3677話
猫店長がまずはこれ……と言って出してきたのは、ポーション。
ただし、当然ながらこのような状況で出されるポーションである以上、普通のポーションではない。
「これはまた……随分と色の濃いポーションだな」
そう言うレイに、猫店長は自慢げに頷く。
猫の着ぐるみを着ているが故の大袈裟な動作だったが、本人がそれを気にしている様子はない。
「このポーションは私が仕入れた中でもかなり高性能なポーションだよ。最低でも手足が切断されたくらいなら、くっつけることが出来る。……まぁ、切断された手足が残っていなければ無理だけどね」
「最低でもってことは、それ以上の効果があるのか?」
「そうだね。例えば瀕死の重傷であっても、このポーションを使えば即座に治療が終わる。そのくらいには効果の高いポーションだと思ってもいいよ」
その言葉に、レイは改めてポーションを見る。
レイも効果の高いポーションはそれなりにストックしている。
そんなレイのポージョンと比べても、明らかにこのポーションは上位に位置するだけの性能を持つ。
「凄いポーションなのは間違いないな。……けど、このポーションはどうやって入手したんだ? もしかして、ガンダルシアにあるダンジョンはこういうポーションが出るのか?」
元々レイがガンダルシアにやって来たのは、ダンジョンから見つかるマジックアイテムを求めてというのもある。
そういう意味では、ダンジョンでこのような高品質なポーションが入手出来るのなら、言うことはない。
「いや、俺が聞いた話だと、久遠の牙でもこういうポーションはダンジョンで見つけてないらしいんだが」
ニラシスがそう口を挟む。
現在ガンダルシアのダンジョンで最も深い場所を攻略しているのは、久遠の牙というパーティだ。
ニラシス達もそれなりに深い場所を攻略しているものの、それでもまだ久遠の牙には追いついていない。
しかし、そのような状況だからこそ久遠の牙の情報にはしっかりと気を配っている。
もしこれだけのポーションを見つけたのなら、噂くらいは流れてきてもいい筈だ。
……それ以前に、手足が切断されても繋がったり、瀕死の重傷であっても癒やす程のポーションだ。
ダンジョンを攻略する上で、このようなポーションは必須だろう。
いざという時のことを考えれば、これだけのポーションは売るよりも自分達で持っておくと考えるのが自然だ。
それだけに、わざわざ売るとは思えない。
これがニラシスの判断で、そう説明されればレイも同意する。
このようなポーションが頻繁に入手出来るのなら、持ちきれない量をマジックアイテム屋に売って、それで装備を調えるなり、もっと便利なマジックアイテムを買うなりしてもいい。
だが、ニラシスが言うように現在の久遠の牙でもこのようなポーションを入手出来ないのなら、こうして売りに来る筈はない。
「このポーションはダンジョン産じゃないのか?」
「そうだよ。冬前だったかな。錬金術師が売りに来たんだ。見ただけで効果が分かるだろう? ああ、勿論外見だけではなく、品質についてもきちんと調べてあるから安心して欲しい」
「……こんな高品質なポーションを作れる錬金術師か」
出来れば会ってみたかった。
そう思うレイだったが……
「残念だけど、雪が降る前にもう旅立った筈だよ」
猫店長のその言葉に、レイはがっかりする。
もしかしたら……そう思ったのだが、どうやらその錬金術師に会うのは無理らしい。
「となると、あるのはこのポーションだけか? どうせなら、在庫分を全部買ってもいいけど」
レイとしては、ポーションは幾らあってもいい。
普通ならポーションの入っている瓶が割れたりすることを考え、あまり大量に持ち歩くことは出来ない。
しかしレイの場合は、ミスティリングがある。
その中に入れておけば、割れる心配はなかった。
だが、そんなレイの言葉に猫店長は首を横に振る。
「レイさんには悪いけど、一人だけにこのポーションを売るようなことは出来ないな」
「……そうか」
出来れば欲しかったが、猫店長がそう言う以上、無理は言えない。
とはいえ、出来るだけ効果の高いポーションは持っておきたい訳で……
「どのくらいなら売ってくれる?」
全てを買いたいと言って断られたのなら、猫店長が許容出来る限りの本数を買えばいいだけだと考えを変える。
「うーん、そうだね。二……いや、どう頑張っても三本かな。このポーションは、ダンジョンを攻略する上で多くの者に使って欲しいからね」
「分かった。それでいい。じゃあ、三本で」
もう少し頑張れば、四本……もしくは五本購入出来たかもしれない。
だが、ここで無理に食い下がるようなことをすれば、それは猫店長の自分に対する印象を悪くする。
そうなれば、ここで高品質なポーションを多少多く入手しても、それ以外のマジックアイテムは売って貰えなくなるかもしれない。
もしくは、普通のマジックアイテムは売ってはくれるが猫店長の秘蔵の品といったような特別なマジックアイテムは売ってくれないという可能性もあった。
そんな諸々について考えれば、やはりここで欲を掻くのは悪手だろう。
普通の……その辺に幾らでもいるような商人なら、金次第で全て売ってくれるだろう。
だが、この店は色々な意味で特殊だ。
猫店長の趣味でやってるような店である以上、商人としてよりも自分の売りたい相手に売るといったことをしてもおかしくはなかった。
実際、弱い相手にはマジックアイテムを売らないと公言しているのだから。
まずはポーションの代金を支払い終え、ポーションを受け取ってミスティリングに収納する。
なお、そのポーションの代金は仮にもこのガンダルシアで攻略組として活動している筈のニラシスの表情が引き攣る程度には高額の値段だった。
「さて、ポーションはこれでいいとして、次はどんなマジックアイテムがある?」
「うーん、そうですね。……冷たい箱に入れて食料を長持ちさせるというマジックアイテムもありますが……」
「アイテムボックス……ミスティリングがあるからいらないな」
「そうなんですよね」
猫店長が言ったのは、レイがハルエスと一緒に屋台を回った時に果実水を売っている屋台で話したマジックアイテムだ。
あの時の話では、冷蔵用のマジックアイテムはそう簡単に買えないということだったが、この店にはあるらしい。
(とはいえ、猫店長が気に入らないと売らないらしいから、無理だろうけど)
果実水を売っていた屋台の店主は、別に冒険者でも何でもない。
ただの一般人である以上、この店の存在を知るのは相当に難しいだろうし、もし何らかの理由でこの店にやって来ることが出来ても、猫店長がただの一般人に売るとは思えなかった。
つまり、もし果実水の屋台の店長が冷蔵用のマジックアイテムが欲しい場合、今からでも何とか冒険者となってこの店に来て認められる……というのは店長の年齢的にも現実的ではないだろう。
そうなると、誰かこの店で購入出来る者がその冷蔵用のマジックアイテムを購入し、それを果実水の屋台の店長に売るといったところか。
(あ、俺か?)
猫店長にマジックアイテムを買うのを認められており、それでいて果実水を売っている屋台の店長と知り合い。
そうなると、レイが思い当たるのは自分しかなかった。
もっとも、だからといって絶対に自分がそれをやる必要があるのかと言われれば、微妙なところではあったが。
「レイさん? どうしました?」
猫店長が何かを考え込んでいるレイの様子に疑問を抱いて尋ねる。
猫店長にしてみれば、ミスティリングを持っている以上、冷蔵用のマジックアイテムを出しても、レイは決して欲しがらないと思ったのだ。
だというのに、実際にはこうして考え込んでいるのを見れば、疑問に思うなという方が無理だった。
「いや、ちょっとな。……猫店長は屋台街を知ってるか?」
「はい、知ってます」
「……そうか。知ってるのか」
自分で聞いておきながら、猫店長が知ってると言うとそんな言葉を漏らすレイ。
外に出る時も猫の着ぐるみを着ているのか、それとも外に行く時は猫の着ぐるみを脱いでいるのか。
それが気になったのだが、何となくそれについて聞いても答えては貰えないような気がしたので、その辺については考えずに言葉を続ける。
「その屋台街だけど、そこに果実水を売ってる屋台があるんだよ。ただ……買って飲んでみたけど、温くてな。これがギルムなら、冷蔵用のマジックアイテムを使って冷えた果実水を出していたりするんだが」
ギルムで果実水を売っている屋台では全てが冷蔵用のマジックアイテムを使ってるといったような言い方をしたレイだったが、実際には違う。
あくまでもレイが買う時には、冷蔵用のマジックアイテムで冷えた果実水を売っている屋台から買っているだけでしかない。
寧ろ割合だけで言うのなら、ギルムで果実水を売っている屋台……いや、屋台ではなく店を含めて考えても、冷蔵用のマジックアイテムを使っている店の方が少ないだろう。
「なるほど、そこでこの話が出た……ということですか。ですが、私はそのような相手にこの冷蔵用のマジックアイテムを売るつもりはありません」
だろうな。
レイは猫店長の言葉を聞いて、そう思う。
猫店長の趣味……もしくはポリシーと言ってもいいのかもしれないが、それを考えると、やはり冒険者でも何でもない屋台の店主にはマジックアイテムを売るつもりにはなれないのだろう。
「猫店長の言いたいことは分かるけど、この冷蔵用のマジックアイテム……普通の冒険者なら、必要だと思うか?」
「それは……」
これが例えば、アイテムボックスであれば話は別だろう。
だが、小さな冷蔵庫くらいの大きさを持つ箱形の冷蔵用のマジックアイテムでは、冒険者がダンジョンに挑む際に持ち歩くのは非常に不便だ。
ダンジョンではなく、普通の冒険者……それも馬車の類を持っている冒険者なら、食材や料理を長時間保存出来る冷蔵用のマジックアイテムはあったら便利かもしれない。
だが、このガンダルシアにおいては基本的に冒険者というのはダンジョンに潜る者達のことだった。
勿論、護衛の依頼や盗賊の討伐といったような、ダンジョンに直接潜らないような依頼もあるので、絶対に冷蔵用のマジックアイテムが役立たずという訳でもないのだが。
「そんな訳で、考えを変えるか、あるいは売れないのを承知の上でずっとそのマジックアイテムを持っておくか……その辺の考えは猫店長次第だと思うけど、どうするのかはよく考えた方がいい」
「……むぅ」
レイの言葉に猫店長が呻く。
実際、こうしてレイに勧めたのも、冷蔵用のマジックアイテムをレイが買ってくれないかという思いからの行動だった。
それだけ、この冷蔵用のマジックアイテムは売れ残っているのだ。
元々この店に来る者はそう多くはなく、猫店長が自分の店の客として認める相手となると、更にその数は減る。
趣味でやっている店である以上、純粋な店の利益については考えなくてもいい。
その点では気楽なものだったが、それでもいつまでもマジックアイテムが売れ残るというのは好ましくないのも事実。
「とにかく冷蔵用のマジックアイテムの件はその辺にして、もっと他に何かないか? ポーションはかなり高品質だったけど……」
「分かりました。少し待って下さい」
そう言い、猫店長は部屋の奥に向かう。
「おい、レイ。そんなことを言ってもいいのか? 怒らせたらどうするんだ?」
「その辺についてはそこまで気にしなくてもいいと思うぞ。あの程度のことでは怒らないと思うし」
レイの言葉に信じられないといった様子のニラシスだったが、レイにしてみればマジックアイテムを売っているという自負があるのなら、今のやり取りで怒るようなことはないだろうと思えた。
……それで怒るのなら、それはそれで仕方がないという思いもあったが。
「それにしても、あの冷蔵用のマジックアイテム……魅力的ではあるんだよな」
話を逸らすという訳でもないだろうが、ニラシスがそう言う。
「そうか?」
「ああ。ダンジョンでは場合によっては数日泊まり掛けというのも珍しくない。転移水晶があっても、ダンジョンの広さを考えると、どうしてもそういうことになるのは避けられない。だからこそ、俺から見たら冷蔵用のマジックアイテムというのはかなり魅力的なんだよ」
食事というのは、士気に大いに影響する。
干し肉や焼き固めたパンといった保存食でも腹は満ちる。
空腹の状態よりも士気が下がらないのは事実だろう。
だが、冷蔵用のマジックアイテムとなると、それなりにきちんとした料理を持ち歩ける。
そうなれば、食事で体力と気力を回復し、士気も上がる。
……ただ、問題なのはやはりその大きさだった。