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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3716/3865

3716話

「うおっ! 手、手を切った!」


 ニラシスの悲鳴が周囲に響く。

 その手からは血が流れているのがレイの目にも見えた。

 どうやら鱗を剥がそうとしたところで、刃状になっている部位によって指を切ったのだろう。

 当初はエイジフィッシュを食べるつもりはなかったニラシスだったが、セト好きのパーティメンバーの女二人に強烈に主張され、それによって結局ニラシス達もここに残って焼き魚を食べていくことになったのだ。

 とはいえ、それを主張した女二人はセトを愛でており、魚を捌くのは何故かニラシスがやっていたが。

 それについて突っ込みたいレイだったが、他のパーティの事情にレイがどうこう言う必要もないだろうと判断していたので口出しをするつもりはなかったが。

 ニラシスがエイジフィッシュを捌いているのを見ながら、レイは自分が持っている魚に視線を向ける。

 そこにある魚は焚き火から遠火でゆっくりと焼いたことによって食べ頃になっていた。


「セト、これはそろそろいいか?」

「グルゥ? ……グルゥ!」


 レイの言葉を聞いたセトはじっと魚を見て、それからもう大丈夫と喉を鳴らす。

 先程……まだニラシスが来る前に聞いた時は、まだ中まで完全に焼けていなかったと判断したセトだったが、それから少し時間が経ったことで、もう食べても大丈夫という結論に達したのだろう。


「よし。じゃあ食べるか。……セトも食べてもいいぞ。それとお前達の分はニラシスが準備をしてるから、セトの分を取るのは止めてくれ」

「えー……分かった」

「そうね。セトちゃんの魚を取るのは駄目よね」


 二人の女は、渋々といった様子だったがセトの焼き魚を諦める。

 このまま無理にセトから奪うようなことをしたら、セトに嫌われると思ったのかもしれないが。

 セトの作った焼き魚は食べたいが、だからといってセトには嫌われたくはない。

 そう思っての行動だったのは間違いなく、だからこそ女達は諦めたのだろう。

 あるいは……


「ほら、ニラシス。頑張って魚を捌いてよね。セトちゃんに私の作った焼き魚を食べて貰うんだから」


 ニラシスの料理の腕によるものか。

 その辺りはレイにも詳細は分からなかったものの、取りあえずセトの焼き魚が奪われなかったというだけで安堵しておく。


「それで、お前達は何でまたこんな階層に? もしかして、また冒険者狩りが出たとか、そういう感じか?」


 レイがニラシス達とダンジョンの中で遭遇したのは、五階に現れた冒険者狩りの件でだった。

 その為、もしかしたらまたそのようなことでも起きたのではないかと思ったのだが……


「いや、違う。この階で採れる素材を指名依頼で頼まれたんだよ」


 魚を捌きつつ、ニラシスがそう言ってくる。

 エイジフィッシュという捌くのが難しい魚を捌きながらも、こうして話す余裕があるのは、料理に慣れているからなのだろう。

 それがレイには少し意外だった。

 とはいえ、レイはそれを表情に出さないようにしながら口を開く。


「七階の素材か。モンスターの素材か? それとも採取系か?」

「後者だよ。……って、またか。この鱗、どうにかならないのか」


 苛立ち混じりに言うニラシス。

 どうやらまた刃状になっている鱗で指を切ってしまったらしい。

 料理が得意であっても、エイジフィッシュの鱗を剥ぐのは得意ではないらしい。

 そのことに少しだけ優越感を覚え……だが、レイはすぐにエイジフィッシュの鱗を剥ぐのと、料理全般が出来るのとどちらが一般的には評価されるのかを思い、がっかりする。


「鱗を剥ぐ時に気を付けるしかないな。あるいは手袋の類を使うとか」


 一口に手袋と言っても、軍手のようなものであったり、あるいは防具にも使えるような防刃性の物もある。

 今回レイが言っている手袋というのは、後者だった。

 防刃性の手袋であれば、それこそ鱗を手で触っても傷つく心配はいらないのだから。


「そんなのは持ってきてないって。……レイにはあるか?」

「あー……どうだろうな。防具とかに使えるようじゃなくて、作業用の奴はあるけど。使うか?」


 レイの提案にニラシスはどう反応すればいいのか迷う。

 だが、エイジフィッシュの解体で手や指の怪我をこれ以上増やすと、この七階での本来の目的を達成する時にそれが理由で何らかのミスをしかねない。

 本来は十三階で行動している自分達が、七階の指名依頼でミスをし、怪我をするというのは避けたい。

 その為、多少レイに借りを作る形であっても素直に手袋を借りることにする。


「分かった、貸してくれ」

「ほら」


 レイはミスティリングから取り出した手袋を、ニラシスに渡す。

 どこでこの手袋を手に入れたのだったか。

 そう思いながら。

 ミスティリングには色々な物が大量に入ってる。

 それが具体的にどこで入手した物なのかと言われれば、覚えていない物も多かった。

 もっともそれは今更の話なので、すぐに頭の中から消えたが。

 レイにとって今もっとも興味を惹いているのは、そろそろ食べ頃になっている焼き魚なのだから。


「さて……セト、食べるぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、待ってましたといった様子でセトが焼き魚を食べ始める。

 レイもまた、串から落とさないようにしながら焼き魚に齧りつく。

 表面に振られた塩の味を最初に感じ、これが遠赤外線効果なのかパリッとした皮の食感と、柔らかくしっとりした身。

 レイの感覚では、鮎に近い味のように思えた。

 もっとも鮎は川の魚なのに対し、エイジフィッシュは湖の魚なのだが。


(いや、それ以前にこのエルジィンは異世界だから、その時点で比べるのは間違いか)


 そんな風に思いながら、魚を食べ進めていく。

 五十cm程の大きさの魚だったが、その身は瞬く間に減っていく。

 もっとも、五十cmのうちで頭が結構な割合になっているし、尻尾もそれなりに大きい。

 そう考えると、食べられる部位はその大きさと比べてそこまでは多くないのだろう。

 もっとも、尻尾はともかく頭は兜焼きであったり、丸ごと煮込んで食べるといった調理法もあるが。


「グルルルゥ!」


 美味しい! と喉を鳴らすセト。

 最初にレイが魚を焼いていた時、もういいのではないか、食べられるのではないかと思ったのだが、そんなレイの行動を止めたのがセトだった。

 その時はセトが鋭い感覚……レイは嗅覚か何かを使ってのものだと思っていたが、とにかくまだ中がしっかりと焼かれていないと言い、もう少し焼くことにしたのだが、それが正解だったのは現在の状況を見れば明らかだった。


「美味しそう……」

「本当にね。ニラシス、早くしてよ」


 レイとセトの様子を見た二人の女は、セト好きというのを抜きにしても、エイジフィッシュの焼き魚を食べている様子を見て、そう言う。


「この階層を攻略した時は、食べなかったのか?」

「言っておくけど、普通はエイジフィッシュをわざわざ獲ったりはしないわよ。危険だもの」


 セトは特に怪我をしたりすることもなく、あっさりとエイジフィッシュを獲っていたものの、それはセトだからだ。

 普通の冒険者が水中でエイジフィッシュと戦いになれば、かなり苦戦するだろう。

 最悪殺されてもおかしくはない。

 この七階にようやく来ることが出来た者達にとって、エイジフィッシュというのはそれだけ危険なモンスターなのだ。

 だからこそ、セトがこうして何匹もエイジフィッシュを獲ったのを見たニラシス達は、それを見た時には驚いたのだが。

 もっとも驚きはしても表情に出さない辺り、さすがと言うべきなのだろうが。


「そういうものか? セトならあっさりと獲っていたんだけどな」

「さすがセトちゃんね」


 レイの言葉にセトを褒める女。

 焼き魚を味わっていたセトだったが、そんな中でも自分が褒められたのに気が付いたのだろう。

 嬉しそうに喉を鳴らす。

 そうしてレイとセトと二人の女が楽しい食事を楽しんでいる間も、ニラシスと、男のパーティメンバーが協力して魚を捌き続け……


「おらぁっ! 終わったぞ!」


 やり遂げたといった様子で、テンション高く叫ぶニラシス。

 レイはそんなニラシスの様子に、ごくろうさんと思いながら、ふと気になる。


「どうやって焼くんだ?」

「……え?」


 レイの言葉に、ニラシスは何と反応すればいいのか分からなくなる。

 改めて自分の捌いた魚を見ると、その大きさはレイやセトが食べている魚よりも少し小さいが、それでも四十cm以上は間違いなくある。

 それだけの魚なので、その重量も結構なものがあり、普通の串で焼くのは難しいだろう。

 いや、その串を焼く本人が持ってずっと焚き火で焼き続けるといったことをするのなら、焼けないこともないだろう。

 だが、魚の重量を考えれば……ましてや、レイやセトの焼き魚が出来るまでに掛かった時間を思えば、結構な時間焼き続ける必要がある。

 もっとも一人がずっと焼き続ける必要がある訳ではないので、全員が……あるいは食べたい者が順番に焼き続けるという方法もあるのだが。


(このパーティの力関係を見ると、それはちょっと難しいだろうな)


 レイが見た限りだと、ニラシスのパーティで主導権を握っているのはセト好きの女二人だ。

 パーティリーダーはニラシスの筈なのだが、それとパーティ内の力関係は別ということらしい。


「えっと……その、レイが持ってる串……串? 串をくれないか?」


 ニラシスはレイが魚を串に刺し、地面に立てて焼いていたのを見たからだろう。

 そう言ってくる。

 レイの持っている焼き魚は既に七割程は食べられているので、その串の正体……矢や、場合によっては槍と称してもいいような大きさだというのは、理解しているらしい。

 だからこそ、ニラシスは串と言いながらも少し戸惑ったのだろう。

 レイは自分の持っている串に目をやり、少し考えてから頷く。


「俺が食べ終わった後ならいいけど。それより、どうせならセトの奴の方が……」

『そっちにして!』


 レイの言葉を遮るように、最後まで言わせず、二人の女が声を揃えてそう告げる。


「お、おう」


 あまりの食いつきに、レイですら思わず後退りながらもそう答える。

 レイにとっては、別にそれくらいは構わない。

 レイよりも食べる速度が早い――口が大きい分だけ当然なのだが――セトは、既にエイジフィッシュの大半を食べ終わっている。

 レイが残した頭部や、その五十cmという大きさから普通の魚よりも圧倒的に頑丈な骨も、セトは全く気にした様子もなく噛み砕いていく。

 そうして残ったのは、魚を貫いていた串。

 ただ問題なのは、セトが魚を食べる時に何度かクチバシが串に触れた影響で、その串が微妙に傷ついていることか。

 普通の魚……エイジフィッシュよりも小さな魚を食べる分には特に問題はないが、ニラシスが捌いたエイジフィッシュに刺すということを考えると、途中で折れる可能性は十分にあった。

 それならいっそ、新しく串を作った方がいいのではないかとも思ったが、そうなるとまた薪を出して、それを尖らせる作業をする必要がある。

 やろうと思えば出来るのだが、自分で食べる訳でもないのにわざわざそこまでやるのは面倒だ。


「どうする? ちなみに薪を渡すから、それを削って自分達で串を作るといった方法もあるけど」

「……いや、レイの串をくれ」

「セトのじゃなくていいのか?」

「見た限り、もし使っても折れそうな気がする。それは避けたい」


 ニラシスの判断に女二人は不満そうな様子を見せるものの、魚を食べている最中に串が壊れたらどうすると言われれば反論は出来ない。

 レイはそんなやり取りを、自分の焼き魚の骨や頭を食べているセトを眺めつつ聞いていた。


「グルゥ!」


 満足した! といった様で喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子にレイは笑みを浮かべ、ここでの用事は終わったと判断し、別の場所に行こうとしたのだが……


「グルルルルゥ!」

「セト?」


 不意にセトが湖の方を見て喉を鳴らす。

 警戒している様子のセトに、一体何があったのかと疑問に思ったが、すぐにそれが敵なのだろうと判断し、立ち上がる。

 両手にいつものように、デスサイズと黄昏の槍を持つ。


「焼き魚の匂いに惹かれたか?」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトは自分でも惹かれるかもしれないと喉を鳴らしつつ、鋭い視線を湖に向ける。

 そんなレイとセトの様子を見たニラシス達も、すぐに戦闘準備をする。

 せっかく捌いた魚が地面に落とされたのは、冒険者としてはおかしなことではないのだろう。


「さて、一体どんなモンスターだ? どうせ焼き魚の匂いに惹かれるのなら、地上のモンスターの方が戦いやすくてよかったんだが」


 そんな風に呟くレイの視線の先……湖面を突き破るように、何かが空中に飛び出す。

 それを見たレイは、半ば反射的にスキルを使う。


「飛斬!」


 振るわれたデスサイズから斬撃が飛ばされるのだった。

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