3713話
念願の……とまではいかないものの、とにかくこの六階で遭遇したサンダーハーピーとそのリーダーを倒したレイ達。
レイ達にしてみれば、その魔石は非常にありがたいものだった。
何しろ、サンダーハーピーとそのリーダーの魔石によって、セトとデスサイズはかなり強化されたのだから。
特にレベル七となったセトのサンダーブレスは、それこそ頑強な要塞であっても破壊出来るような、そんな圧倒的な威力を持つようになった
デスサイズも、セト程ではないにしろ雷鳴斬という、デスサイズの刃に雷を纏わせて攻撃するというスキルを新たに習得した。
雷鳴斬はまだレベル一の為、デスサイズの刃に纏った雷の威力は弱く、その雷が命中しても相手に与えるダメージは微々たるものだし、感電して動けなくなっても、それは非常に短い時間だろう。
ただし、レイが行う戦闘の中では短い時間……それこそ一秒程度の時間であっても、あるいは一秒に満たない時間であっても、動きを止めるというのは自殺行為でしかない。
レイの身体能力と、デスサイズの能力である重量軽減により、相手が動きを止めた一瞬があれば、それによってレイの一撃が致命傷となるのは間違いないのだから。
「さて、問題なのは次にどこに向かうかだな」
マティソンから貰った地図があるので、七階に続く階段に行くのはそう難しいことではない。
だが、サンダーハーピーの一件があったように……後は狼の一件があったように、六階のモンスターの魔石でも十分に魔獣術を使えるのだ。
もっともそれを言うのなら、四階の砂漠のモンスターであっても普通に魔獣術が使えたのだが。
ただ、砂漠の場合は暑さこそドラゴンローブがあるので気にならないが、足場が砂なので、歩きにくく、戦いもしにくい。
砂の砂漠ではなく岩石砂漠になっているところもあるので、絶対に戦いにくいという訳ではないのだが。
それでもレイとしては、この六階やそれよりも下の階層で行動したかった。
理由としては、やはり五階まではそれなりに冒険者が多いからというのもある。
実際に四階ではオアシスで冒険者同士が何らかの言い争いをしており、それこそレイがその場にいなければ冒険者同士で争いになっていた可能性もあるのだから。
しかし、そのような者達も六階より下ではかなり少なくなる。
勿論、いない訳ではないが、それでも数が少なくなるだけでレイにとっては十分に好ましいことだった。
なので、この六階もレイにとってはそれなりに快適な場所ではある。
……他の冒険者には会ったが、その相手もレイを知っていた為か、妙に絡んでくるようなこともなかった。
それどころか、サンダーハーピーについての情報をレイ達に教えてくれたくらいだ。
レイも謝礼として、サンダーハーピーの死体を譲ったが。
そのサンダーハーピーはレイ達が戦った訳ではなく、命を消費して雷を落とすというスキルを使い、それで死んだ個体だ。
その為、魔獣術に使えないので、レイにしてみればあまり価値がなかったから、あっさりと渡したというのが大きい。
四階のオアシスの前で言い争いをしていた者達と比べると、好意を抱くべき相手なのは間違いなかった。
「どこに向かうか……セト、どこがいい?」
具体的にどこに行きたいという思いはレイにはない。
地図を見ても、この六階は特に何かがあるようには思えない。
それこそ、ずっと荒れ地が広がっているだけだ。
現在レイ達がいるように、荒れ地は荒れ地でも丘のような荒れ地になっている場所もあるが。
そのような場所なので、どこに行っても変わらない。
なら、セトの行きたい場所に行ってみてもいいのではないかというのが、レイの考えだった。
……どこに行くのかを決めるのが面倒なので、セトに投げたという一面もそこにはあったが。
「グルルゥ……? グルゥ、グルルゥ!」
どこに行きたいかと言われたセトは、少し戸惑う。
いきなりそんなことを言われても……といったところか。
セトにしてみれば、六階で特にどこかに行きたいとは思わないのだろう。
そんなセトの様子に、レイは少し考え……
「なら、七階に行くか? 確か……」
レイはミスティリングの中からマティソンに貰った地図を取り出して確認する。
「うん、どうやら七階は湖っぽい感じだ。セトも水遊びをしたいんじゃないか?」
「グルゥ!」
六階の荒れ地ではどこに行きたいのかと言われても悩んだ様子のセトだったが、七階が湖と聞くと一気にやる気を出す。
それは一体どうなんだ? そうレイは思わないでもなかったが、セトがそうしたいのならと決断する。
「よし、分かった。じゃあ七階に行くか。……七階なら、魚とかいるかもしれないしな」
「グルゥ!」
魚! と嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトは魚を特別に好きという訳ではない。
しかし、レイと一緒に魚を獲り、その魚を焼いてレイと一緒に食べるというのは、セトにとっても非常に嬉しいことだった。
だからこそ、セトはレイの言葉にこうして嬉しそうに喉を鳴らしたのだろう。
レイもそんなセトの様子にやる気になったのを理解し、笑みを浮かべる。
「じゃあ、行くぞ」
「グルゥ!」
レイはセトの背に跨がりつつそう言うと、セトはすぐに丘の上から下に向かって走り出し、翼を羽ばたかせて空に駆け上がっていく。
「えっと……この丘がここで、だとすれば……あっちだな」
レイは地図を見ながらセトに指示を出す。
どこまでも荒れ地が続いているこの六階の厄介なところは、現在自分がどこにいるのかが全く分からないということだろう。
何か目印になるようなものでもあればいいのだが、残念ながらレイが見たところ、そのようなものはない。
せいぜいが先程までいた丘くらいだろう。
あるいはあっても、単純に地図に描かれていないか。
(いや、それはないか)
マティソンの性格はレイも分かっている。
レイに意図的に不完全な地図を渡すといったようなことをして、敵対したいとは到底思わないだろう。
それはつまり、意図していないのならそのようなことをするかもしれないということなのだが。
その後、レイは地図を見ながら、そして自分達がどこにいるのかを確認しながら進み……途中で何度か迷ったりしたものの、一時間程でようやく七階に続く階段を見つけることが出来た。
……セトの飛行速度を考えると、それこそ一時間というのは一体どれだけの距離を飛んだことになるのかは、レイは理解しながらも知らない振りをしておく。
セトはレイが道に迷ったのを特に気にした様子もなく、レイと一緒に空を飛ぶことを純粋に楽しんでいた。
なお、六階の空を飛び回っていたレイとセトだったが、途中で何度か遠くをサンダーハーピーの群れが飛んでいるのを見つけたものの、既に魔石を入手した以上はちょっかいをだすことはなかった。
これでサンダーハーピーの群れの中にリーダーでもいれば、話は別だっただろうが。
残念なことに――サンダーハーピーの群れにとっては幸運なことに――他のサンダーハーピーよりも一回り大きなリーダーの姿はそこにはなかったので、レイとセトはそれを無視した。
……なお、サンダーハーピーの群れは無視されたと知らないのか、あるいは知っていてもとにかくレイとセトに近付きたくなかったのか、必死になって離れていったが。
もしレイやセトがそのサンダーハーピーの群れを追い掛ければ、恐らく……いや、確実に最初の時のように命を使って雷を放つスキルを使われていただろう。
そういう意味では、レイやセトがサンダーハーピーの群れを無視したのは、双方共に悪くない結果だった。
丘でのサンダーハーピーとの一件以外は特に何かトラブルがある訳でもなく――敢えて挙げるとすれば道に迷ったことか――階段の前にいるレイとセト。
「転移水晶は……まぁ、ないよな」
これについては、レイも当初から予想出来ていた。
五階に転移水晶があったのだから、そのすぐ下の六階に転移水晶がある筈はないだろうと。
そもそも転移水晶が六階にあるのなら、地図に描かれていてもおかしくはないのだから。
「じゃあ、行くか」
「グルゥ!」
この六階でやり残したことは……未知のモンスターとの遭遇がまだあったかもしれないが、それについてはまた後で情報を入手してからでもいい。
どこまでも広がる荒れ地は、見ているだけでどこかうんざりとしてくる。
これで例えば草原があったり、木が生えていたりと豊かな自然でもあるのなら、どこまでも広がる光景ということで、見ていてもうんざりはせず、地平線を見るかのように楽しめるのかもしれないが。
(ダンジョンだと考えれば、こういう景色も仕方がないかもしれないけどな)
そんな風に思いつつ、レイはセトと共に階段を下りていく。
階段を下り続けると、やがて明かりが見え……
「これはまた……リゾート地かってくらいな感じの場所だな」
七階に到着し、目の前に広がる光景にそんな風に言う。
七階で真っ先に見えるのは、どこまでも広がる湖だ。
そして湖の側には砂浜がある。
……それは湖じゃなくて海なのでは?
そう思わないでもなかったが、ここがダンジョンであると考えれば、そうおかしなことでもないだろう。
あるいは単純にレイが知らないだけで、砂浜のある湖というのもそこまで珍しくはないのかもいれないが。
ともあれ、レイの視線の先にあるのはリゾート地……もしくは避暑地と言われてイメージしやすいような、そんな湖だったのは間違いない。
「グルゥ」
レイの隣で、セトもまたそんな鳴き声を漏らす。
セトから見ても、目の前の光景は驚くべきものだったらしい。
とはいえ、それは悪い意味での驚きではない。
「グルルゥ?」
遊んできてもいい?
レイを見て、そう喉を鳴らすセト。
円らな瞳で尋ねてくるセトに、レイが出来るのは頷くことだけだった。
湖と砂浜があることから、既にレイの目から見てもリゾート地のようにしか見えなくなっているというのが大きいのだろう。
「分かった。けど、ここがダンジョンなのは間違いないし、何があってもいいように、対処出来るようにして行動するんだぞ」
「グルゥ!」
レイの許可を貰うと、セトは即座に湖に向かって走り始める。
それを見ていたレイは、一応ということで周囲の様子を確認する。
(湖となると、恐らく水中用のモンスターが出てくるんだろうけど……まぁ、俺が見つけるよりもセトが見つける方が早いか)
レイは自分よりも五感が鋭いセトなら、心配はないだろうと判断する。
もっとも、水の中に突っ込んで遊んでいるセトを見る限りでは、遊ぶことに意識が集中しすぎており、そちらだけに夢中になっているようにも見えるので、何かあった時の為にしっかりと注意はしておく必要があったが。
「それにしても……」
一度セトから目を離し、周囲の様子を確認する。
このような、一見するとリゾート地のようにしか見えない七階である以上、もっと人がいてもおかしくはないのではないかと、そう思ったのだ。
だが、周囲の様子を見る限りだと、そのような様子は全くない。
これはつまり、この七階には何かがあるということではないかと、そのようにレイには思えたのだ。
(夏とかになると、かなり混んでもおかしくはないと思うけど。……まぁ、ここまで来られる冒険者はそこまで多くはないのか)
レイがガンダルシアに来てから、それなりに時間は経つ。
その為、ガンダルシアにおけるダンジョンの状況というのも相応に理解出来ていた。
まず、冒険者育成校の生徒達の大半や普通の冒険者としてそこまで才能がない者達は、五階まで到達出来るかどうか。
五階がこのダンジョンを攻略する上での一つの壁と言われているのは、その辺も影響している。
その為、六階から下の階層では冒険者の数がかなり少なくなる。
とはいえ、それでもこの七階のような湖の階層であれば、ここに来ることが出来る冒険者達にとってはリゾート気分で来てもおかしくないように思えたが。
「グルルルルゥ!」
周囲の様子を見ていたレイは、聞こえてきたセトの声にそちらに視線を向ける。
するとそこには、魚と思しき存在を前足の一撃で打ち上げているセトの姿があった。
その魚は放物線を描き、丁度砂浜にいるレイの前に落ちる。
セトが狙ってやったのか、それとも偶然このような形になったのか。
その辺りはレイにも分からなかったものの、それでもセトの自慢げな様子を見ると、恐らく狙ってやったのだろうと思える。
(そう言えば、熊とかってこうやって魚を獲るって何かで見た覚えがあるな)
そんな風に思いつつ、レイはセトの前足の一撃を食らったにも関わらず砂浜の上でビチビチと暴れている魚に向かって近付くのだった。