3710話
【セトは『嗅覚上昇 Lv.七』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
狼のリーダーの魔石をセトが飲み込んだ結果がそれだった。
「グルゥ!」
スキルのレベルアップに、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、普通の狼のモンスターの魔石では魔獣術が発動しなかったので、それだけ嗅覚上昇のレベルアップは嬉しかったのだろう。
「セト、おめでとう」
レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らす。
レイにとっても、正直なところ今の一件は予想外だった。
リーダー格のモンスターだったとはいえ、他の狼達と特に違いがあるようには思えなかったのだから。
もし尻尾が残らなければ、それこそ他の狼との違いは分からなかっただろう。
リーダーはそんなモンスターだっただけに、多分魔獣術の発動は無理だろうというのがレイの予想だった。
しかし、そんなレイの予想を裏切るように魔獣術は発動した。
これはレイを驚かせるのに十分だった。
「取りあえず嗅覚上昇のレベルが上がったのはよかったな。……一応試してみるか?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトはどっちでもいいといった様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、その言葉通り嗅覚上昇を試してみても、試さなくてもどちらでもいいのだろう。
何しろ嗅覚上昇というのは、見ただけでは特にどのような効果が発揮してるのかが分からない。
その名称やこれまでの経験から、そのスキル名通りに嗅覚が上昇するのは間違いないのだろう。
それはレイも分かるが、実際にどれだけ嗅覚が上昇するのかは分からない。
だからこそ、レイもセトもスキルを試すのはあまり気が進まなかったのだろう。
とはいえ、それでも一応試してみるかといったことになり……
「グルルルルゥ!」
嗅覚上昇のスキルが発動する。
(嗅覚上昇はレベル七で、何気に結構高レベルなんだよな)
今までもそれなりに役に立ってきたスキルなのは間違いない。
間違いないものの、それを考えた上でもやはり嗅覚上昇については疑問に思い……
「グルルルゥ!」
サンダーハーピーの巣を見つけないとな。
そんな風に思っていたレイだったが、そんなレイの視線の先でセトが元気よく鳴き声を上げる。
「セト?」
「グルルゥ、グルゥ、グルルルルルゥ!」
レイの呼び掛けにも答えず、セトはとある方向を見ながら喉を鳴らしている。
そんなセトの様子を見ていたレイは、最初疑問に思い……ふと、気が付く。
「あれ? もしかして……サンダーハーピーの巣を嗅覚上昇で見つけたのか!?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはその通りといったように喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイは満面の笑みを浮かべる。
サンダーハーピーの巣が具体的にどこにあるのかは、レイやセトにも分からなかった。
先程遭遇した冒険者達から、丘に巣があるとは聞いている。
だが、それでも具体的にどこの丘に巣があるのかは分からない。
そうである以上、丘のある全ての場所を探索しなければならないと思っていた。
サンダーハーピーは臆病にして慎重な性格をしている為に、レイ達が遭遇した時、逃げた方向に必ずしも巣があるとは限らない。
いや、慎重で臆病な性格をしているのなら、それこそ進行方向とは違う場所に巣があってもおかしくはない。
だからこそ、面倒臭いという思いがあったのだが……セトの嗅覚上昇のスキルによって、その悩みが一気に解決した形となる。
「よし、行くぞ」
「グルゥ!」
予想外の結果だったが、それによってサンダーハーピーの巣を見つけることが出来たのは事実。
だからこそ、レイはこの勢いを殺さないまま一気にサンダーハーピーの巣に向かって進むのが今の最善だと判断したのだ。
それはセトも変わらない。
……いや、寧ろセトにとっては自分がスキルでサンダーハーピーの巣を見つけたのだ。
そうである以上、セトがやる気を見せるのは当然のことだった。
レイはセトの背に跨がる。
セトは即座に走り出し、翼を羽ばたかせながら空に駆け上がっていく。
空を飛び始めたセトは、一切の迷いもなくサンダーハーピーの臭いを追う。
(とはいえ、相手はサンダーハーピーだ。仲間を守る為には平然と命を使うスキルを使ってくる。しかも最悪なことに、あの雷はこっちが大きなダメージを受けることはないけど、数秒行動不能にするだけの効果はある。そういう意味で、非常に厄介なスキルなんだよな)
一度だけなら特に問題はない。
だが、何発も連続して使われ、その隙に逃げるといったことをされるのは、レイとしては避けたかった。
何より厄介なのは、雷を落とすスキルを使えば、その時点でサンダーハーピーが死ぬという事だろう。
つまり、レイやセトが攻撃していないので、その魔石を魔獣術に使えないのだ。
(となると、スキルを使う前に倒す……あるいは倒さなくても、一度でも攻撃を命中させればいいんだが)
気配を消して近付けばいけるか?
そうも思うレイだったが、それも絶対ではない。
普通ならレイやセトが気配を消していれば、相手が気が付くようなことはない。
しかし、相手は臆病で慎重なサンダーハーピーだ。
それこそ何をどうやってか、気配を察知されるといった可能性は否定出来なかった。
(なら、セトの光学迷彩とか? ……いや、気配を察知した時点で逃げ出しそうな気がするな)
光学迷彩を使って気配を消すといったことをしても、サンダーハーピーならそれでもどうにかしてセトの存在を把握し、逃げ出す可能性がある。
(となると……まぁ、別にサンダーハーピーを全部倒さなくてもいいんだし、二匹を倒してしまえばこっちとしては十分なんだし)
その点では、先程の狼と同じだった。
もっとも、四方八方に散らばった狼達と比べても、空を飛ぶという手段を持っているサンダーハーピーは厄介極まりないのだが。
単純に倒すだけなら、それこそ雷を食らう覚悟で近付けばいい。
雷を使えば、その時点で相手は死ぬのだから。
だが、実際にレイやセトが攻撃をするという条件が難しかった。
(サンダーハーピーがこっちに攻撃して、その攻撃が命中してるんだから、それで条件をクリアしてもよさそうなんだがな)
そう思うも、それが無理なのはレイも理解している。
そうである以上、ここでどうこうと騒いでも意味はない。
レイが出来るのは、ただサンダーハーピーを見つけて、とにかく攻撃をして倒すことだ。
「セト、頑張ろうな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
セトもまた、レイと同じくここは何としてでも……と、そう思っているのだろう。
そうしてレイはサンダーハーピーの追跡をセトに任せ、自分は周囲の様子を確認する。
もっとも、セトは現在スキルで上昇している嗅覚以外の感覚もレイより鋭い。
もし何らかのモンスターが襲撃してくるようなことがあっても、レイより先にセトが気が付くだろう。
それでもレイがこうして周囲の様子を警戒しているのは、セトの感覚が鋭いからといって絶対という訳ではないし、ましてや今はサンダーハーピーの巣に向かっているからというのもある。
……それ以上に、レイにしてみれば今の状況だと自分のやるべきことが特に何もないので、何もせずに周囲の様子を眺めているだけというのが、手持ち無沙汰というのも大きな理由だったが。
「ん?」
サンダーハーピーを追っていたセトが、不意に飛行する進路を変える。
「セト? どうした?」
「グルルルゥ」
何かを見つけたのかとも思ったレイだったが、見たところでは周囲に特に何かあるようには思えない。
だとすれば、何らかの目的があって向かう先を変えたのは間違いなく……それが具体的になんなのかは、生憎とレイにも分からず、セトに尋ねる。
「セト? 何かあったのか?」
「グルルゥ、グルゥ、グルルルルルゥ!」
そんなセトの鳴き声に、レイは何を言いたいのかはっきりとは分からなかったものの、それでも何となく理解する。
つまり、この行動がサンダーハーピーの追跡と何らかの関係があるのだと。
そしてセトの行動の意味を理解すれば、何故このような状況になっているのかも理解出来た。
それはつまり、サンダーハーピーが今セトの飛んでいるようにして逃げたのだろうと。
(やっぱりそのまま正直に巣まで一直線に逃げるといったようなことはしなかったらしいな。何だったか……ウサギ? バックトラップとかいうのをやるって話だったけど)
正確にはバックトラックなのだが、レイがそれを知ったのはあくまでも日本にいる時にTVでちょっと見ただけだったので、うろ覚えだったのだろう。
ともあれ、一度どこかに行ったように見せ掛け、それでいながら途中で別の方向に向かう。
やっていることそのものは違うが、結果としては同じだった。
それだけに、レイもセトの行動を見てこれ以上はどうしたのかといったようなことを聞いたりはしない。
(一匹が命懸けで俺達に雷を落として、実際それでセトは地上に向かって降下していったのに、それでも真っ直ぐ巣に戻るようなことはしないで、こうして別の方向に向かったのか。慎重で臆病とは聞いていたけど、それはちょっとやりすぎじゃないか?)
そうも思うが、それこそがサンダーハーピーの性格だと言われれば、そういうものかと納得するしかなかったのだが。
とはいえ、ここまで慎重に行動してもセトにこうして追跡されているのだから、それは結局正解だったのかもしれないが。
「グルルルゥ」
そのまま暫くの間飛び続けていると、不意にセトが喉を鳴らす。
レイがセトの視線を追うと、その先には丘があった。
一般的に丘と言われて思い浮かぶような草の生えた丘ではなく、荒れ地の丘。
その丘が、セトが見つけた現在サンダーハーピーの使っている巣がある場所だった。
「セト、少し……いや、それなりに離れた場所で降りてくれ。サンダーハーピーの性格を考えると、こっちの姿を見つけたら即座に逃げ出しかねない」
「グルゥ? ……グルルゥ」
サンダーハーピーに聞こえないようにだろう。
セトはレイの言葉に対し、静かに喉を鳴らして分かったと告げる。
そうして丘からそれなりの距離があるところでセトは地上に降りる。
レイもセトの背から降りるが、改めて周囲の様子を確認すると、やっぱり何とも言えなくなる。
「隠れる場所がないのは厳しいな」
荒れ地だけが周辺に広がっているこの六階は、そのような場所だけに隠れる場所がない。
実際には岩が幾つかあったりもするのだが、その岩もそこまで大きな岩ではなく、小柄なレイなら隠れることが出来るが、巨体を持つセトがそこに隠れることは不可能だった。
「グルルゥ……」
レイの言葉はセトも同じ思いだったのだろう。
どうするの? とレイに向かって喉を鳴らす。
とはいえ、この状況でレイは自分の出来ることは……と思い、やがてセトに視線を向ける。
「セト、今のこの状況でどういう風にすればいいのかは、正直なところ俺も分からない。けど、セトなら何とか出来る筈だ」
「グルゥ?」
セトなら何とか出来ると言われたものの、どうすればいいの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを落ち着かせるように、口を開く。
「幸い、セトは四階で地中潜行のレベルが上がっただろう? 丘の近くまではそれを使って移動する。そして一気に巣の中に出て、攻撃をすればいい。二匹……どうにかして二匹倒してくれ。あるいは、さっきの狼の時と同じく群れを率いているリーダーを倒してもいい。それに、地中から出た時は光学迷彩を使えばサンダーハーピーに見つからないかもしれないし」
「グルゥ……グルゥ!」
分かった、やる! レイの言葉を聞いてその気になったのか、セトはやる気満々といった様子で喉を鳴らす。
そんなレイの様子に、レイはこれなら任せても問題ないだろうと安堵した。
「じゃあ、頼むな。セトにだけ頼るような形になって悪いな」
「グルルルゥ、グルゥ、グルルルゥ」
任せて、と。巣の中に侵入して、必ずサンダーハーピーを二匹以上倒してくるから。
そうセトが喉を鳴らす。
レイはそんなセトに頼むと軽く撫でる。
セトの地中潜行は現在レベル三で、地中にいることが出来るのは三分だけだ。
その時間でどこまで進めるのか。
最善なのは、そのままサンダーハーピーの巣の中に出ることだったが、それが無理な場合は先程言ったように一度地上に出てから光学迷彩を使い、再度地中潜行を使えばいいだろうとレイは思っていた。
(あるいはいっそ、光学迷彩を使ってそのまま巣に突入するとか。けど、その場合は気配とかで察知されそうなんだよな)
そう思いつつ、レイは改めてセトに頼むと言うのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.八』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.七』new『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.三』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.五』『翼刃 Lv.五』『地中潜行 Lv.三』『サンダーブレス Lv.五』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』
嗅覚上昇:使用者の嗅覚が鋭くなる。