3688話
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フランシスとイステルがセトとの顔合わせを終えると、自然と……本当にいつの間にか二人と一匹の触れあいの時間となる。
一度吹っ切れた――という表現がこの場合正しいのかは微妙だが――フランシスやイステルにしてみれば、こうしてセトと一緒に遊ぶのは悪い話ではなかったのだろう。
「さて、聞くまでもないと思うけど……明日から冒険者育成校にセトを連れて行ってもいいよな?」
「ええ、問題ないわ。ただ……生徒の中には良からぬ考えを抱く者もいると思うから、そういう相手には気を付けてね。……いえ、生徒だけではなく、教官や教師もだけど」
こうして念を入れるようにフランシスが言うのは、セトのような高ランクモンスターの存在をしれば、それこそセトを奪おうと考えたり、そこまでいかなくてもセトの毛や羽根の一本であっても素材として高値で売れるというのを知っているからだろう。
もしそれを知っている者がセトの存在について知れば、そこで妙な行動に出ないとも限らないのだから。
セトの愛らしさにやられてしまったフランシスにしてみれば、セトがそのような者にちょっかいを出されないかどうか心配なのだろう。
それはフランシスだけではない。イステルもまた同様だった。
「生徒達の方には、私からそれとなく噂を流しておきましょう。セトに妙なちょっかいを出せば、レイ教官を怒らせると。幸い……と言うのはどうかと思いますが、レイ教官の強さは全ての生徒達が知っています。そのような状況でレイ教官を怒らせるような者はいないと、そう信じたいですね」
そう言いつつも、イステルの顔には不安の色がある。
普通に考えれば、レイの強さを知った者がレイを怒らせる……敵に回すようなことをするとは思えない。
しかし、イステルの持つ情報網……具体的にはイステルを慕う――中にはお姉様と呼ぶ者も含む――女達のネットワークなのだが、それによってアルカイデやその取り巻き達について知っているので、必ずしもレイの強さを知った上でちょっかいを出す者がいないとは断言出来なかったのだ。
フランシスもそんなイステルの様子を見れば、その様子に頷くことしか出来ない。
いや、寧ろ学園長であるフランシスだからこそ、その辺りの情報については詳しいだろう。
不幸中の幸いなのは、アルカイデの取り巻きの中でも後先を考えない者達は今日の一件によって恐らく明日以降は学校に来ることはないだろうことか。
そんな二人の様子にレイは安心させるように言う。
「セトは基本的に無害だが、自分に危害を加える相手に対しては相応の対処をする。そういう意味では、自分の身は自分で守れるから心配ない。……もっとも、中にはそれでセトに危害を加えられたと言うような奴もいるかもしれないから、注意が必要だが」
自分からセトに嫌がらせをして、それによってセトが反撃をしたら、自分は何もしていないのにセトに危害を加えられた。
そのように主張する者がいた場合、面倒なことになってもおかしくはなかった。
そんなレイの説明に、フランシスは難しい表情で口を開く。
「そういう馬鹿なことを考える者がいるとは思いたくないけど……断言出来ないのが悲しいところね」
冒険者育成校の学園長として、心の底から残念そうに言うフランシス。
そんなフランシスを見ていたレイだったが、ふと気が付く。
「あ、それならフランシスの精霊魔法でどうにかすればいいんじゃないか?」
「……は?」
まさかそのようなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
フランシスの口から間の抜けた声が上がる。
美人という表現が相応しいフランシスの口から出たとは思えないような、そんな間の抜けた声。
だが、レイは何故フランシスがそのような様子を見せているのかが分からない。
「どうしたんだ?」
不思議そうに尋ねるレイに対し、フランシスは呆れながら口を開く。
「あのね、私に厩舎の前にずっといろっていうの?」
「え? 別に学園長室にいればいいだろ? 精霊を厩舎に張り付かせておけばいいだけだし」
「……無茶を言わないでちょうだい。少しの間だけならともかく、ずっとなんて無理に決まってるでしょうに」
「いや、けどマリーナなら……」
そこまで言い掛け、レイは言葉を切る。
マリーナが凄腕の……それこそ圧倒的なまでの力を持つ精霊魔法使いなのは、レイも知っていた。
それこそマリーナに頼めば出来ないことはないのではないかと思えるくらいには。
だからこそマリーナが特別なのだろうとは思っていたのだが……それを考えた上でも、レイの思う精霊魔法使いの基準は随分と上がっていたらしい。
「もしかして、難しいのか?」
「難しいわよ。普通なら出来ないわ」
そう断言するフランシスに、マリーナは精霊魔法を使って家の維持管理や警護をしてると言ってもいいのかどうかと、レイは迷う。
(この様子だと、マリーナの精霊魔法は俺が思ったよりも上のレベルなんだろうな)
レイもマリーナの精霊魔法が圧倒的な力を持っているのは知っていた。
知っていたが、それでもレイの予想は一般的な常識で考えても予想外だったらしい。
あるいはレイが精霊魔法を使えるのなら、その辺の感覚がもう少し分かったかもしれないが。
生憎とレイは炎の魔法に特化しており、精霊魔法は使えない。
これがせめて他の属性の魔法であれば、レイが大量の魔力を消費することによって無理矢理使ったりも出来るのだが。
だが、精霊魔法となるとさすがにレイでも無理だった。
ましてや、元々理論ではなく感覚で魔法を使うレイだけに、精霊魔法を使うのは無理だという認識がある以上、使うのは不可能に近い。
「俺の知り合いのマリーナという精霊魔法使いなら出来ると思うんだけどな」
「凄腕なのね。……その人には出来るかもしれないけど、私には出来ない。それだけだよ」
そう言い、少しだけ悔しそうな様子を見せるフランシス。
フランシスも自分が最高の精霊魔法使いであるとまでは思っていないものの、それなりに精霊魔法の腕には自信があった。
それがこうしてレイに残念そうな表情をさせてしまうのだから、プライド的にズタズタになっていてもおかしくはない。
「とにかく精霊でどうにかするのは無理だから……そうね。護衛を置いておこうかしら」
「護衛?」
「ええ。セトに妙なちょっかいを出された時のことを考えると……ねぇ?」
「グルゥ?」
話しながらセトに視線を向けるフランシス。
セトに妙なちょっかいを掛けられるのが困るというのは間違いないが、その理由というのがレイやセトを怒らせる……というのではなく、単純に自分がセトを守りたいからという面もあるらしい。
それはレイにも分かったが、だからといって不満という訳ではない。
寧ろフランシスがそこまでしてセトを守りたいと思ってくれるのは、レイにとっても嬉しいことだ。
「話は分かったけど、そうなると護衛を雇うのか?」
「そうなるわね。もっとも多分だけどそれなりに悪くない依頼になる筈よ」
「ええ。私もそう思います。私はそういう基本的に退屈な依頼は好みではありませんが、冒険者の中には特に何もしなくても依頼が達成されて報酬を貰えるという依頼があったら、喜ぶ人は多いでしょうし」
そう言うイステルの言葉は、レイを納得させるのに十分だった。
レイもまた、そのような依頼にはあまり……いや、何も魅力を感じない。
だが、冒険者の中にはそんな依頼を好む者も一定数いるだろうことは容易に予想出来る。
基本的には何もしなくても依頼を達成して報酬を貰えるのだ。
働きたくないと思っているような冒険者にとっては、これ以上ない依頼だろう。
……とはいえ、何者かがセトにちょっかいを出しに来た時、それを止めるだけの実力は必要になるので、誰もがその依頼を受けられるという訳ではないだろうが。
相応の実力があって、それでいながら働きたくないと思うような……そんな者がこの依頼には相応しかった。
「あるいは、いっそ俺の防御用のゴーレムを使うか?」
ふと思いつき、レイはミスティリングから防御用のゴーレムを取り出す。
ボウリングの球のようなその外見は、フランシスやイステルの注目を集めるのに十分な外見だった。
いや、外見だけではない。
空中に浮かんでいるのを見れば、外見以外にそのことについても興味を持つのはおかしくはないだろう。
「これは……防御用のゴーレムと言っていたわよね?」
「ああ、俺が特注で作って貰ったゴーレムだ。俺の魔力を使って障壁を張る。この障壁を張っておけば、冒険者育成校の厩舎にいるセトに妙なちょかいを出したりは出来ない」
その説明にフランシスは興味深そうな様子を見せる。
レイの説明通りなら十分に魅力的だと思ったのだろう。
だが、レイの提案に頷くよりも前にやるべきことがある。
「話は分かったけど、厩舎は別にセトだけがいる訳じゃないのよ? もし他の人が……例えば厩舎にいる馬を使う用事があった場合、どうなるの?」
「俺を呼びにくる必要があるな。ゴーレムにその辺の判断は難しいと思う」
そんなレイの言葉に、フランシスは残念そうに首を横に振る。
「レイがいないとその魔力障壁を解除出来ないとなると、いざという時に対処出来ない可能性があるから駄目ね。レイがどこにいるのか分からなくて、魔力障壁を解除出来ないという可能性もあるし」
そう言われると、レイも反論は出来ない。
実際、レイも自分が決まった場所にいるとは断言出来ないのだから。
基本的には職員室、訓練場、食堂といった場所にいることが多いが、それも絶対ではない。
もし何かあった時、レイを呼ぼうとしてもそのどれでもない別の場所にいるとどうなるか。
特にその何かが緊急事態であった場合、それこそレイが見つからない為に大きな被害を受けるという事にもなりかねなかった。
そのような状況を考えれば、レイもフランシスの言葉に否とは言えない。
「分かった。なら、やっぱり護衛だな。それで……」
何かを言い掛けたレイだったが、庭にジャニスが姿を現したのに気が付き、そちらに視線を向ける。
するとそんなレイの視線を追うようにフランシスとイステルの二人も、そしてセトもジャニスの方を見る。
突然全員の視線を向けられたジャニスだったが、特に驚いた様子は見せずに口を開く。
「夕食の用意が出来ましたよ」
「ああ、悪い。じゃあ、話は夕食を食べながらにするか。……セト、またな」
「グルゥ」
レイはセトを頭をそっと撫でると、その場から立ち去る。
フランシスとイステルも最後にセトを撫でると、レイを追う。
もっとも、セトを撫でた感触からもう少しだけでもセトを撫でていたいと思う二人
だったが。
ただ、それでも厩舎の護衛についての話を進めるのが先……それと空腹だというのもあって、素直にレイを追ったのだが。
家の中に入ると、レイとジャニスは普通に家の中を進む。
だが、フランシスとイステルは興味深そうに……それでいて、レイに気が付かれない程度に家の中の様子を確認していた。
この家は冒険者育成校からそう離れていないので、外から見たことは二人ともあった。
だが、フランシスは学園長としてこの家については知っていたものの、中に入ったことはない。
イステルにしてみれば、それこそ外から見たくらいでしかなかった。
だからこそ、こうして改めて家の中に入ると気になったのだろう。
勿論、これが見知らぬ者が使っている家であれば、そこまで気にしたりはしなかっただろう。
だが、レイの家なのだから、二人共気にするなという方が無理だった。
レイとジャニスの案内によって、リビングに向かう。
そこではテーブルの上にテーブルクロスが敷かれ、中央には花瓶があり、花が生けられている。
また、テーブルの上には幾つかの料理やパンの入った籠もあった。
いつも使っているテーブルクロスよりも幾らか上等な物に見えるのは、レイの気のせいではない筈だ。
また、花瓶に生けられた花も普段この家で見ることのある花よりも鮮やかな色を持つ花だ。
学園長のフランシスが来るということで、ジャニスが張り切って用意したものなのだろう。
「どうぞ、座って下さい。夕食はすぐにお持ちしますので」
「ええ、ありがとう。……あら? ジャニス、椅子が一つ足りないように思えるのだけど」
テーブルを見たフランシスが、そこに三つしか椅子がないことに気が付き、そう尋ねる。
ここにいるのは四人なのに、椅子は三つ。
それを疑問に思ったのだろうが……
「私はメイドですので」
「いいわよ、そんなの気にしなくて。……ねぇ?」
フランシスの視線に、レイは勿論イステルも頷くのだった。