3714話
「この魚も多分モンスターなんだろうな。この外見だし」
セトによって砂浜に打ち上げられた魚は、その身体中から棘や刃を生やしていた。
棘であれば、普通の魚でも生やしている魚はいる。
それこそ代表的なのはハリセンボンやエイといった魚だろう。
あるいは刃を持つ魚もいるのかもしれないが、生憎とレイはそちらについては知らなかった。
その為、見るからに鱗が刃のように鋭い魚を見て、モンスターではないかと判断したのだ。
魚の大きさは、五十cm程もある。
レイが日本にいた時、家の近くの川では鮎やヤマメ、イワナ、カジカ、ヒヤリといった川魚が獲れたものの、その中には五十cm程の大きさの魚はいなかった。
あるいはもっと山奥に入り、人のあまり来ない場所でならその川の主とでも呼ぶべき魚がいて、五十cm程ある可能性も否定は出来なかったが。
「セト、この魚はどうするんだ? 解体するのか、それとも食べるのか」
「グルルルゥ!」
湖を泳いでいたセトは、レイの言葉にどちらでもいいといったように喉を鳴らす。
……同時に、再びバシャリと水を叩く音がし、レイから少し離れた場所に同じくトゲと刃の生えた魚が落下してきた。
バシャリ、バシャリ、バシャリ。
続けて三度の音がし、その音の数と同じだけ魚が空中を飛んでくる。
「ああ、うん。なるほど」
こうして容易に追加で獲れるから、どちらでもいいと言ったのだろう。
そのことにレイは納得する。
ミスティリングからドワイトナイフを取り出し、それを魚に向かって突き刺す。
取りあえず二匹分だけ解体し、残りは普通に焼き魚か何かにして食べようという判断からの行動だった。
周囲が眩く照らされ、その光が消えると、そこには長いトゲ……それこそ針と称してもいいようなトゲが二本に刃状の鱗が多数、そしてしっかりと捌かれて柵状になった身と魔石が一つ。
「これは、また……やった俺が言うのもなんだけど、随分と便利だな」
柵状になっている身を見ての感想だ。
レイはそこまで料理が得意な訳ではないものの、こうなっているのを見れば料理に使うにもかなり便利そうに見える。
それこそ日本にいた時、スーパーではこのようになった魚を見たことがあった。
もっとも、その時に見た柵になっているのはあくまでも切られていない刺身として売られていたものであって、レイが思うような状態とは少し違ったのだが。
ともあれ、柵状になっているのを見れば料理をするのに便利なのは間違いない。
レイもそれなりに……本当にそれなりに料理を作ったりすることもあるし、その時に使えばいいだろうと思う。
あるいはミスティリングに収納してある各種料理に追加する具材として使ってもいい。
日本にいた時も、レイは例えばレトルトカレーにゆで卵を追加するといったことは普通にしていた。
それと同じように考えてのことだった。
……もっとも、それでもやりすぎれば料理のバランスを崩してしまうので、その辺にもある程度料理のセンスが必要になってくるのだが。
「おーい、セト。ちょっと戻ってきてくれ! 魔石が出た!」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、湖で遊んでいたセトが砂浜まで戻ってくる。
戻ってくるのだが……
「セト、それは……いやまぁ……うん」
湖から上がってきたセトを見たレイは、何と言えばいいのか分からなくなった。
何故なら、セトの体毛が水に濡れて酷く痩せ細っているように見えるから。
毛の多い犬や猫を洗ったり、雨で濡れたりといったことになった時、その毛が濡れたことでかなり痩せ細って見えるようになる。
そういう意味では、セトもまた同様だったのだ。
勿論、体長が四m程あるのは変わらない。
だが、毛が濡れたことによって、その印象は大きく変わっていた。
それこそ、最近ガンダルシアにおいても増えてきているセト好きの者達が今のセトを見たら、どう思うかと思ってしまうくらいには、現在のセトはかなり細身に見えたのだ。
もっとも、そのようなセトも湖から上がって身体を大きく震わせることで、体毛や羽毛に付着していた水分が吹き飛び、あっという間にいつものセトに戻ったが。
「グルルゥ?」
そんなセトは、自分を見ているレイにどうしたの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分が今どのような状況だったのか、分からないのだろう。
「あー……うん。何でもない。取りあえず、魔石はこれだ。素材については危ないから収納しておくな」
針や刃の鱗、そして柵になった切り身をミスティリングに収納するレイ。
それを見ていたセトは、切り身をじっと見る。
そんなセトの視線の意味を理解したレイだったが、今は料理よりも魔石の方が先だ。
流水の短剣で魔石を洗ってから、レイはその魔石をセトに見せる。
「セト、まずは魔石だ。それが終わったら……少し腹も減ってきたし、材料もあるから、食事にしよう」
「グルルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、自分が獲った魚というのもあってか、出来るだけ早く食べたいと思ったのだろう。
レイもセトがそこまで気になるのなら……と、少しだけ興味深そうに残っている魚を見る。
とはいえ、その魚をどう料理するのかといったこともレイの中にはあったのだが。
ドワイトナイフを使えば、柵状の切り身になる。
だが、どうせなら串焼きにしてそのまま食べたいとレイは思う。
それこそ日本にいた時、川で釣りをしていた時のように。
「ほら、まずはセトからだな。何かいいスキルが習得出来るといいな。もしくはレベルアップか」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトはいつでもいいよと鳴き声を上げる。
レイはその鳴き声を聞くと、魔石を放り投げ……セトは魔石をクチバシで咥えると、そのまま飲み込む。
【セトは『アシッドブレス Lv.六』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それを聞いたレイは、疑問を抱き……慌ててセトを見る。
「ちょっ、おい、セト。この魚はアシッド系の攻撃方法があるんじゃないか? 大丈夫だったか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に最初は意味が分からないといった様子のセトだったが、すぐにレイが具体的に何について聞いているのかを理解したらしく、大丈夫と喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、本当に何も問題はなかったのだろうと安堵するレイ。
水中でどのようにしてアシッド系の攻撃をするのかは分からなかったが、セトがこうして大丈夫と言っている――正確には喉を鳴らしている――のだから、大丈夫なのだろうと思ったのだ。
そのことに安堵しつつ、改めてセトを見るレイ。
(トゲはともかく、鱗が刃だったことを考えると、翼刃のレベルが上がるかと思ったんだけどな。……まぁ、アシッドブレスは使い勝手が悪くないし、問題はないか)
アシッドブレスのスキルが上がったことに、ようやく納得し、嬉しく思うレイ。
「じゃあ、ちょっと試してみるか。具体的にどのくらいの威力があるのかは確認しないといけないし」
「グルゥ! ……グルルルゥ?」
レイの言葉に、すぐに分かったと喉を鳴らすセトだったが、どこに向かってアシッドブレスを使えばいいの? とレイに尋ねる。
そんなセトに、レイは少し考え……湖ではなく、陸地の方を示す。
これからレイやセトが湖に入るということを考えると、やはり湖に対してアシッドブレスを使うのは不味いと判断したのだろう。
セトはそこまで考えたのかどうかは微妙なところだが、とにかく今はアシッドブレスを試すのが先だと考えたのか、湖とは反対……陸地に向かってアシッドブレスを発動する。
「グルルルルルゥ!」
放たれたアシッドブレスは、かなり広範囲に広がる。
また、勢いも以前より増しており……何より、酸の威力そのものが上がっていた。
「これは、また……普通の家くらいなら溶かしてしまいそうな感じだな」
「グルゥ!」
レイの言葉を褒め言葉と思ったのか、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分のスキルでレイが喜んでくれるのはそれだけ嬉しいのだ。
そんなセトの思いを確認するかのように、レイはセトをしっかりと撫でる。
(とはいえ、威力は強い。強いからこそ味方が戦っている時に使うのは難しいな)
アシッドブレスというのは、ようは酸性の液体を広範囲に放っているようなものだ。
そうである以上、味方が戦っている中で放てば、当然ながら味方にも命中する。
ゲームのように味方に当たらない、敵味方識別機能のようなものはないのだから。
つまり、今回のようにレイとセトだけで行動しているか、あるいはマリーナ達を始めとしたパーティメンバーと一緒に行動している時くらいでなければ、使うのが難しい。
敵味方が混戦状態の時にこのようなスキルを使ったら、それこそ味方に対する被害がとんでもないことになるだろう。
(気を付けないとな)
そんな風に思いながら、レイはセトを撫でるのを止めると、自分の番だとミスティリングからデスサイズを取り出す。
そして念の為にセトから少し離れ、魔石を放り投げ……
斬、と。魔石はデスサイズによって切断される。
【デスサイズは『ペインバースト Lv.六』のスキルを習得した】
脳裏に響く、アナウンスメッセージ。
「うーん……まぁ、納得出来るのか?」
ペインバーストというのは、相手に大きな痛みを与えるというスキルだ。
トゲや刃の身体を持つ魚である以上、相手に痛みを与えるのを得意としているのはレイにも何となく理解出来る。
それはつまり、そのモンスターの持つ特徴が影響する魔獣術でペインバーストのレベルが上がってもおかしくはないと。
「出来れば雷鳴斬みたいに、刃に酸を纏わせるとかそういうスキルを新しく習得出来ればよかったんだけど……それは無理か」
ペインバーストは、敵と戦う時に大きな効果を持つのは間違いない。
……問題なのは、今までのようにレベルアップしたスキルを試すのは難しいということだろう。
セトのレベルアップしたアシッドブレスとは違い、このペインバーストは標的がいないとスキルを試すことが出来ない。
だからといって、セトは勿論、レイも自分で自分にペインバーストを使いたいとは思わなかった。
(まぁ、敵が出て来たら試してみるか。……セトのアシッドブレスも、規模が強化されたのは間違いないが、具体的にどのくらいの威力なのは分からないしな)
この七階でどのような敵がいるのかは分からない。
そうである以上、敵と遭遇したらその相手で試してみた方がいいだろう。
そのように思いながら、レイは周囲の様子を確認する。
それこそ、今すぐにでもモンスターが出て来てくれないかなと、そのように思っての行動だった。
だが、レイの視界にモンスターがいる様子はない。
「グルルゥ」
周囲の様子を確認していたレイだったが、セトが喉を鳴らすのに気が付く。
「うん? どうした、セト」
「グルルルゥ、グルルルゥ」
砂浜に置かれている、ドワイトナイフで解体されていない魚を見て喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見れば、一体何を言いたいのかをレイにも理解出来た。
「そうだな、分かった。焼き魚でいいよな?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喜びに喉を鳴らす。
そのようなセトの様子に笑みを浮かべたレイは、ミスティリングからミスリルナイフを取り出す。
「久しぶりに使うな」
ミスリルナイフを手に、そんなことを呟く。
最近、モンスターの解体は全てドワイトナイフを使っていた。
その為、こうしてミスリルナイフを取り出すのは本当に久しぶりだった。
それこそ、以前ミスリルナイフを使ったのがいつだったのか、思い出せなかったくらい久しぶりだったのは間違いない。
まずは危険なトゲを途中で切断する。
次に鱗を剥ぐのだが、この鱗が刃状になっている為に簡単に鱗を剥がすことは出来ない。
幸いだったのは、鱗の一枚がそれぞれ結構な大きさの鱗だったことだろう。
(何だったか。ナンヨウブダイ?)
日本にいた時に見た、暖かい海に住む青い魚を思い出すレイ。
それを捌く時、鱗がかなりの大きさだった覚えがある。
セトが獲ったこの魚も、一枚の鱗の大きさはそれと同じ……いや、掌程の大きさだと考えると、それよりも鱗は大きいのだろう。
それこそ、刃となっている以上、投擲すればそのまま武器として使えそうだった。
「とはいえ、それだけに鱗を取るのが難しいな。鱗取りでもあればいいんだが」
そう言いつつ、レイはミスリルナイフで何とか鱗を取っていく。
鱗取りなどレイは持っていない。
あるいは海辺の村や街に行けばあるのかもしれないが。
以前買っておけばよかった
そう思いながらも、ミスリルナイフの性能もあって何とか鱗を剥いでいくのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.八』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.七』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.三』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.六』new『翼刃 Lv.五』『地中潜行 Lv.三』『サンダーブレス Lv.七』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.八』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.六』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.六』new『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.六』『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.三』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.三』『黒連 Lv.一』『雷鳴斬 Lv.一』
アシッドブレス:酸性の液体のブレス。レベル一では触れた植物が半ば溶ける。レベル二では岩もそれなりに溶ける。レベル三では岩も本格的に溶ける。レベル四では大人が三、四人手を繋いでようやく囲えるような巨木を溶かすことが出来る。レベル五では小さめの建物を外からでも溶かすことが出来る。レベル六では普通の家程度なら溶かすことが出来る。
ペインバースト:スキルを発動してデスサイズで斬りつけた際、敵に与える痛みが大きくなる。レベル二で四倍、レベル三で八倍、レベル四で十六倍、レベル五で五十倍、レベル六で六十倍。