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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクアップ試験
368/3865

0368話

 毒の爪についての検証をしてから数日。その間にレイがしたことといえば、屋台や店で買い食いをしたり、あるいは掘り出し物のマジックアイテムか何かが無いかと街を歩き回り、街中で偶然会ったミレイヌと共にセトと遊んだりしていた。

 あるいはレイのことを知らない、ギルムに来たばかりの冒険者に絡まれては撃退したりといった風に、ある意味ではいつも通りといえる日常を過ごす。

 勿論遊んでばかりいた訳では無い。近い内に行く予定になる迷宮都市の情報を集めたり、あるいは夕暮れの小麦亭にある厩舎の前でデスサイズを使った戦闘訓練を行ったりもしていた。

 その際、宿に泊まっている冒険者に頼まれて模擬戦をした結果、次から次に、我も我もと参加者が増えて結局は20人近い冒険者と連続で模擬戦をすることになり、結果的に50連勝以上することになったのはある意味で自然なことなのだろう。

 尚、何故20人を相手にして50連勝になったかと言えば、さすがに冒険者だけあってかなり手加減したレイの一撃をくらっても他の者が戦っている間に復帰してきたからだ。

 宿に泊まっている冒険者達にしてみれば、ランクB冒険者と……それも異名持ちでもあるレイとの模擬戦は得るものの多い時間であり、更にはレイも模擬戦だけあって相手の悪い場所を指摘したりしていたので、ある意味では自業自得なのだろう。

 冒険者達にしても、自分の訓練以外にランクB冒険者であるレイとの面識を作れるという意味では非常に幸運だったと言えるだろう。

 更には冒険者以外の宿泊客もまるで観客のように模擬戦を眺めており、中にはレイを相手にどのくらい持ち堪えられるのかで賭けをしていた剛の者も存在していた。

 もっとも、最終的には宿の女将でもあるラナの雷を食らって解散することになったのだが。

 レイにしても、その後ラナに小言を言われる羽目になるのだった。

 そんな数日を過ごしていたレイだったが、前日になってギルドからの使者がやってきて貴族との面談の準備が整ったので翌日……つまりは、今日の昼過ぎにギルドに来るようにとの連絡を貰っていた。


「貴族、ねぇ。俺を雇ってもいいことなんか無いと思うんだけどな」

「グルルゥ?」


 そんなことはないよ、とばかりに喉を鳴らすセト。

 だが、レイはそんなセトの頭を無言で撫でながら大通りを進んで行く。

 昼食会の形を取るので買い食いはしないようにして欲しいとギルドの使者が言っていたのを思えば、レイが街中の屋台や露店で買い食いをするというのは、既にかなり広まっているのだろう。

 ……もっとも、大量に購入してはアイテムボックスに保存しているのを考えれば、有名にならない方がおかしいのだが。

 そんな風に、珍しく買い食いをしないで歩き続けているとやがてギルドへと到着する。


「グルルゥ」


 セトが短く鳴いてからいつもの場所へと移動して――既にセトの専用スペースと化しており、セトがいない場合でも従魔や馬が近寄ることは無い――その後は、こちらもまたいつものようにギルドへと入って行く。


「あ、レイさん。こんにちは。上の方から話は聞いてますので、少し待っていて下さい。すぐに馬車を回しますので」


 レノラがレイを見つけるなり、そう告げてくる。

 いつもならそんなレノラに絡んでいくケニーがいるのだが、今日は休日なのかカウンターにその姿は無かった。

 近くにいるギルド職員に一言、二言告げ、再びレイの方へと視線を向けてきたのを見て話し掛ける。


「セトに関しても一緒でいいって聞いてるけど、構わないんだよな?」

「ええ、私もそう聞いていますから問題は無いかと。それにしても、少し羨ましいですよね。貴族の方々と昼食会だなんて」

「……そんなにいいものでも無いと思うけどな」

「でも、貴族の食事って興味ありません? 私達平民が普段食べている物と違って、随分と美味しそうな感じがしますけど」


 そんなレノラの言葉に、確かにと頷くレイ。


「そう考えると、確かに今回の昼食会というのはラッキーだったのかもな。どんな料理が出て来るのか、今から少し楽しみだよ」

「ふふっ、レイさんの興味が湧いたようで良かったです。……あら、準備が出来たようですね。表にどうぞ」


 その言葉を聞き、レノラに小さく礼を言ってからギルドの表に出る。

 するとギルドに入ってから10分も経っていないというのに、ギルドの前には馬車が待機していた。

 それも、ギルドが普通に使っている馬車では無い。レイはこれまでにも何度かギルドの馬車というのをその目で見たことがあるが、そのいずれの馬車でもなかった。勿論、だからと言ってランクアップ試験の時に見たような、成金趣味が丸出しの悪趣味な馬車という訳でもない。ギルドの馬車らしく、あくまでも実用性重視であるのは間違い無かった。ただ、その所々に精緻な飾りが彫り込まれており、見る者が見れば感心するような芸術性をそれとなく現している。


(そう言えば、結局あの悪趣味な馬車は誰の持ち物だったんだろうな)


 そんな風に考えていたレイへと声が掛けられる。


「どうぞ。皆様、既にお待ちですので」


 見るからに上品そうな服装をした御者の案内に従い、馬車へと乗り込む。

 周囲からの視線が多少気になったレイだったが、いつものことだと判断して特に気にしないことにした。


「では、出発します」

「ああ、頼む」


 御者席からの声にそう返事をすると馬車は進み始め……その進んでいる方向を馬車の窓から眺め、微かに首を傾げる。

 その道筋に見覚えがあったからだ。そう、それはギルムの領主の館へと向かっている道筋だった。


「領主の館に向かっているのか?」

「はい、そうですが……お聞きになっていませんか?」


 そこまで言われ、ようやく昼食会をするだけだとしか聞いていなかったことを思い出す。


「……そう言えば、確かに聞いてなかったな」

「そうですか、私は昼食会は領主の館で行うと聞いております」


 やはりか、と内心で頷くレイ。

 何しろ、ギルムの領主であるダスカーとしては自分を他の勢力に渡したく無いだろうというのは容易に想像が付く。それを思えば、自分の監督下で昼食会を行わせ、結局は誰の下にもレイを向かわせないというのがベストなのだろうと。


(まぁ、そうは言っても俺自身がこの街から出て行くつもりは無いんだがな。どう考えても魔獣術に関係した場合、辺境にいた方がいいのは確実だし)


 馬車の座席の中で、窓から流れゆく景色を眺めながら内心で呟く。

 そんなことをしているうちに、やがて馬車は見慣れた外門の前で止まり御者と門番が一言、二言交わして中へと入る。

 やがて領主の館の門前で馬車が止まり、御者により開けられる扉。

 その扉から降りたレイだったが、ふと自分に幾つもの視線が集まっているのに気が付く。


(いや、俺だけじゃないのは当然か)


 正確に言えば、視線の半分程が自分であり、残りの半分はセトに向かっている。


「セトも一緒でもいいんだよな?」

「ええ、私はそう聞いています」


 念の為に御者へと尋ねるも、そちらでも特に問題が無いと判断され、そのままセトと共に領主の館へと入り……やがてメイドが1人近寄って来て、御者へと耳打ちをする。

 それに頷いた御者は、後ろにいるレイへと視線を向ける。


「申し訳ありませんが、多少時間が押していますのでこのまま会場の方へと向かわせて貰いますが、構いませんか?」

「それは構わないが、この服装でもいいのか?」


 自分の着ているドラゴンローブを見下ろし、尋ねるレイ。

 ドラゴンローブ自体は極上のマジックアイテムだが、隠蔽の効果がある以上普通の貴族にはそれが本当はどれ程の効果があるローブなのかを理解出来ない者の方が多いのだろうから。だが……


「構わないでしょう。そのローブの効果を見抜けないような者にはレイ様に声を掛ける資格は無いでしょうし」


 その一言を聞き、思わずレイは目を見開く。

 今の言葉は、ドラゴンローブの隠蔽効果を見抜けていなければ出てこない言葉だったからだ。


「では、こちらへとどうぞ」


 その言葉と共に案内され、やがて扉の前へと辿り着く。

 そして開けられた扉の先には領主の館の庭。そして……


「うむ、良く来たのう。待っておったぞ!」


 淡い緑色のドレスを着た、マルカの姿だった。

 勿論マルカ以外にも貴族の姿はそれなりに多い。ざっとレイが見渡した限りでは30人程か。その中にはアルニヒトやオルキデといった見知った者もいるが、殆ど全ては顔も見たことの無い者達だ。

 その場にいる殆どの貴族が立ったまま会話をし、あるいは庭に配置されているテーブルの上に並べられている料理を皿に盛りつけて食べていた。

 いわゆる、ガーデンパーティである。


「これは……」


 レイが聞いていたのは食事会が開かれるという事であり、即ち堅苦しいマナーが必要になるような食事を予想していた。

 だが今目の前に広がっているのはそのようなものではなく、どちらかと言えば友人同士のホームパーティといった雰囲気の代物だ。屋敷の中で開かれているパーティという訳ではなく、庭で開かれている立食パーティだからこその和やかな雰囲気なのだろう。

 実際、マルカのようにドレスを着ている者もいれば、気楽な服装をしている者も多い。パーティ会場である庭の隅にいる貴族の護衛と思しき中には、ローブを纏った魔法使いや、鎧を着た騎士、剣を持った戦士といった者の姿も見える。

 幸い、魔法使いの中に魔力を感知出来る能力を持った者はいないらしく、このような場での恒例とも言えるレイの魔力に驚くような場面は無かったが。


(なるほど、確かにこれなら俺の格好でもあまり目立たないか)


 内心で納得していると、1人の男がレイへと近付く。


「はっはっは。どうだ、驚いただろ? まあ、マナーやら何やらってのは俺も好きじゃないからな。こうして自由に立って話して食うってのが楽だ」

「ダスカー様、今回はお招きありがとうございます」


 豪快な笑みを浮かべて近づいて来たダスカーへと向かって頭を下げるレイ。

 だが、ダスカーは気にするなとばかりにワイングラスを持っていない方の左手を振る。


「今も言っただろ。堅苦しいマナーなんぞ気にしなくてもいい。少なくてもこの場ではな。それよりも、皆にお前を紹介するからちょっと来い」


 その言葉と共に、レイとセトを連れて会場の中央――即ち庭の中央――へと移動するダスカー。

 各々で会話や料理を楽しみ、あるいは夏の庭という光景を楽しんでいた貴族達もそんな2人と1匹に気が付いたのだろう。

 いや、寧ろこのパーティの参加者はレイとセトを目当てにして集まった者達なのだから、気が付かない方がおかしいのだが。


「皆、済まないが注目してくれ。見ての通り、今回のパーティの主役でもあるレイが到着した。それと、隣にいるのは知っている者も多いだろうがレイの従魔でグリフォンのセトだ。グリフォンは大空の死神とまで言われているモンスターだが、見ての通りセトは大人しく、決して自分から人に危害を加えたりはしない。……もっとも、危害を加えようとすれば話は別だがな。その辺を覚えておいて欲しい」


 性格に難のある貴族であればダスカーの言葉に不満を漏らしただろう。あるいは、グリフォンと言えどもモンスターをパーティ会場に入れるとは何事かと騒ぎ立てていたかもしれない。

 だが、この会場にいる者達はレイと問題を起こしそうな相手を除いて選ばれた貴族達である。それ故に前もって十分レイやセトの情報を集めていたし、何よりもレイの評価というのはグリフォンであるセトも込みでのものだ。実際、異名を得ることになったベスティア帝国との戦争でも、セトがいなければ敵の先陣部隊に大きな被害を与えることが出来なかったというのも事実である。

 そして、街で情報収集すればセトがどれ程に大人しいか、あるいは人懐っこいかというのはすぐに分かることだ。それ故に危険が無いのならと、この場にいる貴族達は何を言うでも無く受け入れていた。

 ……もっとも、ガーデンパーティに参加している貴族の護衛達は幾らセトが安全であると知っていても、万が一を考えて気を揉むことになるのだが。


「ラルクス辺境伯、今日はこのような素敵なパーティに招待してくださり、ありがとうございます。……レイ、数日ぶりだな。ランクBに昇格して元気にやっていたか?」


 セトと共に紹介されたレイに、早速とばかりに声を掛けて来る人物がいた。

 もっとも、その人物が気軽に声を掛けたのはレイと顔見知りだからという理由もあったのだろう。ランクアップ試験で一緒だったアルニヒトだ。

 その態度がランクアップ試験の時と比べると随分と柔らかいことに気が付き、一瞬だけ驚きの表情を浮かべるレイだったがすぐに納得する。


(やっぱりランクアップ試験の時の態度は見せかけだった訳か)


「や、元気か?」


 アルニヒトの後を追うかのようにオルキデが気怠そうな表情を浮かべてレイに手を上げて挨拶をしてくる。

 そんな友人の態度に、アルニヒトはピクリと頬を引き攣らせてから口を開く。


「おい、オルキデ。まず挨拶するのならラルクス辺境伯が最初だろう」

「はっはっは。構わんさ。今日は無礼講だ。でなければ、そもそもレイを呼ぶことは出来んしな」

「……すいません、ラルクス辺境伯。私の友人が……」

「痛っ、おいこらアルニヒト。頭から手を離せって」


 強引に頭を下げさせるアルニヒトに抗議するオルキデだが、当然アルニヒトがそんなことを考慮する筈もない。

 そしてこのやり取りを見てもうレイに声を掛けてもいいと判断したのだろう。多くの貴族がレイに声を掛けてくることになる。

 とは言っても、既にクエント公爵家からの仕官の誘いを断っているレイだ。殆どが仕官に関する話ではなく、面識を得るということに重視していたが。






 そして、貴族の相手をするレイとは裏腹に、セトはパーティに参加している他の貴族から餌付けをされて美味い食事を楽しみ、あるいは撫でられと優雅な時間を過ごすのだった。

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