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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3683/3865

3683話

「いいわね。次からはこういうことをする時は前もって話を通しておいてちょうだい」

「ああ、悪かった。次からは気を付けるよ」


 レイはそう言い、怒り心頭といった様子のフランシスに向かって謝罪する。

 レイがいるのは学園長室。

 そして当然ながら、そこには学園長のフランシスがいて、レイに鋭い視線を向けている。

 何故怒られているのかといえば、レイが訓練場において本気の殺気を放ったことが原因だ。

 勿論殺気を全開にした訳ではないにしろ、それでもガンダルシアの冒険者……いや、冒険者に限らず腕の立つ者達にしてみれば、レイの放つ殺気を感じることは出来た。

 当然ながら、冒険者育成校においてそんな殺気が放たれるような出来事というのは普通はない。

 そうなると何か大きな問題でもあったのかと……それこそ殺気だけに、何らかの理由で殺し合いでも起きたのではないかと思う者もいる。

 そしてフランシスは冒険者育成校の学園長を任されるだけあって実力は高く、当然ながらレイの放つ殺気を感じることも出来た。

 結果として特に何も問題はなかった……いや、レイに喧嘩を売った者達は色々と問題があったのだが、誰かが殺されるといったような問題はなかったので、フランシスも安堵したのだが、そうなると一体何がどうなってそのような事態になるのかと調べ……それが今の状況に繋がっていた。


「本当に気を付けてよ? 今回は幸い、レイの殺気に気が付いたのは少数だったからいいけど」


 それは叱る言葉というより愚痴に近い。

 この程度でレイが許されたのは、レイが特殊な事情持ちということもあるが、それ以上にあの時に発されたレイの殺気は側にいた生徒達……レイと模擬戦をした生徒達ならともかく、模擬戦をせずに授業を受けていた他のクラスの生徒達、あるいは冒険者ではなく純粋な教師であるが故に殺気を感じられない者達は特に何も感じず、大きな騒動にはならなかったというのが大きい、


(とはいえ……全員がそうだとは限らないけどな)


 レイの脳裏を、何人かの生徒達……冒険者育成校の中でも高い実力を持つ生徒達の顔がよぎる。

 冒険者育成校にいるのがおかしいような実力を持つ生徒達。

 あるいは今はそこまで強くなくても、高い潜在能力を持ってる生徒達。

 そのような生徒達なら、あるいは……と、そう思ってもおかしくはない。

 もっとも、わざわざそれを確認するつもりはレイにはなかったが。


「聞いてるの? 全く、冒険者育成校が上手くいきそうだからって、そうなってからちょっかいを出してくるような奴がいるのよ」

「ああ、そうだな」


 レイが生徒達の顔を思い浮かべていると、その間にフランシスの会話……いや、愚痴は別のことに移っていたらしい。

 見目麗しいという表現が相応しいエルフのフランシスだが、そんな存在がこうして愚痴を言うのがどこか面白く、レイは笑みを浮かべる。

 だが……そんなレイの笑みを見たフランシスは、不機嫌そうな様子で口を開く。


「ちょっと、何よ。何が面白かったの?」


 自分が笑われたと思ったのか……いや、ある意味でフランシスを笑ったのは間違いないのだが。

 フランシスはそんなレイに向かって愚痴を吐き出し……レイはそれに律儀に付き合う。

 結果として、レイが学園長室から解放されたのは午後三時すぎ。

 不幸中の幸いだったのは、呼び出される前に食堂で昼食を食べていたことか。

 もしレイがフランシスの話が終わった後で食事をしようと考えていれば、昼食は抜きになっていた筈だった。

 そうして部屋から出たレイだったが……


「うん? 意外な組み合わせだな」


 廊下に数人の生徒がいるのを見て、そう呟く。

 実際、そこにいるのは意外な組み合わせと言ってもよかった。

 一組のトップ、アーヴァイン。

 二組のトップ、イステル。

 三組のトップ、ザイード。

 そして以前は五組だったが、この短期間で四組に上がったセグリット。

 他にもセグリットのパーティメンバーと思しき三人の女がいるが、こちらはセグリットの付き添いといったところなのだろうとレイには思えた。

 変わった組み合わせと口にしたものの、その口調にそこまでの驚きはない。

 アーヴァイン、イステル、ザイード、セグリットの四人は、フランシスと話している中でもしかしたら自分の殺気を感じた面々ではないかと思ったからだ。

 だからこそセグリットのパーティメンバーが一緒にいるのは付き添いなのではないかと思ったのだが。


「レイ教官。色々と話を聞かせて欲しい」


 他の面々を代表するように、アーヴァインがレイに向かって言う。

 アーヴァインが代表なのは、やはり一組のトップだからだろう。


「話というのは、午前中の殺気についてか?」


 そうレイが言うと、アーヴァインだけではなく他の者達もやはりといったような表情を浮かべる。

 情報を集め、午前中の殺気はレイの仕業だというのは分かっていた。

 分かっていたが、それでもまさかレイがこうもあっさり頷くとは思わなかったのだ。


「ああ、そうだ。……あの殺気はドラゴンを相手にした場合のもの、つまりドラゴンの存在を模したようなものだと聞いた」


 どうやらその辺りの情報は集めていたのだろう。

 そう言ってくるアーヴァインの言葉に素直に頷く。


「そうだな。もっとも、実際に模擬戦は行われなかったが」


 レイが殺気を出しただけで、模擬戦の相手……レイに喧嘩を売ってきた、アルカイデの元取り巻き達は気絶してしまったのだ。

 股間を濡らした者達もおり、最終的にそのような者達の後始末はアルカイデやその取り巻き達が対処することになった。

 レイやマティソン達にしてみれば、つい先程まではアルカイデの取り巻きだったのだから、その後片付けはお前達がやれと思うのはおかしな話ではない。

 ……アルカイデやその取り巻き達は本来ならそれを断っただろう。

 気絶した者達が元々は自分達の仲間であっても、既に切り捨てた者達だ。

 ましてや、貴族の血筋に連なる者でありながらレイの殺気によってあっさりと気絶し、更には漏らしている者すらいるのだ。

 とてもではないが、自分達の元仲間とは認めたくない相手だった。

 だが……それでもアルカイデやその取り巻き達が大人しく後処理に動いたのは、曲がりなりにもレイの殺気をその身で感じたからだろう。

 アルカイデ派の者であっても、教官である以上はそれなりの能力を持つ。

 この冒険者育成校は基本的には実力が全てだ。

 教官をやる能力がないのに教官をやりたいと言っても、フランシスがそれを許可しない。

 フランシスにしてみれば、この冒険者育成校はあくまでも未熟な冒険者を鍛える為の場所だ。

 あるいは冒険者になろうとしている者達を鍛える場所でもある。

 そのような場所に、コネによって教官をやりたいと言ってくる者がいても、断る。

 そもそも教官になっても、教官として働けない……冒険者達を鍛えることが出来なければ、いる意味がないのだから。

 もしくは教官ではなく教師であれば、相応の知識があれば採用されやすいが。

 ともあれ、そんな理由によって教官は相応の実力を持つ。

 だからこそ、レイの殺気を感じられたのだ。

 ……もっとも、殺気を感じることは出来ても、それに対処出来ず気絶し、中には漏らしてしまった者も出たが。


「模擬戦が行われなかったとは一体どういうことですか?」


 アーヴァインに代わり、イステルが尋ねる。

 本人の資質もあるが、レイと接する機会が多かったのも影響してか、その態度は若干気安い。

 ……ザイードは無口ながらも、そんなイステルの様子に驚いていた。


「色々とあったんだよ、色々と」


 レイもここで教官が気絶して漏らしたとか、そんな風に言うのはどうかと思ったので、その辺は誤魔化しておく。


(とはいえ……あの連中が戻ってくるとは思えないから、言ってもいいのかもしれないけど)


 高貴なる血筋と自分で言ってる者達が、気絶して漏らしたのだ。

 とてもではないが、そのまま明日からも教官として働けるとはレイにも思えなかった。

 フランシスがレイに愚痴を言っていたのは、この辺も影響している。

 色々と面倒な性格をしていた者達だったが、それでも教官として相応の仕事はしていたのだ。

 その教官が何人も辞めることになれば、フランシスの方でも追加の教官を用意する必要があるので、それなりに忙しくなるのは間違いない。

 それでも座学を教える教師と違い、教官はあくまでも模擬戦の相手だ。

 また、レイの目の前にいる多少の例外を別にすれば、多くの生徒は冒険者として非常に未熟。

 それなりの強さの冒険者を教官として雇えば、それでいい。

 ……実際、冒険者育成校の教官というのは冒険者にとってかなり人気の仕事でもある。

 何しろ命の危険がなく、それでいてそこそこ報酬は高く、いざという時は冒険者としての活動を優先させても問題ないのだから。

 冒険者にしてみれば、歓迎すべき依頼だろう。

 そういう意味では、貴族の血に連なる者達がいなくなり、冒険者の教官としての枠が増えたのだから、レイは感謝されてもいいのかもしれない。


「そうですか。では……その、レイ教官の本気を私にも……いえ、私達にも経験させて貰えませんか?」

「何?」


 イステルの口から出た言葉は、レイにとっても完全に予想外のものだった。

 まさか、そのようなことを言うとは思ってもいなかったのだ。

 だが……それはレイにとっての予想外でしかなく、イステルを始めとした他の者達にとっては予想外でも意外でも何でもなく、自然なことだったらしい。

 他の面々……セグリットの仲間の女三人も含めて、レイに真剣な視線を向けていたのだから。


「本気か?」


 一応そう聞くレイだったが、集まっている面々の様子を見る限り、冗談を言ってるようには思えない。


「勿論本気だ」


 イステルに変わり、アーヴァインがそう断言する。

 その目にあるのは、正真正銘本気の色。

 その言葉通り、どうやら本気で言ってるのだというのは、レイにも十分に理解出来た。


(さて、そうなると……どうしたものだろうな)


 正直なところ、レイにしてみれば殺気を放つくらいのことはやっても構わない。

 何しろ、レイにしてみればそんなに大変なことではないのだから。

 だが……問題なのは、学園長のフランシス。

 つい先程、本気の殺気を放った件で注意されたのに、その注意を受けてから一日……どころか、一時間もしないうちにまた同じことをやったら、どうなるか。

 間違いなく今回のような軽い注意ではなく、大目玉だろう。

 元々レイは冒険者育成校側からの要請によって、教官をしている。

 つまり特別な人材ではあるのだが、それでも特別な人材だからといって同じようなことを……それも注意されてすぐに繰り返すようなことをすれば、フランシスも我慢の限界を超えるだろう。

 だからこそ、レイもイステル達から要望されたからといって素直にそれを受ける訳にもいかない。


「お前達の気持ちは分かった。分かったが……何で俺が今ここにいると思う?」


 レイの口から出た言葉が予想外だったのか、それを聞いた者達がそれぞれ不思議そうな表情を浮かべる。

 ここで待っていたにも関わらず、その理由にはすぐに思い当たらなかったらしい。


「その答えは、フランシス……学園長から殺気の件で注意されていたからだ。そんな注意をうけてすぐにまた同じようなことをしたら、どうなると思う?」

「それは……」


 レイの言いたいことが分かったのか、アーヴァインは何も言えなくなる。

 ここで無理を言っても、とてもではないがレイが自分達の要望に応えてくれるとは思えなかったのだろう。


「けど、その……これから冒険者として行動する上で、レイ教官の殺気を感じるのが役立つのは間違いないんだろう!?」

「ちょっと、セグリット!」


 セグリットの言葉を、仲間の三人の女のうちの一人が止める。

 その三人については、レイも当然知っていた。

 何しろ、全てのクラスの生徒と模擬戦を行ったのだから。

 この冒険者育成校のシステム上、優秀であると認められればすぐに上のクラスに移る。

 そういう意味では、タイミング的に偶然レイと模擬戦を行っていない者もいるのかもしれないが、セグリットの仲間の三人はレイもきちんと覚えていた。

 それはパーティリーダーをしているセグリット程ではないにしろ、十分な才能を持っているからというのもあるし、三人が三人とも顔立ちが整っていて目立っているというのも大きい。

 エレーナや、マリーナ、ヴィヘラといったような美人系ではなく、可愛い系の方向だったが、それでも顔立ちが整っているというのは十分に目立つ。

 クラスメイトに言い寄られていたのを見たこともあった。


「取りあえず、どうしても体験をしてみたいのならフランシス……学園長に頼んでこい」


 レイは面倒なことは丸投げとばかりに、そう言うのだった。 

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