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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3736/3865

3736話

「セト、何か妙だ! 気を付けろ!」


 セトの背に乗って走っているレイは、咄嗟にセトにそう指示を出す。


「グルゥ!?」


 セトは悪臭や腐臭を気にしなくてもよくなったので上機嫌で墓場となっている道を走っていたのだが、いきなりのレイの言葉に戸惑うように喉を鳴らす。

 レイが何故いきなりそのようなことを口にしたのか、全く理解出来なかったのだろう。

 それでもレイがこのようなことを言う以上は何かあるのだろうと判断し、セトは走っていた足を止めて周囲の様子を警戒する。


「もう冒険者が帰り始めるこの時間に、転移水晶のある十階に一人も冒険者がいないのはおかしい」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトはそうなの? と首を傾げる。

 レイが何を言ってるのかは理解出来ているものの、そういうこともあるんじゃないの? と思っての行動だった。


「もしかしたら偶然こういうことになっているという可能性もあるが、何か別の意味があってこういうことになっている可能性もある。何にしろ、周囲の様子がおかしいんだから警戒した方がいい」


 その言葉に、セトもようやく事態がおかしいと思ったのか、今までよりも念入りに周囲の様子を警戒する。

 レイもまた、何かあった時は即座に対応出来るようにセトの背から下りると、地面に小さくなってきた悪臭用のマジックアイテムを置き、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 いつ襲撃されても、即座に対処出来るように。

 だが、そうして武器を構えても、一向に敵が姿を現す様子がない。


(あれ? 何だ? こうして俺達が気が付いたと思ったら、この状況を作り出している奴が姿を現すのかと思ったんだが……全くそんな様子がないな?)


 数十秒、一分、三分、五分……

 それだけの時間が経っても、何者かが姿を現すことはなく……


「って、不味い!」


 時間が経つに連れて悪臭用のマジックアイテムが小さくなっていくのは理解していたが、ここで待機している間も当然ながら石は小さくなっていく。

 気が付けば、石はもう小指の先の大きさ程度になっており……レイがデスサイズの石突きを地面に突き刺し、慌てて悪臭用のマジックアイテムを取り出し、魔力を流す。

 それと同時に、小さくなっていた最初の悪臭用のマジックアイテムは消えた。

 消えた石の部分はどうなっている?

 レイが一瞬そう疑問に思うが、マジックアイテムである以上はそういうものだと認識するしかないので、それ以上考えるようなことはしない。

 今はそれより、現在の十階の妙な状況をどうにかする方が先だった。


「ふぅ。……さて、それでいつまで待てばいいんだろうな」


 面倒そうに呟くレイ。

 これが悪臭や腐臭の漂う十階でなければ、レイも多少待つ程度なら問題はない。

 だがこの十階では何かが起きている可能性が高く、それだけではなく悪臭対策のマジックアイテムの効果切れにも注意する必要があった。

 周囲の警戒以外にもそのようなことに注意を払うのは、レイにとって非常に面倒だ。

 とはいえ、現在の十階の状況を思えば何かあっても問題がないよう、しっかりと周囲の様子を窺う必要がある。

 あるのだが……


「まだか」


 レイが地面に置いた悪臭対策のマジックアイテムを見て、苛立ち混じりに呟く。

 既に悪臭対策のマジックアイテムは五個使っている。

 にも関わらず、この現象は未だに続いている。


(現象……本当に何かおかしい現象があるのか? こうして待っていても何かが起きる様子はない。となると、もしかして俺の気のせいとか?)


 レイはこの状況がおかしいとは思っているものの、具体的に一体何がおかしいのかまでは分からない。

 分からないのだが、それでもこうして待ち受けていれば、この状況をもたらした者が姿を現すだろうと思っていたのだ。

 だが、こうして悪臭対策のマジックアイテムが五個……この階層に来てから使ったのも合わせると六個なくなるまで待ってても、特に何かが起きる様子はない。

 それはつまり、この状況がおかしいというのは自分の気のせいではないのか?

 そうとすら思ってしまう。


「グルルゥ?」


 そんなレイに、セトがどうするの? と喉を鳴らす。

 最初は十階でも悪臭や腐臭がしなくなったことに喜んでいたセトだったが、こうしてずっと待ち続けていると、その感動も薄れてくる。

 素の状態になったセトに、レイは少し考え……決断する。


「分かった。十一階に行くのは止めて、転移水晶を使って外に出よう。……転移水晶が使えればいいけど」


 しみじみとレイが呟く。

 もし転移水晶が使えない場合、それこそ普通に十階分下から上に攻略する必要がある。

 レイにしてみれば、これは非常に面倒なことだった。

 セトがいる以上、普通に攻略するよりは大分楽なのは間違いないのだが。

 それでも出来れば面倒は嫌なので、普通に転移出来るようにと祈りながらセトと共に転移水晶のある場所まで戻る。

 先程とは違ってモンスターが出現することはなく、それもまたレイに疑問を抱かせるには十分だった。

 ともあれ、無事に転移水晶のある場所までやって来たレイは、セトと共に転移水晶に触れ……いつもとは微妙に違う感覚があったかと思うと、レイとセトの姿はダンジョンの前にあった。


「無事に戻ってこられたか。……セト、お前も感じたよな?」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らす。

 十階でレイが何かおかしいと言った時は、レイが言ったことだからとセトも周囲を警戒していたが、結局何もなかったことでレイの気のせいや勘違いではないかと思ったのだ。

 だが、こうして転移水晶を使った時の感覚が妙だったことを考えると、やはり何かがおかしいと、そのようにセトにも思えたのだろう。


(とはいえ……こうして見た感じ、特に何か問題があるようには思えないけど)


 レイが周囲の様子を確認するが、そこには何か焦っているような者達はない。

 先程、レイ達がダンジョンの中に入った時と比べると時間も経過したことで戻ってくる者達が増えているのは間違いなかったが、あくまでもそれだけだ。

 何かの違和感があったといったようなことを話している者はいないし、何らかのトラブルに巻き込まれたと騒いでいるような者もいない。

 ……もっとも、トラブルに巻き込まれたというだけなら、レイの感じた異変とは関係なく、単純にダンジョンの中で何らかの騒動に巻き込まれたといった者がいてもおかしくはないのだが。

 冒険者はあくまでも自己責任でダンジョンに潜っている以上、その中には何らかのトラブルがあってもおかしくはないのだから。

 ともあれ、レイが感じた異常を感知している者がいないのは疑問だった。


「セト、俺はちょっとギルドに行って事情を話してくるから、待っていてくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、ここにいれば誰かが遊んでくれるので、待っているのは苦ではない。

 また、レイが感じた異常の件で何かがあった時、即座に対処出来るというのも、この場合は大きいだろう。


「じゃあ、頼むな」


 レイはそう言い、セトを一撫でするとギルドに向かう。

 その際に改めて周囲の様子を見るが、やはり何か異常があるようには思えない。

 そのことに疑問を抱きつつも、ギルドの中に入る。


「あー……だよな」


 今の時間はまだ夕方のピーク程に忙しくはないとはいえ、そろそろダンジョンから戻ってきている者も多くなっている時間帯だ。

 そうなると、当然ながらギルドで依頼の完了を報告したり、あるいは素材の買い取りといったことをする冒険者が多くなるのは当然だった。

 それでもまだそこまで並んでいる冒険者の数が多くないのは、レイにとって幸運だったのだろう。

 ともあれ、まずはギルドに事情を話す必要がある。

 そう考え、レイは受付嬢の中でも顔見知りのアニタの列に並ぶ。

 受付嬢の人気ランキング的な意味では、上位に位置しながらもトップにはなれない。

 そんな立ち位置のアニタだけに、アニタの場所に並んでる冒険者の数はそれなりに多かった。

 そんな冒険者の列の一番後ろにレイが並んだのだが……そんなレイの前にいる男は、最初自分の後ろに誰かが並んだのは察しつつも、気にしてはいなかった。

 この時間帯であることを考えると、ギルドに冒険者が戻ってくるのは特におかしいことではないのだから。

 ピーク前でそこまで人は多くないものの、それでも自分の後ろに並ぶ者がいるのは、自然な流れなのだから。

 だが、こうして並んでいるのを待っていると暇だ。

 アニタのファンである以上、カウンターで仕事をしているアニタを見ていれば時間が流れていくのだが、前に並んでいる者達が邪魔でアニタの顔を見ることは難しい。

 そういう理由で暇だった男は、暇潰しに……あるいは自分の知り合いなら話でもして時間を潰せるかもしれないと思い、後ろを向く。

 瞬間、男はその動きを止めた。

 何故なら、そこにはレイの姿があった為だ。

 いつもならレイをレイと認識出来る者は決して多くはないのだが、丁度そのタイミングでレイはドラゴンローブのフードを脱いでいたので、顔をしっかりと確認出来たのだ。

 レイにしてみれば、セトがギルドの表にいる以上、わざわざ顔を隠す必要がないという判断だからだったのだが、ちょうどそのタイミングで、男はレイのことを見てしまったのだ。


「……え?」


 男も、冒険者としてはそれなりに自信がある。

 ガンダルシアにおいても、トップクラスの冒険者……現在最下層を攻略している久遠の牙には到底及ばないものの、それでも中堅……それよりは少し上といった程度の実力はあると思っていた。

 しかし、そんな自分とは比べものにならない程の実力を持っているのが、現在自分の後ろに並んでいるレイだ。

 そのことに驚き、動きを止めてしまう。

 すると、動きを止めた男の前に並んでいた男が、自分の後ろの気配を察したのか、後ろを振り向き……そして自分の後ろにいた男が更に後ろを向いて動きを止めているのに気が付き、その視線を追うとそこにはレイがいて、動きを止める。

 そうして行為が何度か行われることによって、アニタの列に並んでいたほぼ全ての者が動きを止め……


「えっと、その……皆さん? どうしたんですか?」


 素材の買い取りと、採取依頼の完了の手続きを終えたアニタが次の人の番になっても戻ってこないので疑問に思い、そう尋ねる。

 普段であれば、アニタが声を掛けると嬉しそうに反応するのだが……並んでいる冒険者達の動きは止まったままだ。

 それを疑問に思い、冒険者達の見ている方に視線を向けると……


「あ、レイさん」


 顔見知りの姿を見つける。

 そして同時に、レイがいるのならこのような状況になっても仕方がないのだろうとも思う。

 何しろレイは現在このガンダルシアにおいて名実共に最高の冒険者だ。

 ソロで活動しているので、パーティという意味では久遠の牙に劣るが、純粋な冒険者としてはトップなのだ。

 ましてや、そんなレイは力を持ちながら敵対した相手に容赦しないということで知られていた。

 後ろ暗いところのある者が……いや、ない者であっても、そんなレイが後ろにいるとなると、どうしてもプレッシャーを受ける。


「その……先にどうぞ」


 レイが後ろにいるというプレッシャーを最も受けた、レイのすぐ前に立っていた男はそう言ってレイに順番を譲る。


「え? いいのか?」


 レイとしては、ダンジョンの異変について少しでも早くアニタに知らせた方がいいだろうとは思っていたものの、ギルドの外、ダンジョンの前では特にまだ何も騒動らしい騒動が起きていなかったこともあってか、素直に列に並んで自分の順番が来るのを待つつもりだった。

 なのに自分の前に並んでいた男が場所を譲ると言い出したのだから、それに驚くなという方が無理だった。

 

「あ、はい。どうぞ」


 だが、念の為にいいのかと聞いてみても、男が口に出すのはその言葉だけだ。

 そう言われれば、レイも少しでも早くアニタに情報を話した方がいいと思っているので、大人しく順番を譲られ……


「じゃあ、俺もどうぞ」

「同じくどうぞ」

「あの深紅のレイに順番を譲ったとなれば、話には困らないな」


 そんな風に次々とレイの前になった者達が順番を譲っていく。

 最初に列の順番を譲った男と同じく、後ろ暗いところの有無は関係なくレイという存在が自分の後ろにいるのに耐えられなかったのだろう。

 もっと言えば、レイを後ろに並ばせた状態でアニタと話をするのは緊張するという意味で気が進まないと思っての行動だったのだろう。

 そしてあれよあれよという間にレイは前に行き……気が付けば、目の前にはカウンターがあり、その向こうにはアニタがいたのだった。

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