3708話
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
レイがハーピーの死体を見ていると、数人の冒険者達が近付いてくるのに気が付く。
恐らくレイ達が六階に来た時に遠くに見えた冒険者達だろうとは思ったものの、一体何の用件があって近付いてきたのかと、レイは冒険者達に視線を向ける。
あるいは、五階にいたような冒険者狩りをしていた者達の同類かと思い、レイは握っているデスサイズと黄昏の槍を確認する。
ハーピーが命懸けで放ったと思われる雷による攻撃だったが、命懸け……いや、命を代償にして放った割には、威力そのものは大きくない。
何しろ十数秒程度しか身体の痺れはなかったのだから。
……考えようによっては、レイやセトを十数秒とはいえ痺れさせたという時点で十分強力と判断してもいいのかもしれないが。
「その……ちょっといいか?」
近付いてきた冒険者達のリーダーと思しき男が、レイにそう声を掛けてくる。
「何か用事か?」
「グリフォンを連れているってことは、深紅のレイでいいんだよな?」
「そうなるな」
「……だから、サンダーハーピーと戦うなんてことをしてたのか。普通なら自分からちょっかいは出さないんだが」
深紅の異名を目当てに近付いてきたのかと面倒そうな様子を見せていたレイだったが、冒険者のその言葉に表情を変える。
「サンダーハーピー? このハーピーのことか?」
「そうだけど……知らないで攻撃をしたのか?」
「普通のハーピーだと思っていたな。……なるほど、サンダーハーピーか」
その名前から、先程の一撃はやはり雷だったのかと納得する。
「ちなみにだが、そのサンダーハーピーが雷を使った攻撃をしたら、こうして死ぬのか? 俺とセトがサンダーハーピーの群れを追っていたら、いきなり衝撃を受けたんだが、それと同時に群れからこいつが死んで地上に落ちてきたんだが」
「ああ、サンダーハーピーと名付けられてはいるが、使えるのは一度だけ。それも命を消耗させてのものだ。その威力はそれなりに高いんだが……見た感じ、レイはそこまでダメージを受けた様子がないけど」
「まぁ、そこまでの威力じゃなかったからな」
ドラゴンローブの性能や、レイの身体の能力もある。
また、セトはマジックアイテムで防ぐといったことはしておらず、それでも雷の一撃で致命的なダメージにはならなかった。
そんなレイとセトは、この六階で活動している冒険者達にしてみれば、とんでもなく高い防御力を持ってるように思えるのだろう。
もっともレイやセトは本来なら六階にいるような冒険者ではない。
それこそ純粋な能力としては、このガンダルシアにおいても最強の冒険者である以上、最深部の十八階にいるような実力の持ち主なのだが。
「そこまでの威力じゃないって……異名持ちにしてみれば、そのように思えるのかもしれないけどよ」
サンダーハーピーというモンスターは、この六階を探索する冒険者にとっては非常に厄介なのは間違いない。
だが同時に、モンスターにしては珍しく臆病な……あるいは慎重な性格をしており、こちらから攻撃を仕掛けない限りは滅多に攻撃をしてこないという点で、安心出来るモンスターでもある。
もっとも、それはあくまでも滅多にの話であって、時には全く何の理由もなく攻撃してきたりもするのだが。
「そこまで言う程じゃないと思うけどな」
「それはあんただからそういう風に言えるんだと思うよ。……まぁ、とにかく俺達にしてみれば厄介な敵なのは間違いないってことだよ」
そう言う男の表情は、決して大袈裟なものではない。
男達にしてみれば、絶対に自分がサンダーハーピーに関わりたくないと言ってるようなのは間違いなかった。
「話は分かった。……ちなみにだけど、俺の知っている普通のハーピーとかは山にある洞窟とかに巣を作っていたんだが。この六階ではどうなってるのか分かるか? こうして見た限りだと、この階層には山とかがあるようには思えないけど」
「ああ、それなら丘だな。定期的に巣を変えてるから、今どこにいるのかは分からないけど、幾つか丘があって、その丘に巣を作ってる」
「丘か。……まぁ、雨とかそういう心配がないんだから、そういう意味では屋根とかはいらないのかもしれないな」
「その辺については、こっちも分からない。七階に続く階段とかも丘の側にはないから、好んで近寄るような者は……それこそ何らかの素材を確保したいか、もしくはサンダーハーピーを倒そうと思っている者かだろうし」
男の言葉に、レイはサンダーハーピーの飛んでいった方を見る。
恐らく、そちらの方に巣があるのだろうと思ったのだが……
「何を考えているのかは分かるけど、多分そっちに巣はないと思うぞ」
そんなレイの様子を見た男が、そう断言する。
多分ないといったような言葉ではなく、ないと断言をするその様子にレイは疑問を抱く。
「何でそう思うんだ? サンダーハーピーの群れはあっちに逃げたんだから、あっちに巣があるんじゃないのか?」
「いや、そっちに逃げたからこそ、巣はそっちにないんだよ。さっきも言ったけど、サンダーハーピーってのは慎重で臆病だ。そんな奴が、誰かに追われたからって真っ直ぐに自分の巣に戻ると思うか?」
男の言葉には、強い説得力があった。
それだけに、レイもその言葉には納得するしかない。
つまりそれは、サンダーハーピーがレイとセトを自分達の巣まで連れていかないようにする為に、意図的に本当の巣とは別の方向に向かって飛んでいったということを意味していた。
(あるいは、セトが空を飛んでいなければそういう手段を取らなかった可能性もあるが……まぁ、その辺については今更の話か)
サンダーハーピーがレイ達から逃げる為に、一匹が命を失ってまで雷を落とし、レイやセトに一時的にしろ動けなくすることが出来たというのは、事実だ。
命懸けの一撃だったからこその一撃だったのだろう。
でなければ、六階のモンスターがそのようなことを出来る筈もない。
……勿論、ここはダンジョンだ。
そうである以上、未知の何かが起きてもおかしくはないのだが。
とはいえ、ダンジョンだからといってそう簡単に未知の何かが起きるとも限らない。
もっともレイにしてみれば、そのようなことが起これば未知のモンスターとの遭遇が期待出来る以上、決して悪いことではないのだが。
「じゃあ、サンダーハーピーの群れが飛んでいった反対側に今の巣があると思っていいのか?」
「うーん……どうだろうな。その可能性は高いと思うけど。ただ、さっき言ってたのと違う話になるが、反対側に逃げてばかりだとサンダーハーピー達もそれが危険だというのは分かる訳で。そうなると同じことだけを繰り返すのは、それはそれで不味いと思うんだよ」
「……つまり、反対側じゃない別の場所に巣があると?」
「もしくは、逃げた方向に巣があるか」
「それはまた、面倒だな。結局どっちに逃げればいいのか、全く分からないということになるんじゃないか?」
そう言うレイに、男は同意するように頷く。
ただ、その表情にはレイのように面倒そうといった様子はない。
先程男が言っていたように、サンダーハーピーは基本的に臆病で慎重な性格のモンスターだ。
そうである以上、自分から攻撃をするようなことをしなければ、サンダーハーピーに攻撃されるようなことはないと、そう理解しているのだろう。
「話は分かった。なら、俺は取りあえずセトと一緒にサンダーハーピーの巣を探してみるよ」
そう言い、レイは周囲の様子を警戒しているセトに向かって声を掛けようとするが……
「ちょっ、レイ。このサンダーハーピーの死体はどうするんだよ? お前が倒した……というか、お前を雷で攻撃をして死んだんだろ?」
「やるよ。色々と情報を教えてくれた礼だ」
そう言い、レイはセトの背に跨がる。
そうしながら、もしかしたらこの状況で自分に声を掛けてきたのは、それが目的だったのかもしれないと思う。
もっとも、レイとしては向こうにそのようなつもりがなくても、このサンダーハーピーの死体は譲ろうと思ったが。
何しろ、レイとセトはこのサンダーハーピーと戦っていない。
つまり、魔石を確保しても魔獣術に使えないのだ。
なら、この死体をわざわざ確保して解体したいとは思わなかった。
もしレイに声を掛けてきた男がいらないと言えば、それこそここにそのまま置いていっただろう。
そうなれば、他の冒険者が見つけて自分の物にするか、あるいは他のモンスターがやってきてその死体を食い漁るか。
具体的にどのようなことになるのかはレイにも分からなかったが、とにかくどうにかなるだろうとは思っていた。
「え? いいのか? サンダーハーピーの死体、そのままだぞ? 魔石とかもあるけど」
モンスターの素材の中で一番高く買い取られるのは魔石だ。
何しろ魔石はマジックアイテムの動力源としても使われるし、それ以外にも錬金術の素材であったりといった使い道がある。
それこそ日本に住んでいたレイにとっては、石油や電気のような……生活必需品とでも呼ぶべき代物だ。
だからこそ、魔石はギルドとしても積極的に買い取っている。
迷宮都市であるガンダルシアの産業の中には、魔石を他の村や街、都市に売るというものもある。
そういう意味でも、ガンダルシアのギルドにとって魔石は重要な品だった。
冒険者もそれが分かっているので、ポーターがいなかったり、ポーターがこれ以上荷物を運べないといった状態でモンスターを倒しても、他の素材はともかく魔石だけは持っていく。
幸いにも、魔石は基本的にそこまでは大きくないので、そのくらいなら荷物量が限界であっても何とかなる。
そんな魔石がまだサンダーハーピーの中には残っているのに、そのまま置いていってもいいのか。
そう男はレイに聞いたのだろう。
ある意味、それは男が誠実な証でもある。
もし男がもっとずる賢いのなら、魔石を剥ぎ取った形跡のないサンダーハーピーの死体をそのまま渡すと言われても、魔石について言及はしなかっただろう。
しかし、そんな男にレイは気にするなと言う。
「俺が欲してるのは、あくまでも俺やセトが倒したサンダーハーピーの死体だ。自分で勝手に死んだサンダーハーピーの死体は特に必要じゃない」
「……分かった。じゃあ、ありがたく貰う」
そう言い、頭を下げる男。
交渉とは呼べない話し合いだったが、それをリーダーに任せていた他の冒険者達も、そんな男に合わせるようにして頭を下げる。
レイにしてみれば、自分達にとって役に立たない死体の後処理を任せただけに近いのだが。
「じゃあな」
最後にそう言い、レイはセトの首の後ろを軽く叩く。
それを合図に、セトは走り出し、翼を羽ばたかせながら空に向かって飛んでいく。
レイと話していた男はそんな一人と一匹を見送り、改めてサンダーハーピーの死体に目を向ける。
「さて、じゃあ解体するぞ。値段はそこまで高くないけど、それなりに素材はあるしな」
「うげぇ……サンダーハーピーの解体って、あまり好きじゃないんだよな。もう少しこう……モンスターっぽい外見ならいいのに」
男の言葉に、仲間の一人が嫌そうに言う。
サンダーハーピーは、その名の通りハーピーの一種だ。
つまり、上半身は人間の女の形をしており、だからこそそれを解体するのは気が進まない者もいる。
中にはモンスターはモンスターと割り切っている者もいるが。
さっさと解体を始めている男のように。
「サンダーハーピーの素材はそこまで高くはないんだよな。しかも倒そうとすると死を覚悟して雷で攻撃してくるし」
「それでも、このサンダーハーピーは俺達が倒した訳じゃなくて、深紅が倒してくれたんだから、俺達は丸儲けだろ。魔石もそのまま譲ってくれたし」
「深紅の噂を聞く限り、怖いって感じがあったんだけど。そうでもなかったな」
六階で活動するだけあって、モンスターの解体には慣れているのだろう。
こうして会話をしながらも、サンダーハーピーの解体を進めていく。
「ああ、話が分かる奴って感じだった。……とはいえ、噂の半分でも真実なら話が出来るからって調子に乗ったりするのは自殺行為でしかないが」
その言葉に、周囲が静まりかえる。
レイの噂には色々とあるが、その多くはレイの力の強さが強調されている。
そんな力を、相手が貴族であっても敵対すれば躊躇なく振るうというのだから、相手が冒険者であればその力を振るうのにより一層躊躇はしないだろう。
そんな力が、もし自分達に振るわれれば……
そのように思えば、くれぐれも……本当にくれぐれも、絶対に、可能な限りレイを怒らせないようにしようと、そう思うのだった。