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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3701/3865

3701話

「さて、今日からダンジョンだな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 それも当然だろう。

 何しろ、五階まで行ったのはいいが、それから全く進んでいなかったのだから。

 セトとの模擬戦を始めとして、色々と忙しい日々が続いていたのがその理由だ。

 そんなレイが、久しぶりにダンジョンに挑むのだ。

 だからこそ、今日のレイはやる気満々だった。

 そんなレイと一緒にダンジョンに挑むセトもまた、やる気に満ちている。

 冒険者育成校の模擬戦でレイと一緒にいることは出来たし、セト好きになった者達からも可愛がって貰ってはいる。

 だが、それでもやはりセトにとって一番嬉しいのはレイと一緒にいることなのだ。

 そしてダンジョンに潜るとなると、セトと一緒に行動し、しかも未知のモンスターと遭遇し、その魔石によって強くなれるかもしれない。

 そんな思いから、レイと一緒にダンジョンに挑めるのはセトにとって非常に嬉しいことだった。


「おい、あれ……セトだろう? じゃあ、あいつが深紅のレイか?」

「今更何を言ってるんだ? 情報が遅いぞ」


 そんな会話が聞こえてくる。

 それを聞いたレイは、確かにと頷く。

 既にレイがガンダルシアに来てから、それなりに時間が経っている。

 そして今までも何度かダンジョンには潜っているのだ。

 そうである以上、レイを見たことがある者はそれなりに……いや、かなり多い。

 なのに、今こうして初めてレイを見たといった様子で驚いているのは、情報に疎いとしか言いようがなかった。

 あるいは、どこか別の場所に行っていたのだが、最近になってガンダルシアに戻ってきたのか。

 これは別に珍しいことではない。

 グワッシュ国に存在する唯一の迷宮都市がこのガンダルシアだ。

 ギルム程ではないにしろ、商品の仕入れに多くの商人達がやってくる。

 その商人の護衛として依頼を受けるのは、ガンダルシアの冒険者にとっては珍しくはないのだから。

 ガンダルシアのギルドにある、ダンジョンに関係しない依頼の中で一番多いのが、護衛の依頼だった。

 ガンダルシアの冒険者はダンジョンに潜るのが基本だが、それでも護衛の依頼を受けたりすることもある。

 それは単純に気分転換であったり、あるいは護衛先に何かの用事があるのでついでだったり、まだ若い冒険者に視野を広げさせる為に上から指示されたり……それ以外にも色々と。

 なお、他にも盗賊の討伐とかもあるので、そちらを受ける者もいる。

 そんな訳で、レイのことを知らない者がいるのはそうおかしな話ではない。

 レイはその辺りについては全く気にした様子もなく、ダンジョンの入り口に向かう。

 勿論、そのまま一階に進むのではなく、転移水晶を使ってセトと共に五階からのスタートだ。

 そうして転移水晶によって姿を消したレイとセトを、他の者達は様々な感情を抱いて見送るのだった。






「さて、ここか。……とはいえ、ダンジョンの攻略する前に、やっぱり四階に行った方がいいのか」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトが少し戸惑った様子を見せる。

 本来なら、ダンジョンを攻略する為にここにいるのだから、ここは素直に六階に向かうべきだろう。

 それが何故四階に行くのか……というのは、セトも理解出来た。

 何しろ以前五階に来た時は、セトが飛んで四階を移動したので、一切モンスターと遭遇していない。

 以前五階に来た時は、オークの希少種が目当てだった。

 折角の希少種だ。

 他の者達に遭遇して倒されたりしたら、レイとしては好ましくはない。

 だからこそ、少しでも早くレイは自分やセトがオークの希少種と戦おうとする為に、四階はセトに乗って全速力で五階に続く階段に向かった。

 つまり、四階に存在するモンスターとは一度も戦っていないことを意味している。

 そして飛んで移動している時、四階……砂漠となっている場所で、リザードマンと戦っている者の姿も確認している。

 そのリザードマンが未知の――レイやセトがまだ戦っていないという意味で――モンスターであるかどうかは、実際に戦ってみないと何とも言えない。

 だが実際、その可能性がある以上は四階の砂漠を探索してある程度モンスターと戦い、魔石を集めた上で六階に進みたいというのがレイの正直な思いだった。

 何しろ魔獣術で使える魔石というのは、限られているのだから。

 だからこそ、ここは六階ではなく四階に行くべきだとレイは判断したのだろう。

 幸いにも、レイのドラゴンローブがあれば砂漠であっても快適に行動出来る。

 セトにいたっては、真冬の夜中、吹雪の中でも特に問題なく眠っていられる身体能力があり、それが砂漠であっても全く問題なく暮らせる。

 そのような一人と一匹だけに、砂漠で行動するのも全く何の問題もなかった。


「じゃあ、四階に行くか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 最初はあまり気が進まない様子のセトだったが、実際にレイと共に四階に……砂漠に行くのなら、それはそれで問題ないと判断したのだろう。

 こうしてレイはセトの背に乗り、四階に続く階段のある方に向かうのだが……


「グルゥ?」


 森の中を走っていたセトが、不意に走る速度を少し遅くし、右側に視線を向ける。


「セト?」


 そんなセトの様子を疑問に思ったレイが尋ねるが、その声にセトはそちらを見たままだ。

 それは多分、セトの見ている方に何かがあるのだろうというのは間違いない。

 具体的に何なのかと言われても、それはレイにも分からない。

 だが、セトの様子を見る限りでは何かがあるのは間違いない。

 はぁ、と息を吐く。

 レイとしては、出来ればこのまま真っ直ぐ四階に向かいたかった。

 しかし、セトがこうしているのを見ると、セトの見ている方に何かがあるのは間違いない。

 それが具体的に何かは分からないが、それでもこうしたセトの様子から、放っておく訳にはいかないだろうというのも、レイにとっては容易に想像出来てしまう。


「セト、そっちに向かうぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らすと走り始める。

 草原や平地のように、走るのに邪魔になるような物が何もなければ、セトの走る速度は馬……それも名馬と呼ばれるような馬すら超える。

 だが、森の中のような場所でとなると、当然ながらその走る速度も落ちる。

 特に馬はこのような森の中を走るのはかなり苦戦するだろう。

 そんな茂みの中を、セトはレイを背中に乗せたまま走っていた。

 セトの走る速度は草原や平地を走る時と比べると間違いなく遅くなってはいるが、それでも平原を走る馬よりも速い。

 細い木の枝は折れるに任せ、触れるだけでは折れない木は回避していく。

 翼を畳み、少しでも木々や茂みにぶつからないようにする。

 セトが走り始めて一分程。

 レイの耳にも金属音が聞こえてきた。


「ニーナ、一端戻ってきて!」

「けど、サリシャ。こいつらを相手に後手に回ったら!」

「ほら、フィルシスが撃つよ!」

「きゃああっ! ちょっ、ちょっと待って! 戻るから!」


 そして金属音に続いて聞こえてくるのは、戦闘中と思しき冒険者達の声。

 それもレイの耳が確かなら、聞こえてきた声は全てが女の声だ。


(オークの巣の五階で、女だけのパーティ? 自殺願望でもあるのか?)


 少しだけそんな風に思ったレイだったが、聞こえてくる声からは女達の方が少し不利なように思える。

 セトはレイよりも鋭い聴覚でそれを知り、こうして助けに向かったのだろう。

 セトが助けようと思い、何よりレイもそれを知った以上、ここで女達がオークに負けるかもしれないというのを承知の上で無視するのは、後味が悪い。


「セト、突っ込め」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、分かったとセトが喉を鳴らし、その言葉通り眼前に現れた茂みに突っ込む。

 ……レイが言ったのは、別に茂みに突っ込めといった訳ではないのだが。

 それでも茂みを突き抜けると、そこではレイの予想通り戦闘が行われていた。

 五人……全員が女の冒険者の姿を確認し、十匹以上のオークの姿。

 セトが飛び出した瞬間にそれを見て取ると、セトが地面に着地するのと同時にレイはセトの背から降りつつ、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。


「グルルルゥ!」


 そしてレイが背中から降りたのを察したセトは、大剣を手にした女と対峙している二匹のオークに向かって突っ込み、前足の一撃を放つ。

 冒険者育成校での模擬戦の時は、セトも十分に手加減をして前足の一撃を放っていた。

 その為、強い衝撃を受けて吹き飛ばされ、中には骨折したりした者はいたが、それでも一撃で致命傷を受けるということはなかった。

 しかし、それはあくまでも模擬戦でセトが手加減をしていたからこその話だ。

 ここはダンジョン、しかも敵はオークで倒すべき存在だ。

 そうである以上、模擬戦の時のような手加減はされず……


「ビ……」


 一匹のオークは頭部を破壊された際に悲鳴らしい声を上げたが、それで終わりだ。

 もう一匹は、女を……自分達の欲望を発散させる相手を追い詰めたということで油断をしていたのか、仲間が殺されたことに数秒気が付かず、そのままセトの前足の一撃によって頭部を粉砕される。


「え?」


 大剣を持っていた女は、いきなりの展開にそんな声を漏らす。

 当然だろう。仲間達と共に大量のオークと遭遇し、絶体絶命……とまではいかないが、それでも危険な状況だったのは間違いないところで、いきなりレイとセトが乱入してきたのだから、驚くなという方が無理だった。

 ……あるいは乱入してきたのがセトではなくレイだけだったら、そこまで戸惑わなかったかもしれないが。


「無事だな?」


 こちらもデスサイズでオークを二匹纏めて胴体から切断し、黄昏の槍で別のオークの頭部を砕いたレイが言う。

 一瞬……一瞬にして、この場にいたオークの半分近くが倒された。

 あまりの出来事にそのことに気が付いているのかいないのか、とにかく女達のうち、リーダー格と思しき長剣を手にした猫の獣人の女が口を開く。


「え、ええ。無事だけど……貴方達は……」

「一応聞いておくが、この戦いは俺がお前達から敵を奪ったということになるのか? それなら俺達は手を出さないで消えるけど」


 貴方達は一体誰。

 そのような女の言葉を聞き流し、レイはそう尋ねる。

 もしここで、このオークは自分達の獲物なのだから横殴りをするなとでも言われたら、レイは素直にこの場からセトと共に消えていただろう。

 レイやセトが倒したオークの死体は、きちんと確保していただろうが。


「それは……その……」


 突然のレイの言葉に戸惑う女。

 いきなりのことで、どう対応すればいいのか迷ったのだろう。


「はい、それは問題ありません! 危なかったので、助けてくれて感謝しています!」


 リーダー格の女に代わりそう言ったのは、杖を持った女。

 ローブを着ていることからも、典型的な魔法使いだった。

 杖の先端には丸い氷が存在していたが、魔法使いの女はレイの視線が自分の杖に……正確にはいつでも発動出来るようになっている氷に向けられていると気が付くと、すぐにその魔法を解除する。

 そうしてレイとセトがやり取りをしている間にも、セトは数匹のオークを片付けていた。

 残り少なくなったオークは、本来なら自分達に勝ち目がないと判断して逃げ出すのだろうが、自分達の欲望をぶつけられる相手……それも五人の女を見逃すのが惜しいのか、逃げ出さない。

 生存本能と性欲が戦い、性欲が勝った形だ。

 これがオークやゴブリンではなく、それ以外のモンスターであれば、セトの存在に恐怖して即座に逃げ出していたのだろうが。

 そうして性欲によってこの場に残ったオークに向かい、セトは襲い掛かる。


「じゃあ、このオーク達は俺達が倒してもいいんだな?」

「はい。深紅の異名を持つ貴方になら任せることが出来ます」


 そう言う魔法使いの言葉に、他のパーティーメンバー達もここでようやくレイの正体に気が付く。

 ピンチだったということもあり、グリフォンを引き連れ、大鎌のデスサイズを持っているレイを見ても、それが深紅のレイだとは気が付かなかったのだろう。

 とはいえ、それでも一度レイのことを認識すれば、それが深紅のレイだと認識出来たらしいが。


「えっと、何で深紅のレイさんがこんな場所に? 冒険者育成校で教官をやってるって話は聞いてますけど」


 そう尋ねるリーダー格の獣人の女。

 その口調には既につい先程までの切羽詰まった様子はない。

 ……深紅の異名を持つレイがこうして助けに来てくれたのだから、安心するのは当然なのかもしれないが。

 レイは自分がここにいる理由を説明し……その間に、オークは全てセトに倒されるのだった。

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