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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3738/3865

3738話

 ギルドを出たレイは、セトと共にマイモの店に向かう。

 十階にあった違和感について、色々と思うところはあったものの、それでも悪臭用のマジックアイテムが十階で効果を発揮したのは事実。

 そうである以上、マイモの店で取り寄せを頼んでおいた方がいいと思ったのだ。


(とはいえ、マジックアイテムの価格を考えると、それを購入して使えるのはそんなに多くはないと思うけどな)


 結構な高値で、しかも使い捨て。

 また、十階で使った限りだと消耗が激しいのも事実。

 悪臭用のマジックアイテムは、悪臭を吸収、あるいは無効化をするとその量と時間に比例するように小さくなっていく。

 最初は掌程の大きさの石の円球なのだが、最終的には完全に消えてしまうのだ。

 元々の想定通り、悪臭のする家で使うのならそれなりに長い時間使えるのだが、ダンジョンで使うとなると、マジックアイテムの効果の発揮する場所が広い為か、それともダンジョンという場所だからか、とにかく消耗が激しい。

 その場所や悪臭の濃さによって消耗具合は違うものの、それでも長い時間使い続ける訳にはいかないのだ。

 それでいながら、悪臭対策のマジックアイテムの値段は相応に高額でもある。

 そして何より問題なのは、それなりに場所を取るということだろう。

 レイの場合はミスティリングがあるのでその辺の心配はいらない。

 それこそ何個でも購入し、それをミスティリングに入れておけばいいだけなのだから。

 だが、普通の冒険者ではそうはいかない。

 悪臭対策のマジックアイテムは石で出来ているのだ。

 一個だけならそう重くはないし気にならないものの、それを複数持つと当然のように重くなる。

 ポーターであっても、そのような物を複数持ち歩くのは大変なのは間違いない。

 もしくは、簡易版のアイテムボックスでも持っていればどうにかなるかもしれないが、そちらもそう簡単に入手出来る物ではない。

 ダンジョンで入手出来る可能性があるので、そういう意味では入手が絶望的といった訳でもないのだが。

 そんな諸々の事情によって、一個や二個ならともかく、レイが考えているように大量に悪臭対策のマジックアイテムを購入するといったことは出来なかった。


(消耗品じゃなくて、魔石や魔力を使うことで何度も使えるようなタイプのマジックアイテムなら、それ一個だけでいいし、魔石や魔力がなくなっても俺の方でどうにかなるんだし……そうだな。マイモの店の店長にちょっと頼んでみるか)


 そのようなことを考えながら歩いていたレイだったが、やがて目的のマイモの店が見えてくる。

 特に何も変わらない……それこそ、いつも通りのように思える店。

 ダンジョンに行く前に来た時に見たのと違いはない。

 ダンジョンでの違和感があったので、そのことに安堵しつつレイは店の中に入る。


「いらっしゃいませ……え?」


 マイモの店の店員は、少し前に来たばかりのレイがまたやって来たことに驚く。

 そしてすぐに同僚に目配せをする。

 それは、店長を呼びに行くようにという合図だった。

 同僚もその合図を理解すると、店の中に入っていく。

 店員にしてみれば、先程来たばかりのレイがまた来たのだ。

 もしかしたら、購入したマジックアイテムに何か問題があったのではないかと、そう先読みしての行動だった。

 店員にしてみれば、倉庫で場所を取るだけだったマジックアイテムがようやく売れたのだ。

 店長ではなくても、そのマジックアイテムの返品というのは何としても避けたいところだった。

 実際には店員の懸念は的外れ……それどころか、同じ悪臭対策のマジックアイテムをもっと取り寄せ出来ないか頼めないかと思ってレイは店を再訪したのだが、店員にしてみれば悪臭対策のマジックアイテムに対するマイナスイメージが強すぎた。


「レイさん、今日はどのような御用件でしょうか?」

「ああ、あの悪臭対策のマジックアイテムについてちょっとな」


 やっぱり。

 レイの言葉に、店員はそう思う。

 ただ、少しだけ店員が疑問に思ったのは、返品をする、あるいは予定通りの効果をマジックアイテムが発揮しなかった割には、レイが怒っていたり、苛立っていたりといった様子がないことだろう。


「分かりました。今、同僚が店長を呼びに行っていますので……ああ、来ましたね」


 レイと話している間に、先程の同僚が店長を連れて戻ってくる。

 同僚と一緒にやって来た店長は難しい表情を浮かべていたが、店内に姿を現した瞬間には柔和な笑みに変わる。


「遅くなり、申し訳ありません。それで……何かあのマジックアイテムに問題でもあったでしょうか?」


 ある種の覚悟を決めて尋ねる店長だったが、レイはそんな店長の内心に気が付いた様子もなく口を開く。


「いや、問題はない。予想通りの効果を発揮してくれた」


 レイの口から出た言葉に、ほっと安堵の息を吐く店長。

 これで取りあえず最悪の出来事は避けられたと、そのように思ったのだろう。

 二人の会話を聞いていた店員達も、レイの目的が返品ではないことに安堵した様子を見せる。


「では?」


 返品やクレームの類でないのなら、一体何をしに店に来たのか。

 そう思って尋ねる店長に、レイは口を開く。


「あの悪臭対策のマジックアイテムだが、もっと入手は出来ないか? 取りあえず、あればあるだけ購入するけど」

「……何と?」


 レイの口から出た、まさかの言葉。

 それを聞いた店長が思わず問い返してしまったのは、まさかそのようなことを言われるとは思っていなかったからだろう。

 店員達もそうだが、店長にとっても悪臭対策のマジックアイテムというのは、倉庫で場所を取っているだけの存在だったのだ。

 それをレイが購入してくれただけでも嬉しいのに、まさか追加で要望されるとは思えなかった。


「その……一応確認の為に伺いますが、レイさんが追加で購入したいというのは先程購入していった消臭用のマジックアイテムですよね?」

「そうだ。こっちが想定していた通りに使えたんだが、消耗が激しくてな。これからいつまで十階を使うのかは分からないが、多ければ多い程にいい。あー……ただ、これはちょっとした要望なんだが、こっちで魔力なり魔石なりを補給する形で、消耗品ではなくするということは出来ないか?」

「それは……どうでしょう? そのようなことはしたことがないので、何とも言えません」


 店長の困った顔は、ポーズの類ではなく本心からのものだった。

 マジックアイテムを扱っているこの店で店長をしているだけに、それなりにマジックアイテムについては詳しいつもりだ。

 だが、このような消耗品のマジックアイテムを、魔力や魔石で再度使えるようにするというようなことは、要求されたことがない。

 ……この店があくまでも一般人――それでも裕福な者達が大半だが――が使うようなマジックアイテムを売ってる店だからというのも、あるのだろう。


「そうか。出来れば値段が高くてもそういうのの方がいいんだが……まぁ、無理なら仕方がない」


 レイとしては、出来れば魔力や魔石で何度も使える悪臭対策のマジックアイテムが欲しかったのだが、それはあくまでも可能ならだ。

 店長が難しいと言ってるのに、それでどうにかしろとまでは言うつもりはなかった。


「申し訳ありません。ただ、このマジックアイテムを作っている方に聞いてみることは出来ますが、どうでしょう?」

「じゃあ、それで頼む。取りあえず消耗品の方の悪臭対策のマジックアイテムは、入荷出来るのなら入荷して欲しい。さっきも言ったが、入荷した分は全部買い取るから」

「分かりました。ただ、明日すぐにとなると用意出来ませんが」


 何しろ、悪臭対策のマジックアイテムは売れずに倉庫で塩漬けになっていたのだ。

 そうである以上、それを作った錬金術師も追加で作ろうとは思わなかっただろう。

 つまり、今から注文してもまずは素材を集めるところから始める必要がある。

 自分で入手するなり、冒険者に依頼として頼むなり、もしくは購入するなり。

 そうして素材を集めた後で、マジックアイテムを作るのだ。

 今日欲しいと言って、明日には用意出来ますとはいかない。

 これがもっと売れているマジックアイテムの類であれば、そういうことも出来るのだろうが。


「構わない。ただ、このマジックアイテムを作っている錬金術師に、さっき俺が言ったように魔石や魔力で再度使えるように出来ないかどうかを確認してみてくれ」

「はい、聞いてみます」

「頼むな」


 そうして用件を終えると、レイは店を出る。

 店長は内心の嬉しさを何とか表情に出さないようにしながら、店を出るレイに向かって頭を下げる。

 店長にしてみれば、地獄から天国といったところだ。

 いや、より正確には天国から地獄、地獄から天国といったところか。

 困っていた悪臭対策のマジックアイテムが全て売れたという意味で天国。

 だが、それを売ってからそんなに時間が経っていないのにレイが戻ってきたので、返品にきたのかと心配して地獄。

 しかし最終的には追加で悪臭対策のマジックアイテムが欲しいと言い、入荷した物は全て買い取るという意味で天国。

 天国と地獄を行ったり来たりといた様子の店長ではあったが、それでも最終的には天国になったので、そこには何の不満もない。


「店長……よかったですね」


 店員の一人が、店長にそう声を掛ける。

 その言葉には強い実感が籠もっている。

 倉庫の状態を知っているからこその言葉だった。


「レイさん様々だな。とはいえ、まずはあのマジックアイテムを追加で仕入れる必要があるけど」


 レイに対す態度とは違う、店長の普段の態度。

 しかしそんな店長を見ても、店員は特に気にした様子はない。

 店長のこの態度はいつものことなので、店員達にしてみればこちらの店長の態度の方が慣れ親しんだものなのだから。


「そうですね。折角の機会なので、頑張りましょう」


 そう言う店員に、店長は笑みを浮かべて悪臭対策のマジックアイテムの追加を用意するように動き出すのだった。






「さて、じゃあ家に戻るか。セトもそれでいいよな?」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトが喉を鳴らす。

 そうしてレイとセトは、時折通行人に声を掛けられながらも家に向かっていたのだが……


「レイさん!」

「……アニタ?」


 レイの家は、冒険者育成校からそう離れていない場所にある。

 そしてギルドやダンジョンも冒険者育成校からそう離れていない場所にあるということは、それは必然的にレイの家はギルドやダンジョンからそう離れていない場所にあるということになる。

 その辺のコンビニに行く感覚と同じくらいだろう。

 しかもその感覚はレイの……日本の田舎に住んでいた者の感覚なので、家から歩いてコンビニに行くとなると二十分から三十分は掛かる距離だったりするのだが。

 ともあれ、それでもレイの家がギルドやダンジョン、冒険者育成校と近い場所にあるのは事実。

 そんな距離にあるので、アニタがレイの前に姿を現すのはそうおかしなことではない。

 ないのだが、今の様子を見れば仕事を終えた後の帰りにレイと偶然出会ったようには見えない。

 そもそもの話、今はもう夕方に近い。

 ギルドでは朝と並んで、今が一番忙しい時間帯だろう。

 そんな忙しい中に仕事を終えて帰るということははまずないし……何より、レイを呼ぶ様子には必死さすらあった。


「どうした、そんなに急いだ様子で」

「実は、レイさんの報告してくれた件で動きがあったんです。それも悪い方で」

「マジか」


 アニタの言葉に驚きつつも、同時にそこにはやっぱりという思いがあるのも事実。

 それが十階での違和感についてなのは間違いない。

 何しろ、レイやセトが異変を感じたのだ。

 そうである以上、この状況で何があってもおかしくはない。


「具体的には何があった?」

「レイさんが戻ってきた後で、十階の転移水晶で転移してきた人が誰もいません」

「それは……」


 レイにとって、それは最悪の報告だった。

 悪臭対策のマジックアイテムを追加で購入出来るのを喜んでいたレイだったが、その思いが一瞬にして消えてしまう。


「なので、一度ギルドに来て貰えませんか? ギルドマスターがレイさんの話を詳しく聞きたいとのことですので」

「分かった」


 具体的に何が起きているのかは分からない。

 分からないが、それでもギルドマスターから話を聞きたいと言われれば、レイもそれは無視を出来ない。

 あるいはこれが、ギルドの怠慢でこの状況になったのなら、レイもそれは自業自得だと突き放したかもしれない。

 だが、レイが報告してすぐにこのような状況になったのなら、ギルドの方でも対応出来る筈がない。

 それはレイも分かっていたので、アニタの要請に素直に頷くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今後のレイの長い人生を考えると、長期間使える悪臭対策マジックアイテムは有用ですからねぇ レイの手持ちの素材を提供してでも作ってもらうと良いかもですね。
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