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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3692/3865

3692話

 フランシスとイステルがレイの家にやって来た翌日……


「じゃあ、今日からセトは俺と一緒に冒険者育成校に行くから」

「分かりました。お気を付けて」

「グルゥ」


 レイの言葉にジャニスがそう言って一礼し、そんなジャニスを見たセトが喉を鳴らす。

 そうしたやり取りを終えると、レイはセトと共に家を出る。


「うーん……今日はセトが初めて……いや、初日に行ったから初めてって訳じゃないけど、模擬戦をしたりする、俺の補助という意味では初めて冒険者育成校に行くのに相応しい天気だな」


 五月晴れという表現が相応しいような青空を見ながらそう言う。

 レイの言葉を聞いたセトもまた、空を見上げて嬉しそうに喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、こうしてレイと一緒に行動出来るというだけで嬉しいのだろう。

 ……もっとも、学校に到着したらセトはレイと別行動で厩舎に行かなければならないのだが。

 セトもそれは分かっているが、こうしてレイの隣を一緒に歩けるだけで嬉しいらしい。


「レ、レイ教官……? その……それは一体……」


 レイの家は冒険者育成校からそう離れていない場所にある。

 その為、セトと一緒に冒険者育成校に向かえば、すぐに生徒達と遭遇する。

 生徒達の多くはセトと一緒にレイを見ても何も言えない者が多かったのだが、その中で一人の生徒が勇気を振り絞ってレイに尋ねた。

 レイはそんな生徒に対し、特に気にした様子もなく口を開く。


「こいつはセトだ。俺の噂……深紅の噂を知ってるのなら、セトの存在も当然知ってるだろう?」


 その言葉に、レイに尋ねた生徒はセトを見る。

 周囲でレイと生徒の話を聞いていた他の者達も、セトを見る。

 周囲にいる者達から視線を向けられたセトだったが、特に怖じ気づいた様子はない。

 セトが多くの者に視線を向けられるのは、そう珍しいことではないので、特に気にしてはいないのだろう。


「グルゥ?」


 レイに質問をした生徒に、セトは喉を鳴らす。

 びくり、と。

 セトの様子に、生徒は思わず後退る。

 それでも悲鳴を上げたりしなかったのは、仮にも冒険者育成校の生徒……つまり、冒険者だったからだろう。

 それ以外にも、セトが自分に危害を加えることがないと、セトを見た時に分かったのかもしれないが。


「じゃあ、そういうことで。お前も遅刻するなよ」


 生徒を気にした様子もなく、レイはセトと共に学校に向かう。

 途中で遭遇した生徒達の多くが、セトを見て驚く。

 ……中には、昨日の放課後の一件に参加した者もいるのだろう。

 セトよりもレイの姿を見て驚き、怖がっている者もいた。

 生徒達の数が多くなるにつれ、セトに向けられる視線も多くなっていく。

 そんな周囲の視線は気にせず歩き続け……


「レイさん、おはようございます」


 不意にそんな風に声を掛けられる。

 声のした方に視線を向けると、そこにはマティソンの姿があった。

 レイを見て、そしてセトを見て……それでも特に驚いた様子は見せず、挨拶をしてくる。


「ああ、おはよう」

「それにしても、これがセトですか。……立派なグリフォンですね」

「いや、お前は前にも見てるだろ」


 マティソンの言葉に思わず突っ込むレイ。

 レイが初めてガンダルシアに来た時、その案内役をしたのはマティソンだった。

 ……それ以外に、レイに家を使うのを止めろと言ってきたアルカイデもいたが。

 その時はガンダルシアに来てから警備兵に案内されて真っ直ぐ冒険者育成校に向かったので、当然ながらセトも一緒にいた。

 マティソンはセトを見ている筈なのに、まるで今日初めてセトを見たかのような言葉を口にしたのだから、それをレイに突っ込まれるのは当然の話だった。

 とはいえ、マティソンにも言い分はある。


「そうですね。レイさんが来た時にセトは見ています。ですが、これだけ立派なグリフォンなのですから、こうして改めて見るとそれに驚くなという方が無理でしょう」

「……まぁ、言いたいことは分かる」


 巨体のセトだけに、何も知らない者にしてみれば相応の……いや、かなりの圧迫感がある。

 そんなセトを見れば、立派なグリフォンだと称するのも分からないではない。

 また、これでマティソンがセトを怖がったり、あるいは嫌悪したりといった様子であれば、レイもその言葉を直に受け止めることは出来なかっただろう。

 だが、マティソンがセトに向ける視線は純粋な感嘆……あるいは、セトとの模擬戦の件について考えているのか、どのように戦って勝利をするべきなのかということを考えているのだろう。


「それで、レイさん。こうしてセトが一緒に来たということは、今日からセトを組み込んだ模擬戦をやるということでいいのでしょうか?」

「そのつもりだ」

「では、私達のパーティとの模擬戦も?」

「約束だったからな」


 レイはマティソンのパーティが作成した、ダンジョンの地図を貰った。

 それによって、ダンジョンの攻略はかなり楽に進められるだろう。

 その地図を貰う条件というのが、マティソンのパーティがセトとの模擬戦をやるというものだった。

 ダンジョンを攻略しているマティソンのパーティだが、ダンジョンを攻略する上で重要なのは、やはりダンジョンに出てくる強力なモンスターとの戦いだろう。

 ダンジョンの攻略を進めると、当然ながらそこでは強力なモンスターと遭遇することになる。

 勿論、グリフォン程の高ランクモンスターとはそう簡単に遭遇するようなことはないだろう。

 だが……だからこそ、強力なモンスターであるセトと模擬戦をすることによって、ダンジョンで強力なモンスターと遭遇しても、セトには及ばないのなら、そのモンスターに怯えるようなことはなく、積極的に戦えるだろう。

 ある意味では、昨日の放課後にレイが訓練場でやった行為と似たようなものだ。


「そうですか。それで具体的にはいつ?」

「こっちはいつでもいい。ただ、全クラスとの模擬戦も終わったし、そろそろダンジョンの攻略に戻りたいと思っている」

「となると、出来るだけ早い方が?」

「そうしてくれ。もっとも、その辺はマティソンのパーティの都合にもよるだろうけど」


 模擬戦をやりたい、はいそうですかと、すぐに全員が集まるかどうかは微妙なところだ。

 あるいはパーティメンバー全員が集まるにしても、折角のセトとの模擬戦である以上、マティソン達も全力で戦いたいだろう。

 ……いや、全力で戦いたいではなく、戦わなければわざわざセトと模擬戦をやる意味がない。

 だからこそ、ここは可能な限りしっかりと準備を整えて……それこそダンションを攻略するつもりでセトとの模擬戦をやる必要があった。


「分かりました。すぐにパーティーメンバーに連絡をして、全員が最善の状態で戦えるようにしますね。では、失礼します」

「あ、おい。マティソン……?」


 レイの前から立ち去る……いや、走り去るマティソン。

 これから学校だというのに、既にその件は忘れているかのような行動。

 ……いや、忘れているかのようなではなく、実際に忘れているのだろうが。

 そんなマティソンの背に声を掛けるレイだったが、残念ながらマティソンはセトとの模擬戦についてしか既に頭の中になかったらしく、レイの声が届くようなことはなかった。


「グルルゥ?」


 置いていかれたレイに、セトが大丈夫? と喉を鳴らす。

 レイは少し戸惑った様子を見せたものの、最終的にはマティソンもそのうち戻ってくるだろうと、それ以上は特に何も言うことなく、そっとセトを撫でる。

 今の一連の流れを見た者の中には、色々と思うところがある者もいたようだったが。


「マティソンにはマティソンで、色々と考えがあるんだろう。それにそういうのが許されているしな。……あれ? これはいいのか?」


 許されていると口にしておきながら、その瞬間に本当にこれでいいのか? と疑問に思うレイ。

 マティソンを始め、冒険者として活動している者はそちらを優先してもいいと、そう許可が下りているのは事実だ。

 だが同時に、今のマティソンの行動が冒険者としてのものになるのかどうかは、レイにとっても少し疑問だった。


(いや、けどセトとの模擬戦はダンジョンを攻略する上で必須の出来事だ。そう考えると、今回の一件もダンジョン攻略の為……つまり、冒険者としての活動に入るんじゃないか?)


 そう思い直す。

 実際にそれが当たっているのかどうかは、レイにも分からない。

 ただ、何となくそれは間違っていないような気がしたのだ。


「マティソンの件はいいとして……セト、俺達も行くか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、分かった! と嬉しそうに喉を鳴らす。

 そうして一人と一匹は冒険者育成校の敷地内に入る。

 いつもなら、レイはそのまま校舎の中に入るのだが、今日は違う。

 レイはセトと共に敷地内を進み、やがて目的の場所……厩舎に到着する。

 その厩舎の前には、三人の冒険者の姿があった。

 年齢的には、三人全員が二十代で、男が二人に女が一人。

 その三人の冒険者達は、厩舎に近付いてくるレイに……いや、より正確には、レイが引き連れているセトをじっと見ている。

 そんな三人を見ても、レイは特に緊張したりはしない。

 今この時、この場……厩舎の前にいる冒険者達。

 それだけで、昨日のフランシスの話を思い出した為だ。

 それでも、一応ということでレイは尋ねる。


「お前達は厩舎の護衛というか、見張りというか……とにかく学園長のフランシスから依頼された冒険者だな?」

「……あ、ああ。そうだ」


 恐らくは三人のリーダー格なのだろう男が、少し動揺しつつも答える。

 ギルドで依頼を受けた時から、セトが……グリフォンが来るというのは、聞かされていた。

 それでも、こうしてセトを間近で見るようなことはなかったので、実際に目の前にいると驚くようなことがあるのだろう。

 あるいはこれまでに街中でセトを見たことがあれば、またもう少し反応も違っただろう。

 だが、生憎この三人は街中でセトを見る機会がなかった。

 これは別に、この三人がダンジョンに潜りっぱなしであるとか、あるいは最近ガンダルシアに来たばかりという訳ではない。

 単純に運が悪かった、あるいは機会がなかった為に、街中でセトを見ることがなかったのだ。


「そうか。事情については既に知ってると思ってもいいのか?」

「ギルドから聞いているから、問題はない。……それで、その……一応聞いておくけど、本当に大丈夫なんだよな?」


 レイと話していた男が、恐る恐るといった様子でセトに視線を向ける。

 レイにしてみれば、あるいはセトについて知っている者なら、セトの心配……セトが暴れ出したりという意味での心配をすることはない。

 だが、この三人はセトについて何も知らないだけに、こうして緊張するなという方が無理だった。


(というか、フランシス……いや、ギルドの方か? とにかく、何でセトとの面識がない冒険者を護衛として雇ったんだ? 知り合いとまではいかなくても、セトを見たことがある冒険者なら、他にもいるだろうに)


 セトを警戒している三人を見てそんな風に思うレイだったが、フランシスが、あるいはギルドがこの三人を選んだのなら、その辺は問題がないのだろうと、考えておく。


「問題ない。セトは基本的に大人しくしてるからな。……そうだな。俺が口で言っても納得は出来ないか。なら、ちょっと撫でてみるか?」

「え?」


 まさかそのようなことを言われるとは思わなかったらしく、男はレイの言葉にそんな声を漏らす。

 しかしレイは男が自分の声を聞き逃したと思ったのか、改めて言う。


「だから、セトをちょっと撫でてみるかと聞いてるんだ。どうだ? 悪くないとは思うけど」


 そうしてレイに二度言われると、男もさすがに断る訳にもいかない。

 ここで断ることによって、後でそれが原因で何か言われるようなことは避けたかった。

 また、少し……本当に少しだけだが、男の中にセトに対する好奇心があるのも事実。

 結果として、そっと男はセトに手を伸ばす。

 男の仲間の二人は、真剣な様子でそんな男の行動を見守る。

 もしセトが男に攻撃をするようなことになったら、即座に間に割って入ろうと思いながら。


「グルルゥ」


 男が自分に伸ばしてきた手に、セトは喉を鳴らす。

 ビクリ、と。

 そんなセトの鳴き声に一瞬だけ動きを止めた男だったが、セトの鳴き声が決して自分に対して敵対的なものではないというのが理解出来たのだろう。

 再びその手を動かし……ゆっくりと、しかし確実にセトの身体に近付き、やがてその身体を撫でる。


「グルゥ、グルルルゥ、グルゥ」


 撫でられたことに嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 男はその手触りの滑らかさに驚きつつも、ゆっくりとセトを撫で続けるのだった。

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