3706話
現在手元にある魔石のうち、まず最初に使うのはサンドワームの魔石。
この魔石は既にデスサイズに使っているので、セトに使う分だ。
ドワイトナイフで取り出した魔石だったが、それでも一応念の為に流水の短剣で生みだした水で洗い、セトに視線を向ける。
「セト、準備はいいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
そんなセトに笑みを浮かべ、レイは魔石を放り投げる。
セトはその魔石をクチバシで咥え、飲み込み……
【セトは『地中潜行 Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それを聞いても、レイは特に驚いたりはしない。
地中を移動するサンドワームの魔石と考えれば、ある意味で当然のスキルだったのだから。
とはいえ、地中潜行は今までセトが殆ど使ったことがないスキルなのも事実。
「グルルゥ」
レイが視線を向けると、セトもどこか微妙な様子を見せている。
セト自身も、地中潜行のスキルを使うということが殆どなかったというのを実際に自分で理解している為だろう。
(とはいえ、考えてみればそんなに悪くないスキルではあるんだよな。地面の中を普通に移動出来るし。何より、サンドワームの魔石から入手した……レベルアップしたスキルではあるが。同じく地中を移動するのでも、セトとサンドワームでは似ているようで違うし)
サンドワームの場合は、物理的に地面を掘りながら移動している。
いわば、モグラのような移動の仕方だ。
それに対して、セトの場合はスキルの効果によって、物理的な意味ではなく魔力的な意味で地中を移動出来る。
つまり、地中にある土や砂、石……そういうのを物理的に掘り進んだりといったようなことはしなくてもいいのだ。
「セト、取りあえずどのくらい深くまで、そしてどのくらいの時間潜っていられるか、試してくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に分かったと喉を鳴らしたセトは、少しレイから離れるとスキルを発動する。
「グルルルルゥ!」
地中潜行のスキルが発動すると、地面に潜るセト。
(見た感じだと、潜るんじゃくて沈む? 物理的に掘ってる訳じゃない為か、地面というか水に沈んでいくような、そんな風に見えるな)
そんな風に思っていると、やがて三分程経過したところでセトが浮き上がってくる。
レイが詳しくセトから説明をして貰う。ただ、お互いの大雑把な意思疎通は楽に出来るものの、詳細な意思疎通……例えば今の具合だとどのくらいの深さにまで潜れるかというのは、なかなか判断しにくい。
そのような苦労をしつつもレイが聞き出したところによると、地下四mを三分程移動出来るということだった。
五m以下には行けないらしいというのは理解したが、三分以上地中にいたらどうなるのかと、レイは疑問に思う。
もっともセトの様子を見る限りでは、三分以上地中にいても、地中で身動きが出来なくなるといったようなことでないらしいので、安心したが。
「なるほど。やっぱり色々と使えそうだな。このまま上手くスキルが強化されていけば、そのうち……レベル五に達したら、もっと凄いことが出来るようになるかもしれないな」
「グルゥ? ……グルルゥ!」
レイの言葉に最初不思議そうな様子を見せたセトだったが、すぐに納得したように喉を鳴らす。
レベル五になれば一気にスキルが強化されるというのは、当然ながらセトも理解している。
それだけに、レイが言うようになるかどうかは分からないが、期待値という意味では大きいのは間違いない。
嬉しそうな様子のセトを撫でていたレイだったが、セトが大分落ち着いたというところでセトを撫でるのを止め、次の魔石を手にする。
それは、無数の足を持つトカゲの魔石。
サンドワームの魔石をセトが使ったので、このトカゲの魔石はデスサイズが使うのだ。
(問題なのは、一体どういうスキルを習得、あるいはレベルアップするかだよな。出来ればデスサイズに足が生えるなんてとんでもスキルじゃないといいんだけど)
デスサイズに大量の足が生えているという光景を思い浮かべ、レイは空を見て意識を逸らす。
魔獣術は例外はあれども、その魔石を持っていたモンスターの特徴を持つスキルを覚えることが多い。
そうなると、やはり先程のトカゲで一番印象に残っているのは大量の足だった。
どうか妙なスキルを習得しませんように。
そう思いながら魔石を放り投げ、次の瞬間にはレイの振るったデスサイズの刃が魔石を切断する。
【デスサイズは『風の手 Lv.六』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「おう?」
それを聞いたレイは、思わずといった様子でそんな声を漏らす。
当然だろう。
デスサイズに無数の足が生えるようなスキルは習得しませんようにと願っていたのに、何故か習得した……いや、レベルアップしたのは風の手だったのだから。
何となくセトを見ると、セトも風の手のレベルが上がるのは予想外だったらしく、小首を傾げていた。
そんなセトの様子を見ていたレイは、ふと気が付く。
「ああ、あの舌の攻撃が影響してるのか?」
セトとの戦いにおいて、トカゲは舌を伸ばして攻撃した。
それこそカエル……いや、トカゲだけにカメレオンのようにという表現の方が相応しいのかもれないが。
そんな攻撃をしてくる相手だけに、風の手というのはレイから見ても何となく……本当に何となくではあるが、舌を伸ばす攻撃手段に似ていなくもないような気がする。
あくまでもそれは何となくであって、明確に納得出来る理由という訳ではないのだが。
とはいえ、それで納得出来たのは事実。
それにレイにとって風の手というのはかなり重要なスキルでもある。
何しろ一般的に広まっている深紅の噂の中に必ず登場する、炎の竜巻。
それを作る為に必要なスキルの一つが、風の手なのだから。
その風の手のレベルが上がったということは、炎の竜巻……火災旋風を作った時、その威力が上がるのは間違いない。
「じゃあ、試してみるか。……風の手」
デスサイズを手に、スキルを発動する。
するとデスサイズの石突きから、風で出来た手が……レイのイメージ的には、スキル名の風の手ではなく風の触手といった表現の相応しい存在が伸びていく。
どんどん、どんどんと伸びてい風の触手。
レベル五では最大限に伸ばしても五百mだったが、今の風の手はもうとっくに五百mを超えており……六百、七百、八百……と、そこで限界となる。
「八百mか。レベル五の時に比べて、大分伸びたな」
レイにしてみれば、八百mというのはかなり予想外の長さだった。
同時に、それはレイにとっても風の手が今までよりも使いやすくなったということで、喜ぶべきことではあったが。
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトはおめでとうと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、デスサイズのスキルが強化されたのは普通に嬉しいし、それ以上にレイがそのことで喜んでいるのが嬉しかったのだろう。
「ありがとな、セト。……ともあれ、これで魔獣術の確認が終わったのはいいけど、問題なのはこれからどうするかだな。もっとここで粘るべきか、それとも五階に戻るべきか、あるいは六階に行くべきか」
このまま四階で未知のモンスターを探すか、あるいは五階でまだ倒したことがない種類のオークを探すか、六階という未知の階層に挑むか。
レイはこの状況で一体どれを選ぶのがベストなのかと考える。
魔獣術を使う為に、未知のモンスターの魔石を入手するのに最善なのはどれか。
ダンジョンの攻略を進める為に、選ぶべきはどれか。
そんな諸々を考え……そのまま考え続けるのが面倒になり、ミスティリングから銀貨を取り出す。
「これで決めるか」
「グルゥ?」
どうするの? とレイの様子を見て喉を鳴らすセト。
「銀貨を上に投げて、表が出たらここでもう少し活動する。裏が出たら、五階か六階に行く。そして五階でもう一回銀貨を投げてどうするか決めるって感じだな」
レイにしてみれば、出来ればその階層にいる全てのモンスターを倒してから、次の階層に行きたいというのが正直なところだ。
だが、それをやると時間がかかりすぎるのも事実。
それこそ、中にはその階層では滅多に出て来ないようなモンスターがいてもおかしくはないのだから。
そう考えると、ダンジョンの攻略を進めてもっと深い階層に行けば、それこそ未知のモンスターと多数戦えるのも事実。
ここ暫くはダンジョンに潜ってなかったレイだったが、いつまでもガンダルシアにいる訳でもない。
また、夏になれば一度ギルムに帰ることにもなっている。
つまり、時間制限があるのだ。
レイにとって幸運だったのは、時間制限があるのは間違いないが、その時間制限がそこまで厳格なものではないということか。
レイにはそのつもりはないが、もしレイがその気になればギルムに帰ることなく何年でもガンダルシアでダンジョンを攻略するということも出来るのだから。
……もし本当にそのようなことをしたら、それこそ対のオーブを使っていつ帰って来るのかと、そうエレーナ達に言われるだろう。
あるいは直接エレーナ達がガンダルシアまで迎えに来る可能性もあった。
地上を移動してギルムからガンダルシアまで移動する場合、年単位で時間が掛かってもおかしくはない。
だが、エレーナという貴族派の象徴がいて、更には精霊魔法使いとしてはこれ以上ない程の使い手であるマリーナがいる。ヴィヘラもいざとなればベスティア帝国に支援を要請したり出来るだろう。
そんな面子が集まっていれば、それこそ竜騎士を何人か呼び寄せ、それに乗ってガンダルシアまで来るということは普通にやりかねない。
レイもそこまで深くは考えていないが、それだけにある程度の時間制限があるという認識なのは間違いなかった。
「さて、じゃあ銀貨を投げるぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らす。
レイはそんなセトを一瞥してから、親指で銀貨を空中に弾く。
回転をしながら空中を上がっていく銀貨。
やがて最高到達点に達すると、銀貨は重力に引かれるように落下してくる。
そんな銀貨をレイは手の甲に触れた瞬間、反対の手で押さえる。
「さて……どうなる?」
なお、レイは銀貨を見ないようにしていた。
何故なら、レイの五感は非常に鋭い。
それこそ銀貨が回転しながら落ちてくるのを見ていれば、自分の手の甲に落ちた時にどちらを向いているのか、はっきりと分かってしまう為だ。
そうならないように、銀貨が手の甲に落ちた感触があった瞬間に、もう片方の手を動かして押さえた。
「グルルルゥ」
そんなレイの手を、セトが期待した様子で見る。
実際にはどのような選択肢になっても、セトはそこまで気にしたりはしないのだろうが。
ただ、それでもこうしてレイが勿体ぶっているので、それを興味深く思っているのだろう。
じっと自分を見てくるセトを見ながら、レイは銀貨を押さえていた手を外す。
するとそこにあったのは……
「裏か」
手の甲の上にあった銀貨は、裏だった。
つまり、取りあえず五階に行くということだ。
「まぁ、四匹だけど未知のモンスターの魔石を入手したし、それでよしとするか。……個人的には、この前この四階で見たリザードマン辺りを見てみたかったんだけどな」
銀貨をミスティリングに収納しながら、レイはそう言う。
以前四階で見たリザードマンが、レイの知っている砂漠に棲息するリザードマンと同じとは限らない。
サンドワームがレイの知っている個体と違い、実際に魔獣術が発動したことを考えると、リザードマンも微妙に違う種類という可能性があった。
ただ、レイにとってリザードマンというのはモンスターであると同時に、ただのモンスターではないのも事実。
トレントの森にある生誕の塔と共に転移してきた、知能の高いリザードマン達を知っているからだろう。
その中の一匹……ゾゾが、レイ個人に従うというようなことすらするのだから。
また、知能が高いのを示すように、異世界から転移してきたリザードマンの多くは既にこの世界の言葉を喋ることが出来る。
特に子供のリザードマンは、生誕の塔を守る冒険者達が普通にいるので、成長するに従って特に覚えようと思わなくても、普通にこの世界の言葉を覚えている程だ。
そんなレイにとっては思い出深いリザードマンだけに、もしこの砂漠で別のリザードマンを見つけても、普通に戦えるのかどうかは微妙なところなのも事実だった。
もっとも、レイ本人はいざとなったらある程度どうにか出来るだろうと、そのように思っていたが。
「ともあれ、目的地は決まった。取りあえず五階に向かうとしよう。その途中でモンスターと遭遇したら、ラッキーってことで」
そう言うレイに、セトは分かったと喉を鳴らすのだった。