3678話
カクヨムにて17話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
「お待たせしました……おや、随分と熱心に話されていたようで」
猫店長が奥から戻ってきた時、そこではレイとニラシスが冷蔵用のマジックアイテムがあったら中に何をいれるのかといった話で激戦となっていた。
肉や野菜といった食材をそのまま入れておくと主張するニラシスに対し、レイはきちんと料理をして入れておくと主張する。
ニラシスの提案は、食材だけであるのでそこまで場所を取らず、それでいて自分達で好きに料理を出来るというもの。
レイの提案は料理をしてあるので食べる時に非常に楽……それこそ少し温めるなりなんなりすればいいというもの。
ニラシスの意見に対し、レイは食材だけならそれこそダンジョンで倒したモンスターの肉を使えば幾らでも入手出来るのだから、わざわざ冷蔵用のマジックアイテムを使わなくてもいいと反論する。
レイの意見に対し、ニラシスは料理として冷蔵用のマジックアイテムに収納しておくのなら、場所を取りすぎてあまり持っていけないと主張する。
それぞれの意見は一長一短があり、どちらが正しいという訳でもないのだが、それでもやはり自分の意見こそが合っていると思えるのだろう。
「……冷蔵用のマジックアイテム、実は結構人気なのでは?」
話を聞いた猫店長は、思わずそんな風に言う。
レイによって駄目出しをされ、実際に売れ残っていることもあって別のマジックアイテムを取ってきたのだが、それで戻ってきてみればこうして冷蔵用のマジックアイテムについて言い争っているのだから、そのように思っても仕方がない。
「いや、買うにしてもこの大きさだとちょっと無理だけどな」
ニラシスがレイとの言い争いを止め、猫店長に言う。
ニラシスにしてみれば、レイのミスティリングのような腕輪……あるいは腕輪ではなくても、アクセサリに近い形のマジックアイテムであれば、是非とも購入したいと思う。
……もっとも、アクセサリになったことによって収納出来る量が極端に減ったりしていれば話は別だったが。
ともあれ、今の大きさではポーターに持ち運びをさせるにも、負担が大きすぎる。
「そうですか。……残念です。この冷蔵用のマジックアイテムについては、また後で何か考えましょう」
そう言い、猫店長は冷蔵用のマジックアイテムをカウンターの上からよせる。
代わりにカウンターの上に置いたのは、一つの指輪だった。
「これは?」
「使用者の魔力を使って障壁を作るマジックアイテムです」
「それは……あー……うん」
微妙な……本当に何と言えばいいのか微妙な様子のレイ。
猫店長は、そんなレイの様子を見て大袈裟な動きで首を傾げる。
猫店長にしてみれば、このマジックアイテムはそれなりに自信があったのだろう。
実際、指輪を持っているだけで魔力による障壁を張ることが出来るというのは、冒険者にとっては心の底から欲しいと思ってもおかしくはない。
それを示すように、ニラシスはカウンターの上の指輪に熱い視線を向けている。
「お気に召しませんか?」
「お気に召さないというか……こういうのがある」
不思議そうな様子の猫店長に、レイはミスティリングの中から防御用のゴーレムを取り出す。
ボウリングの球のような形のゴーレムは、レイが手を離すと空中に浮かぶ。
「え?」
猫店長の口からそんな声が漏れる。
ニラシスは声も出せずに目の前に浮かぶ球体を見ていた。
「これは防御用のゴーレムだ。それなりに難しい指示もこなすだけの柔軟性を持っている。……ゴーレム、自分の周囲に魔力障壁を張れ」
レイの指示に、防御用のゴーレムは即座に反応し、障壁を張る。
「こんな感じだ。この障壁である程度の人数を守ったりも出来る」
「それは……なるほど、素晴らしいですね。このようなゴーレムを自由に使えるのなら、確かにこの指輪は必要ないかもしれません」
しみじみと言う猫店長だったが、実はレイはこの防御用のゴーレム以外にもデスサイズのスキルにマジックシールドがある。
この指輪が使用者の周囲に魔力による障壁を張るというのなら、防御用のゴーレムよりもデスサイズのマジックシールドの方が似た傾向だろう。
正確には魔力による障壁ではなく、光の盾だが。
ただ、マジックシールドは一度使用すれば複数枚の光の盾が生み出され、しかもレイが意識しない時はオートで動くという、そういう意味ではかなり便利なスキルだ。
それと比べると、自分の周囲に魔力による障壁を張るというのは……
「この指輪で生み出された障壁は、どのくらいの攻撃を防げるんだ?」
「かなり強力な攻撃も防げます」
「……いや、だからその強力な攻撃というのが具体的にどのくらいの威力なのかが分からないんだが」
例えば、ニラシスの一撃は間違いなく強力な一撃だろう。
だが、レイがデスサイズを振るった時の一撃と比べると、どうしても劣る。
猫店長の言う強力な一撃というのが、ニラシスの一撃を想定しているのか、あるいはレイの一撃を想定しているのかで、大きく変わってくる。
レイの一撃を防げるといった認識だったが、実際にはニラシスの一撃を何とか防げるような障壁であった場合、いざという時にそれが致命傷となってもおかしくはない。
だからこそ、どのくらいの一撃なら防げるのかを猫店長にレイは聞いたのだが……
「そう言われましても、私はあくまでも商人なので……ああ、それなら一度レイが使ってみますか? それなら問題はないでしょう」
「……いいのか?」
「ええ。レイならまさかそのまま奪っていくということはしないでしょうし」
「それはまぁ」
レイにとって、この指輪を自分が買う価値があるのかどうかというのがそもそも分からないのだ。
そうである以上、そんな不明の物を奪うといったことは考えていない。
「ですから、一度使ってみて下さい」
「分かった。魔力を少し流すと自動的に起動するのか?」
「はい。普通のマジックアイテムを使う気でどうぞ」
猫店長の言葉に頷き、レイは指輪を嵌める。
新月の指輪以外の指輪の類を嵌めた経験は殆どないので指に少し違和感あったが、それでも試しということであまり気にせず、指輪を起動させ……次の瞬間、レイの指輪を嵌めた方の手……右手に魔力による盾が生み出される。
「……なるほど。こういう感じか。ニラシス、ちょっと軽くだけど殴ってみてくれ」
「え? ああ、分かった」
生み出された魔力の障壁に目を奪われていたニラシスだったが、レイの言葉に障壁を狙って拳を振るう。
がん、と。そんな音が店の中に響く。
ニラシスも全力で魔力障壁を殴った訳ではないので、痛がってはいない。
「どうだ? 頑丈さは」
「そうだな。軽く殴った程度だが、それなりに頑丈なように思う。……この魔力障壁は動かせるのか?」
ニラシスの言葉に、一歩下がる。
するとそんなレイの動きに従うように、魔力障壁はレイと同じように動く。
「なるほど。……こうして見た感じだと、それなりに使いやすそうだな」
「でしょう?」
「……ただ、俺が持っているゴーレムと比べると、ちょっとな。戻ってこい」
レイの言葉に従い、ゴーレムは魔力障壁を消してレイの手元に戻ってくる。
「こんな具合に、こっちの指示に素直に従ってくれる。このゴーレムがいれば、離れた場所にいる相手を守ることも出来るし。……ちなみに、猫店長の指輪もそれなりに防御力は高いらしいが、このゴーレムの場合は俺の魔力を使って障壁を張るから、それこそかなりの頑丈さでもあるな」
「ぐ……」
レイの説明に、猫店長は呻く。
だが、すぐに気を取り直したかのように口を開く。
「そのゴーレムは確かに素晴らしいです。それは間違いありません。ですが、この指輪とそのゴーレムでは、魔力によって障壁を張るというのは同じでも、使用用途が違います」
「具体的には?」
「この指輪はあくまでも使用者を守る物ですが、レイさんのゴーレムはそれに限りません。もっと広い範囲で行動するのに相応しいかと」
「まぁ……それは否定しない」
実際、レイがこのゴーレムを特注で作って貰ったのは、自分を守る為ではない。
例えば護衛対象がいる時、その対象をゴーレムで守って、自分は戦闘に専念するのが目的で作って貰ったのだ。
レイは自分の戦闘力に自信はあるものの、だからといって護衛……言い換えれば足手纏いがいれば、当然ながらその実力は完全には発揮出来ない。
そういう時の為に、レイは護衛用のゴーレムを作って貰ったのだ。
実際、今まで何度か護衛……という訳ではないが、庇うべき相手を防御用のゴーレムで守っている。
そういう意味では、十分に当初の予定通りの行動をすることが出来ていたのだ。
だからこそ、猫店長に今のようなことを言われても否定せず、寧ろ積極的に同意すらする。
「でしょう? なら、ゴーレムは仲間を守る為に使い、この指輪はレイさんが自分の身を守る為に使う。そのようなことも出来るのではないですか?」
「……そういう考えもあるけど、俺好みじゃないな」
元々レイの戦闘スタイルは、敵の攻撃を防ぐのではなく、回避したり受け流したりして、敵の攻撃を無力化することが多い。
勿論、そういう戦闘スタイルだからといって、全く敵の攻撃を受けない訳ではない。
実際に今までもそんなに数は多くないが、敵の攻撃を回避したり受け流したりといったことが出来ずに受けたことはあるのだから。
だが……そういう時の為のドラゴンローブだ。
数百年を生きたドラゴンの鱗や革を使ったこのドラゴンローブは、それこそその辺の鎧とは隔絶した防御力を持つ。
事実、レイが攻撃を受けた数少ない事態であっても、相応に大きなダメージは受けたものの、それでも致命傷とまではいかなかったのだから。
そんなドラゴンローブがある以上、わざわざ魔法障壁の指輪が必要かと言われると……微妙だろう。
マジックシールドの件もあるので、余計に防御という意味では……
(うん?)
やはり断ろう。
そう思ったレイだったが、ふと思いつく。
確かにこの指輪はレイにとってそこまで重要ではない。それは事実だ。
だが……それは防御用のゴーレム、ドラゴンローブ、マジックシールド、そして何より高い身体能力で敵の攻撃を回避出来る自分だからだ。
そうでない者……例えばエレーナ達の場合はどうか。
勿論、エレーナ達も全員が一流、あるいはそれ以上の使い手だ。
そう簡単にダメージを受けるようなことはないだろう。
しかし、それでも万が一ということがある。
「この指輪、これ一個か?」
「……え?」
猫店長の口から、間の抜けた声が上がる。
だが、それも当然だろう。
先程までは護衛用のゴーレムを理由にこのマジックアイテムは購入しないという話の流れだったのが、一瞬にしてそれが変わったのだから。
一体何があってそうなったのかは、猫店長にも分からない。
分からないが、それでもレイがこの指輪を購入する気になったのは間違いなかった。
「この指輪は、これともう一個同じのがありますね」
「……二個か。それはまた微妙な」
猫店長の言葉に、レイは微妙な気分になる。
例えばこれが、三個あれば何の問題もない。
もしくは、五個でも問題はないだろう。
だが……二個。
これなら、寧ろ一個の方がいい。
(とはいえ、マリーナは基本的に後衛だし。そう考えると二個でも悪くない……のか?)
前衛で戦う、エレーナとヴィヘラ。
……実際には、ヴィヘラは前衛、それもゼロ距離に近いくらいの至近距離での戦いを好むが、魔法を使い、連接剣のミラージュを鞭状にしても使えるエレーナは正確には前衛も出来る中衛、あるいはオールマイティにどの距離でも戦える万能型と表現するのが正しい。
精霊魔法と弓を使うマリーナと比べると、どうしてもその二人の方が敵と近い距離で戦う可能性が高い。
なら、その辺りのことを考えてエレーナとヴィヘラの二人にこの指輪を渡せばいいのではないか。
そう判断したレイは、猫店長に頷く。
「じゃあ、この魔力で障壁を張れる指輪を二つくれ」
「……勧めておいてなんですが、結構な値段になりますよ?」
「分かってる。効果もそれなりに大きいし、魔力で障壁を張れるというのはかなり便利なマジックアイテムだ。その値段が高いのは、俺にも理解出来る。けど、言ってみればそれだけだろう?」
「それだけ……とは?」
「例えば、この指輪を買うのに何らかの別の条件……特定のモンスターの素材を持ってこないと駄目だとか、そういうことじゃなくて」
「それはまぁ、そうですね」
「なら、問題はない。売ってくれ」
「こちらも商売なので、買うと言うのであれば構いませんが」
そう言う猫店長に指輪二個の値段を聞く。
その値段は横で聞いていたニラシスも頬を引き攣らせるような値段だったが、それでもレイはあっさりとその金額を支払うのだった。