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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3697/3865

3697話

「さて、総評はこんなところか」


 レイの言葉に、四組の生徒達はそれぞれ自分の行動に反省する。

 レイを含めて他の教官達からも出た、今回の模擬戦の駄目出し。

 それについて思うところが色々とあるのだろう。

 もっとも、多数の駄目出しをした教官達だったが、そうしながらも感心もしている。

 セトという強力なモンスターを相手に、正面から戦って決して退かなかったのだ。

 中にはセトの存在に逃げ出したいと思った者もいるだろう。

 だが、そのような者達も含めて誰も逃げ出すようなことがなかったのは、教官達から見ても褒められるべきことだった。

 ……もっとも、中には逃げるといったことを考えもせず、セトの迫力に混乱してとにかく前に出たといった者もいたのだが。


「さて……それで、セグリット」

「え? はい」


 皆に対する話が終わったところで、まさか自分が名前を呼ばれるとは思っていなかったらしいセグリットが返事をする。


「お前が仲間をセトの体当たりから庇った時の動き。あれは一体何だ? ……ああ、いや。勿論言えないようなら無理に聞き出そうとは思わないが」


 冒険者にとっては、奥の手は隠しておきたいと思う者も多い。

 奥の手というのは、知ってる者がいないからこそ奥の手として使えるのだ。

 そうである以上、このように多くの者がいる場で自分の奥の手を喋りたくないというのなら、それは仕方のないことだとレイは思っていたのだが……


「いえ、別にあれはそういうのじゃないですから。……ただ、昔からそうなんです。いざという時になれば、自分でも思いもよらないくらいに身体が動いたりするんです」


 あっさりとそう告げるセグリットの表情は嘘を吐いているようには思えない。

 少なくてもレイが見た限りでは。

 そしてセグリットとはレイもそこまで詳細に知ってる訳ではないものの、それでも何度か話したことはある。

 その時の感じからして、嘘や隠しごとが得意なようには思えなかった。

 それはつまり、セグリットの言葉は真実であるということを意味している。


(つまり、あれは魔法は勿論、スキルとかマジックアイテムとか、そういうのとは何の関係もない……火事場の馬鹿力的な感じなのか?)


 そう思うも、それで素直に納得は出来ない。

 もしかしたら、レイは自分が知らない何らかの力があるのではないかと、そう思える。

 とはいえ、だからといってこのような場で先程の力について詳しく聞き出すといったことは出来ない。


「そうか。なら、次からはあの動きを自分で使いたいと思った時に出来るようにすることだな。そうすれば、セグリットの力は今よりも格段に上がる」


 今の状況でも、セグリットの実力は冒険者育成校の中では上位に入る。

 レイも生徒達の実力の全てを知ってる訳ではないので、正確にそうだとは言えない。

 だが、純粋な戦闘力だけなら、それこそ三組を通り越して二組に届いてもおかしくはないと思えるだけの実力は持っていた。

 そんなセグリットだけに、先程の一時的な身体強化を自由に使えるようになれば、純粋な戦闘力だけなら一組の生徒に匹敵するだろう。


「それは、そうしたいけど……本当にどうやってあの力が使えるのかは……」


 レイの言葉に言い淀むセグリット。

 セグリットも、先程の爆発的な威力の身体強化を使ったのはこれが初めてではない。

 今までにも何度か使ったことがあるものの、それでも意図して使えたことは一度もない。

 勿論、セグリットもあの力を自由に使えれば、自分にとって大きな戦力になるというのは分かる。

 わかるのだが、それでも……いや、だからこそなのかもしれないが、どうやっても意図して使うことは出来ない。


「一応聞いておくが、マジックアイテムとかじゃないんだな?」


 マジックアイテムの中には、身体能力を強化する物もある。

 いや、あるというよりは、その手のマジックアイテムは多種多様で非常に多い。

 例えば、セトの持つ剛力の腕輪もそうだ。

 その名の通り、腕力を強化するマジックアイテム。

 ただでさえ高い身体能力を持つセトが、その剛力の腕輪によって力が強化されているのだから、それは凶悪とすら表現してもいい。

 さらに、上空から降下してきた、その速度と共に剛力の腕輪で威力が上がった前足の一撃で相手に叩き付けるのは、セトにとって一種の必殺技のようなものだ。

 勿論、歴史上最高の錬金術師と称されるエスタ・ノールが作ったマジックアイテムである剛力の腕輪だからこそ、そこまでの威力を発揮するのであって、一般的に知られている身体強化系のマジックアイテムはそこまで強力ではない。

 それでもセグリットが先程見せたような効果を持つマジックアイテムなら普通に存在するので、そういう意味ではセグリットがマジックアイテムを持っていてもおかしなことはない。

 ないのだが、レイの言葉にセグリットは首を横に振る。


「いえ、そんな強力なマジックアイテムは持っていません」

「そうか」


 レイはセグリットの言葉に素直に納得する。

 教官の中には、もっと突っ込んで聞かなくてもいいのか? といった視線を向けている者もいたが。

 しかし、レイとしてはセグリットがそう言うのであれば、それはそれでいいと思っている。

 レイから見てセグリットが嘘を吐いているようには思えないし、もし嘘が上手いのなら、それはそれでいいだろうと。


「マジックアイテムじゃないのなら、やっぱり自分でも意図せず使えるようになったスキルって可能性が高い訳だ。そうなると、出来るだけ使いこなせるようにした方がいい。冒険者として活動していく上で、奥の手としてああいうスキルがあるのとないのとでは大きく違ってくるしな」

「レイ教官にも、その……奥の手ってのはあるんですか?」


 それはセグリットにとって、特に何も考えず、ふと思い浮かんだから聞いてみたことだったが、それを聞いた他の生徒達が呆れの視線をセグリットに向ける。

 何故自分がそのような視線を向けられているのか分からず、困惑するセグリット。

 そんなセグリットに、隣にいた女の生徒が口を開く。


「レイ教官の……深紅の噂を知らないの?」

「え? 勿論知ってるけど……」

「なら、炎の竜巻については知らない? それがレイ教官の奥の手でしょう。……そうですよね」


 確認を求めて尋ねてくる女に、レイはどう答えるべきか迷い、やがて頷く。


「そうだな。それは間違いない」


 実際、炎の竜巻……火災旋風は、レイにとって奥の手の一つであるのは間違いない。

 ただし、炎の竜巻以外にも奥の手があるのも事実。

 具体的には地形操作を使った攻撃はその筆頭だろう。

 他にも単体を相手にするということであれば、デスサイズの多連斬はとてつもない破壊力だ。

 また、炎の竜巻もただの炎で出来た竜巻というだけではなく、廃棄品の武具や金属片、魔法金属の鉱石を炎の竜巻に使って威力を強化するといったこともしている。

 とはいえ、今の話の流れでそのようなことを言う必要もないだろうと、その辺りについては口に出さなかったが。


「ああ、そう言えば……」


 セグリットはレイと女の会話で納得する。

 セグリットにしてみれば、深紅の噂は吟遊詩人から聞いたりしたので、実際にレイの奥の手云々よりも、物語として納得していたのだろう。


「まぁ、そんな感じだ。……とはいえ、こうして広く知られると、それはそれで奥の手として使えなくなったりもするから注意が必要だけどな」

「え? じゃあ、レイ教官にとって炎の竜巻は奥の手じゃなくなったんですか?」


 女のその言葉に、レイはどう言えばいいのか少し迷う。

 だが、別に隠すことでもないだろうと考え、頷く。


「そうだな。多くの者が知ってる以上、奥の手とは言えないかもしれない。ただ……奥の手じゃなくなったのなら、それはそれで使い道があるけどな」


 レイが敵にいれば、いつ炎の竜巻を使うのか分からない。

 そう考えれば、敵対した相手にとってはレイが敵にいるというだけで強烈なプレッシャーとなる。

 そこまで説明しないものの、レイの言葉から何となく理解出来る者達は多い。


「敵との戦いで奥の手は必要だろう。だが、絶対に必要かと言われればそういう訳でもない。……まぁ、その辺についての認識は人それぞれだな」


 レイの言葉には、強い実感が込められている。

 実際、レイには奥の手と呼ぶに相応しい手は幾つもある。

 どれが具体的に奥の手なのかと言えば、レイも自分でそれは分からないと口にしてもおかしくはないくらいに、奥の手として使えるものはある。

 その後も奥の手について色々と話していると、やがて授業が終わる。

 そうなると、訓練場にいる生徒達もそれぞれ帰っていく。

 そんな後ろ姿を見送っているレイに、ニラシスが声を掛ける。


「レイ、初めての高ランクモンスターとの模擬戦だったけど、どうだった?」

「それは寧ろ、俺が聞くべきことじゃないか? ……まぁ、見た感じではそんなに悪くないと思ったけど」


 それはレイにとって正直な気持ちだった。

 だが同時に、これで本当にいいのか? という思いがない訳でもない。

 セトは確かにグリフォンとしての能力を示した。

 それは間違いないが、思い切り……それこそ、以前ベスティア帝国の内乱の時にレイが率いた遊撃隊の面々に行ったのと比べると……いや、比べる必要もないくらいに手加減をした模擬戦だったのだ。

 あの時は相応に腕の立つ者達が遊撃隊に所属していたのに対し、この冒険者育成校の生徒達は大半が技量的に遊撃隊の面々には遠く及ばない程に低い。

 それは分かっているのだが……それでも、もっとセトには本気で模擬戦をやらせた方がよかったのではないかと思ってしまう。

 今回の模擬戦で、妙な自信をつけてしまったら……そしてその自信によって、本来なら潜れないようなダンジョンの深い場所にまで潜ってしまったら、どうなるか。

 元々今回のセトとの模擬戦は、ダンジョンで強力なモンスター……本来ならその階層にいるような訳ではない、イレギュラーとでも呼ぶべきモンスターと遭遇した時や、初めての階層で強力なモンスターといきなり遭遇した時のことを想定してのものだ。

 そうである以上、セトにはもっと本気を出して貰ってもよかったのではないかと、そうレイは思う。

 ……もっとも、そんなレイの考えを四組の生徒達が知ったら、それは絶対に止めてくれと、そう言うだろうが。

 レイの目から見れば生徒達にはまだ余裕があるように思えるのかもしれないが、実際にセトと戦った生徒達は疲労困憊といった表現が相応しい状態だったのだから。

 立っているのもやっと……とまではいかないが、それでもこれからまた模擬戦が出来るかと聞かれれば、セグリットのような数人以外は全員が首を横に振るだろう。

 それだけ、セトとの模擬戦は生徒達に心身共に消耗させていた。

 とはいえ、それは無理もないだろう。

 何しろ、生徒達は冒険者として未熟、あるいは冒険者になったばかりの者達だ。

 そのような者達が、幾ら手加減をしたとはいえ、高ランクモンスターのセトと正面から戦ったのだから。

 これでまだ元気一杯……あるいはそこまでいかずとも、まだある程度の余裕があるという方がおかしいのだ。

 もっとも、そのような者達だからこそ上のクラスに行けるのかもしれないと思えば、生徒達も気力を振り絞ってやる気になってもおかしくはなかったが。

 ただ、今はそのようなやる気もないまま、疲れを癒やしたいというのが正直なところだった。


「ん? おい、レイ……あれ」


 次の模擬戦でセトにどう指示をするべきかと考えていたレイだったが、ニラシスがそんな風に声を掛けてくる。

 その言葉にニラシスが指さしている方に視線を向けると……


「あー……うん。何となく予想は出来ていた」


 その視線の先では、いつの間にか姿を現した学園長が嬉しそうにセトを撫でているのを見て、そうレイは言う。

 昨日の一件から考えて、フランシスがセトにやられたのは間違いない。

 もっとも、休み時間にこうしてわざわざ会いに来るというのは、レイにとっても予想外だったが。


(それでも授業中じゃなくて休み時間に会いに来たって点では、それなりに配慮はしてるのか?)


 これでもし授業中に……それこそセトが模擬戦をやっている時にフランシスが来ていたら、どうなったか。

 さすがに模擬戦の最中にセトを愛でようとはしないだろうが、それでもセトの応援をしたりといったことはしていたかもしれない。

 そうなれば、教官は勿論、生徒達にもフランシスが来たというのを知られ……それによって、生徒達の集中力が欠けた状態になってもおかしくはなかった。

 そうならなかっただけマシか。

 そう思いながら、レイはフランシスのいる方に向かうのだった。

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