3699話
「ぐぬぅっ!」
セトの前足による一撃で、ザイードが吹き飛ぶ。
元々二m程もあり、しっかりと筋肉がつき、その上でフルプレートメイル、いわゆる全身鎧で身を固め、大きな盾を持つザイードだ。
攻撃はともかく、その防御を崩すというのはその辺の冒険者や兵士は無論、騎士でもそう簡単にはいかないだろう。
だが……それはあくまでも人、あるいはエルフや獣人、ドワーフといった者達での話。
それこそ鎚を手にしたドワーフの攻撃であっても、ザイードなら防ぐことが出来てもおかしくはなかった。
しかし……その攻撃を行ったのがグリフォンのセトであれば話は変わってくる。
その一撃は強力無比で、それこそドワーフの鎚による一撃すら防ぐザイードが一撃で吹き飛ばされるだけの威力。
それでいながら、その戦いを見ているレイはセトが手加減をしているのを知っている。
セトの持つスキル、パワーアタックが使われていれば、それこそザイードは吹き飛ぶ程度ではすまず、フルプレートメイル諸共に肉片も砕け散っていたかもしれない。
また、セトの前足に嵌まっている剛力の腕輪というマジックアイテムが発動されていても、似たような結果になったろう。
しかし、これは模擬戦だ。
セトも十分に手加減をして戦っている。
それを示すように、吹き飛ばされたザイードが飛んでいった先には誰もいない。
もしこれが本当の戦闘であれば、セトはザイードを他の生徒達に向かって吹き飛ばしていただろう。
何しろ、本人が筋骨隆々の大男である上に、その身体は金属の鎧によって包まれているのだ。
吹き飛ばすだけで、十分に武器として使える。
セトも当然のようにそれは理解しているものの、それを理解した上で人のいない方に向かって吹き飛ばしたのだ。
セトが自分で攻撃をするのならともかく、ザイードを吹き飛ばして武器にするとなると、手加減は出来ない。
これが模擬戦である以上、何かあった時の為にポーションの類は用意されている。
しかし、そのポーションはあくまでも普通のポーションであり、効果は猫店長からレイが買ったような高品質なポーションには到底及ばない。
……もっとも、レイが猫店長から購入したポーションの希少性を考えると、このような場所で使うのは難しいのだが。
「ザイードが倒されたのは痛いわね」
「そうだな。……って、フランシス?」
聞こえてきた声に返した後でその声が誰のものだったのかに気が付き、慌てて声のした方に視線を向ける。
するとそこには、困った様子のニラシスの姿があり、その背に隠れるようにしてフランシスがいた。
端的に言えば、ニラシスを使って自分の姿が生徒達に見えないように隠れていたのだ。
先程……三組との模擬戦が始まる前は、建物の陰に隠れていたのに、今はこうしてレイの側までやってきて模擬戦を見ているらしい。
「皆、模擬戦に集中してるから大丈夫よ。それに、私がいて困るのは、あくまでも生徒達が私に見られていると認識したらでしょう? それなら、今は問題ないと思うけど」
「それは……まぁ」
学園長という立場だったり、元々がスタンピードの件で有名人だったり、あるいはその美貌から……そんな諸々の理由から、フランシスが見ていると知れば生徒達が全力を出せない。
そう口にしたのはレイだったし、フランシスもこのガンダルシアにおける自分の影響力は分かっているので、素直にその言葉に従った。
だが……それはつまり、生徒達が自分の姿に気が付かなければいいだけであるというのも事実。
ならば、自分よりも大きな相手を壁代わりにして隠れてしまえばいい。
そう判断してのフランシスの行動だったのだろう。
(ニラシス……哀れな)
そうしみじみと呟いたのは、先程ニラシスからフランシスのことを聞いたからというのが大きい。
ニラシスがフランシスをどう思っているのかを知っている以上、こうして壁代わりに使われてもニラシスが抵抗することは出来ないのだろうと。
「まぁ、いいけど……見つかるなよ」
結局レイはこれ以上フランシスに何を言っても無駄だと判断したのだろう。
それ以上は何も言わない。
フランシスはそのままに、セトと三組の模擬戦に視線を向ける。
「へぇ……」
模擬戦の様子を見たレイの口からはそんな声が漏れる。
何しろ三組を率いるザイードが吹き飛ばされ、戦闘不能になったのだ。
全身を金属に包まれているザイードは、そのまま他の者達がいる場所に向かって吹き飛べば武器になるものの、誰もいない場所に吹き飛ばされればその心配はない。ないのだが、ザイードにしてみれば金属の鎧に包まれた状態で吹き飛ばされたということになり、他人に対しては武器にならないが、ザイード本人にしてみれば、着ているフルプレートメイルが自分を攻撃する武器になる。
フルプレートメイルを装備した状態で吹き飛ばされ、地面に何度かバウンドし、最終的には地面を削ってようやく動きを止めたのだ。
一連の行動によってザイードが受けたダメージは大きい。
三組の生徒のトップであるザイードがそうして戦闘不能になったのだ。
他の生徒達の士気が落ちてもおかしくはなく、やる気を失ったまま模擬戦が終わるのかと思ったのだが……そんなレイの予想とは裏腹に、三組の生徒達はザイードがいなくなっても士気が下がらない。
必死になってセトに食らいついていた。
これは、良い意味でレイにとっても予想外の出来事。
連帯感の強い三組の生徒だからこその粘り強さだろう。
「とはいえ……」
「そうね」
レイが最後まで言わずとも、フランシスは何を言いたいのか分かったらしく、同意の言葉を口にする。
いや、それは二人だけが分かっているものではない。
セトと三組との模擬戦を見ていた他の者達もその言葉の意味は理解出来た。
三組の生徒達は、ザイードがいなくなった後も決して諦めずにセトと戦い続けている。
だが、三組の基本的な戦闘スタイルというのは、ザイードが敵の攻撃を防ぎながら指示を出し、他の者達はその指示に従って敵を攻撃するというものだ。
良くも悪くも、ザイードが中心にいる。
そのザイードの指示に一致団結して従うので、三組は連携が上手く、当初の予想では一組や二組よりもセトと上手く渡り合えると、そうレイは思っていた。
しかし、その中心となるザイードが潰されてしまった今となっては、どうしても行動が遅れる。
また、タンクをやっていたザイードがいないので、セトの攻撃を自分達で受けることになる。
「グルルルルゥ!」
セトがアイスアローを発動し、八十本の氷の矢が一斉に三組の生徒達に襲い掛かる。
アイスアローのレベルは六で、本来なら氷の矢の一本が岩を破壊するだけの威力を持つ。
そんな氷の矢が八十本も飛んでくるのだから、殲滅力という意味ではセトの持つスキルの中でも上位に位置するだろう。
とはいえ、これは模擬戦だ。
放たれた氷の矢も先端は尖っておらず、威力も岩を破壊するという威力よりも大分劣っている。
それでもちょっとした力自慢が槍の石突きで突くだけの威力はあったが。
ザイードがいれば、その防御力で全てではないにしろ、大分防げただろう。
しかし、そのザイードがいない今、放たれた氷の矢は全てが三組の生徒達を襲う。
それでも三組という上位のクラスの生徒である以上、放たれる氷の矢の速度も遅くなっているということもあり、回避したり、防いだりする者もいる。
だが、それでも全員が同じように出来る訳ではない。
氷の矢を回避出来ず、あるいは防ぎ切れず、一発、二発と命中し……それによって気絶する者もいる。
そうして氷の矢の射出が終わると、まだ立っている者の数は半分近くまで減っていた。
残りの半分は、気絶しているか、意識はあっても痛みで起き上がれないか。
それでもまだ立っていた生徒達はセトに攻撃を仕掛けるが、それらの攻撃はあっさりと回避され、カウンターの一撃を食らって吹き飛んだり、バブルブレスやクリスタルブレスによって動けなくさせられたり……結果として、それから十分も経たないうちに三組は全滅扱いとなるのだった。
「そこまで!」
最後の一人がセトの前足の一撃で吹き飛んだところで、レイはそう宣言する。
その言葉を聞いたセトは戦闘状態から気を抜き、教官達とまだ何とか動ける生徒達は気絶していたり動けない生徒達の救助を行う。
「こういうのは模擬戦らしいよな」
「あら、何が?」
この場に残ったレイとフランシス……そしてフランシスから壁代わりにされているニラシス。
そんな中でレイが呟くと、フランシスがそう聞いてくる。
「普通なら、半分……もしくはある程度戦力が減ったところで、退却するだろう? けど、これは模擬戦だから、撤退とかを考えず、最後まで戦った」
「ああ、そういうことね。そう言われると確かに模擬戦だからこそね」
「戦力の三割が使えなくなったら、全滅したというらしいが」
それはレイが日本にいた時に漫画やゲーム、アニメ、小説……そういうサブカルチャーで知った言葉だ。
しかし、フランシスはそんなレイの言葉に呆れの視線を向ける。
「は? 三割が使えなくなったら全滅? 何かしら、そのお花畑のような考え方は。誰が言ったの?」
フランシスの言葉に、レイは混乱し……だが、すぐに納得する。
(いや、それもそうか。これはあくまでも地球で言われていることだし。魔法とかそういうのが普通に存在し、しかも質で量を蹂躙する者がいることを考えると、この法則は当て嵌まらないのか)
地球とエルジィンでは、そもそもの前提条件が違う。
そこに思い当たれば、レイも納得する。
……もっとも、それはあくまでも多分そうなんだろうという意味での納得であって、本当の意味で納得した訳ではなかったのだが。
きちんと調べたり検証した上でそのような結論になった訳ではなく、自分の今までの経験則から恐らくそうだろうと思っているだけで。
そんな風に思いながら、レイはいつもの言い訳を口にする。
「俺は小さい頃から師匠に育てられたんだが、その師匠が色んな本とかを集めるのが趣味でな。それで見た本に書いてあった内容だと思う」
「そんな本があるの? 全く、嘘を書いてる本とか洒落にならないわね」
「まぁ、本と一口で言っても、色々とあるのは間違いないしな。中にはそういう本もあるんだろう」
取りあえず誤魔化せたことで、レイは安堵する。
日本にいた時の知識は、このエルジィンにおいても役立っているのは間違いない。
しかし、だからといってその知識の全てがエルジィンにおいて正しい訳でないことも、また事実なのだ。
「そうね。本の中には冗談か何かだと思うような内容が書かれている物があったりするから、気を付けた方がいいのは間違いないと思うわ。……それで、えっと何の話だったかしら。ああ、模擬戦についてだったわね。レイは今の模擬戦のやり方をどう思う?」
「え? うーん、そうだな。決して間違ってはいないと思う。あくまでもこれは模擬の戦で模擬戦なんだから。きちんと全員が倒されるまで戦うというのは、実力を上げるという意味でも悪くないと思う。もっとも、全てこういう風にやっていると、実戦でも逃げるべき時に逃げられないとかもあるから注意が必要だと思うけど」
模擬戦においては全滅するまで戦っていたので、実戦でも実は最後の最後まで戦う……そんな者が出てくる可能性は十分にあった。
レイの説明にフランシスもそういうものかと考える。
「なら、授業の方でその辺をやっておくべきかしら?」
「やらないよりはやった方がいいとは思うけどな。模擬戦でも、普通の……今回みたいに最後の最後まで戦う模擬戦と、それ以外にもある程度の戦力が減ったらその時点で終わり。もしくはその時点で逃げ出すといったような感じでやってもいいと思う」
「なるほど、それはいいかもしれないわね。考えておくわ」
そう言うフランシスだったが、二人の話を聞いていたニラシスは微妙な表情になる。
本当にそういう模擬戦をやって、それが生徒達の為になるのかと、そのように思えてしまうのだろう。
ニラシスにしてみれば、それこそ今回やったような模擬戦こそが最善のように思える。
セトのような……グリフォンのような強力なモンスターと遭遇した時の為に、どう対応するのかを考えておく。あるいは心構えをしっかりと持っておく。
そんな模擬戦の方が、ダンジョンを攻略する上で重要だろうと思えた。
もっとも、フランシスとレイがこうして言ってるのだから、ここで自分が何を言っても恐らく無意味だろうと、そのようにも思ったので、それに反対することはなかったのだが。