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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3679/3865

3679話

「この短剣はどんなマジックアイテムなんだ?」

「え? これですか?」


 魔力によって障壁を張れる指輪二個を購入したレイがそう聞いたのは、カウンターに並んでいる短剣を見てのことだった。

 今レイが買った魔力によって障壁を張れる指輪のように、カウンターの奥に置かれていたマジックアイテムと違い、レイが示した短剣はカウンターの側に置かれている物だ。

 これもマジックアイテムである以上、相応の防犯装置は用意されているのは間違いないだろう。

 だが、それでもカウンターの奥にあるような貴重品と比べると、そこまで重要視はされていないらしい。

 それでもレイがそのような場所に置かれていた短剣が気になったのは、流水の短剣というマジックアイテムを持っているからだろう。

 本来なら水を出してそれによって水の長剣を作ったり、鞭状にして使ったりといったような効果を持つ流水の短剣だったが、炎属性に特化したレイが使った場合、水が生み出されるだけだ。

 もっとも、レイにとってその水は飲み水として最上級の味を持っているので、水源として便利に使っているが。

 そういう意味で、ふと目に留まったこの短剣も、もしかしたら何か役に立つようなマジックアイテムではないかと、そのように思ったのだ。


「その短剣は投擲用の短剣ですね。魔力を込めてから投擲すると、周囲に風の刃が複数生み出され、それなりに広範囲を斬り裂くといった効果です」

「それは……かなり強力なマジックアイテムじゃないか?」


 猫店長の説明に、レイは改めて短剣に視線を向ける。

 もし猫店長の説明が正しければ、レイとしては是非欲しいと思う。思うのだが……そんなレイの言葉に、猫店長は少し困った様子で言葉を続ける。


「そうですね。かなり強力なマジックアイテムです。実際、ダンジョンの十八階で久遠の牙が見つけたマジックアイテムである以上、それは否定しません」

「これ、久遠の牙が見つけたマジックアイテムなのか!?」


 そう叫んだのは、レイではなくニラシス。

 ニラシスもダンジョンの攻略組と呼ばれることもあるくらいのパーティに所属している。

 だがそれでも、このガンダルシアにおける冒険者パーティのトップは久遠の牙なのだ。

 ……もっとも、レイがガンダルシアに来るまでは、冒険者のトップが久遠の牙と呼ばれていたのだが。

 今はレイがソロで行動しているということもあってか、冒険者としてのトップはレイ、パーティとしてのトップは久遠の牙という扱いになっていた。

 レイが来た時点でそのようなことになっていたのだが、当初はそれに不満を持つ者もいた。

 部外者が我が物顔でといった思いや、このガンダルシアのダンジョンに挑戦もしていないのに……といったように、他にも様々な理由から不満を持っている者もいたのだが、ダンジョンの攻略を始めてから数日で五階まで到達したというのを知ると、不満を言っていた者の多くがその実力を認めて不満を口にはしなくなったが。

 それでも少数の者は、レイの実力を理解しつつも、部外者だからという理由で不満を抱いている者はいたが。

 ともあれ、今はそういうことになっていて、ニラシスも久遠の牙に追いつけ追い越せと頑張っている冒険者の一人だった。

 だからこそ、レイが気になった短剣を久遠の牙が見つけたと聞いて、気になったのだろう。


「久遠の牙もこの店の常連客か」

「顧客の情報を教える訳にはいきませんね」


 探りを入れるレイだったが、猫店長はあっさりとそう言う。

 これが普通の人間……いや、エルフでも獣人でもドワーフでも、とにかく普通の相手なら、多少なりとも視線が流れたり、表情が変わったりといったことで予想が正しいかどうか多少なりとも分かるだろう。

 だが、猫の着ぐるみを着ているので、その表情から判断することは出来ない。


「分かった。この件についてはこれ以上聞かない」


 久遠の牙が見つけたマジックアイテムがここに売っている以上、この店と何らかの関わり……それこそ利用客なのだろうと予想するのは難しくはない。

 しかし、猫店長がそれを隠そうとしているのだから、わざわざそれに突っ込むようなことをしようとはレイも思わなかった。


「けど、久遠の牙が見つけたマジックアイテムだというこの短剣は、説明を聞く限りではかなり強力そうだ。ダンジョンの最深部を攻略している久遠の牙にしてみれば、こういう強力なマジックアイテムは幾らでも欲しいところじゃないか?」


 猫店長が説明したこの短剣の能力を考えると、かなり便利そうな効果を持っているのは明らかだった。

 であれば、この店に売るといったことはせず、自分達で使った方がダンジョンを攻略する助けになるだろう。

 これが長剣や杖といったように場所を取る物であればともかく、短剣は短く場所も取らない。

 持ち歩くのに邪魔にはならないのだから。


「ああ、その件ですが。それは簡単です。この短剣は風の刃を周囲に放つという能力がありますし、実際にそのような能力があり、強力な効果を持ってるのですが……使い捨てなのですよ」

「……使い捨て?」


 レイは改めてカウンターにある短剣に視線を向ける。

 それなり装飾が施されており、それなりに高級品のようにも思える。


「ええ、使い捨てです。それが理由で久遠の牙も売ったらしいですね」

「……そうなのか?」


 猫店長の説明には、納得出来るようで納得出来ない。

 この短剣が使い捨てのマジックアイテムなのはレイにも理解出来た。

 だが、使い捨てだからといって売るかと言われれば……微妙なところだろう。

 それならダンジョンを攻略中に強力なモンスターを相手に使った方がいい。

 ガンダルシアにおいて現在最深部を攻略している久遠の牙だ。

 攻撃手段は多い方がいいだろうし、かといって金に困っているということもないだろう。

 なのに、こうしてわざわざ短剣を売っている。

 その意味が分からず……


「一応、本当に一応聞いておくが、実はこの短剣が不良品だとか、そういうことはないよな?」

「ありません」


 断言する猫店長。

 そこには絶対の自信がある。


「これは私がしっかりと鑑定をして、それで買い取った物ですから」


 それが自信の根拠だったらしい。

 そしてレイもそう言われると、納得するしかない。

 実際にこれまで見てきたマジックアイテムは、その性能の当たり外れはあれども、明らかに説明が間違っていたり、偽物といったような物はなかったのだから。

 もっとも、レイもマジックアイテムを集める趣味があるだけあって、それなりにマジックアイテムを見る目はある。

 だがそれは、あくまでも素人としてだ。

 例えば料理。

 料理が得意な……とてもではないが素人やアマチュアとは呼べないが、プロではないセミプロとでも呼ぶべきくらいにマジックアイテムを見る目を持つのがレイだ。

 それに対し、猫店長は正真正銘本職のプロだ。

 それだけに、レイが見てもおかしくはないと思う物であっても、猫店長が見ればおかしいと思う物はあっても、その逆はない。


「となると……やっぱり分からないな。何で売ったんだ?」

「さぁ? それは私に聞かれても困ります。多分、何か理由があるんだとは思うんですが」


 どうやらそこまでの理由は分からないらしい。


「で、どうするんだ? 話は分かったけど……もしレイがこれを買わないのなら、俺が欲しいんだけど」

「いや、悪いが俺が買わせて貰う」


 ニラシスにしてみれば、追いつくべき目標の久遠の牙が売ったマジックアイテムだ。

 出来ればそれを欲しいと思ったのだが、それは実際に使うのではなく、追いつくべき象徴としてだ。

 だからこそレイが欲しいというのなら、どうしても自分が欲しいとは思わなかった。


「そうか、分かった」


 素直に譲るニラシスに感謝の言葉を口にしてから、レイは猫店長に短剣の代金を支払う。

 そうして自分の物になった短剣を、レイはミスティリングに収納する。


(便利そうなのは間違いないけど……どうなんだろうな。俺が使っても普通に使えるのかどうか。まぁ、実際に使ってみないと何とも言えないか。こうなると、使い捨てだというが思い切って使える理由になるな)


 使い捨てだからこそ、思い切りよく使える。

 問題なのは、一体どのような相手に対してこの短剣を使うかだろう。


(現在の久遠の牙は十八階だったな。そうなると、十八階辺りの敵を相手にこの短剣を使うのが正しいのか?)


 そんな風に思いつつ、他にも何か掘り出し物がないかとカウンターに置かれているマジックアイテムを見ていくが、他にはレイにとって興味を惹く物はなかった。

 実際には少しだけ興味を惹くというのはあったのだが、言ってみればそれだけでしかない。

 購入したくなるまで興味を惹かれるかと言えば、それは否だった。


「さて、じゃあこんなものか」

「満足して貰えましたか?」

「そうだな。それなりに」


 猫店長の言葉に、そう言うレイ。

 購入したのは、かなり高品質なポーション。

 他には、短剣と指輪が二個。

 支払った金額は、それこそ普通の家族が数年遊んで暮らせる……質素な暮らしをするのなら十年程は問題ないだけの金額。

 これだけの金額は、普通なら冒険者にもそうは出せない。

 実際、レイの支払った金額を見ていたニラシスは、頬を引き攣らせていたのだから。

 それだけの金額ではあったが、レイにしてみればミスティリングに溜め込んでいる金額の少し……本当に少しだけしか使ってはいない。

 なので、レイはそこまで気にした様子もなく猫店長と話をしている。


「マジックアイテムというのは、巡り会う運というのもあります」

「……例えば、今日この店にはない物であっても、次に来た時にはあったりとか、そういうことか」

「ええ。そういう運もマジックアイテムを入手する上で重要な要素だと思います」

「そうだな。それは否定しない」


 運命というものを信じている訳ではないレイだったが、それでも何か不可思議な力が影響してるのでないかと思えることもある。

 それを考えると、猫店長の言うことにも一理あるのではないかと思えた。


「そうなると、また次にこの店に来た時、何かいいマジックアイテムがあるかもしれないな」


 レイの言葉に、猫店長は嬉しそう――あくまでも雰囲気だが――に頷く。


「そうなるといいですね。レイさんの運が良ければ、そういうこともあるでしょう」

「……運というか、久遠の牙を始めとしたパーティがダンジョンの攻略を進めて、それでマジックアイテムを見つけたらってように思えるけど」

「ニラシスさんのパーティも、うちにマジックアイテムを持ち込めるようになってくれるといいのですがね」


 猫店長の言葉に、ニラシスは視線を逸らす。

 その様子を見れば、ニラシスがこの店にマジックアイテムを持ち込んだりはしていない……あるいはしていても、そこまで貴重なマジックアイテムは持ち込んでいないということなのだろう。

 とはいえ、ニラシスにも言い分はある。

 猫店長から視線を逸らしたまま、ニラシスが口を開く。


「レイが買ったような短剣を見つけても、俺達なら自分で使うしな。もし売るとしたら、俺達が使わないようなマジックアイテムになる」


 その意見はレイにも十分に納得出来ることだった。

 何しろ、レイもダンジョンでマジックアイテムを入手して、それが自分で使えるのなら自分で使おうと思うだろう。

 ミスティリングを持つレイは、特にその傾向が強い。

 そんなレイの考えを読んだかのように、ニラシスはレイに視線を向ける。


「レイはどうだ?」

「え? 俺? うーん……まぁ、ニラシスの意見には賛成だな。自分で使えるようなマジックアイテムなら、売ろうとは思わない。どうしても自分が使わないようなマジックアイテムなら売るかもしれないけど」


 それが具体的に何かは、レイにも分からなかったが。

 例えば魔剣の類なら、レイは基本的にデスサイズと黄昏の槍だし、レイの仲間で長剣を使うのはエレーナだけだが、そのエレーナもミラージュという魔剣を持っているので、使い道がないとして売るかもしれない。

 しかし魔槍の類であれば投擲用に持っているかもしれないし、手甲、弓、斧、短剣……これらのマジックアイテムなら、仲間にそれぞれ渡したりするだろう。


「では、レイさんが使わないようなマジックアイテムを入手することを願っています」


 猫店長のその言葉に、レイは微妙な表情を浮かべる。

 そもそも、ダンジョンでマジックアイテムを入手するというのが、そう簡単なことではない。

 だというのに、そうして見つけたマジックアイテムが自分で使えるような物ではないというのは……入手した方にしてみれば、がっかりとすることなのは間違いなかったのだから。

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