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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3729/3865

3729話

「……間違いありません」


 アニタが呼んできた受付嬢、レイが見つけた遺体となった三人が生前に担当だったのだろう受付嬢は、目の端に涙を溜めながらそう断言する。

 美人というよりは可愛い……いや、可愛らしいと表現するのが相応しい、十代半ばほどの受付嬢。

 純粋な外見年齢では、レイとほぼ同じ。もしくは年下のように見えるだろう容姿。

 とはいえ、レイもそうだし、エルフやドワーフといったように外見では実際の年齢を確認出来ない者も、このエルジィンでは珍しくない。

 それこそ先祖にエルフやドワーフの血が流れていれば、普通よりも長生きで成長が遅いという可能性は十分にあった。

 そういう意味では、目の前の女の外見だけで年齢を決める訳にはいかない。

 いかないのだが、自分が担当していた冒険者が死んでいるのを見て涙を流しているのを見れば、受付嬢として雇われてからまだそんなに経っていないのだろうというのはレイにも予想出来た。

 ……それでも泣き叫び、泣き喚くといったことがないのはレイにとっても助かったのだが。


「では、レイさん。私達はこの辺で」


 アニタは連れてきた受付嬢に今は触れない方がいいと判断したのだろう。

 レイに向かってそう言ってくる。

 レイもその件については否とは言えない。

 ここで自分がいても、それはここにいる受付嬢が思う存分泣けないだろうと、そう思ったからだ。

 自分がここにいるのは、泣くのを何とか我慢している受付嬢の為にはならない。

 そう判断し、アニタの言葉に頷くと部屋から出る。

 アニタと共に一階に向かっていたレイだったが……その時、ふと気が付く。


「しまった。そう言えば、あのネックレスの件について言うのを忘れていたな」


 レイが拾った緑の宝石がついたネックレス。

 もしかしたら、そのネックレスはあの三人の物だった可能性もある。

 その為、あの三人の遺族が遺品として買い取りたいと言うのなら、レイはそれに応じるつもりだった。

 ……それが法外な安値、それこそ銅貨一枚とか言われれば、断っただろうが。


「その件がありましたね。私が話をしておきます。今は……あの子には一人でゆっくりとさせておきましょう」


 レイもその言葉には素直に頷く。

 先程の様子を見せられれば、それを断るといったことは出来る筈もなかった。


「分かった。頼む。じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。そっちも、ギルドの仕事が忙しくなる時間じゃないか?」


 ギルドの二階を歩くレイは、外から降り注ぐ夕日の光を見てそう言う。

 ダンジョンから出た時はまだ夕方には少し早いくらいだったのだが、ギルドの中で話をしている間に、時間はいつの間にか完全に夕方になっていたらしい。

 既に午後五時すぎといったところか。

 そのくらいの時間になれば、ダンジョンから戻ってくる冒険者も多くなるだろう。

 また、ダンジョン以外の場所で仕事をしていた者も戻ってきてもおかしくはない。

 ダンジョンでの行動が主なので、ギルムと比べると夕方になっても一気に冒険者が集まるという訳ではない。

 ……それでも、やはり夕方になるからということで依頼の達成や素材を売りに来たりといったように、多くの冒険者がギルドに集まるのは間違いなかった。

 中には空気を読めずに受付嬢を口説こうとする者もいるのだが……そういう者の多くは後ろに並んでいる冒険者によって、叩きのめされたりする。


「そうですね。……あの子の分も、今日は私達が頑張らないといけません」


 受付嬢として、仲間のフォローをするというのは当然のように行われる。

 アニタも先程の受付嬢のフォローをする気だった。

 その辺のやり取りについては、レイもあまり詳しくはないが、ギルムにおいてそういうのを何度も見てきてるので、何となくそういうものなのだろうとは理解しているのだろうが。

 そうして二人で会話をしながら階段を下りると、そこにはレイが予想した通り結構な数の冒険者がいた。

 少し早く戻ってきた者の中には、ギルドに併設されている酒場で今日の無事を祝ってか、宴会を始めている者もいた。

 そんな面々を羨ましそうに見ているのは、ダンジョンや依頼でろくに稼げなかった者達か。

 レイは足を止め、ギルドの様子を見る。

 アニタはレイが足を止めたので階段の途中でその動きを止めていたのだが、一階にいる者達のうちの何人かがそんなレイやアニタの存在に気が付く。

 何で二階から下りてきてるのかといった疑問の視線から、アニタと一緒にいることに対する嫉妬の視線。

 他にも色々な視線がレイとアニタに向けられる。

 アニタはそんな視線に気が付いたのだろう。

 レイと壁の隙間を抜け出る。


「では、失礼しますレイさん。今日はありがとうございました」


 そう言い、カウンターに向かうアニタ。

 アニタを見送ると、レイは周囲の様子を全く気にせずにギルドの中を歩く。

 冒険者の中にはレイに向かって不満そうな視線を向ける者もいたが、アニタと一緒にいたことからここでレイにちょっかいを掛けると、それこそアニタに嫌われるのではないかという思いもあってか、絡んでくる者もいなかった。

 相応の強さを持つ者は、レイのちょっとした動きからその強さを悟り、そしてレイだと認識する。

 ドラゴンローブの能力により、セトがいない状態、あるいはフードを脱いで顔を出している状態でなければ、外見だけでレイだと認識することは難しいのだ。


(妙なちょっかいを掛けられる前に、ギルドを出るか。この時間なら家に帰ればちょっと早い夕食になるか?)


 そんな風に考えつつギルドを出ると……


「いやまぁ、予想は出来ていたけど」


 目の前に広がる光景に、レイの口からそんな声が漏れる。

 何故なら、レイの視線の先には十人以上が集まっていたのだから。


(夕方だし、そう考えれば不思議でもないのか)


 ダンジョンから戻ってくるなり、依頼を終えて戻ってくるなりした冒険者達が、ギルドの前にいるセトに気が付けば、以前セトを見て気に入った者、あるいは実際にセトを愛でたことがある者……もしくは、今日初めてセトを見るが、大人しくしているのを見て気になった者。

 そのような者達がそれぞれ集まり、セトを愛でているのだろう。


「で、あっちは……うん、まぁ、気にしない方がいいか」


 セトやその周辺に集まっている者達から少し離れた場所には、二人の男が倒れている。

 セトの周囲に集まっている者達がその二人に何の視線も向けていないということは、つまりそういうことなのだろうと納得しながら、レイはその集団に近付いていく。


「グルゥ!」


 気配からか、あるいは集まっていた者達の隙間からレイの姿を見つけたのか、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。


「セト、待たせたな。ここにいる人達に遊んで貰っていたのか?」

「グルルゥ、グルゥ」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らす。

 楽しそうな様子で喉を鳴らすセトを見て、周囲に集まっている者達はセトを可愛がるという至福の時間が終わったことを悟る。

 幸いなことに、セトを愛でていた者達の中には聞き分けの悪い者はおらず、レイがセトを連れにきたと分かると素直に場所を空ける。


「悪いな。……さて、じゃあセト。今日は帰るぞ。遊んでくれた人達に感謝するんだ」

「グルルルゥ、グルルゥ」


 レイの言葉に従い、セトはありがとう、また遊んでねと喉を鳴らす。

 レイはセトと魔力的な繋がりがあるので、鳴き声を聞いただけでセトが何を言いたいのかは大体理解出来る。

 だが、それはレイだからこそなのだ。

 ここにいる面々は、セトの鳴き声を聞いてもそこまで正確にセトが何を言いたいのかは分からない。

 それでも、セトが嬉しそうにしているというのは分かるので、集まった者達も笑みを浮かべていたが。


「あ、そうだ。その、レイさん。あそこにいる二人ですけど……」


 セトの鳴き声に笑みを浮かべていた者達のうち、最初に我に返った女がレイに向かってそう声を掛ける。

 その女の言う二人というのが地面に倒れている男二人を意味していると理解したレイは、その女の言葉に頷いて口を開く。


「大体は予想出来るけど、セトにちょっかいを出してきたんだろう?」

「はい。その……セトが大人しいからって、その……毛を抜いたり、羽根を抜いたりさせろって言ってきたので」

「あー……うん。それでこの有様か」


 よりにもよってと、レイは哀れみの視線を倒れている男達に向ける。

 人にしてみれば、それこそ髪の毛を抜かせろとかそんな風に言われたも同然だ。

 セトを可愛がっている者達にしてみれば、そんな相手を排除してもおかしくはない。


(せめて、自然と抜けた毛や羽根を欲しいと言うのなら、ここまではされなかったんだろうけど)


 一体何を思って自分の要望が通ると思ったのか、レイには分からない。

 もしかしたら何らかの後ろ盾でもあるのかもしれないが、レイの従魔であるセトを相手にそのようなことをするのは、それこそ最悪レイを敵に回しかねないことだった。

 結局その後ろ盾を使うよりも前に、セト好きの面々の手によって沈められたのだが。

 しかし、これは考えようによっては幸運なことでもある。

 もし本格的にレイを敵に回したりすれば、それこそレイはその力を振るうのに躊躇しないのだから。

 この二人の後ろ盾にお偉いさんがいても、レイは容赦なく攻撃するだろう。

 ……そうなると、間違いなく騒動になる。

 そのようなことにならなかっただけで、多くの者にとってそれは幸運だったのだろう。


「はい。それで……どうしますか?」

「そのままにしておいていい。これでまたちょっかいを出してくるのなら、その時はこっちで対処するから」

「いいんですか?」


 放っておけというレイの言葉に、女はそう聞いてくる。

 それでいながら、少し不満そうなのは……やはりセトに危害を加えるような相手だからだろう。

 なお、不満そうなのはその女だけではない。

 セトと遊んでいた他の者達もそれは同様だった。


「実際に被害があった訳じゃないしな。それをお前達が助けてくれたんだろう? なら、わざわざ改めて何かしたりするつもりはない。……もっとも、これに懲りないでまたちょっかいを出してきたら、その時は話が別だが」


 レイの言葉にある程度は納得したのか、女もそれ以上は何も言わない。

 それを確認してから、レイはセトと共にギルドの前から立ち去る。

 そんな一人と一匹を、羨ましそうに……もしくは尊いという思いを込めて、見送る女達。

 そうしてギルドの前に集まっていた者達は、それぞれ自分のやるべきことに戻るのだった。






「お帰りなさい、レイさん」


 レイが借りてる家に戻り、セトを庭に放してから扉を開けると、メイドのジャニスが笑みを浮かべてレイが帰ってきたことを喜ぶ。


「ああ、ただいま。夕食まではちょっと早かったか?」

「いえ、そうでもありませんよ。もう少しで出来ますから。レイさんはそれまでゆっくりしていて下さい」


 ジャニスの言葉に頷き、レイは自分の部屋に戻る。

 ドラゴンローブを脱ぐと、ベッドの上に倒れ込む。

 ベッドについては、ジャニスが毎日洗濯をしているので、清潔なベッドの上でゆっくりと出来る。

 そうしてベッドに寝転がっていると、太陽の匂いを嗅ぎながらゆっくりと眠くなっていく。

 ……そう言えば、この太陽の匂いというのは実はダニとかそういうのの臭いだというのが一瞬だけ頭をよぎったものの、レイはそれを意図的に無視するかのように眠りにつくのだった。






「レイさん、レイさん。夕食の支度が出来ましたよ。お疲れならもう少し休んでから夕食にしますか?」


 眠っていたレイは、そんな声で我に返る。

 目を開けると、薄暗くなった部屋の中にジャニスの姿があった。

 そして少しの間自分が一体何をしていたのかを寝惚けながら考え……そしてようやくダンジョンから戻ってきてそのまま眠ってしまったことに気が付く。


「あー……悪い。すっかり眠っていた。いや、夕食はすぐに食べる。腹も減ったし。……セトには?」

「はい、もう料理を出しておきました」

「そうか。……んんー……何だか、随分久しぶりに昼寝をした気がする。いやまぁ、昼寝というか、夕寝と言った方がいいのかもしれないが」


 そう言いながら伸びをして、ベッドから下りる。

 外の様子を見る限り、恐らく眠っていたのは三十分かそこからだろう。

 寝起きではあったが、しっかりとレイの身体は空腹を訴えてくる。


(明日は……学校に顔を出すか。ダンジョンでもいいんだけど、セトの様子を見ると十階を攻略するには一日か二日時間を置いた方がいいだろうし)


 そんな風に思いつつ、レイはジャニスの作った夕食を食べる為にリビングに向かうのだった。

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