3723話
魔獣術を使い終わると、レイは周囲の様子を改めて確認する。
そして自分のやって来た方と地図を見比べ、九階に下りる階段に向かう道を調べ始めた。
現在レイとセトのいるホールは、複数の通路が繋がっている。
その為、ここで通路の選択を間違うと九階の階段に到着するまで大きく遠回りをすることになってしまう。
また、レイは自分が微妙に方向音痴気味だというのは一応理解している――他人に言われれば素直に肯定は出来ないが――ので、道を間違えないよう慎重になっているのも事実。
そうして間違えないようにしっかりと確認してから、レイは行くべき方向を決める。
「向こうの通路だな。……セト、行くぞ」
「グルゥ」
レイの呼び掛けに、セトは元気に喉を鳴らす。
これはセトが毒の爪がもう少しでレベル十になるのではないかと、そのように期待している一面も大きい。
レイが期待していてくれるからというのも大きいだろう。
そんな訳で、早くモンスターが……それもまだ遭遇したことのないモンスターが出て来いといった様子で、洞窟の中を進む。
レイはセトの背の上で新たな敵が出て来ないかどうかを確認する。
セトの方がレイよりも感覚は鋭いのだが、それでも絶対ではない。
何らかの理由でセトが見逃した敵が襲ってくる可能性もあるのだ。
そうならないようにする為には、やはりレイもしっかりと周囲の様子を警戒しておく必要があった。
(とはいえ、出来ればこの洞窟でモンスターとはあまり戦いたくないんだよな。それなりに動けるだけの空間があるのは間違いないが、それでも思う存分戦えるという訳ではないし。いっそ、デスサイズとかじゃなくて、長剣とか短剣のを使ってみるか?)
デスサイズや黄昏の槍といった長柄の武器の扱いを得意とするレイだったが、長剣や短剣を使った戦闘が出来ないという訳でもない。
勿論、レイの好みや適性的に長柄の武器の方が長剣や短剣よりも技量が上なのも事実。
長剣や短剣を使った場合、どうしてもその戦闘力はデスサイズや黄昏の槍を使った時と比べると劣るのだ。
……それ以外にも、デスサイズを使わないのでスキルを使えないという点も大きなマイナスだったが。
「グルゥ……?」
レイが長剣や短剣について考えながら進んでいると、不意にセトが喉を鳴らす。
敵か? とも思ったレイだったが、セトに警戒している様子はない。
寧ろ、何か変わった物でも見つけたかのような、そんな様子だった。
「セト?」
「グルルルゥ」
レイに名前を呼ばれたセトは、とある方向……自分達の進行方向を見ながら喉を鳴らす。
ただし、洞窟の中央を進んでいるセトの視線が向けられているのは、端の方だ。
「何かあるのか?」
レイはセトの背から下りると、セトが見ていた方に向かう。
そうして近付くと……
「ネックレス……壊れてるけど」
ネックレスと思しき物が落ちていた。
レイが言うように、そのネックレスは千切れており、壊れている。
それでも幸いだったのは、例えば真珠のネックレスのようなタイプではなかったということだろう。
もし真珠のネックレスであれば、それこそ千切れた場所から真珠が抜けてしまい、周辺に散らばっていただろう。
しかし、落ちているネックレスはそのようなタイプではなく、先端に緑色の宝石がはめ込まれた台座のようなものがあるネックレスだった。
「このネックレスは……もしかして、さっきの冒険者達の持ち物か?」
先程死んでいた三人の冒険者を思い出すレイだったが、それが事実かどうかは分からない。
可能性としては十分にあったが、現在レイ達がいる場所は既に大分先程の広間からは離れている。
「まぁ、拾っておくか。宝石……だよな? エメラルドか?」
レイは別に宝石については詳しくない。
その為、緑色の宝石というだけでエメラルドだと考える。
実際には緑色の宝石はエメラルド以外にもペリドットやグリーントルマリン、それ以外にも複数あるのだが。
また、このエルジィンの場合は魔法鉱石を加工した物という可能性もあった。
ともあれ、ネックレスをこのままにしておく訳にもいかないだろうと、レイは拾い上げたネックレスをミスティリングに収納しておく。
(あの三人の死体の関係者がいたら、それとなく聞いてみるか。……用心深くする必要はあるだろうけど)
緑の宝石はそれなりの大きさがあった。
それこそ、もしその宝石を売れば結構な値段になるのは間違いない。
だとすれば、死んでいた三人の冒険者の遺族がこういう物があったと言えば、それは自分の物だと……死んだ自分の身内が持っていた物だと口にしても、おかしくはない。
レイとしては緑の宝石やネックレスに興味がある訳でもないので、そうなったらそうなったで別に構わないとは思うのだが。
「とはいえ、拾った以上は俺の物なんだよな」
ダンジョンに落ちていたネックレス……これは冒険者のルールとしてはレイの所有物だ。
わざわざこれを三人の冒険者の遺族に渡す必要もない。
勿論、遺族が相応の値段で買い取りたいと言ってきたのなら、レイにも交渉の余地はあるが。
「セト、先を急ごう。今はとにかく、九階に向かいたい。今日のうちに十階まで到達して、転移水晶に登録したいし。……それに十階は毒のモンスターがいそうだし」
貰った地図によると、十階は墓場がどこまでも広がっている場所となっていた。
幾つか廃屋の類もあり、出てくるモンスターはその多くがアンデッドだと。
そしてアンデッドとなると、毒系の攻撃方法を持っている種類も多い。
……難点としては、レイやセトのように嗅覚が鋭いと、腐臭をまともに嗅ぐことになってしまうことか。
後は魔獣術的にはレイとセトはこれまで結構な数のアンデッドを倒しているので、その魔石で魔獣術が発動するかどうかというのもあった。
とはいえ、四階のサンドワームのように以前倒したモンスターであっても、このダンジョンでは多少なりとも違う種類となっていて、それによって別のモンスターと認識される可能性は十分にあったのだが。
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らし、そのまま進む。
そして地図があるおかげで、迷路状になっている八階も全く問題なく進み続け……
「見つけたな」
レイの視線の先には、九階に続く階段があった。
本来なら、この八階に初めて足を踏み入れた者達は迷路と化した洞窟の中で道に迷う。
そうして道に迷いながら何度も戦闘をすることになる。
そういう意味では、地図を持っているレイにしてみれば、この洞窟の階層は非常に楽な場所であるのは間違いなかった。
……それでも洞窟のような構造になっている為に、モンスターと遭遇すれば回避出来ないという難点はあるが。
もしこの階層でモンスターとの戦闘を回避するのなら、それこそ直接接触する前にモンスターの存在を察知し、別の道を移動して戦闘を回避するしかない。
だが、当然ながら迷路状になっているこの八階でそのようなことをすれば、自分がどこにいるのかを把握するのは難しい。
道に迷ってでも敵と戦闘を回避するか、あるいは道に迷うのを嫌ってモンスターと戦うか。
その辺は冒険者によって変わるだろう。
レイ達は地図があるというのもあって、最短距離で九階に続く階段まで移動出来たので、戦闘の回数そのものは少なかったが。
「よし、行くか。九階も出来るだけ早く攻略して十階に行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは喉を鳴らし、一人と一匹は階段を下りていく。
そのまま数分の間階段を下り続け、やがて九階に到着する。
九階に出たレイの視線の先に広がっているのは、草原だった。
「一階と三階に続いて、九階も草原……まぁ、前もって分かっていたけど。でもどうせなら、十階を草原にして欲しかったな」
墓場の階層よりも草原の階層の方が、転移水晶で転移した時の気分的にすっきりとするだろう。
そう思うレイだったが、ダンジョンがそのようになっている以上はどうしようもないのも事実。
(いや、ダンジョンにしてみれば、転移した先が墓場でテンションが下がるというのが狙いだったりするのか?)
ダンジョンにとって、攻略されるというのは自分の死を意味する。
もっとも、この場合のダンジョンというのはダンジョンの核のことになるが。
そんなダンジョンの核にしてみれば、自分を殺そうとする冒険者のテンションが下がる……言い換えれば、戦闘意欲が下がるというのは、好ましい事なのは間違いなかった。
(いやいや、それはないか。そもそもダンジョンの核にそういう意思があるのなら、転移水晶なんて物は用意しないだろうし)
このダンジョンが何階まであるのか、レイは分からない。
分からないが、それでも転移水晶があることによって、わざわざ毎回一階から攻略をするといったことは必要なくなっているのは、冒険者達にとってはメリットであっても、ダンジョンの核に自我の類があるのなら自殺行為でしかないだろう。
そう考えると、レイは自分の考えを否定する。
「ともあれ、草原は俺やセトにとってはやりやすい場所だ」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らす。
セトにとってもレイの言葉は全面的に同意なのだろう。
八階が洞窟という狭い――それでもセトが問題なく動ける程度の広さや高さではあったのだが――場所だっただけに、こうして動くのに何の支障もない草原というのは嬉しかったのだろう。
(それに、モンスターと遭遇する時とかも大分やりやすいし)
洞窟の時は敵の接近は嗅覚や音、気配といった諸々で察知することが出来た。
だが、草原のような広い場所なら、それらに加えて目でも敵の姿を見つけることが出来る。
感覚が一つ増えただけではあるが、視覚というのは五感の中でもかなりの割合を占めているのだ。
それだけに、敵の姿を目で見て発見出来るというのは大きい。
特にセトの視覚は敵がまだレイやセト達を見分けることが出来ない距離からでも普通に相手の姿を見つけることが出来るので、その点は大きい。
敵を先に見つけることが出来るというのは、戦闘では非常に有利になるのだから。
「じゃあ、探索と行くか。……出来れば未知のモンスターは三種類くらいは見つけたいな。それに九階だし、宝箱も見つけられればいいんだが」
宝箱に関しても、洞窟よりもこの九階の草原の方が見つけやすいのは間違いない。
洞窟であれば、それこそ怪しい場所に行ってみて、それでようやく宝箱があるかどうか分かるのだから。
「グルゥ!」
セトもレイの声に嬉しそうに喉を鳴らす。
そうしてレイ達は、まずモンスターがいないかどうかを探し始めたのだが……
「それなりに冒険者の数はいるな」
「グルルゥ」
レイの呟きにセトが同意するように喉を鳴らす。
レイの視線の先では、四人組のパーティが草原を歩いているのが見える。
レイ達が行動を始めてからすぐに冒険者達を見つけたのだから、それはつまりこの九階にはレイが言ったようにそれなりに冒険者が多いのは間違いなかった。
もっとも、偶然冒険者を見つけただけという可能性も否定はできなかったが。
ただ、レイとしては見つけた冒険者に特に用件はないので、セトと共に離れていく。
レイやセトが見つけた冒険者達も、レイ達の存在には気が付いているのだろうが、向こうも特に用件はないのか、レイ達に近付いてくることはなかった。
これはレイにそれなりに好印象を抱かせる。
この階層までくるような冒険者であれば、レイのことを知っていてもおかしくはない。
そうである以上、中にはレイのお零れを貰おうと考え、一緒に行動しようとする者もいるだろう。
あるいは単純に、レイと顔見知りになっておきたいと考えるか。
後者はともかく、前者はレイにとって決して好ましいものではない。
その為、そういうことを狙ってレイに近付いてくる相手がいた場合、レイにとっては面白くないのだ。
……だからこそ、レイの存在に気が付きつつも自分達から近付いてこない冒険者達は好印象だった。
それこそ、モンスターに襲われていたら助けてやろうと思うくらいには。
もっとも、襲っているモンスターが未知のモンスターであれば、レイも余程嫌っている相手でもなければ助けるだろうが。
この場合、助けられる方についてレイがどう思っているのかは重要ではない。
重要なのは、やはりそれが未知のモンスターであるということだった。
「セト、取りあえず適当に歩き回ろう。どっちに行きたい?」
「グルゥ? ……グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは右方向に向かって喉を鳴らす。
十階に続く階段のある場所は、地図で既に知っている。
なら、その前に九階でモンスターや宝箱を探そうと、レイはセトの向いた方に向かって進むのだった。