3728話
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「ふぅ、何とか戻ってこられたか」
「グルゥ!」
十階の転移水晶を使ってダンジョンの前に出たレイは、周囲の様子を確認しつつ呟く。
そんなレイの隣では、セトが嬉しそうに喉を鳴らしていた。
先程までいた十階では、階層全体に腐臭が漂っていた。
その腐臭を嗅いだだけでいきなり嗅覚が麻痺する……といった程に強力な腐臭ではなかったが、それでも腐臭は腐臭だ。
それを嗅いで嬉しいと思う者はいない。
(いやまぁ、趣味は人それぞれだから、中には腐臭を好むような者もいるかもしれないけど)
セトを撫でつつ、レイはそんな風に思う。
レイにとって今回の一件は、ダンジョンを攻略する上で必ず通らなければならない道だ。
それどころか、ダンジョンを攻略するのなら次の転移水晶があるという十五階に到着するまで、毎回十階の墓場を通って下に行く必要がある。
レイは腐臭や悪臭にはある程度耐えることが出来たが、レイよりも嗅覚の鋭いセトにとっては毎回十階から行くというのは厳しいだろう。
そうならないようにする為には、少しでも早く十五階に到達する必要があるのだが……レイがマティソンから貰った地図は、十三階までだ。
マティソン達のパーティが到達しているのが十三階……いや、少し前に十四階を攻略中という話を聞いたが、とにかくそういう訳で次の転移水晶がある十五階までの地図はない。
つまり、地図のない場所からは自分達で探索して攻略をする必要がある。
(まぁ、十階の墓場のように実力以外の要素で攻めてくるような場所でもない限り、どうとでもなるとは思うけど)
まずは十一階の氷の階層を目指すべきだろう。
そう思っていると、自分に視線を送ってくる者が多いことに気が付き、レイはその場から移動する。
「セト、俺はちょっとギルドに用事があるから、向こうで待っていてくれ」
「グルゥ」
レイの言葉に、何をしようとしているのかをセトも理解したのだろう。
特に不満そうな様子も見せず、分かったと喉を鳴らす。
レイは聞き分けのいいセトを一撫ですると、ギルドに向かうのだった。
「レイさん? こちらに来られるのは珍しいですね」
受付嬢のアニタは、カウンターの前にいるレイを見て少し驚いた様子でそう言う。
レイがダンジョンの攻略をしているのはアニタも聞いていたが、基本的にレイがギルドに来ることがなかった為だ。
普通の冒険者なら、ダンジョンに潜るついでにこなせるような依頼がないかを探したり、もしくはダンジョンでモンスターから剥ぎ取った素材や討伐証明部位、魔石を売ったり、もしくはダンジョンで入手した素材を売ったりする。
それ以外でもダンジョンで自分達の見つけた情報……具体的には今まで見つかっていなかった素材や通路をギルドに売ったりといった者もいる。
だが、レイは普通の冒険者とは違う例外だった。
何しろモンスターの素材や魔石は自分で抱え込み、討伐証明部位をわざわざ金に換える必要もないのだから。
普通ならそのようなことをすれば、素材が腐るなりなんなりして使い物にならなくなるが、レイの場合はミスティリングがあるので、素材はいつまででも保存出来る。
その為、基本的にレイがギルドに来るといったことはまずなかった。
ギルドの方で何らかの用事があって呼ぶのなら、レイもギルドに顔を出すだろうが、その辺は今のところやる予定がなかった。
それこそダンジョンのモンスターがスタンピードをするなりして、ダンジョンから出て街中に溢れるといったようなことにでもなれば、話は別だったが。
幸いなことに、今のところそのような様子はない。
そんな中でこうしてレイが姿を現したのだから、アニタが不思議がるなという方が無理だろう。
「ダンジョンの八階でモンスターに殺された三人の冒険者の死体……遺体を見つけたから、持ってきた」
そうレイが言うと、アニタは一瞬……本当に一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべる。
このガンダルシアの冒険者の多くはダンジョンに潜るが、ダンジョンというのは決して安全な場所ではない。
それどころか、これ以上ない程に危険のある場所なのだ。
だからこそ意気揚々とダンジョンに入った冒険者であっても、ダンジョンの中で死ぬというのは珍しい話ではない。
今日、いってきますと言ってダンジョンに向かったのに、戻ってこないのはよくあることでもある。
アニタも最初……受付嬢となってすぐの時は、親しい冒険者達がそのようにして死んでいくことにショックを受けていたのだが、人というのは何にでも慣れる。
慣れはするものの、それでもやはり冒険者が死んだと聞かされると多少なりとも悲しくなるのは当然のことだった。
……なお、アニタはこのギルドでも顔立ちが整っており、冒険者達に相応の人気がある。
そうなると冒険者がアニタを口説いたりもするのだが、アニタは冒険者が死ぬ時のことを考え、そういう誘いには一切乗らない。
親しくなった相手が……それこそ恋人となった相手が死んだりしたら、立ち直れないかもしれないと思ってのことだろう。
結果として、アニタは冒険者達にとって高嶺の花となっているのだが……本人はそれを知らない。
「そう、ですか。……では、ここで遺体を出すのは問題なので、こちらにどうぞ」
アニタに案内され、レイはギルドの二階にある部屋に向かう。
(二階に会議室とか色々な部屋があるのは、ギルムのギルドと変わらないんだな。ギルムよりも部屋数は少ないけど。それはギルドの大きさの差を考えれば当然か)
このガンダルシアのギルドも迷宮都市にあるギルドということで普通の……他の村や街にあるギルドよりも大きい。
しかし、それでもミレアーナ王国における冒険者の本場と呼ばれる辺境のギルムにあるギルドと比べると、どうしてもその大きさは劣ってしまう。
そんな風に思っていると、やがてアニタはとある部屋の前に立ち、扉を開ける。
「どうぞ、入って下さい」
促されて部屋の中に入ると、それなりに広い……広さにして八畳程の部屋があった。
そして部屋には幾つかの台座のような物がある。
それが何なのかは、わざわざアニタによってこの部屋に通されたレイには容易に想像出来た。
「この台座は?」
一応そう聞いておくのは、台座の上に遺体を出した時に実は全く違う使い道だと言われた場合に備えてだ。
恐らくそうだろうとは思うものの、実際には違うという可能性も否定は出来ない。
だからこそ尋ねたのだが、アニタは極力表情を出さないようにしながら口を開く。
「遺体を出して下さい。この台座は、遺体の腐敗を遅らせるマジックアイテムです。本来ならこういうマジックアイテムはない方がいいんですが……」
「……マジックアイテムか」
アニタの言葉はレイにとって驚きだった。
とはいえ、腐敗を止めるのではなく遅らせるということは、いつまでも置いておく訳にもいかない。
あくまでも遺体を遺族が受け取りにくるまでの臨時の物なのだろう。
「はい、ただ、普通はダンジョンで死んでいても精々がギルドカードを持ってくるだけで、遺体を持ってくる人は少ないんですよね。なので、このマジックアイテムを使う機会もあまりないんですが」
「だろうな」
レイもミスティリングがあったからこそ、遺体を持ってくる気になったのだ。
もしレイにミスティリングがなかったら、アニタが言うようにギルドカードを持ってくるくらいだろう。
遺体というのは、どうしても重い。
そうである以上、それを持ち運ぶのは大変だ。
自分の知り合いであったならともかく、見知らぬ相手……あるいは顔を知ってる程度の相手なら、わざわざ遺体を持ってきたりはしないだろう。
「じゃあ、出すぞ」
そう言い、三つの台座にミスティリングから出した遺体を置いていく。
「……」
そんなレイの行動を見ていたアニタだったが、一瞬……本当に一瞬だけだが、安堵した様子を見せる。
自分の知っている冒険者ではなかったことに安堵したのだろう。
ただ、それでも冒険者が死んだのは事実だ。
すぐにその表情から安堵の色は消える。
レイが三人を台座の上に出すと、アニタは全員の顔を確認していく。
「レイさん、その……ギルドカードは……」
「そいつらが持っている筈だ。遺体を漁ったりはしてないからな」
本来なら、ダンジョンで遺体になった相手の荷物を漁るのはそう珍しいことではない。
死んでしまっている以上、強力な武器や防具、ポーション、マジックアイテム、金……そんな諸々は、何の意味もないのだから。
寧ろ武器とかをそのままにしてギルドカードだけを持ってギルドに提出した場合、最悪モンスターが遺体から奪った武器を使う可能性は十分にあった。
実際にゴブリンやオーク、コボルト……そのような武器を使えるモンスターの使っている武器の中には、冒険者から奪った物もそれなりにある。
そうなると、遺体の武器をそのままにしたからこそ他の冒険者を……場合によっては冒険者以外であっても、傷つける可能性がある。
そういう意味でも、武器をそのままにしておくのは危険だった。
……もっとも、レイの場合はこうして遺体をミスティリングに収納して持ってきたので、武器の類もそのままだったが。
「分かりました。……ああ、ありますね」
レイの言葉を受けて、アニタが遺体からギルドカードを見つける。
それを確認し、大きく息を吐く。
「三人のギルドカードを確認しました」
坦々と、冷静にそう言うアニタ。
この状況で下手な慰めを口にしてもアニタを傷つけるだけだろうと判断し、レイはその言葉に頷く。
「そうか、……ああ、それとこの三人が死んでいた場所から少し離れた場所にこれがあったんだが」
遺体の次にレイがミスティリングから取りだしたのは、緑色の宝石が嵌まったネックレスだった。
アニタはその宝石を見るも、すぐに口を開く。
「それはレイさんが見つけた以上はレイさんが所有権を持っています。ですが……その、遺体からそう離れていない場所にあったということは、この人達の物かもしれません。もしよろしければ、それを売るのは少し待って貰えませんか?」
「まぁ、それは構わないけど。ただ、このネックレスの所有権は俺の物だろう? この三人の遺族がこれを返して欲しいと言っても、そのまま渡す訳にはいかないぞ。相応の値段で売ることになる」
「分かっています。その辺については、この三人の遺族がネックレスを返して欲しいと主張するのなら、きちんと説明しておきますので」
アニタもギルドで受付嬢をやっている以上、その辺についての事情は理解している。
レイが金持ちだから、あるいは高ランク冒険者だからネックレスは無料で返せと言われても、レイは……いや、ギルドとして、それを素直に受け入れることは出来ないのだ。
もしレイがそれを受け入れたら、他の冒険者達も理由を付けて遺品を無料で寄越せということになりかねない。
それこそ場合によっては、遺品ではない物すら遺品だと言い張り、無料で奪おうとする者すら出てきかねないのだ。
もっとも、冒険者の中には冒険者狩りをやって殺した相手から貴重品を奪うといった者もいるので、どっちもどっちなのだが。
それでも今の状況で上手くいっている以上、アニタとしては無料で寄越せと言われてもギルドの受付嬢として受け入れる訳にはいかなかった。
レイもその辺りの事情については理解しているので、アニタの言葉に特に反論することなく頷く。
「分かった、それでいい。……それで、俺はこのまま帰ってもいいのか?」
「いえ、その……もう少しお待ち下さい。一応、この三人を知ってる受付嬢を連れて来て、確認して貰いたいので」
ギルドカードで三人については確認したものの、アニタはこの三人の顔を知らない。
これがもっと小さな……それこそ村や小さな街にあるようなギルドであれば、冒険者の顔を全員分覚えていてもおかしくはない。
だが、このガンダルシアは迷宮都市であるが故に、多くの冒険者が集まってくる。
そうなると、受付嬢でも冒険者全員の顔を覚えるといったことは出来ない。
だからこそ、一応この三人が本当にギルドカードの持ち主であるかどうか確認しようというのだろう。
万が一……本当に万が一ではあるが、この三人が何かを企んでおり、ダンジョンの中で他の冒険者からギルドカードを奪ったという可能性もない訳ではないのだから。
「分かった。なら、部屋の前で待ってる」
「ありがとうございます。すぐにこの三人を知ってる人を連れて来ますので」
アニタはそう言ってレイに深々と頭を下げると、ギルドカードを持って部屋を出る。
部屋の前で待つと言ったレイもまた、アニタを追うようにして部屋を出るのだった。