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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3741/3865

3741話

 ギルドマスターとの話を終えたレイは、ギルドを出た。

 ギルドの一階にはまだ行方不明になった冒険者の知り合いがいたようだったが、そのような者達によってレイが邪魔をされることはなかったのは幸運だったのだろう。

 だが……そんな幸運も、ギルドを出て、セトと共に家に向かっているところで終わってしまう。


「レイだよな?」


 家に向かって歩くレイに声を掛けたのは、一人の警備兵。

 それを見た瞬間、また追加で面倒が起きたのか?

 そう思ったものの、幸いなことに向こうは別にレイに危害を加えたり、あるいは捕らえるといったような様子ではない。


「ああ、そうだ。……セトを見れば分かるだろう?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトはそうだよ! と喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に警備兵は困ったような笑みを浮かべる。


「そうだとは思うが、こういうのは一応確認しておかないとな。場合によっては、実は似た別人でしたということにもなりかねないし。……レイの場合は、まずそういうことはないだろうが」


 警備兵の視線はレイの隣にいるセトに向けられていた。

 セトを……グリフォンを連れている者が、レイ以外にいる筈もないと、そのように思っての言葉だろう。

 実際その判断は間違っていないので、レイもその言葉に素直に頷く。


「そうだな。それで、用件は?」

「セトに危害を加えようとした女についてだ」


 その言葉に、レイは動きを止める。

 今日は色々とあった……ありすぎたので、適当に話を聞き流そうと思っていたのだが、警備兵の口から出た言葉を聞けば、聞き流すことは出来なかった。


「それで? どういう理由があったんだ?」


 猫店長の店で遭遇した女は、最初からレイを憎んでいた。

 それこそ憎悪や殺気を放つ程に。

 レイも自分の性格は十分に知っているので、誰かに恨まれるというのは珍しくない。

 しかし、レイの考えが間違っていないのなら、レイはあの女とは猫店長の店で会ったのが初対面だった。

 そうである以上、一体何故あそこまで憎まれるのか。

 それがレイには理解出来なかった。

 だが、レイが知らないから、理解出来ないからといって、女がレイを憎んでいるのは変わらない。

 そうである以上、ここでしっかりと何があったのかを知っておく必要があった。


「まず最初に、あの女とレイは今日が初対面だ。それは間違いない」

「……それで?」


 今日が初対面であるのなら、余計に何故今回のようなことが起きたのか、レイには理解出来なかったので、警備兵に話の続きを促す。


「だが、当然ながら初対面の相手を憎むということは……絶対にないとは言わないが、まずない」


 警備兵の言葉に素直に頷くレイ。

 その言葉は正しいと判断したからだ。

 世の中には一目見ただけで気に食わないと思う相手もいるので、絶対に恨まれていないとは言えないものの、それを込みで考えてもやはりレイはあの女にそこまで恨まれる筋合いはなかった。


「で、少し尋問したところ、あっさりと話した」


 それは尋問が少しどころではないものだったのか、それとも女に隠す気がなかったからなのか。

 その辺はレイにも分からないが、とにかく向こうが素直に事情を話したというのなら、レイにとっても悪い話ではない。


「それで?」

「あの女の恋人が原因だ。……いや、本人は恋人と思っているようだが、遊ばれているといった感じの可能性が高いが」

「……詳細について話してくれ」

「そこまで複雑じゃない。何でも、あの女の恋人は冒険者育成校の教官をやっていたらしいが、レイのせいで辞めるしかなくなったという話だ」

「あー……なるほど」


 警備兵の口から出た言葉は、レイを納得させるのに十分な説得力があった。

 レイのせいで冒険者育成校の教官を辞めたということは、アルカイデの取り巻きがレイに絡んで来て、レイの殺気を浴びた結果腰を抜かしたり、人によっては漏らしたりして、貴族出身の身としてはそれを恥ずかしく思い、教官を辞めたという一件だろう。

 それに思い当たるのと同時に、少しだけ疑問に思う。

 アルカイデの取り巻き達は、自分達も多かれ少なかれ貴族の血筋であることを誇っていた。

 そうであるのに、冒険者の女を愛するのか? と。

 だが、すぐにレイはそれを否定する。

 たった今、目の前の警備兵から女は恋人ではなく遊ばれているのだろうと言っていた。

 女が本気であっても、貴族の血筋を誇る者が本気でただの冒険者を愛するとは到底思えない。

 単純に遊びの女として認識していた可能性は高かった。

 ……ただ、これはあくまでもレイの予想でしかない。

 もしかしたら、貴族の血筋を誇っていても本気で女を愛しているという可能性も否定は出来ないのだから。

 もしくは、冒険者をやってはいるが貴族の血筋という可能性も十分にある。

 貴族の血筋で冒険者になる者というのは、相応にいる。

 貴族というのは血筋を残す者だ。

 次期当主となる者、その者に何かあった時の為の予備。……裕福な貴族なら、もう一人か二人くらいは予備として子飼いにするかもしれないが、それ以後の子供達は大人になったら家にいることは出来ない。

 当主となる人物に仕えるという立場でなら残れるかもしれないが、それはつまり自分の兄弟に仕えるということになる。

 それを嫌う者は、騎士になるか婿入りするか、後継者のいない貴族の養子になるか……もしくは、冒険者になるか。

 冒険者はリスクが大きいが、同時にリターンも大きい。

 実際、そのような経緯で冒険者になり、冒険者として活躍した結果、新たな貴族として取り立てられた……という例はそれなりにある。

 もっとも冒険者になったものの、うだつが上がらないまま冒険者を続けていたり、あるいは死んだ者はそれ以上に多いのだが。

 何しろ貴族の出身だ。

 冒険者の常識が通用する筈もなく、中にはその意識を引きずったままの者もいる。

 そのような者達は当然だが他の……普通の冒険者達にとっては煩わしい存在だ。

 持っている金によっては金蔓として使うくらいはするかもしれないが、基本的には嫌われている。

 だからこそ、冒険者となった貴族……いや、元貴族の中で生き残り、その上で成功する者というのは非常に少なかった。

 レイも冒険者として活動しているので、その辺りの事情については十分に理解している。

 つまり、あの女もその手の人物なのではないかと、そう思ったのだ。

 それなら貴族の血筋を自慢している教官……いや、元教官とそういう関係だったのも納得出来る。


「それで、どうすればいい? 俺があの女と付き合っていた……かどうかは分からないが、親しい関係にあった男をどうにかすればいいのか?」

「止めてくれ。くれぐれも頼む」


 レイが口にした、どうにかするという言葉。

 そこには相手を殺すという選択肢もある……いや、それが一番手っ取り早いのだというのを理解した警備兵は、即座にそう言う。

 実際、もし警備兵が好きにしてくれと言ったら、恐らくレイは殺すというのを最優先にして、相手の家にでも突っ込んでいただろう。

 警備兵はそれが分かったからこそ、その言葉に即座に待ったを掛けたのだろう。

 そういう意味では、この警備兵の判断は決して間違ってはいなかった。


「そう言ってもな。ただでさえ今は色々と忙しいのに、ここで余計なちょっかいを出してくる奴がいたりしたら、それこそ面倒だ。なら、手っ取り早く片付けられることから片付けた方がいい」


 レイにしてみれば、ただでさえ今は十階の異変の件がある。

 そこに下手に関わってくるような相手がいたら、それはレイにとって面倒なこと極まりない。

 だからこそ、片付けられるところから片付けたいというのがレイの本音だった。


「女の方はこっちで何とかする。頼むからレイは暴れないでくれ。……それにしても、色々と忙しいって他にも何かあったのか? 騒動は出来るだけ勘弁して欲しいんだが」


 警備兵のその言葉に、どうやらまだダンジョンの異変については知らないのだろうと判断したレイは、それを言ってもいいのかどうか少し迷うものの、すぐに構わないだろうと判断する。

 ダンジョンの異変については、別に隠すことではない。

 あれだけ大きな騒動になっているのだから、警備兵にもそのうち伝わるのは間違いない。

 また、もしダンジョンの異変を隠すというのであれば、ギルドマスターがレイにその旨を伝えていた筈なのだから。

 そのようなことがなかった以上、別に話しても構わないと判断しての行動だった。


「実はダンジョンの十階で何かの異変が起きてるらしくてな」

「……何?」


 そのレイの説明は、警備兵にとっても予想外のものだったのだろう。

 意表を突かれた表情をした警備兵だったが、次の瞬間には真剣な表情になってレイに尋ねる。


「それは本当か?」

「ああ、本当だ。今日十階にいた者達……より正確には十階の転移水晶を使うのだろう十階前後にいた者達は誰も戻ってきていない」

「……そうか」


 難しい表情を浮かべる警備兵に、レイはもしかしたらこの警備兵の知り合いにも十階前後で行動している冒険者がいるのかもしれないなと思う。

 実際にそれを口に出すようなことはしなかったが。

 もしそうであったとしても、今の時点でレイが出来ることはないのだから。


「そんな訳で、ギルドマスターから明日はダンジョンに潜って十階に行ってみるように言われてるんだよ。そこにあの女……というか、アルカイデの取り巻きの件が関わってくると、面倒極まりない訳だ」


 警備兵は既にアルカイデやその取り巻きとレイが揉めた件や、それによって今回の件が起きたというのは理解しているのだろう。

 レイの言葉を聞いても、特に驚くような様子はない。

 寧ろ、今のレイの言葉を聞いて心配そうに口を開く。


「大丈夫なのか? 十階で起きた異変だろう? なら……」

「まぁ、その辺については実際に行ってみないと何とも言えないな。もしかしたらかなり苦戦するかもしれないし、あるいは楽に十階に到達するかもしれない」

「それは……何と言えばいいのか」


 警備兵にしてみれば、レイの説明は完全に納得出来るようなものではなかった。

 ただ、それでも今はレイに頼るしかないのだろうと思い、それ以上はダンジョンの話題については口にせず、詰め所に戻ることにする。


「じゃあ、俺はこの辺で。元々今回俺が来たのは、あの女の事情について説明する為だったからな。ダンジョンの件が本当なら……いや、レイが言う以上は間違いなく本当なんだろうが、とにかくこっちでも色々と情報を集めてみる」


 ダンジョンに関しては、警備兵が情報を集めたからといって特に何が出来る訳ではない。

 警備兵の仕事は、あくまでも街中の治安を守ることなのだから。

 ただ、それでもダンジョンの異変の影響によって街中の治安に問題が起きる可能性がある以上、警備兵としてはすぐに動く必要があるのも事実だった。


「分かった。じゃあ、頑張ってくれ」

「グルゥ」


 今までレイと警備兵が真剣な様子で話していたので、邪魔をしないように黙っていたセトも、警備兵が戻るという話を聞くと、頑張ってねと喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に警備兵は笑みを浮かべ、そしてセトを軽く撫でるとその場から立ち去る。

 レイとセトはそんな警備兵の後ろ姿を見送っていたが、今はまず家に帰ろうと歩き出す。

 セトと共にゆっくりと、夕方から夜になる空の様子を楽しみつつ歩いていたのだが……


「またか」


 家が近付いて来たところで、家の前……ちょうど敷地の外に誰かが立っているのを見て取ることが出来た。

 それが誰なのかは、夜目の利くレイなら理解出来る。

 そして理解出来るからこそ、ダンジョンの異変に関することなのだろうと思えたのだ。

 面倒だからといって、家の前に立っている以上は無視をする訳にもいかない。

 仕方なく、その人物に近付きながら声を掛ける。


「マティソン、どうした?」

「あ、レイさん。……こんな時間に申し訳ありません」

「いやまぁ、来るのは構わない……と普通なら言うんだけどな。ちなみに聞くが、ダンジョンの十階の異変についての話か?」


 冒険者のマティソンが来ているのだから、恐らくそうなのだろうと予想をして尋ねると、やはりと言うべきか、マティソンはレイの言葉に頷く。


「はい。実は今日、私のパーティメンバーが二人、十一階に行っていて……」

「それはまた……」


 随分とタイムリーな。

 そう思うレイだったが、これは別にそこまでおかしな話ではない。

 マティソンが冒険者育成校の教官をしているので、どうしてもパーティとしての活動には多少なりとも支障が出て来る。

 冒険者としての活動を優先させているマティソンだったが、それでもどうしても冒険者だけをやってるようには出来ないのだった。

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