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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3743/3865

3743話

 アニタに手を振って呼ばれたレイは、他の冒険者達に気が付かれないようにカウンターに向かう。

 もっとも、ここにいる多くの冒険者が十階前後で活動している、相応の強さを持つ者達だ。

 ドラゴンローブのフードを被っているので、レイをレイとは認識出来ていないものの、それでも腕の立つ相手だというのは分かったらしい。

 ただ、それでもどこまで腕の立つ相手なのか……具体的にどのくらいの強さなのかというのは分からなかったし、何より状況が状況なのでレイに絡んでくるような相手はいなかったが。


(そういう意味では楽だよな。……ん? なら、何でアニタが俺のことを分かったんだ?)


 フードを被っている以上、冒険者でもレイとは分からない筈。

 なのに、何故先程のアニタはレイをレイとして認識したのか。

 そんな疑問を抱くレイだったが、すぐに納得する。


(朝の一番忙しい時間帯の前に、一人でギルドにやって来た冒険者。それもフードを被っていて顔を見ることが出来ないとなれば、それで俺だと認識してもおかしくはないけど。もっとも……)


 レイは視線を酒場の方に向ける。

 既に朝ということもあり、宴会をしている者はいない。

 あるいはこれが普通の時なら夜通し宴会をしている者達がいてもおかしくはないのだが、昨日は十階の異変の件でギルドそのものが混乱し、騒がしい状況だった

 そのような状況であったからこそ、ギルドに併設している酒場で宴会をやる者もそういう気分にはならなかったのだろう。

 どうしても宴会をやりたいのなら、別にギルドに併設されている酒場ではなくても、街中には他にも多数の酒場があるのだから、そちらでやればいいだけだ。

 そういった状況の酒場を見つつ、カウンターの前まで移動するレイ。


「レイさん、お待ちしていました」


 カウンターの向こうでそうレイに声を掛けるアニタだったが、その顔には疲労の色がある。

 目には薄らと隈が出来ており、それを見ただけでもアニタの疲れ具合が分かる。

 本来なら一晩徹夜した程度で隈が出来たりはしないのだが、それだけ昨日から今日に掛けての騒動はアニタに極度の疲労をもたらしたのだろう。

 本来なら、アニタの仕事は昨日の夜に終わっていた筈だった。

 仕事が終われば家に帰り、食事をして眠り、疲れを癒やす。

 その筈だったのだが、昨日の騒動によってそれどころではなくなった。

 少しでも情報を集め、そして何かあった時は即座に動けるように人員を用意しておく必要があり……結局こうして、アニタは他の受付嬢と共に徹夜をすることになったのだ。

 もっとも、休日だったのにそれを取り消されて呼び出された受付嬢よりはマシだったかもしれないが。

 受付嬢は基本的に美形が揃っており、当然のようにモテる。

 中には恋人がいる者もそれなりにいて、休日ともなれば恋人とデートをするのも珍しくはない。

 そしてお互いに盛り上がったところで……と考えると、そのことに対して怒り心頭となってもおかしくはない。

 それでもギルドの一大事である以上、呼びに来た相手を無視するという訳にはいかなかったが。

 受付嬢を辞めてもいいと思っていれば、また話は別だが。


「大丈夫か?」

「あ、はい。何とか」


 そんなアニタの返事が大丈夫ではない証拠のように思えたレイだったが、それをここで言っても意味はないので、その件については突っ込まない。


「それで、これはどういうことだ? ここにいる冒険者達は、行方不明になっていた連中だよな?」

「はい。実はついさっき……本当についさっき、いきなりダンジョンの前にある転移水晶から姿を現したんです」

「……そうか」


 レイが出来るのは、結局そういう返事だけだった。

 具体的に何が起きてこうなったのか、レイには分からない。

 分からないが、取りあえず行方不明になっていた者達が戻ってきたのは悪くない結果だろう。


「それで、これからの話だが……どうする? 本来なら俺がダンジョンに潜る予定になっていたから、早めに来たんだが」


 今日レイがダンジョンに潜る予定だった目的の一つである、行方不明者の発見。

 それはこうして行方不明になっていた者達が転移してきたことから、解決したようなものだ。

 であれば、レイが今からダンジョンに潜る必要はないのでは?

 そのように思えてしまう。

 いっそ帰って二度寝でもしようかと考えるレイだったが、アニタは首を横に振る。


「レイさんが何を考えているのか、何となく予想出来ます。ただ、ギルドマスターからレイさんが来たら通すように言われてますから」

「ギルドマスターが? ……いや、無理もないか」


 ギルドマスターにしてみれば、今回の件は色々と理解不能なことが多い。

 それだけに、レイとしっかりと話しておきたいと思ったのだろう。


「分かった。まぁ、この件については俺も色々と思うところがあるしな。だとすれば、ギルドマスターと会うのは仕方がないか」

「一応言っておきますが、普通はそう簡単にギルドマスターには会えないんですよ?」


 レイの言葉を聞いたアニタは、呆れた様子でそう言い、レイをカウンターの奥にある階段に案内するのだった。






「お疲れだな」


 アニタが……いや、受付嬢やギルド職員の多くが疲れた状態だったが、ギルドマスターもまた疲れた様子を見せている。

 それでもアニタのように隈がないのは、それなりの経験があるからこそだろう。


「そうだな。疲れたよ。まさかダンジョンでこのようなことが起きるとは思っていなかったし」


 レイにそう返すギルドマスターだったが、その顔に疲れはあれども、安堵した様子でもある。

 口調が昨日と違っているのは、疲れからというのもあるが、恐らくこれが素なのだろう。

 行方不明になっていた者達が見つかったのだから、気が抜けたというのもあるのかもしれないが。

 十階前後で活動している者は、その多くが相応の実力の持ち主だ。

 そのような者達が纏めて行方不明になっていたのだから。

 もし行方不明になっていた冒険者が全員死ぬといったようなことにでもなっていれば、それこそガンダルシアのギルドにとっては大きな……それこそ致命的と呼ぶに相応しい被害だった筈だ。

 そういう意味では、ガンダルシアのギルドは最大の危機を乗り切ったと言ってもいいだろう。

 もっとも、それを乗り切ってもそれはそれで問題が多くあるのだが。


「さて、疲れているところを悪いが早速本題だ。俺はどうすればいい? 行方不明になっていた者達は戻ってきたんだし、ダンジョンに入らなくてもいいんじゃないか?」


 レイが今日ダンジョンに潜る目的の最大の理由が、現状で起きているダンジョンの異変の解決だった。

 だがこうして行方不明になっていた者達が戻ってきた以上、わざわざレイがダンジョンに潜る必要はないのではないか。

 そのようにレイが思うのは、そうおかしな話ではない。

 しかし、ギルドマスターはレイの言葉に首を横に振る。


「いや、やはりダンジョンの調査を頼みたい。今回は偶然行方不明になった者が戻ってきたが、次からもそうなるとは限らない。それに十階の転移水晶だけではなく、他の階層にある転移水晶でも同じことが起きる可能性はある。……そうならない為に、今回の件はしっかりと調べておきたい」


 ギルドマスターにそう言われると、レイも断れない。

 これが本当に何の意味もないようなことであれば、レイも断っただろう。

 だが、実際に今回の一件のように他の階層にある転移水晶でも同じようなことが起きた場合、その被害は大きくなる。

 今回は十階というそれなりに腕の立つ者達が行方不明になるという意味で大きな騒動となったが、五階に到達した……新人の中でも有望株の者達が纏まって行方不明になったり、十五階に到達したガンダルシアの中でもトップクラスの冒険者達が行方不明になったりしても、ギルドにとっては大きな騒動となる。


(これが例えば、一階や二階程度にいる冒険者達が行方不明になった場合は、そこまで深刻でもないんだろうけど、いやまぁ、それでも騒動が大きくなったりはするだろうな)


 ガンダルシアの冒険者全体として見た場合の戦力的にという意味では、五階や十階、十五階に到達している者達がいなくなるのに比べると微々たる損失でしかない。

 だが、冒険者全体で見た場合、人数が一番多いのは一階や二階で活動するような者達なのだ。

 そのような者達が揃っていなくなれば、戦力的な意味での損失は少ないものの、人数的な意味ではかなり大きい。

 また、そうしていなくなった者の中には将来的に大成する才能の持ち主がいてもおかしくはないのだ。

 そんな諸々について考えれば、やはり一階や二階にいる冒険者であってもいなくなるのはギルドとして困るだろう。

 戦力的にはそこまで問題ではなくても、いなくなった人数が多くなれば、それだけ騒ぐ者達も出てくるのだから。


「どうだ? 行方不明になっていた者達を捜さなくてもよくなったことから、探索そのものは当初よりも楽になったと思うんだが」

「だといいんだけどな。……とはいえ、このままダンジョンがおかしくなり続けるというのは俺にとっても面白くない、最悪、ダンジョンが閉鎖されるとかなると、ガンダルシアに来た意味がないしな」


 レイがガンダルシアに来たのは、冒険者育成校の教官をする為では?

 そう突っ込みたくなったギルドマスターだったが、ここで下手なことは言わない方がいいと判断したのか、その件については触れない。


「では、ダンジョンの探索は引き受けて貰えるのか?」

「ああ、昨日言った通りに。冒険者育成校のフランシスに連絡は?」

「昨日のうちにしてある。……散々不満を言われたが」


 フランシスにしてみれば、レイはあくまでも冒険者育成校の教官として雇った人物だ。

 冒険者としてダンジョンに挑むのも認めてはいるものの、それでも今回の件はわざわざレイがやらなくてもいいのではないかと、そのように思ってしまう。

 具体的には、このガンダルシアにおいて最高峰のパーティである久遠の牙に任せるとか。

 もしギルドマスターも、レイがガンダルシアにいなければ久遠の牙に頼んだだろう。

 それだけ、このガンダルシアにおいて久遠の牙というのは強力なパーティなのだから。

 だが……今はレイがいる。

 久遠の牙がガンダルシアにおいて最強のパーティなら、レイはガンダルシアにおいて最強の冒険者となる。

 純粋にその実力だけでも久遠の牙を上回っているし、何よりレイの持つミスティリングがあれば、ダンジョンに挑む為の準備も必要ない。

 久遠の牙に頼む場合、それこそダンジョンに挑む準備をするところから始めなければならなかった。

 その点でも、レイが久遠の牙に勝っている。


「そっちはそっちで色々とあるんだろうが、俺には関係ない。とにかく、ダンジョンに挑んでみる。一階からと五階から、どっちから行った方がいい?」

「一階から頼む。十階の転移水晶で今回のような事態が起きたとなると、五階の転移水晶でも同じようなことが起きないとは限らないからな」

「分かった」


 少しだけ面倒臭そうだったのは、昨日話を聞いた予定では五階から挑戦をするつもりだったからだろう。

 セトに乗って移動すれば、五階まで……そして十階まで、そう時間は掛からない。

 唯一の難点としては、洞窟になっている階層だろう。

 洞窟という立地上、他の階層のように空を飛んで移動するということが出来ないのだから。

 天井があるので、敵がいれば倒す必要がある。

 ……もっとも、どうしても戦闘を回避したいのなら、壁を蹴ったりして敵を無視するという方法もある。

 ただこの場合、敵がレイ達を見て諦めるかどうかという問題があるが。

 これでもしレイ達以外の者がいれば、最悪モンスターのなすりつけ行為……いわゆる、MPKとのように認識される可能性もあった。

 それはレイにとっても面倒なので、洞窟では遭遇した敵を倒した方がいいだろうと判断する。


「ちなみに、今日のダンジョンは他の冒険者達も自由に出入り出来るのか?」


 ふと尋ねるレイの言葉に、ギルドマスターは微妙な表情で頷く。


「そうなる。十階の件で行方不明のままなら、ダンジョンを閉鎖するということも出来たかもしれないが」

「そうならないで良かった……と言えばいいのか?」


 レイの言葉に、ギルドマスターは疲れたような笑いを浮かべる。

 迷宮都市のこのガンダルシアにおいて、ダンジョンから入手出来る素材や魔石、それ以外にも様々な物は大きな意味を持つ。

 それらは当然ながらダンジョンが閉鎖されれば、入手することは出来ない。

 そうなるとガンダルシアにおいても大きな損害となるのは確実であり……そういう意味では、ダンジョンの閉鎖を免れたというのは決して悪くないことだったのだろう。

 その後、レイはある程度ギルドマスターと打ち合わせをしてから執務室から出るのだった。

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