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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3694/3865

3694話

 レイがニラシスと共にセトを引き連れて訓練場に入ると、そこにいた生徒達がざわめく。

 今日最初の模擬戦の授業を行うのは、四組。

 セグリットが所属する、上位のクラスだ。

 冒険者育成校全体で見ても明らかに上のクラスなのだが、そのような生徒達であってもこうしてセトを間近で見ると、多くの者が目を奪われる。

 何人かのまだ余裕のある者達は、今朝レイがセトと共に登校してきた時に間近で見た者達か。

 それでも二度目だ。

 目を奪われて、あるいはセトの存在感に圧倒されて動けない者達程ではないにしろ、知らず知らずのうちに足が震えたり、あるいは我知らず後退っている者も多い。

 教官達は、そんな生徒達よりはまだマシだった。

 ただ、アルカイデや昨日よりも人数が少なくなった取り巻き達は冒険者として活動している訳でもないので、セトを見て顔色を青くしたり、白くしたり、赤黒くしたりといった者達が多かったが。


「待たせたな。こいつはセト。俺の相棒のグリフォンだ。俺の噂についてはガンダルシアにまで届いているらしいから、その噂を知ってる者なら知ってると思う。あるいは俺がガンダルシアに来てから、それなりにセトと一緒に行動したこともあるから、それを知っていたり、直接見た者もいるかもしれない」


 訓練場の真ん中まで移動したレイは、四組の生徒達に向かってそう言う。

 セグリットがかなり興味深い視線をセトに向けているのに気が付いたレイだったが、一応セグリットも以前……レイがガンダルシアに来る途中、貴族の生徒達に絡まれている時にセトを見ている筈なのだが。

 あの時はセグリットも仲間の三人を庇ったりと、色々と大変だったというのもあるのだろう。

 それを思えば、今こうしてセトをじっくりと見ているのは自然なことなのだろう。

 ……他の者達が多かれ少なかれ恐怖の視線を向けたりしている中で、好奇心一直線という視線を向けているのはレイにも少し驚きだったが。


「それで、レイ教官。今日はそのグリフォンとの模擬戦をやるということでいいんでしょうか?」


 セグリットの言葉に、周囲で黙っていた他の生徒達はそれぞれが微妙な表情を浮かべる。

 この短時間で四組まで上がってきたセグリットだったが、一組のアーヴァイン、二組のイステル、三組のザイードのように、クラスの代表としてしっかりと認識されている訳ではない。

 セグリットの才能からすると、そのうち四組の代表になってもおかしくはない。……もしくは代表になる前に三組に上がるかもしれないが。

 それでもまだ四組に上がってきてからそんなに時間が経っていないこともあってか、四組の中では一目置かれているものの、率いる立場ではない。

 ……もっとも、一組から三組までと違い、現在の四組には代表を務められるような突出した存在はいない。

 そういう意味では、セグリットがそれに一番近い立場にあるのは間違いないのだろう。


「その予定だ。……お前達は幸運だぞ? この冒険者育成校の中で、最初にセトとの模擬戦が出来るんだから」


 レイの言葉に、話を聞いていた生徒達は微妙な表情を浮かべる。

 当然だろう。グリフォンのような高ランクモンスターと最初に戦えと言われているのだ。

 これを喜べという方が無理だった。

 そんな生徒達とは違い、教官……それも冒険者として活動している者達は興味深そうにセトを見ている。

 セトのような高ランクモンスターと遭遇するというのは、基本的にない。

 あるいは遭遇したら死ぬことが大半である以上、それも仕方がないのかもしれないが。

 そのような高ランクモンスターを、こうして間近で見ることが出来るのだ。

 ましてや、セトに攻撃される心配もないままに。

 ニラシスのように厩舎に行くことが出来なかった以上、セトが来るのを待っていたというのもある。

 そんな訳で、教官達の多くはセトをじっくりと見ていた。

 そんな中、アルカイデやその取り巻き達は別だ。

 元々レイと敵対……とまではいかないが、対立はしていたアルカイデだ。

 取り巻きの中でも特に我慢の出来ない者達は、昨日の一件でいなくなった。

 ……だが、アルカイデ達にしてみれば、そうした者達がいなくなった翌日にレイがセトを連れてきたのだから、その行動そのものが自分達に対する抑圧と考えてもおかしくない。

 それを示すように、アルカイデの取り巻き達は不満そうな表情を浮かべている。

 アルカイデ本人はそのような表情を表に出すようなこともなく、表情を変えてはいなかったが。

 それでも内心でどのように思っているのかは、考えるまでもないだろう。

 だからといって、この状況でレイに向かって不満を口にするといったことは出来なかったが。

 レイもアルカイデが自分やセトに向けている視線については知っているものの、それに対して特に何か反応したりはしない。

 レイにしてみれば、自分から何かちょっかいを掛けない限り、わざわざアルカイデが自分に何かをしてくるとは思えなかった。

 レイがガンダルシアに来てから……あるいは冒険者育成校で教官として働き始めてから、ある程度時間が経っているものの、その間の出来事で既にアルカイデとレイの間の格付けは決まっている。

 レイとアルカイデの模擬戦もそうだったし、昨日の殺気の件もある。

 他にも小さいことは色々とあったが、それによってレイとアルカイデの間では圧倒的な実力差があると、アルカイデもそれを理解したのだろう。

 もっとも、アルカイデにしてみれば、これは相手がレイだからこその反応だった。

 もし相手がマティソンやニラシスといった者達であれば、決して格付けに納得したりはしなかっただろう。

 マティソンに協力しているとはいえ、レイはあくまでもガンダルシアにしてみれば部外者だ。

 現在は一時的にここにいるにすぎない。

 また、異名持ちのランクA冒険者という意味でも、本来なら明らかにこのような場所にいる人物ではなかった。

 ……実際にはここが迷宮都市である以上、ダンジョンに挑む為に多くの冒険者が集まってくるのは不思議なことではないのだが、アルカイデにしてみればそのようにしなければ自分のプライドを保つことが出来なかったのだろう。

 そんな訳で、レイがいる今はアルカイデ派とマティソン派は不思議なくらいに穏便に……一種の冷戦とでも呼ぶべき状況になっていた。

 決して対立が解決した訳ではないのだが、レイにしてみれば面倒がなければそれで構わない。

 そんな訳で、レイは自分に向けられた視線をスルーして口を開く。


「さて、そうだな。……まずは一対一で模擬戦をやってみたい奴はいるか?」

「はい!」


 レイの言葉が終わるか終わらないかといったうちに、セグリットが立候補する。

 恐らくそうなるだろうとは思っていたレイだったが、それでもまさかこんなに素早く反応するとは思っておらず、少しだけ驚く。

 そしてセグリット以外には誰も立候補する者がいないのを確認すると、改めて口を開く。


「じゃあ、セグリットだけでいいんだな? これが終わったら、今度は全員でセトとの模擬戦になるが」


 だからですよ。

 小さく誰かがそう呟く声がレイの耳に入る。

 それを聞いたレイは、なるほどと納得した。

 恐らくセグリットがセトと戦うのを見て、セトにどのような攻撃手段があるのかを分析しようとしているのだろうと。


(甘いな)


 その判断そのものは、そうおかしなことではない。

 これがセグリットを無理矢理戦わせるのならともかく、今回の一件でセグリットはやる気満々だ。

 それだけにセトとセグリットの模擬戦を見て分析するというのは責めるようなことではない。

 ただ……生徒達の考えで抜けているところが一つあるとすれば、セグリットだけでセトの強さをどれだけ引き出せるかということだろう。

 セトについて何も知らない者にしてみれば、セトの攻撃方法は爪とクチバシ、あとはその巨体を活かした体当たりといったくらいしか思い浮かばない。

 だが、セトはただのグリフォンではなく、レイの魔獣術によって生み出された存在だ。

 それだけに、多種多様なスキルを使うことが出来る。

 それもあり、表向きは希少種ということで、ランクS相当のモンスターということになっているのだから。

 その辺りについての噂を知ってる者がいないのか、あるいは知っていても黙っているのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、ともあれまず最初はセトとセグリットの模擬戦となる。

 セグリットは模擬戦用の長剣と盾を手に、訓練場の中央に立つ。

 セトはレイが何も言わなくても、そんなセグリットからある程度の距離を取り、立つ。


「お互い、致命傷になるような攻撃は行わないように。また、相手が気絶するなり、戦意を喪失する以外にも、俺が決着がついたと判断したら終了の合図を出すから、それにもしっかりと従うように」


 レイの言葉にセグリットは頷き、セトは喉を鳴らす。

 そんな一人と一匹の様子を確認すると、レイは口を開く。


「では、模擬戦……始め!」


 模擬戦が開始されると、真っ先に動いたのはセグリット。

 セトを相手に、様子を見るのは悪手と判断したのだろう。

 実際、その判断は間違ってない。

 セトの能力を思えば、単純な身体能力でもセグリットは圧倒されるのだから。

 セグリットが考えたのは、セトには攻撃させず、防御だけをさせて、その隙を突いて一撃を入れるというものだったのだが……


「はぁっ! やぁっ! えいっ!」


 連続して放つ長剣の攻撃は、どれも相応に素早く、鋭い。

 ダンジョンの上層にいるようなモンスターが相手であれば、その剣技によって有利に戦えるだろう。

 しかし……そんな剣技を振るうセグリットの表情には悔しさがあった。

 繰り返し放つ攻撃だったが、それが一発も当たらないのだから当然ではあるが。

 セトはその巨体をものともせず、セグリットの放つ全ての攻撃を回避し続けていた。

 そんなセトの動きに、生徒達は勿論教官達までもが驚きの視線や声を上げる。

 当然の話だが、身体が大きくなればなる程、攻撃というのは回避しにくい。

 だというのに、セトは四m近い身体を持っているにも関わらず、セグリットの攻撃を次から次に回避していくのだ。


(何だっけ? ボクシングか何かで、蝶のように舞いとか、そういう表現があったと思うけど。セトの行動もそんな表現が相応しいのか?)


 安心しながら模擬戦を見るレイだったが、模擬戦をやっている方……特に攻撃をし続けているセグリットはそうもいかない。

 セグリットも、それなりに自分の強さには自信があった。

 ランクAモンスターのセトを相手に勝つのは難しいまでも、何度か攻撃を命中させるくらいのことは出来ると思っていたのだ。

 だというのに、命中するどころか掠ることすらも出来ていない。

 セトはその巨体をものともせず、四肢を使って自由に動き回り、跳躍し、しゃがみ、前に後ろに左に右にと、自由自在に動き回っては、セグリットの攻撃を回避していく。

 そして……当然のことながら、そんなやりとりはいつまでも続かない。


「グルゥ!」


 攻撃が命中しないことで、僅かに大振りになったセグリット。

 セトはそれを見逃さず、大振りになった長剣を前足の一撃によって受け止める。

 ギン、と。そんな音が響き……気が付けば、セグリットの持っていた長剣は空高くに舞い上がっていた。


「ぐ……」


 手を押さえ、呻くセグリット。

 セトは別に、セグリットの手を攻撃した訳ではない。

 長剣の刀身に対し、掬い上げるような一撃を放ったのだ。

 その一撃を耐えることが出来なかったセグリットの手から長剣が飛び、空中に吹き飛ばされることになったのだ。


「グルゥ!」


 不意に近く……本当に近くから聞こえた鳴き声に、セグリットは反射的に痛みに呻いて下を向いていた顔を上げる。

 するとそこには、鋭く巨大な何かがあった。

 それは、セトのクチバシ。

 気が付けば……本当にいつの間にか、セトがセグリットに近付き、クチバシを突きつけていたのだ。


「……参った」


 そう言い、降伏を宣言する。

 そんなセグリットの声に、セトも突きつけていたクチバシを離し、セグリットから距離を取る。


「グルルゥ」


 そしてレイに向かい、褒めて褒めてと喉を鳴らす。

 そんなセトの様子は、たった今まで模擬戦を行っていた時の様子とは全く違う。

 セグリットとの模擬戦を見ていた者の多くが、その態度の違いに驚く。

 そんな中で、ニラシスだけは多少なりともセトとの付き合いがあったので、セトがレイを大好きで甘えたがりだというのを知っていたから、今のセトの様子を見てもそこまでは驚かなかったが。

 レイはセトを撫でつつ、次の模擬戦について考えるのだった。

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