3690話
イステル、アーヴァイン、ザイード、ハルエスが臨時のパーティを組むという話はレイにとって驚きだった。
だが同時に、フランシスは特に驚いた様子がないのを確認すると疑問に思う。
いや、元々臨時パーティの話はフランシスが促してイステルに話させたのだ。
それを思えば、フランシスが改めてこの話を聞いて驚いたりする筈もない。
とはいえ、冒険者育成校の学園長としてそれでいいのかと思わないでもなかったが。
「フランシス的には……学園長的には、今の話はどうなんだ?」
「構わないと思うわよ。……いえ、寧ろ歓迎かしら。イステルが言っていたと思うけど、現在のパーティが卒業後もそのままということはまずないもの。そうなると、今のうちに色々なパーティを経験しておくというのは決して悪いことではないわ。もっとも、それは今度イステルが組むパーティも同じでしょうけど」
フランシスの言葉に、レイは勿論のこと、当の本人であるイステルも頷く。
何しろ基本的に冒険者育成校というのは最下級クラスから始まって、成長したと判断されれば上のクラスに移っていき、一組で十分に冒険者としてやっていけると判断すれば、試験を受けられ、それで合格すれば卒業という扱いになるのだ。
そのような形式なので、当然ながらレイが知ってるような卒業式……例えば学年全員が同時に卒業するといったようなことはまずない。
つまり、生徒達でパーティを組んでいたとしても……しかもそれが複数のクラスの生徒達で出来たパーティであれば、間違いなく一緒に卒業し、卒業後も同じパーティということは出来なくなる。
もっとも、それはあくまでも一般的にはの話で、もしパーティを組んだ者達の中に何らかの絆が結ばれていれば、卒業した者達もソロ、あるいは野良パーティに入ったりして、他のパーティを組んでいた生徒達が卒業するのを待ち、再度パーティを結成するという方法もあるのだが。
もっとも、そのようなことが出来るかどうかは、パーティメンバーの資質次第だろうが。
「そういうことらしいな。……イステルが卒業した後でどういうパーティを組むのかは分からないが、色々と大変そうなのは間違いなさそうだ」
そう言いつつも、レイはイステルがパーティを組むのに困るとは思っていない。
何しろ、本人が優秀なのは間違いないのだから。
その上で顔立ちも整っており、アーヴァインとはまた違うカリスマ性がある。
実際に下の者……特に女にだが、イステルは慕われており、それを使った情報網が作られる程なのだから。
貴族の血筋という事で、何かあった時にそちらの繋がりを使えるのも大きい。
そうした諸々から、イステルをパーティに欲する者が多数いるのは明らかだった。
……問題なのは、パーティに入れるという名目で良からぬことを考えている者がいる可能性くらいか。
「その辺りは全て承知の上でパーティを組んでいますので」
そう言うイステルに、レイとフランシスは取りあえず納得する。
イステル本人はそのように思っていても、他の面々が同じように思っているとは限らないのだ。
とはいえ、ここでレイが何かを言ってもそれはイステルを困らせるだけだというのも分かっていたので、この件についてはそれ以上触れない。
代わりに、レイはジャニスに視線を向ける。
「ジャニス、明日から学校にセトを連れていくから、日中は一人になるけど、大丈夫か?」
「え? あ、はい。その……別にこの辺りは危険な場所ではありませんし、警備兵の方達もよく見回りをしているので、そういう意味では問題ないかと」
この家は冒険者育成校やギルド、ダンジョンからそう遠くない場所にある。
その為、警備兵達は別にこの家を見回りに来る訳ではないが、ギルドやダンジョンの辺りに行く時にこの辺りを通るのだ。
そのような場所で何かをするような者は……絶対にいないという訳でもないだろうが、それでもかなり少ないだろう。
「そうか。なら、少しは安心か。……それこそ、セトがいれば何があっても安心出来るんだけどな」
「私としては、寧ろセトちゃんと日中に遊べないのが残念に思います。少し時間が出来た時、セトちゃんに遊んで貰っていたので」
「羨ましい」
ぽつり、と。
そう小さく口にしたのはフランシス。
イステルもまた、口には出していないものの羨ましそうな視線をジャニスに向けていた。
フランシスとイステルがセトと会ったのは今日が初めて……それも、そんなに長い時間一緒にいた訳ではない。
だが、その短い時間でセトの愛らしさにすっかりとやられてしまったのは、今のフランシスの呟きを聞けば明らかだった。
(セトってもしかして何か特殊な……魅了とか、そういう能力を持ってるんじゃないだろうな?)
フランシスとイステルを見たレイは、思わずそのように思ってしまう。
レイが知ってる限り、そのような能力をセトは持っていない。
だが、こうして会う者の多くを虜にしてしまうのを見れば、そのように思ってしまうのも仕方がないことだった。
とはいえ、レイはすぐにそれを否定する。
(セトを嫌っている奴もいたし、中にはセトを素材としか思っていない者もいた。そう考えると、セトがそういう魅了系の力を持ってる可能性はやっぱりないか。あるいは持っていても極端に弱いもので、好意を抱いた相手が少しだけそれを増幅するとか、そんな感じか?)
そんな風に思いながら、レイはフランシスに向かって口を開く。
……先程の呟きの件には触れないことにして。
「それで、セトが厩舎にいる時の護衛だけど、結局どうする?」
尋ねるレイに、フランシスはその件があったと羨ましそうにジャニスを見るのを止めて、レイに視線を向ける。
「どうすると言われても、レイの持っている防御用のゴーレムが無理なら、やっぱり当初の予定通りに冒険者を雇うしかないでしょうね」
「いっそ、希望者に任せてみるというのはどうでしょう? 生徒の中でも希望する者は多いでしょうし」
「……イステル、それをやると間違いなく面倒なことになると思われるわ。何しろ、希望者が何を思っているのか分からない以上、セトに妙なちょっかいを出したりするかもしれないでしょう?」
「それは……その、例えば学園長からくれぐれも言っておけばいいのではないでしょうか? そうすれば妙なことをする者もいないと思いますけど」
「難しいでしょうね。言って理解出来る人だけじゃないもの。中にはそれを知った上で、賭に出る者もいるでしょう。何しろ、相手はセト……ランクAモンスターのセトなのだから」
セトの素材がどのくらいの値段で取引されるのかを思えば、それこそ一か八かで賭けに出る者がいないとも限らない。
フランシスはエルフとして外見よりも長く生きているので、その辺りについても十分に理解していた。
レイもそのフランシスの言葉に同意するように頷くが……
「フランシスの言いたいことは分かるけど、ちょっとだけ訂正だ」
「あら、何か間違ってるところがあったかしら?」
「ああ。セトがランクAモンスターのグリフォンなのは間違いないが、正確にはグリフォンの希少種だ。そして希少種というのは、基本的に一つ上のランクと同じ扱いになる。つまり……セトはランクS相当のモンスターという扱いになる」
「……え?」
レイの口から出た言葉は、フランシスにとっても意外だったのだろう。
たっぷりと数秒の沈黙の後で、そんな声を漏らす。
それはフランシスだけではない。イステルもまた、驚きの表情を浮かべて言葉に出せないでいた。
唯一、メイドのジャニスは話の内容を理解出来ず……また、ランクSモンスターという存在が具体的にどのくらいの脅威なのかが分かっていなかったが。
ただ、それでもフランシスとイステルの様子から、ここで自分が声を出すのはどうかと思ったらしく、黙っていた。
そんな中、たっぷりと数分が経過したところでフランシスがギギギ、とまるで錆びた音が聞こえるような動きでレイに視線を向け、口を開く。
「その、レイ。今……ランクS相当と聞こえたのだけど、気のせいかしら?」
「いや、そのエルフらしい大きな耳は正常だ。聞き間違いじゃないから、安心しろ」
「……安心しろと言われても……え? ランクS相当……つまり、ランクSモンスターでしょう? セトが?」
「セトが」
短く、端的に、分かりやすくレイはフランシスに答える。
そんなレイの様子に、話を聞いていたフランシスは何も言えなくなる。
あるいは、何と言えばいいのか分からなくなっただけか。
「ダスカー様から、俺についての情報は渡ってる筈だろう?」
「そうだけど、セトについてはなかったわ」
「……あれ? やってしまったか?」
ダスカーが報告を忘れていただけなら、レイにとっても特に問題はない。
だが、もしダスカーが何らかの意図でセトについての一件を隠していたのなら、レイはやらかしてしまったということになる。
「いや、違う。大丈夫な筈」
若干自分に言い聞かせるように呟くレイ。
実際、レイのその考えはそう間違っていない筈だった。
何しろ、セトの件はギルドには知られているのだから。
そうである以上、相応の立場にある者ならセトの情報を知ろうと思えば知ることが出来るのだ。
つまり、ダスカーが意図的にセトの件を隠していたとしても、フランシスがその気になれば調べることは出来る筈だった。
「……レイのことはそれなりに情報収集したけど、まさかセトにもそんな秘密があったなんて」
希少種というのは、その名の通り非常に希少な存在だ。
モンスターの種類にもよるが、高ランクモンスターになる程、希少種の数は少なくなっていく。
……それはつまり、ゴブリンのような低ランクモンスターの場合はそれなりに希少種がいるということを意味している。
実際、レイも以前ゴブリンの希少種と遭遇したことがあった。
そんな訳で、ランクAモンスターのグリフォンの希少種というのは、非常に珍しいのは間違いない。
だからこそ、まさかセトが希少種だとは思わなかったのだろう。
(とはいえ、セトが色々なスキルを使えるというのは俺の……深紅の情報と一緒にそれなりに広がっていてもおかしくはないんだが。それがグリフォンの基本だとか、そんな風に思っていたのか?)
例えばこれで、セトが風系のスキルを使うのなら、空を飛ぶというグリフォンの特徴から、おかしくはないと思う者もいるだろう。
だが、セトの場合はファイアブレスを始めとして、多種多様なスキルを使う。
風以外にも、炎や氷、水……といったように。
変わったところでは、バブルブレスやクリスタルブレスといった、普通とは違うブレスもある。
もっとも、それらを見るにはセトが実際に戦闘をしている光景を見ないといけない。
また、セトが戦闘でどのスキルを使うかどうかは、それこそセトの行動によって変わる。
そう思えば、フランシスがセトの情報についてそこまで深く知らないのは仕方がないかもしれないと、レイは思い直す。
「まぁ、セトだからな」
「……レイだからというのは聞いたことがあるけど、セトだからというのは聞いたことがないわね」
「それまで噂になってるのか」
呆れた様子のレイだったが、自分の噂についてはそれなりに知っている為に特に驚いたりはしない。
「俺の件はともかく、セトの件だ。……正確には厩舎の護衛の件」
「セトが希少種という話を聞いた以上、生徒や教官に守らせるということは出来ないわね。ギルドに依頼をするにせよ、過去に馬鹿な真似をしたことがない、信用出来る冒険者じゃないと雇いたいとは思わないわ」
これでセトが希少種ではなければ、もしかしたらイステルの提案通り、生徒や教官の中で立候補した者達を護衛につけたかもしれない。
教官であれば給料に、生徒であれば成績に少し色を付けるといった感じだ。
だが、セトが希少種であるというのを知った今となっては、フランシスの中にそのような考えはない。
「報酬も高くなるぞ?」
能力は勿論、人格的にも優秀な冒険者に指名依頼をするのだ。
当然だがそうなると報酬は自然と高くなる。
何よりガンダルシアの冒険者というのは、基本的にダンジョンに潜るのを仕事にしている。
そんな中で、ダンジョンに潜るのではなく厩舎の警備となれば……一体どのくらいの報酬が必要になるのか、レイにもちょっと分からなかった。
(あ、けどそう言えば久遠の牙の中にセト好きが一人いたな。あの女なら、セトのいる厩舎の護衛と言えばやってくれるような……フランシスが許可しないか)
ダンジョンを攻略する為の冒険者を育てるのが、冒険者育成校だ。
そんな中で、ガンダルシアの中でもトップのパーティである久遠の牙から、そのメンバーを一人引き抜くのを、フランシスが許可するとはレイには思えなかった。