3709話
「グルルルゥ?」
レイを乗せて空を飛んでいるセトは、これからどっちに向かうの? とレイに尋ねる。
先程の冒険者からサンダーハーピーについての情報を教えては貰ったものの、レイ達を自分達の巣に近づけない為に、巣とは反対方向に逃げた可能性が高いのは知っている。
だが同時に、自分達がどのように逃げるのかを知られている可能性も考慮し、正反対ではない場所に逃げている可能性も……あるいは裏の裏ということで素直に巣のある方に逃げている可能性もあった。
そんな諸々について考えると、それこそどこに向かえばいいのかは分からないのも事実。
だからこそセトも、どっちに向かうの? とレイに尋ねたのだろう。
「そうだな。取りあえず裏の裏ということで、サンダーハーピーが逃げた方に行ってみる。サンダーハーピーにしてみれば、仲間の命を使った一撃で俺達を倒したと、そう考えても不思議はないだろうし」
レイやセトにしてみれば、命を使った一撃とはいえ、サンダーハーピーの放った雷はそこまでのものではなかった。
とはいえ、声を掛けてきた冒険者の様子からすると、それはあくまでもレイやセトであったからの話で、あの冒険者達がもし同じ攻撃を受けたとすれば、最悪死んでいた可能性もあるということだったが。
ともあれ、サンダーハーピー達にしてみればそんな一撃を使ってレイやセトを撃墜したのだ。
そうである以上、もうレイ達は倒したと判断して真っ直ぐに自分達の巣に帰ったという可能性は否定出来なかった。
……レイとしては、出来ればそうであって欲しいという思いからの予想だったが。
レイも希望的な予想ではないかと自分でも分かっていたが、実際にその可能性がある以上はしっかりと確認しておく必要があるのも事実。
もしこのまま反対側を捜索し、他の場所も捜索し……最終的にはサンダーハーピー達が逃げた方向に巣があったということになれば、がっくりとやる気が下がるのは明白だったのだから。
セトも特に自分がどこを探したいという意見はなかったので、素直にレイの言葉に従う。
「グルルルゥ!」
レイの言葉に従い、セトは翼を羽ばたかせてサンダーハーピーの逃げた方に向かう。
「丘、丘……まぁ、丘とは言っても六階の様子を見る限りだと草が生えていたりとかはしないと思うけど」
丘と言われてレイがイメージするのは、やはり草の生えた丘だ。
だが、この六階は基本的に荒野となっており、特に草が生えていたりするようには思えない。
(水とかもあるようには思えないけど、サンダーハーピーを始めとした他のモンスターは、一体どうしてるんだろうな。……魔力によるものか)
ダンジョンの魔力によってその辺はどうにかしてるのだろうと、そうレイは考える。
それが事実かどうかはレイにも分からない。
ただ、恐らくそうだろうと思っているだけだ。
そうして暫くセトに乗って空を飛んでいると……
「グルルゥ」
不意にセトが喉を鳴らす。
そこには特に警戒の色はないし、嬉しそうな色もない。
つまりサンダーハーピーを見つけた訳でもなく、あるいは脅威を持つ何かを見つけた訳でもないのだろう。
レイはセトの視線を追う。
セトはレイよりも五感が鋭いので、最初はレイもセトが何を見ているのかは分からなかった。
だが、セトが飛び続けると、ようやくレイはセトが何を見つけたのかを理解する。
「あれは……狼の群れか? まぁ、らしいと言えばらしいけど。問題なのは、未知のモンスターかどうかだな」
狼系のモンスターというのは、かなりの種類がいる。
そうである以上、もしかしたらあの狼のモンスターも以前に倒したことがあるかもしれない。
もしくは、初めて遭遇するモンスターという可能性もある。
その辺は結局のところ実際に倒してみないと分からないので……
「倒すか」
そういう結論になるのは当然のことだった。
もし未知のモンスターであれば、その魔石を入手出来るのはレイやセトにとって嬉しいことだ。
しかし、もし以前倒したことのあるモンスターであった場合、残念ではあるものの、それはそれで仕方がない。
ここで倒したことがあるかもしれないからと戦わずにおいて、後でもしかしたら未知のモンスターだったかもしれないと、そんな風に思うよりはマシだというのがレイの考えだった。
「グルゥ!」
セトもまた、そんなレイの言葉に反対はしない。
セトにとっても、未知のモンスターの魔石を確保出来るかもしれないと思えば、ここで手を出さないという選択肢はない。
レイの言葉に素直に頷き、早速地上に向かって降下する。
地上にいる狼のモンスターは、すぐにそんなセトの気配に気が付いた。
サンダーハーピーのように、空を飛ぶモンスターがいるからこそ上空にも十分に注意をしているのだろう。
レイが聞いた話によると、サンダーハーピーは臆病で慎重な性格をしているので、他のモンスターに襲い掛かったりすることも滅多にないらしいが。
それでも地上にいるモンスターにしてみれば、空を飛ぶモンスターは警戒すべき相手なのだろう。
そしてセトの存在に気が付いたかと思うと、即座に逃げ出す。
それもサンダーハーピーのように集団で逃げるのではなく、四方八方に散らばって逃げ出したのだ。
逃げ慣れていると言うべきか。
狼系のモンスターというのは、一匹狼という表現があるように一匹で活動している個体も多いが、狼の性質をより強く残しているのなら、あの狼のように集団で行動するのも珍しくはない。
そして地上にいた狼のモンスター達は、そのタイプだったのだろう。
「セト、取りあえず二匹は絶対に仕留めるぞ!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。
出来れば、レイとしては狼達のリーダーを一匹と、それ以外の通常の狼を二匹倒したいところだ。
だが、残念なことにこうして地上から見た限りでは、リーダー格のモンスターの見分けがつかない。
これは単純に、リーダー格のモンスターが他の狼と同じような外見だからなのか、それとも実はリーダー格がいないという特徴を持っているのか。
その辺はレイにも分からなかったが、とにかく狼は二匹倒してしまいたかった。
「グルルルルゥ!」
セトは大きく鳴き声を上げ、ウィンドアローを発動する。
このスキル選択は、ウィンドアローによって生み出された風の矢は、他のスキルと比べて威力はそこまで高くないものの、風で出来た矢だけに、放たれる速度という点で上回っている。
とにかく敵を逃がさない為の足止めの一撃。
それを思ってのスキル選択だった。
放たれた五十本の風の矢は、散らばって逃げた狼の群れの中でも一番大きな集団に向かって放たれる。
これは単純にセトが放つ風の矢で最低でも二匹、出来ればもっと多くの狼を倒す為にというのもあるが、それと同様、あるいはそれ以上に一番大きな集団だけに、先程の群れを率いている狼もいるのではないかと思っての行動だった。
「ギャン!」
「ヒャン!」
「ウオオオン!」
「ワオオン!
「ギャフ!」
狼の群れに、上空から放たれた風の矢が次々と降り注ぐ。
一撃の威力はそこまで強力ではないが、それでもレベル五のウィンドアローによって生み出された風の矢だ。
それが複数上空から降り注ぐのだから、一撃で皮を裂き、肉を裂く。
骨を断つとまではいかないし、皮はともかく肉はそこまで深く斬り裂かれはしない。
だが……それを行うのが、複数の風の矢ならどうか。
次々と狼達の身体は風の矢によって斬り裂かれ。一撃はそこまでダメージが多くなくても、複数の矢に身体を斬り裂かれると、狼達も傷と出血でろくに動けなくなる。
そうしたセトの攻撃によって身体を斬り裂かれて走ることはおろか、逃げることすら出来なくなっている狼達。
「ナイスだ、セト。よくやった」
「グルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、この程度のモンスターの群れを倒すのはそう難しいことではない。
しかし、こうしてレイから褒められたのは、心の底から嬉しいことだった。
「俺が攻撃する必要がなかったな。……ウィンドアローでここまでやられるとなると、やっぱりそこまでランクの高いモンスターじゃないのか? まぁ、まだ六階だから仕方がないかもしれないけど。とりあえず降りて、確認してみよう」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと地上に向かって降下していく。
そんなセトの背の上で、レイは地上の様子を……そこに倒れている狼の群れの様子をしっかりと確認する。
レイが見たところ、セトのウィンドアローを食らった狼達は、その全てが既に死ぬか、生きていても動けないくらいの怪我をしている。
(やっぱり低ランクモンスターなのか? 群れでいたことを考えると、群れだからこそ高ランクモンスターという可能性もあるのか)
魔獣術は、どのようなモンスターの魔石でも使える訳ではない。
ゴブリンのような低ランクモンスターの魔石では発動しなかった。
これがゴブリンの希少種や上位種であれば話は別だが。
つまり、高ランクモンスターであればある程、あるいは希少なモンスターであればある程に、そのモンスターの魔石は魔獣術で使えるということを意味していた。
そうなるとセトが倒した狼が低ランクモンスターだった場合、魔獣術は発動しない可能性がある。
レイにとっての唯一の希望は、四階の砂漠の階層で遭遇したモンスターの魔石では例外なく魔獣術が発動したことだろう。
なら、六階にいるモンスターの魔石でも魔獣術が発動する可能性は十分にあった。
(まぁ、魔獣術が発動しなくても、サンダーハーピーの前の前菜のようなものだし。そう考えれば、そこまで問題もないか)
そう考えている間に、セトが地面に着地する。
セトの背から降りると、レイは狼の死体を数えていく。
最初にいた大きな群れがセトの存在に気が付いた瞬間に四方八方に散らばって逃げたのだ。
そんな中でも一番大きな集団がこの群れだったが……
「六匹か。まぁ、悪くないな。セト、よくやってくれた」
そう言いつつ、ドワイトナイフを使って解体をしていく。
周囲に眩い光が六度輝き……残ったのは、六個の魔石と六枚の毛皮、十二本の牙。
魔石以外の素材は、狼系のモンスターから剥ぎ取れる物としてはそう珍しいものではない。
それもまた、この狼達が決して強力なモンスターではないことの証だった。
「……うん?」
そんな中、何故か一つだけ尻尾が素材としてあるのに気が付く。
「何で尻尾……? いや、違うな。これはつまり、この尻尾を持っていた狼が他の狼と違う……つまり、リーダーで上位種か希少種だった可能性があるのか?」
レイは目の前に存在する尻尾を見ながら拳を握り締める。
逃げ散った狼の集団の中で一番大きかったこの集団。
そこにリーダーがいるかもしれないとは思っていたが、それが見事に当たった形だ。
「取りあえず、このリーダーと思しき魔石を使うのはセトだな」
「グルゥ?」
レイの言葉に、いいの? と喉を鳴らすセト。
レイにしてみれば、この集団を逃がさずに倒したのはセトなのだから、リーダーの魔石をセトが使うのは全く問題ない。
「いいんだよ、セトが倒したんだから。……そんな訳で、いらないのを収納して……まずはリーダーじゃない奴から試してみるか」
そう言い、残った三つの魔石に視線を向ける。
リーダーの魔石が一個に、普通の魔石が二個。
そのうちの、普通の魔石を手にしたレイはミスティリングからデスサイズを取り出すと、空中に放り投げ……
斬、と切断する。
「……うん。やっぱりな。何となく予想はしていた」
数秒待っても、脳裏にアナウンスメッセージが響かず、レイはそう言う。
見た目からして、そこまで強そうなモンスターには思えなかったのだ。
そうである以上、魔獣術が発動しないだろうというのは予想出来ていた。
「グルゥ……」
そんなレイを見ていたセトも、残念そうに喉を鳴らす。
セトも出来ればここで魔獣術が発動して欲しいと、そのように思ったのだろう。
だが、それは結局無理だった。
「次はセトの番だな。どうなるかは分からないけど、取りあえず試してみよう」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そんなセトに、デスサイズと入れ替えるように出した流水の短剣で洗った後で、魔石をセトに向かって放り投げる。
それをクチバシで咥えて飲み込むセト。
だが……レイの時と同じように、脳裏にアナウンスメッセージが響くことはない。
「グルゥ……」
予想出来たことではあったが、それでも残念そうに喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを慰めるように撫で、そっとリーダーの魔石を差し出すのだった。