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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3681/3865

3681話

 チンピラ達に絡まれるという、ある意味でレイにとってはお馴染みの一件があってから数日……


「これで全てのクラスが終わりか」

「そうなりますね。お疲れ様でした。……レイさんのお陰で、私達は楽を出来ましたが」


 最後のクラスとの模擬戦を終えたレイは、清々したといった様子でマティソンと話をしていた。


「楽というか、自分達の訓練に俺を付き合わせたような感じだろう?」


 クラス全員、あるいは希望者との模擬戦を終えても時間が残っていた場合、簡単なアドバイスをする。

 それが終わってもまだ時間がある場合、レイは生徒達に見取り稽古をさせるべく教官達と模擬戦を行っていたのだが……その模擬戦は、教官達にとっては自分を強くするのに最適な訓練でもあった。

 アルカイデやその取り巻き達は誰も訓練に参加をしなかったが、マティソンの派閥であったり、中立でも自分が強くなるのに熱心な者達は喜んでレイとの模擬戦を行った。

 勿論、それは教官達だけではなく、レイにとっても悪くない訓練ではあったが。

 以前から、エレーナやヴィヘラとの模擬戦を行ってはいた。

 だが、この二人は圧倒的な強さを持つが……それでも、それぞれ一人でしかないことは間違いない。

 繰り返し何度も模擬戦をしていれば、当然ながらその戦い方には慣れてしまう。

 勿論、エレーナやヴィヘラも毎回同じ戦い方という訳ではなく、色々と戦い方を変えたりはしているのだが……それでも、戦いの中の流れや基準となる部分はそう違いはない。

 それを理解してしまえば、どうしても戦いの流れを理解してしまう。

 だが、この冒険者育成校ではどうか。

 純粋な実力では、エレーナやヴィヘラには到底及ばない者達……ビューネと同レベルといった者もいる。

 しかし、それでも数が多く、一定の実力は持っている。

 そういう相手との模擬戦となると、レイにとっても悪くない経験なのは間違いなかった。


「そうですね。……実際、レイさんのような強者と戦った経験があれば、それこそダンジョンでドラゴンが出て来ても心が折れなくてすみそうです」


 マティソンを含め、レイと模擬戦をした冒険者達にしてみれば、レイのような圧倒的な強さを持つ相手と何度も戦ったのだ。

 それこそ、これまで繰り返し模擬戦を行ってきたにも関わらず、レイに一発の攻撃を命中させたことすらない。

 そんな圧倒的な……自分達とは比べることも出来ないような強者と、何度も戦ったのだ。

 レイと戦う時の絶望感を思えば、ダンジョンで出てくる強力な……それでもレイとは比べものにならない程に弱いモンスターとの戦いで、心が折れるということはない。もっとも……


「ドラゴンが出て来たら、挑むのは止めておけ」


 強い実感の籠もった言葉を口にするレイ。

 それは実際にクリスタルドラゴンと戦った経験からの言葉だった。

 魔の森で遭遇したクリスタルドラゴンは、未知のモンスター……つまり、どのような特徴をもっているのかが分からない。

 それも影響しているのだが、倒すのにかなり苦労したのも事実。

 ……いや、レイとセトだったからこそ、倒せたのは間違いない。

 もしクリスタルドラゴンと遭遇したのが普通の……それこそギルムの冒険者であっても、多くの者はその場で殺されただろう。

 少数が逃げ延びることが出来て、それよりも更に少数が撃退、あるいは討伐出来る。

 未知の存在というのも含まれているが、ドラゴンというのはそれだけ凶悪な……出会ったら死ぬという絶望そのものとでも呼ぶべき存在なのだ。

 勿論、ドラゴンの中にも序列はある。

 例えば、亜竜と呼ばれることもあるワイバーンは、一応……本当に一応ドラゴンの血に連なる存在ではあるが、従魔に近い扱いをされることも多い。

 当然ながら、本物のドラゴンはワイバーンをドラゴンとは認めないだろうが。

 また、ドラゴンの中でも知能を持たない個体もいる。

 それこそレイが倒したクリスタルドラゴンも知能を持たないドラゴンだったが、それでも純粋に強かったのは、例外だろうが。

 また、エレーナの使い魔のイエロも黒竜やブラックドラゴンと呼ばれるドラゴンの子供だが、生まれてからまだ数年という事もあり、その強さは決して高くはない。

 もっとも、強くはないが高い防御力を持っており、倒すのはかなり難しいが。

 そんな訳で、ここにいる教官達……特にダンジョンの攻略を重視しているマティソンの派閥の者達がドラゴンと遭遇したら、逃げの一択しかないだろうとレイには思えた。

 それでも一体どのくらいの者が生き残れるかは分からない。


「いいか? くれぐれも……くれぐれも止めておけよ。でないと死ぬだけだぞ」


 繰り返すように言うレイの言葉は実際に自分がクリスタルドラゴンと戦った経験を持つが故の重さがあった。

 それを聞いたマティソン達は、実際にダンジョンを攻略しているからだろう。

 我知らず息を呑み、レイの言葉に頷いたのだが……


「おやおや、深紅の異名を持つ冒険者の言葉だとはおもえませんね」


 不意にそんな声が周囲に響く。

 いかにもがっかりしたといった様子で言ったのは、アルカイデの取り巻きの一人。

 周囲にいる者達の視線が自分に集まっているのを心地良く感じながら一歩前に出る。

 その後ろではアルカイデが厳しい視線を前に出た男に向けているのだが、その男は気が付かない。

 このアルカイデの取り巻きの男は、ここ最近の自分の立場に酷く不満を持っていた。

 レイという存在を相手に失態を犯し、それによってアルカイデからは疎ましげにされ、他の者達からも哀れみの視線を向けられる日々。

 貴族の血に連なる者として、それは決して許容出来ることではなかった。

 その不満が、レイに対する恐怖を上回り……そしてレイが珍しくも弱気な態度を取ったのを見た瞬間、半ば暴走するようにそう口に出していたのだ。

 それを聞いた瞬間、アルカイデはその男に向かって厳しい視線を向ける。

 この状況で今のようなことを口にするのが、何を意味してるのか。

 それを全く分かっていないのは明らかだった。

 同時に切り捨てることを決意する。

 他の取り巻き達のうちの何人かは、そんなアルカイデの様子に背筋を冷たくする。

 貴族の血筋ということで纏まっている者達だったが、それだけに集団を率いているアルカイデに見捨てられるということが何を意味してるのか、これ以上ない程に理解出来たからだ。

 アルカイデに切り捨てられれば、それこそ今までの態度で決して好まれていない男は冒険者育成校にいることは出来ないだろう。

 そうなると、教官を辞めなければならなくなり……その後、どこで働くのかは、本人の才覚や自分の家の力で決める必要がある。

 だが、このような場所で働いている男だ。

 貴族の血筋とはいえ、実家にそこまで大きな力がある筈もない。

 本人の能力も決して高くはない以上……それこそ、食べていく為には冒険者になるなりなんなりしてもおかしくはなかった。

 あるいは自分の派閥を新たに作れば、冒険者育成校に残れるかもしれないが……そもそもそのようなことが出来るのなら、最初からアルカイデの取り巻きをやってはいない。

 それだけに、自分があの男の立場になっていたかもしれないと思う者は、背筋が冷たくなったのだ。

 取り巻きの中には、ここ最近の不満を晴らしてくれた男に、よく言ったと喝采を浴びせている者もそれなりにいたが。


「そうだ、異名持ちのランクA冒険者が、ドラゴン如きを怖がるなど、冒険者としての風上にもおけない。冒険者を率いる立場の者として、恥ずかしくないのか!」

「全くだ。もし俺なら、ドラゴンを相手にしても怯えて逃げるようなことはせず、正面から戦って見せる。だというのに……本当にみっともないな」


 そんな言葉が、それぞれアルカイデの取り巻き達の口から出る。

 だが、それを聞いたマティソン派の者達は……いや、マティソン派ではなく中立の者達も苛立ちより呆れの視線を向けていた。

 以前の職員室での一件や、レイとの模擬戦を一度もやっていないのを知っていれば、騒いでいる者達は口だけなのだと予想するのは難しくない。

 ましてや、アルカイデは勿論、取り巻き達の半分程も黙っている。

 そうである以上、これはアルカイデの仕組んだことではない……それこそ暴走してるのだというのが明らかだった。

 レイもまた、自分に向かって挑発するようなことを口にする者達にどう対処するべきか考え……そして手っ取り早い方法を思いつく。


「そうか。なら、ドラゴンと戦うのがどれだけのものなのか……お前達に経験してもらうとしよう」


 そう言いつつ、レイは手にしていた模擬戦用の槍をマティソンに向かって放り投げる。


「レイさん?」


 マティソンはその槍を受け取りつつも、不思議そうに尋ねる。

 今の話の流れからすると、レイがアルカイデの取り巻き達と模擬戦をやるのだとばかり思っていたのだ。

 なのに、何故武器である槍を自分に渡すのか、と。

 そんなマティソンの疑問は次の瞬間には晴れる。

 何故なら、レイがミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出したのだ。

 いきなりのレイの行動に驚くマティソンだったが、当然ながら他の面々もそんなレイの行動には驚く。

 特に今までレイに罵声を浴びせていた者達は、ことここにいたって、ようやく自分達の行動が不味かったというのを理解する。


「あ……その……」


 最初にレイに向かって不満を口にした男が、レイの視線を浴びせられて後退りする。

 そんな男や……その男の言葉に釣られるように自分に向かって罵声を飛ばしてきた者達に向け、レイは口を開く。


「口で言ってもドラゴンがどれだけ危険な存在なのか分からないようだから、俺がそれを教えてやる。俺が倒したドラゴンと全く同じ……とは言わないが、それに近い力で模擬戦をやるとしよう。勿論、お前達の言葉が原因でこういう事になったんだ。断るなんてことはしないよな?」


 レイに視線を向けられた男は、何かを言おうとはするものの、まるでレイの視線に縫い付けられたかのように口を動かすことが出来ない。

 他の面々も、直接レイに見られている者達程ではないが、何も言えない。

 ただ、レイに視線を向けられている者達の中で一番後ろにいた女……前にいる者達がレイに視線を向けられているので、自分に対する視線は遮られている女は、アルカイデや自分達以外の取り巻きが先程の場所からいなくなっていることに気が付く。

 顔を大きく動かせば、レイに目を付けられてしまうかもしれない。

 その為、目だけを動かして周囲の様子を確認すると、そこには自分達から少し離れた場所にアルカイデやその取り巻き達の姿を確認出来る。

 何故、と。

 女にしてみれば、このような時に何故自分を……自分達を助けてくれないのかと、不満に思う。

 このような時に助け合う為にアルカイデの派閥にいたのにと。

 だが……そのアルカイデが自分に冷たい視線を向けているのを見れば、とてもではないが助けようとしているとは思えない。


(私を見捨てる? 何故そんなことを? 私を見捨てても、不利益しかないのに)


 アルカイデが聞けば鼻で笑うようなことを考える女。

 貴族である自分を……自分達をアルカイデが見捨てるというのは、不利益しかないと本気で思っていた。

 アルカイデにしてみれば、この女のような者達が自分の側にいることそのものが不利益でしかないのだが。

 ただ、自分の血筋に強い自負を持っている女にしてみれば、アルカイデが自分を……同じ貴族の血筋を見捨てるというのは、理解出来ないことだった。


「どうした? あれだけ威勢のいいことを口にしたんだ。ドラゴンと同じくらいの強さを発揮した俺を相手にしても、模擬戦は問題ないだろう? あくまでも模擬戦なんだ。死ぬということはない」


 そう言うレイだったが、生徒達や他の教官達との模擬戦をやっていた時とは違い、現在レイが持っているのは模擬戦用の槍ではなく、デスサイズと黄昏の槍だ。

 曲がりなりにも教官をやっているだけあって、レイの持つ二つの武器が発する圧倒的な迫力は理解出来てしまう。

 だからこそ、本気モードと呼ぶべき状態のレイを前に、模擬戦をやろうとはしない。


「どうした? 授業の時間も永遠にある訳じゃないんだ。この授業が終わる前に、早く模擬戦をやるぞ」


 そう口にしたレイの言葉に、何人かの者達の目に希望の光が宿る。

 今が授業中なのは間違いない。

 生徒達との模擬戦を終え、まだ時間が余っていたのでこういう話の流れになったのだ。

 であれば、今はとにかく時間を稼げばいい。

 そう思い、レイに喧嘩を売った集団の一人は何とか口を開くのだった。

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