3724話
レイがセトの背に乗って移動を始めてから十分程……
「ああ、これは川か」
地図を見た時、そこに何かがあるのは分かっていたものの、それが具体的になんなのかはレイにも分からなかった。
セトの気になった方向がこちらだったので、地図の線のある場所を確認したのだが、そこにあったのは川だった
ただし、それは一般的に思い描くような普通の川ではなく、小川と評するのが相応しい……それこそレイではなくても、その辺の子供であっても容易に跳び越えることが出来る程度の幅しかない川だったが。
「グルルゥ」
太陽の――ダンジョンの中なので実際には違うのだが――光によって、川の水が煌めく。
小川を泳ぐ小さな魚達の鱗が、そんな太陽に光を反射し、見る者の目を楽しませる。
周囲には草原が広がり、心地良い……暑くもなく、寒くもない風が吹く。
(湖のある七階もそうだったが、この九階もリゾート地っぽいな。いや、リゾート地じゃなくて、この場合はピクニックをするような、そんな場所か?)
弁当でも持ってくればよかった。
そう思うレイだったが、ミスティリングの中には多種多様な料理が入っているので、ここで料理を食べようと思えば食べられたりする。
レイとしては、それではあまりピクニック感がないという思いがそこにはあったが。
「グルルルゥ?」
川に入って遊んでもいい?
そう喉を鳴らすセトに、レイは構わないと頷く。
「少しくらい休んでもいいだろ。この川なら、湖の時のように敵が潜んでいるとか、そういうのもないだろうし」
浅い川だけに、その辺りの心配はなかった。
寧ろ心配なのは、川幅が狭いのでセトが思う存分遊ぶといったことが出来るかどうかということだろう。
子供が跳んで渡れる程度の狭さだ。
本当に大丈夫か?
そうレイは思っていたのだが、セトは特に気にした様子もなく川の中に入る。
それを見たレイは、少しだけ心配そうな様子を見せるものの、セトは特に気にした様子もなく川の中で遊んでいた。
足首くらいまでしかない水深は、セトにとっても珍しい場所だったのだろう。
川幅の狭さがあっても、セトは狭そうにはしていない。
そんなセトの様子を見て、レイは取りあえず安心だろうと思う。
「グルルゥ、グルゥ、グルルルルルゥ」
嬉しそうに、楽しそうにリズムに乗ったかのような様子で喉を鳴らすセト。
いつもなら周囲の様子を警戒するのはセトの役目なのだが、そのくらいならいいかと、レイは周囲の様子を確認する。
だが、こうして周囲の様子を見ていても特に何かがある訳ではない。
先程見た冒険者が姿を現すということはないし、モンスターが襲ってくるということもない。
(九階にはどんなモンスターがいるんだ? やっぱり一階や三階に出てくるモンスターの上位種とか、そんな感じか?)
そんな風に思いつつ、レイはしっかりと周囲の様子を確認する。
念の為に空も見る。
八階のような洞窟なら、空を気にするようなことはなかった。
レイ達が倒した蝙蝠もいたが、天井そのものが低いので、奇襲を心配する必要はない。
……もっとも、レイが見た冒険者の死体を考えると、冒険者によっては洞窟だからということで過剰なまでに天井付近の警戒をせず、その結果があの有様という可能性もあったのだが。
そのような洞窟と比べると、この草原はかなり空が高い。
実際には空ではなく天井なのだが。
疑似太陽とでも呼ぶべきものがあるのと同様に、疑似空とでも呼ぶべきものも存在する。
それでも結構な高さがあり、セトがいつも通りに飛んでも問題がないくらいには高い。
そのような高さだけに、空を飛ぶモンスターがいる可能性は十分にあった。
実際、他の階層ではハーピーのような空を飛ぶモンスターが存在していたのだから。
このような草原では、それこそ地上を歩くモンスターよりも普通に空を移動するモンスターの方が非常に有利だった。
生き物にとって上は死角だ。
見ている者によっては、それこそ何も気が付かないうちに上空から攻撃され、一撃で殺される……といったようなことも珍しくはないのだから。
「……ん?」
そんな風に思いながら空を見ていたレイは、ふと視界の端に何かが映ったように思えた。
気のせいかとも思ったのだが、それでも念の為に空の様子をしっかりと確認すると……
「セト、敵だ!」
レイは小さな……それこそ雀のような大きさの鳥が高速で空を飛びながら近付いてくるのに気が付き、鋭く声を出す。
「グルゥ!」
川で遊んでいたセトだったが、そんなセトもレイの言葉に即座に反応し、川から跳び出る。
元々川が浅いということもあり、水に足を取られるようなこともなかった。
川から出たセトは、レイの見ている方に視線を向ける。
レイの五感でもその存在をはっきりと認識出来たのだから、レイ以上に目のいいセトが、近付いてくる鳥の姿に気が付かない筈がない。
鋭く近付いてくる存在に向かい、クチバシを開く。
「グルルルルゥ!」
放たれたのは、バブルブレス。
これはセトが相手を侮った……という訳ではなく、八階で蝙蝠と戦った時の経験からのものだろう。
蝙蝠にファイアブレスを使った時は、その身体を燃やしてしまった。
結果としては、爪と牙が素材として入手出来なくなったのだ。
だからこそ今回はセトも素材を取れないようにして相手を殺すのではなく、バブルブレスによって粘着性の液体で身動きを取れなくしてから、しっかり殺そうと。
そう思っての行動だった。
「グルゥ!?」
しかし、素早く近付いてくる雀は、セトの放ったバブルブレスの泡を器用に回避しながら進む。
その光景は、雀ではなくツバメのようにすら見える。
だが、その外見は間違いなく雀なのだ。
勿論ただの雀にこのようなことが出来る筈もなく……それ以前にただの雀が九階にいる筈もなく、その雀もモンスターなのは間違いなかったが。
実際、外見は基本的に雀であるものの、唯一の違いはクチバシが鋭く長く尖っていることだろう。
クチバシを閉じているその光景は、それこそ刃物……いや、鋭い長針か何かのようにすら思える。
そんなクチバシを持つ雀は、バブルブレスで放たれた無数の泡の中を掻い潜りながら進む。
「グルゥ!?」
バブルブレスを放ったセトは、ここで自分の失敗に気が付く。
だがこうなった時、既に雀はレイのすぐ側にまでやってきていた。
しかし、レイも雀がただ黙って近付いてくるのを見ていた訳ではない。
八階で巨人が使っていた棍棒をミスティリングから取り出し、振るう。
いつのもようにデスサイズや石突きでなかったのは、単純に棍棒が巨大で、その分だけ攻撃面積が広い為だ。
雀のような小さく素早いモンスターを相手にするには、このような武器の方が向いている。
ただし、あくまでもそれはその武器を使えればの話だ。
巨人は片手で使っていた棍棒だが、それはあくまでも巨人だからだ。
一般人よりも背の低いレイだけに、本来ならそのような棍棒を使えるのかと疑問に思う者もいるだろう。
だが……レイは巨人の棍棒をあっさりと持つ。
巨人用の棍棒の為、握りの部分は当然ながら完全に持つことは出来ない。
だが、レイは指で強引に握り締める。
握りの中にめり込む指。
当然ながらそのようなことをすれば、この棍棒は傷つく。
まともに使える回数は少なくなるだろう。
それでもレイは棍棒を握り、振るう。
「ニュイ!」
雀は自分に向かって振るわれた棍棒に対し、妙な鳴き声を上げつつ回避しようとする。
小柄だからこそ可能な、素早い身のこなし。
しかし、この場合は相手が悪いとしか言いようがなかった。
レイは雀が進行方向を変えたと理解した瞬間に手首を捻り、棍棒の振るう軌道を変化させる。
雀は自分の前に突然壁が……棍棒が現れたことに驚き、咄嗟に回避しようとするが……グシャリ、と。
棍棒が肉を叩き潰す音が周囲に響く。
「あー……」
生々しい音に、レイの口からはそんな声が漏れた。
そうして、恐る恐るといった様子で棍棒を持ち上げると……
「うわぁ……」
そこにあったのは、まさにミンチという表現が相応しい光景。
雀は自分の速度と棍棒の重量、そしてレイの腕力によって振るわれた威力によって原形を留めていない。
唯一の救いは、身体はミンチになっていたものの、魔石は肉片に包まれていたお陰もあってか無事だったことだろう。
また、雀の特徴たる鋭いクチバシは棍棒に突き刺さってはいるものの、折れてはいない。
「見事なまでに突き刺さってるな。……抜けるのか、これ?」
棍棒に突き刺さっているクチバシは、レイが見たところではほぼ根元近くまで達している。
この雀がどのようなモンスターなのかは分からないが、クチバシが特徴なのは間違いない。
問題なのは、そのクチバシが素材かどうかだろう。
「ミンチだしな」
クチバシから視線を逸らし、ミンチとなっている雀の死体を見る。
ここまで肉片となってしまっていると、ドワイトナイフは使えない。
そうなると自分で解体するしかないのだが、ここまでミンチになってしまっていてはとてもではないが解体をするといったことは出来ない。
「魔石が無事だっただけよかったと思っておくか」
「グルゥ……」
呟くレイに向かい、セトがごめんなさいと喉を鳴らす。
セトの使ったバブルブレスが、雀に回避され、何の役にも立たなかったことからの言葉なのだろう。
だが、レイはそんなセトに気にするなと撫でる。
「セトのバブルブレスを回避したから、雀の行動が少し遅くなって、それによって俺の振るった棍棒が雀に命中したんだ。……あのクチバシの長さからすると、雀じゃなくてキツツキと呼ぶに相応しいのかもしれないけどな。というか、雀のような体格で何であそこまで素早く飛べたのやら」
それこそツバメの如き素早さというのが正しい……あるいはツバメ以上の速度で飛んでいるようにすら思えた。
もしバブルブレスが使われていなければ、もしかしたら雀はレイの振るった一撃を回避していたかもしれない。
勿論、レイもそうなりそうなら更に追加で動いて棍棒による一撃を与えようとはしていただろうが。
ともあれ、セトのバブルブレスによってレイの一撃が命中しやすかったのは間違いない。
「グルルゥ?」
レイの言葉に、セトは本当? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、バブルブレスは自分のミスだったと、そう思っているのだろう。
レイがセトに言ったのは、別にお世辞でも何でもない。
レイとの付き合いが長いだけに、セトもその言葉が真実であると理解したのだろう。
「ともあれ、まずはこの魔石だな。……セトが使うか?」
「グルゥ。グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは首を横に振る。
セトにしてみれば、レイに慰められたとはいえ、それでも自分のミスはミスだ。
そうである以上、レイが倒したモンスターの魔石を自分が使おうとは思えなかったらしい。
「じゃあ、俺が使ってもいいのか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に勿論と喉を鳴らすセト。
セトの気遣いに、レイは感謝しながら身体を撫でてからデスサイズをミスティリングから取り出し、セトから少し距離を取る。
問題ないとは思うのだが、それでも念の為の行動だ。
そうしてある程度離れたところで、雀の魔石を放り投げる。
雀はその身体の大きさも雀だっただけに、当然ながら体内にあった魔石も相応に小さい。
その為、切断するのは容易ではないが……
斬、と。
レイが振るうデスサイズは、容易に小さな魔石を切断した。
【デスサイズは『雷鳴斬 Lv.二』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
レイは喜ぶと同時に、雷鳴斬がレベルアップしたことに疑問を抱く。
(もしかしてこの雀、雷系のスキルを持っていたのか? その割には使わなかったけど。……もしくは、棍棒で一瞬にしてミンチにされたから、使う機会がなかったとか?)
雀なのに、ツバメ並の素早さを持っているのを思えば、その類のスキルを使う余裕がなかったというのはレイにも納得出来た。
(あるいは、スキルを使ってるからこそのあの速度だったか? ……クチバシはともかく、身体は雀だったんだ。それがツバメ並の速度を出すというのは、納得出来ないでもないか)
そんな風に思いつつも、レイは実際にスキルを試してみることにする。
「雷鳴斬」
発動したスキルは、レベル一の時よりも刃に纏う雷が多くなっているように思えた。
実際に敵につかってみないと具体的な能力は分からないものの、今までの経験からすると、レベル二だと恐らく結構弱いんだろうなと、そう思う。
この階層で次に遭遇した敵に、雷鳴斬を使ってみようとレイは考えるのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.八』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.六』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.七』『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.三』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.四』『黒連 Lv.一』『雷鳴斬 Lv.二』new
雷鳴斬:デスサイズの刃に雷を纏わせる。刃に纏ったの雷に触れた者は痺れて動きを止める。レベル一では一秒程、レベル二では二秒程。