3703話
レイは投擲した黄昏の槍を手元に戻すと、改めてサンドワームの死体を確認する。
レイが知ってる限り、サンドワームというのは非常に生命力が強い。
それだけに、今の一撃で頭部を破壊したものの、それでも本当に死んだのかどうかは分からなかった。
だからこそ、こうしてじっくりと観察をしていたのが……
「身体に石が生えている?」
こうして動けなくなったサンドワームの姿を確認すると、その身体には石が生えている。
びっしりという訳ではないものの、一定の間隔で石が……もしくは石に見える何かが生えているのだ。
「珍しいけど、宝石とか魔法鉱石とか、そういうのじゃなくて石だとな。……あるいは、この石は何か希少な素材だったりするのか? ドワイトナイフを使えば分かるか」
こういう時、ドワイトナイフは非常に便利なマジックアイテムだった。
レイにとって、それが何らかの素材になるのか、それともならないのか。
それが分からなくても、ドワイトナイフを使えばその効果によって、素材となる物だけは残されるのだから。
ましてや、理屈はレイにも分からないが、液体や何らかの保存が必要な部位の場合は、その容器や保存液の類も生み出すという……まさに多くのモンスターと戦うレイにとって、これ以上ない程にありがたい代物だった。
「セト、周囲の警戒を頼む」
レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納し、それと代わるようにドワイトナイフを取り出しつつ、セトに声を掛ける。
「グルゥ!」
セトはそんなレイの言葉に、任せてと元気良く鳴き声を上げる。
血や内臓、体液……そんな臭いを嗅ぎつけ、他のモンスターが襲撃してくる可能性は十分にあった。
そうなった時の為に、セトに周囲の見張りをして貰う。
(やってくるモンスターがいても、それが未知のモンスターなら構わないんだけどな。……頭部を砕いたのは失敗だったな)
ドワイトナイフを手に、サンドワームの死体を見るレイ。
黄昏の槍の投擲の威力は強力で、アイスアローによってある程度のダメージを受けていたとはいえ、頭部は半ば程が……いや、それ以上、七割から八割程が肉片と化して砂漠に散らばっていた。
死体に残っているのは、多少の歯くらいか。
もしこの歯が素材だった場合、ドワイトナイフを使っても素材として残るのは少量だろう。
それを残念に思い、同時に歯が素材としては認識されないようにと祈りながら、ドワイトナイフに魔力を流し、サンドワームの死体に突き刺す。
瞬間、周囲が眩い光に覆われ……次の瞬間、砂の上には魔石と何らかの内臓が入ったと思しきガラス容器に……少数の歯が置かれていた。
「あー……うん。まぁ、何もないよりはいいか」
何よりも欲していた魔石と、これは予想外だった内臓が入手出来たのは、レイにとっても嬉しい。
しかし、先程の台詞がある意味でフラグでもあったのか、歯は少数だけが砂の上にある。
この歯が一体どのような素材なのかはレイにも分からないが、取りあえず少数だけでも入手出来たことを良しとしておく。
内臓の入った容器と歯をミスティリングに収納し……
「うん?」
ちょうどそのタイミングで、レイはセトの方に視線を向ける。
するとそこでは、少し……いや、かなり離れた場所でセトが何かを地面に叩き落としている光景があった。
「やっぱり来たのか」
恐らく、サンドワームの血や内臓、体液の臭いに釣られてやってきたモンスターがセトに倒されたのだろう。
そんなレイの考えを裏付けるように、セトが倒した……そう、正真正銘今の一撃だけで殺したモンスターの死体の端をクチバシで咥えてレイの方にやってくる。
「セミ……か?」
セトが咥えているモンスターの死体を見たレイの感想がそれだった。
勿論、セミとはいえモンスターである以上、普通のセミの筈がない。
その大きさは一m近くもあり、ところどころに普通のセミとは思えない部位もある。
一番派手なのは、セミの背にある翼だろう。
普通ならセミに生えている羽根とは違い、鳥に近い翼がそこにはあった。
それも翼の先端には棘が大量に生えており、このセミに体当たりをされようものなら、一体どれだけのダメージになるのかは、容易に想像出来てしまう。
それだけ凶悪な棘が生えた翼を持つセミだったが、セトを相手にするのは無理だったらしい。
もっともレイにしてみれば、幾ら凶悪なセミであっても、セトと敵対した時点で負けるのは明らかだったが。
(セトを見ても逃げなかったのは、それだけ餓えていたのか? ……まぁ、砂漠だしな)
そんな風に思っていると、セトは咥えていたセミの死体をレイの前に下ろす……いや、落とす。
「グルルルゥ!」
自慢げに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、レイからの指示に従って周囲を警戒していたところで、こうして実際に敵が襲ってきたのだ。
それを倒したのだから、嬉しく思うのは当然だった。
そして、レイに褒めて褒めてと円らな瞳でアピールする。
レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべ、その身体を撫でる。
「よく守ってくれたな、セト。……じゃあ、このセミの魔石はセトが使って、サンドワームの魔石はデスサイズということでいいか?」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトに笑みを浮かべ、レイは持っていたドワイトナイフに魔力を流し、セミの死体に突き刺す。
眩く光り輝き……
「グルゥ……」
残念そうにセトが喉を鳴らす。
その理由は、砂の上にあったのが魔石だけだったからだろう。
それはつまり、セミを倒しても素材となる部位は何もないということを意味している。
あとは、討伐証明部位くらいだろうが、生憎とレイは討伐証明部位がどこか知らなかったし、何よりそれを持っていっても金に換わるだけである以上、金に困っていないレイにとっては、どうしても必要という訳でもない。
(ただ、セトの様子を見る限りだと、ここは討伐証明部位を残してもよかったかもしれないな。……それが具体的にどこなのかは俺にも分からないけど)
そんな風に思いつつ、レイはセミの魔石を手にとる。
「取りあえず、この魔石は使ってしまうか。幸い、周囲には誰もいないな」
「グルゥ? ……グルゥ!」
レイの言葉に、セトはすぐに頷く。
この四階は砂漠ということもあって人気がないのか、冒険者の数は少ない。
あるいは単純に、今日は偶然四階に冒険者の姿がないのかもしれないが。
ともあれ、レイやセトにとっては周囲に人の姿がないのは好都合だ。
魔獣術については、そう簡単に人に知られる訳にはいかないのだから。
レイは手にしたセミの魔石を、念の為に流水の短剣を使って水で洗うと、セトに向かって放り投げる。
水飛沫が煌めき、七色に輝きながら飛ぶ魔石を、セトはクチバシを開いて飲み込み……
【セトは『翼刃 Lv.五』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それはレイにとって嬉しいものだった。
何しろ、翼刃のレベルが五になったのだから。
レベル五になると、スキルは一気に強化される。
それは今までの経験から、確実だった。
「グルルルルゥ!」
嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトもまた、翼刃のレベルが上がった……それも五になったことが嬉しかったのだろう。
もっとも、レイは翼刃がレベルアップしたのはある意味で納得出来たが。
セミが普通とは違うのは、無数の棘が生えた翼を持っていたことだ。
そんなセミの様子から考えて、主な攻撃方法はその翼を使ったものだったのだろうというのは容易に予想出来る。
そして多少の例外はあれど、魔獣術というのはその魔石を持っていたモンスターの特徴に強く影響されるのだ。
つまり、翼刃のレベルが上がったのはレイにとっても納得出来ることだったのは間違いない。
「翼刃がレベル五か。……おめでとう、セト」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは心の底から嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、翼刃のレベルが五に上がったことも嬉しかったが、それと同様……あるいはそれ以上に、レイが喜んでくれるのが嬉しかったのだ。
「早速セトの翼刃を試してみたいところだけど……」
そう言い、周囲の様子を確認するレイだったが、周囲には砂漠が広がっているだけだ。
レベル四の時点で岩をも切断出来るだけの威力を持っていたのだ。
それがレベル五になって威力が大幅に上がったのを確認したいものの、そこには何もない。
「これは、取りあえず後で確認だな。とはいえ、何で確認すればいいのか迷うけど」
レベル四の時点で岩ですら切断出来るだけの威力を持っていたのだ。
自然に存在する試し斬りの標的として、岩以上の物は……ない訳ではないが、そう簡単には見つからない。
手軽に見つけられ、それでいながらそれなりに頑丈なのが岩なのだから。
「……あ、そうだ。そういえばこれがあったな」
何か試す方法がないかと思っていたレイだったが、以前何で入手したのかは忘れたが、ミスティリングの中に鉄のインゴットがそれなりの量があったのを思い出す。
この鉄のインゴットも、火災旋風を使う時にダメージを増す為に使えるとして確保してあった物なのだが、ここで使わないという選択肢はレイにもなかった。
ミスティリングから取り出した鉄のインゴットをセトに見せながら、声を掛ける。
「セト、これで翼刃を試せるか?」
「グルルゥ!」
ミスティリングから取り出した鉄のインゴットを見せると、セトは勿論といったように嬉しそうに喉を鳴らす。
「よし、なら試してみるか。……セト、これから空中に鉄のインゴットを投げるから、翼刃を試してみてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を確認しつつ、レイは十分に離れた場所で鉄のインゴットを投擲する。
それを見た瞬間、セトは砂漠を走り出し……タイミングを合わせ、スキルを発動する。
「グルルルルルゥ!」
次の瞬間、翼刃は鉄のインゴットを物の見事に切断した。
「これはまた……なら、こっちはどうだ?」
次にレイがミスティリングから取り出したのは、鉄……ではなく、鋼のインゴット。
鉄よりも強固なそのインゴットでセトの翼刃を試してみようと考えたのだ。
これがレベル三から四になった程度なら、鉄のインゴットで満足しただろう。
だが、魔獣術におけるレベル五というのは、大きな……非常に大きな意味を持つのも事実。
であれば、鉄よりも硬い鋼のインゴットも切断出来るのではないかと思ったのだ。
……あるいは、レベル五ということを考えると、鋼のインゴットよりも更に硬い金属をも切断出来るかもしれないが、生憎と使い捨てに出来るような物はない。
その為、現在出来る最大の確認手段は鋼のインゴットだった。
「グルルルゥ!」
大丈夫、やってと。
鋼のインゴットを見て、そう喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトに頷くと、先程と同時に鋼のインゴットを空中に投げる。
「グルルルルゥ!」
それを見たセトは、即座に走り出す。
そして翼刃を発動し……先程の鉄のインゴットの時と同様にあっさりと鋼のインゴットが切断される。
「おお」
そんなセトの様子に、レイの口からは感嘆の声が漏れる。
実際、鋼のインゴットをこうも容易に切断したということは、金属鎧……それこそ普通の鎧ではなく、全身鎧……いわゆるフルプレートメイルと呼ばれる類の鎧であっても、切断出来る筈だった。
またその後の検証によってレベル四までの時は翼刃という名称通り翼で対象を切断出来たのだが、レベル五になったことで翼の周辺に一種の力場が生み出され、それに触れただけでも対象が切断されることが確認出来た。
そんな能力を得たセトに、レイは感心した様子で笑みを浮かべ、近付いて来たセトを撫でる。
「グルルルゥ」
レイに撫でられ、嬉しそうな様子のセト。
一通りセトを撫でると、次にレイはサンドワームの魔石を手にする。
そしてもう片方の手にはデスサイズ。
魔石を放り上げ、デスサイズを振るい……
【デスサイズは『地中転移斬 Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それが聞こえたことに……つまり、先程のサンドワームはやはり以前倒したのとは別の種類のモンスターなのだということが明らかとなり、安堵する。
「グルルルゥ!」
レイに聞こえているアナウンスメッセージは当然のようにセトにも聞こえている。
その為、セトはレイに対しておめでとうと嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトを撫でつつ、一段落したところでレイは早速地中転移斬を試してみるのだが……
「まぁ、こんなものか」
レベルが四から五に上がった翼刃と違い、地中転移斬は二から三に上がっただけだ。
その為、スキルの性能は単純にレベル二の八mから三m延びて十一mとなっただけだったが、それでもレイにとっては地中転移斬というスキルが使いやすくなったという意味で、ありがたいことだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.八』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.三』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.五』『翼刃 Lv.五』new『地中潜行 Lv.二』『サンダーブレス Lv.五』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.八』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.五』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.五』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.六』『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.三』new『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.三』『黒連 Lv.一』
翼刃:翼の外側部分が刃となる。レベル一でも皮と肉は斬り裂ける。レベル二では肉を斬り裂いて骨を断つ。レベル三ではそれなりに太い木も切断出来る。レベル四では岩も切断出来る。レベル五では鍛えられた鋼であっても切断出来る。また、翼だけではなく翼の周辺に一種の力場を作り、それに触れた存在も切断出来る。
地中転移斬:デスサイズの刃を地面に触れさせることで、刃を転移させて相手を攻撃出来る。転移出来る距離はレベル一で最大五m、レベル二で最大八m、レベル三で十一m。