3698話
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レイが近付いても、フランシスはセトを愛でるのを止めない。
あるいは、レイが近付いたのにも全く気が付いていない可能性すらあった。
(いや、さすがにそれはないか?)
フランシスも相応に腕が立つのは間違いない。
ましてや、腕利きの精霊魔法使いでもある。
レイの知っている最高の精霊魔法使いはマリーナで、そのマリーナには及ばないものの、それでも相応の技量を持つのは間違いない。
なら、精霊によって周囲の警戒をさせるくらいはしてもおかしくはなく、そういう意味ではレイが近付いているのに気が付かないということはないだろう。
そう思っていたのだが、レイがフランシスのすぐ後ろに立っても、フランシスが振り向くようなことはない。
これがセトを愛でるのに忙しくてレイに構っている暇はないだけなのか、それともセトに夢中でレイの存在に全く気が付いていないのか。
その辺は生憎とレイにも分からなかったが、いつまでもこうしている訳にもいかず、レイはセトを愛でているフランシスに声を掛ける。
「フランシス、一体何の用でここまで来たんだ? ……いやまぁ、今の状況を見る限りでは、わざわざ聞く必要はないと思うけど」
「なら、聞かなくてもいいじゃない? 私は今こうしてセトを可愛がってるんだから」
セトを撫でつつ、レイに答えるフランシス。
その様子を見る限りでは、やはりレイの存在には気が付いた上で、無視してセトを愛でるのに集中していたのだろう。
「お前がセトと遊びたいのは分かるけど……自分の仕事はいいのか?」
フランシスはこの冒険者育成校のトップとして、色々とやるべき仕事があるのは間違いない。
その仕事を無視して、こうしてセトと遊んでいるのだとしたら……それは色々と不味いだろうとレイが思うのは、そうおかしな話ではない。
しかし、フランシスはレイのそんな言葉にセトを撫でたまま問題ないと言う。
「午前中にやるべき仕事はもう終わらせたから大丈夫よ。午後にはまた別の仕事があるかもしれないけど、その時はその時でどうにかなるでしょうし」
さて、その言葉を信じてもいいものかどうかとレイは疑問に思う。
普通なら、フランシスの言うことなので信じてもいいのだろう。
だが問題なのは、フランシスがセト好きになっていることだ。
そしてセト好きになったものの中には、自分の生活を犠牲にしてでもセトを愛でたい、遊びたいと、そんな風に思う者が多い。
実際にそのような者達を何人も見てきているだけに、レイとしてはその言葉を全面的に信じることは出来ないのだ。
何しろフランシスは、そんな重度のセト好きと似たような雰囲気を持っているのだから。
とはいえ、それを指摘しても恐らくフランシスは問題ないと言うだけだ。
かといって、フランシスが執務を行っている部屋に行って仕事があるのかどうかを確認するというのも、それはそれでレイが自分でやってもいいものなのかどうか微妙なところでもあった。
そんな訳で、今のレイは取りあえずフランシスの言動を信じておくだけにする。
「分かったけど、休憩時間が終わるまでだぞ。模擬戦の授業にフランシスがいたら、生徒達は緊張するだろうし」
フランシスがこの冒険者育成校の学園長であるというのは大半の者が知っている。
……また、それを知っている者でもいない者でも、フランシスが美人であるというのは変わらない。
そんな美人が授業を見ているのだから、普段通りの実力を出せという方が難しいだろう。
これがもう少しランクの高い、あるいはベテランの冒険者なら、フランシスのような美人が見ているからといって、実力を発揮出来ない者は馬鹿にされたり呆れられたりする。
だが、ここにいるのは冒険者として未熟だと判断された者、あるいは冒険者になったばかりの者達だ。
それだけに、フランシスが見ているからということで普段通りの実力を発揮出来なかったり、あるいはフランシスのような美人が見ているからこそ張り切っていいところを見せようと、暴走したり……そんなことになってもおかしくはない。
そう説明するレイに、フランシスは不承不承といった様子で頷く。
フランシスとしては、出来ればセトが模擬戦を行う光景を見ておきたかったのだ。
だが、それをやると生徒達の迷惑になると言われれば、このまま残ることは出来ない。
「あ、じゃあ、私の姿が生徒に見えなければいいのよね? それなら問題ないでしょう?」
「それは……まぁ、そうだけど。ただ、それが出来るのか?」
「出来るから、こうして言ってるのよ。それにセトがどういう風に戦うか、どれだけの力を持っているのか、確認しておきたいという思いもあるし。これは学園長としての責務でもあるわ」
セトを撫でるのを止め、フランシスがレイに向かって真剣な表情で言う。
学園長の責務だと言われると、レイも反論は出来ない。
とはいえ、それが本当なのかどうかまではレイにも分からなかったが。
ただ、一時的にしろセトをこの冒険者育成校で預かるのは間違いない。
そうなると、実際にセトがどれだけの強さを持っているのか知っておいた方がいいと言われれば、レイもそうかもしれないと思う。
「だから、建物の陰に隠れて見てるわ。精霊魔法も使って、見つからないようにする。それならいいでしょう?」
「……まぁ、フランシスがそこまで言うのなら構わないけど。……それでいいか?」
レイは教官の一人ではあるものの、別に教官達を纏めている訳でも、代表という訳でもない。
それだけに、レイの一存で決めてもいいのか分からずにそう尋ねたのだが、それを聞いていた他の教官達は誰も反対しない。
レイと敵対している……とまではいかないものの、相性の悪いアルカイデ達ですら、その言葉には反対しなかった。
もしここにいるのはフランシスではなく他の人物の話であれば、もしかしたらアルカイデ達も反対したかもしれないが。
だが、フランシスがいる前で、フランシスが授業を見学……という名のセトの活躍を見るのを、否定は出来なかったらしい。
「じゃあ、決まりね。……あら、ちょうど話が決まったところで生徒達が来たみたいね。じゃあ、私は姿を隠すから。じゃあね、セト」
最後にセトに言葉を掛け、フランシスは訓練場にいる者達からは見えない場所まで移動する。
フランシスの姿が消えると、訓練場の中の雰囲気が少し緩む。
「何だ、これ?」
「レイ、お前はよく学園長とあんなに気楽に話せるな」
戸惑うレイに、ニラシスがそう言ってくる。
だが、レイとしてはフランシスと普通に話せるのが何故そんなに感心されるのか、分からない。
なので、素直にそれを尋ねる。
「フランシスと話すのが何かおかしいのか?」
「おかしいっていうか……ああ、そうか。レイはグワッシュ国の出身じゃないから知らないのか。学園長は、以前スタンピードがあった時、単独でそれを解決したんだ」
「それは、また……」
スタンピードと言われてレイが思い浮かべるのは、少し前……まだ冬の時にスノウオークが起こしたスタンピードだ。
そのスタンピードもレイはヴィヘラと共に対処した。……正確にはレイ以外にセトもいたのだが。
「凄いだろう? モンスターの質そのものはそこまで高くなかったらしいけど、数が多かったらしい。それを単独で倒したんだから」
「数が脅威なのは知っている」
このエルジィンにおいて、質が量を凌駕するのは珍しいことではない。
だが、だからといって量が厄介なのは間違いなく、敵の数に飲み込まれるといったこともまた珍しくはないのだ。
「とはいえ、別にグワッシュ国とかには辺境とかそういう、モンスターの多い場所もないだろう? それとも、まさかこのガンダルシアでスタンピードが起きたのか?」
スタンピードというのは、その名の通りモンスターの暴走だ。
ギルムのような辺境……それこそモンスターが大量にいるような場所ならばともかく、それ以外の場所でスタンピードが起きても、そこまでモンスターは集まらないのではないかとレイには思えた。
そんなレイの予想に、ニラシスは特に隠す様子もなく頷く。
「そうだ。もっとも、二十年……いや、もっと前だったか? とにかく、俺が生まれるよりも前の話だ。その時から学園長……フランシス様はこのガンダルシアにいたんだ。今とは違って冒険者だったけどな」
「……まぁ、エルフだしな」
エルフのフランシスではなく、ダークエルフのマリーナもかなり昔から冒険者として活動していたという話をレイは聞いている。
その後、何だかんだとあってマリーナはギルムでギルドマスターをすることになり、今はそのギルドマスターも辞めて再び冒険者として活動しているのだが。
エルフというのは、人とは比べものにならない程に長く生きる。
そういう意味では、フランシスがこのガンダルシアに二十年、あるいはそれ以上前からいたとしても驚くようなことではない。
寧ろレイはマリーナの件もあって、そういうことかと納得すらする。
「そんな訳で、フランシス様はこのガンダルシアにおいて強い影響力を持っている。……冒険者育成校なんて代物、普通ならそう簡単に出来る訳じゃないのは分かるだろう?」
「そうか?」
レイはダスカーがテイマーの訓練校のような物を作ろうとしていたり、あるいは陸上船の乗組員の訓練校を作ろうとしていたりするのを知っている。
それだけに、冒険者育成校の存在についてもそこまで作るのが難しいとは思えなかった。
だが、それはレイがダスカーと親しいからだろう。
しかしそれはあくまでもレイだからこその話だ。
ニラシスは、レイの言葉に呆れたように口を開く。
「普通なら、そう簡単なことではないんだよ。利害関係とかプライドとか、そういうのがあるしな」
「そういうものか。……ともあれ、俺にとってフランシスはフランシスだ。見ただろう? セトを可愛がっている時の様子を。あの時のフランシスを見れば、そこまで気にする必要はないと思うんだけどな。それにマティソンもフランシスとはそれなりに気軽にやり取りをしていたぞ?」
「その辺は人それぞれだからな。……もっとも、ダンジョンによるスタンピードは、そう簡単に起きるようなことじゃないから、フランシス様にどういう対応を取るのかは人によって違うんだろ」
「ふーん、そういうものか。……お、生徒達が来たぞ」
先程フランシスが言ったように、生徒達が姿を現す。
その生徒達は三組の生徒達。
防具をしっかりと装備したザイードの姿もそこにはある。
「セトを見て驚いてるな」
ザイードが動きを止めている。そして他の生徒達もそんなザイードの周囲で動きを止めてセトの姿を見ていた。
「さて、三組の生徒達は四組の生徒達よりも上手くセトと戦えるかな?」
「四組より上位クラスなんだから、大丈夫だと思いたいな」
ニラシスもまた、ザイードを見ながらそう言う。
三組の生徒を率いるザイードは、寡黙な男だが、それでも三組の生徒達から強く信頼されている。
本人がいわゆるタンクや壁役といった役目なのも影響してか、他の生徒達は自分達が協力し、少しでもザイードの負担を減らそうと考えている。
イステルやアーヴァインといった面々も下の者から強い信頼を向けられているのは間違いないが、こと他の生徒達の団結力という点では三組が勝っていた。
それだけに、セトとの模擬戦でも三組ならいいところまでいけるのではないかというのが、レイの予想だった。
個々としての能力では、間違いなく二組や一組の方が三組の生徒よりも上だろう。
だが、冒険者育成校の生徒同士で模擬戦をするなら……あるいは実力の近い者同士で戦うのならともかく、セトのような強力なモンスターを相手にするのなら、多少の実力差……それこそ冒険者育成校に通っている生徒の技量では大した違いはない。
セトのような強敵と戦う時にこの冒険者育成校の生徒にとって必要なのは、個人として戦うのではなく、皆で協力し、連携して戦うことだった。
そういう意味では、冒険者育成校のクラスの中でセトと上手く戦えるのは恐らく三組だろうというのがレイの予想なのだ。
そう思っているのは、レイだけではない。
……いや、寧ろレイ以外の教官達はレイよりも長く他の生徒達を見ているのだ。
それだけに、それぞれの生徒の特徴であったり、あるいはクラスの特徴であったりを理解している。
そうなると、当然ながらレイよりもしっかりと相手の特徴を把握出来る訳で……そういう意味では、レイよりもセトとの模擬戦においてどのクラスが有利なのかはしっかりと分かっていた。
「とにかく、実際に見てみないと何とも言えないか。三組にはせいぜい頑張って貰うとしよう」
ニラシスのその言葉に、レイは頷くのだった。