く階段だった。
「グルゥ!」
その通り! と喉を鳴らすセトだったが、レイは迷う。
このまま十一階に進み、そのついでに十五階まで到達するというのも悪くないのではないかと、そう思ったのだ。
元々、ダンジョンを攻略するつもりでレイはガンダルシアにやって来た。
……本来の仕事は冒険者育成校の教官なのだが、それはそれとして。
そんな訳で、レイとしてはダンジョンに潜りたいという思いがあるのも事実。
事実なのだが、だからといってこの状況で潜ってもいいのかと、そのように思う。
しかし、そうして悩んでいるレイに対し、セトは違うと首を横に振る。
「グルゥ、グルルルルゥ、グルルルゥ、グルゥ」
セトは何度も喉を鳴らし、鳴き声を上げ、自分の言いたいことを口にする。
レイはそんなセトの様子をじっと見ていたが、やがて納得したように頷く。
「ああ、そうか。そう言われると……そうかもしれないな」
セトがレイに言いたかったのは、昨日レイが異変に気が付いたのは十一階に向かう途中での出来事だったのだから、もしかしたらそちらに何かがあるのではないか。
そうセトは言いたいのだろう。
そんなセトの意見はレイにとっても意外だったが、もしかして……と思わせるものがあったのも事実。
何らかの重要な手掛かりがあるのならともかく、今は何もそのようなものはない。
そうである以上、セトの意見に耳を傾けるというのは悪くないと思える。
「そうだな。じゃあ、ちょっと行ってみるか。まずは昨日俺が異変を感じた場所までだな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、このままレイが転移水晶の近くにいれば、一体何が起きるか分からなかった。
それこそレイが気紛れに転移水晶に触れて、その結果として地上に転移するという可能性も否定は出来ない。
だからこそ、そのようなことにならないよう、転移水晶から離れたかった。
ただし、特に何の理由もなく転移水晶から離れようと言っても、レイが頷くとは思えない。
だからこそ何らかの理由が必要だった訳で……そういう意味では、昨日レイやセトが異変に気が付いた場所に行くというのは、悪くない提案だった。