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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3676/3865

3676話

 エスタ・ノール。

 それはレイにとっても大きな意味を持つ名前だった。

 レイを……正確にはレイの魂をこの世界に連れてきたゼパイル率いる、ゼパイル一門の一人で、歴史上最高の錬金術師と呼ばれる人物なのだから。

 死んでから数百年が経っても未だにエスタ・ノールを超える錬金術師が出て来ていないことを思えば、エスタ・ノールが一体どれだけ凄い錬金術師なのかが分かる。

 ……レイの今の身体、魂だけでこのエルジィンにやって来て、その魂が宿ったその身体も、ゼパイル一門の手によって作られた以上、エスタ・ノールが関わっているのは間違いない。

 いや、錬金術師という立場上、間違いなく関わっているだろう。

 他にもドラゴンローブやミスティリングを始めとした、レイがこの世界に来た時から使っているマジックアイテムは全てがエスタ・ノールの手による物だ。

 そんなエスタ・ノールの作ったマジックアイテムが、猫の着ぐるみ。

 たっぷりと数分固まったところで、ふとレイは今更ながらにこの身体で目が覚めた時……魔の森のゼパイル一門の拠点にあった写真を思い出す。

 そこには学生服を着ていた、タクム・スズノセが写っていた。

 学生服を着ていたことや、魔獣術のアナウンスメッセージのことを考えると、レイと同じ時代……あるいは多少は違っても、近い時代の人物なのは間違いない。

 そこまで思い浮かぶと、何となく……本当に何となく猫の着ぐるみの謎が理解出来た。


(多分……本当に多分だけど、タクムの入れ知恵とかそんな感じなんだろうな。だとすれば、もしかしたら東京……いや、千葉か? 名前は東京だけど実際は千葉だった筈だし。とにかくその辺の出身なのかもしれないな)


 レイも小学校の時に一度だけ行ったことがある、日本最大の遊園地を思い出しながら、そう思う。

 実際にどうなのかは分からない。

 分からないが、何となくそれが間違っていないような気がしたのは事実。


「レイ?」


 固まったまま考えに夢中になっていたレイに、ニラシスがそう声を掛ける。

 その言葉で我に返ったレイは、改めて猫店長を見る。

 猫の着ぐるみ……とはいえ、二足歩行の猫といった感じの着ぐるみだ。

 顔は猫をリアルにしたといった感じではなく、デフォルメをしたかのような、そんな愛らしい顔。


「えっと……猫店長。その着ぐるみが本当にエスタ・ノールの作品なのか?」

「ああ、勿論だとも」

「……一体何を考えてそんな着ぐるみのマジックアイテムを?」

「間抜けに見えるかもしれないが、これは身体能力を強化してくれる効果もあるし、その辺の鎧よりも強い防御力を持っている」

「とはいえ……暑くないのか? 今はまだ春だからいいけど、夏になったら地獄じゃないか?」


 レイ本人はやったことがないが、日本にいた時に見たTVや漫画といったもので、着ぐるみの中が非常に暑いというのは聞いたことがある。

 これが冬ならともかく、今は春だ。

 そう遠くないうちに夏になる以上、その時に着ぐるみの中にいるのは地獄ではないのか。

 そう思って尋ねたのだが……


「ああ、平気だよ。この着ぐるみはエスタ・ノールの作品だと言っただろう? 当然ながら、その辺の対策はしてある。夏は涼しく、冬は暖かいんだ」

「何……だと?」


 猫店長の説明で真っ先に思い浮かんだのは、エアコン。より正確にはドラゴンローブにある隠蔽とはまた別の能力である、簡易エアコン。

 それと全く同じ効果ではないのかと、そう思ったのだ。

 同一人物が作ったマジックアイテムだと考えれば、それは別におかしなことではない。

 おかしなことではないし、理屈では納得出来るものの、それでも感情的に何となく納得出来ないのも事実。

 ドラゴンローブと猫の着ぐるみ。この双方に同じ効果があるというのはレイにとって微妙な気持ちを抱かせるには十分だった。

 せめてもの救いは、ドラゴンローブの方がより洗練されたマジックアイテムであったということか。

 ……ドラゴンローブと猫の着ぐるみのどちらがより新しいマジックアイテムなのかは、実際にはレイには分からなかったので、そうだろうと思い込んでいるのだが。

 これでもし猫の着ぐるみの方がドラゴンローブよりも新しいマジックアイテムだとしたら、恐らく……いや、確実にレイはショックを受けていただろう。


「どうかしたのかい? エスタ・ノールの作品はどれもが素晴らしい品だ。この着ぐるみにそのような効果があっても、おかしくないと思うのだが」


 違う。

 そう言いたいレイだったが、それについて言えばドラゴンローブもエスタ・ノールの作品であると説明しなければならなくなる。

 もっとも、エスタ・ノールが作った猫の着ぐるみを使っている……着ている猫店長だ。

 そうである以上、ドラゴンローブが誰の作品なのか分かってもおかしくはない。


「いや、何でもない。随分と凄い着ぐるみだと思っただけだ」

「だろう?」


 レイの言葉に、満足そうな様子の猫店長。

 猫店長にしてみれば、エスタ・ノールが作った猫の着ぐるみはそれだけ自慢の品なのだろう。

 レイにとっては、何らかのイベント……それこそ祭りとかそういう時に着ぐるみをというのであれば納得も出来るが、普段から猫の着ぐるみですごすというのは理解出来ない。

 そんなレイの疑問は、次の猫店長の言葉で解決する。


「この店では、私が認めた相手……具体的には、この店で取り扱っているマジックアイテムを使うのに相応しいと思った相手だけにしか売らないんだけど、中にはそれが許せないという者もいてね。力ずくでどうにかしようと思う者もいるんだ。そういう時、この着ぐるみがあれば安心なのさ」

「安心……か?」

「ああ。こう見えて、かなり高い防御力を持ってるんだ。外見は着ぐるみだけど、これでもマジックアイテムだしね。……もっとも、防御力はあくまでもある程度だ。深紅の異名を持つ君の攻撃は、とてもじゃないけど防げないだろうね」

「そういうものか。……まぁ、それはそれとしてだ。今の言葉からすると、俺にマジックアイテムを売るのは問題ないと思ってもいいのか?」


 猫の着ぐるみを着た店長という、とんでもない相手を見て、すっかりこの店に来た理由を忘れていたレイだったが、そもそもこの店にはマジックアイテムを目当てにやって来たのだ。

 このような場所にあり、しかも外見からは普通の家にしか見えず、ましてや扉を直接ノックするのではなく、近くにあった木の板を使って来店を知らせるといった手段を使わなければ、店の中に入ることも出来ないのだ。

 本当に商売をする気があるのか?

 そう思わないでもなかったが、猫店長の様子を見る限りだと趣味でこの店をやってるようにも思える。

 しかし、それはレイに落胆ではなく期待を抱かせる。

 趣味でやっているということは、それだけ自分の納得したマジックアイテムだけを取り扱っている可能性が高い。

 であれば、趣味の店だけに値段は高額かもしれないが、それでもレイが欲する物……具体的には、レイが集めるような冒険者としての活動で使える物があるのではないかと思えたのだから。


「ああ、勿論だとも。その……ただ、交換条件って訳じゃないんだけど、ちょっとお願いがあるんだけど」

「何だ?」

「噂だと、君はアイテムボックスを持ってるって話だけど、本当なのかい? 勿論、今売られているような劣化品じゃなくて、本物のアイテムボックスだ」


 猫店長の言う本物のアイテムボックスというのは、レイが持っているミスティリングのことだろう。

 そして劣化品と言ってるのが、エレーナが持ってるような限定的な効果しか持たないアイテムボックスのことなのは間違いない。

 もっとも、エレーナが持ってるようなアイテムボックスであっても、高ランク冒険者であってもそう簡単に買えるような物ではないのだが。

 それでもやはり本物のアイテムボックスを知ってる者にしてみれば、劣化品という認識になるのだろう。

 時間の流れが遅くはなるが、停止するといったことはないので、レイのように食材や料理を保存するのには向いていないが、予備の武器であったり、宝石であったりといった時間の経過についてそこまで気にしなくてもいい物を入れておく分には便利だった。

 ともあれ、ミスティリングを見せて欲しいという猫店長の要望は、レイとしてもそこまで問題はない。

 マジックアイテムについて強い興味を持っている者にしてみれば、ミスティリングに興味を持つなという方が無理なのだから。

 ましてや、レイのミスティリングはドラゴンローブと同じく、エスタ・ノールの作品だ。

 同じエスタ・ノールの作品である猫の着ぐるみを着ている猫店長にしてみれば、垂涎の品だろう。


「見せるのは構わないが、売ったり譲ったりといったことは出来ない。もし奪おうとした場合、俺も相応の対応をする。それでもいいのなら見せるが、どうだ?」

「それで構わないよ」


 あっさりとそう言う猫店長に、レイは右手の手首に嵌まったままのミスティリングを見せる。

 外して見せてもいいのだが、まだ猫店長とは会ったばかりである以上、そこまで信用することは出来なかった。

 猫店長も、そんなレイの行動に不満を抱いたりといったことはせず、素直にレイの右手首に嵌まっているミスティリングを見る。

 最初は興味深そうな様子で……それこそ自分の好奇心を満たすためにミスティリングを見ていた猫店長だったが、やがてとあることに気が付く。


「おや? レイ……このアイテムボックス……もしかしたら、エスタ・ノールの作品じゃないかな?」

「正解。よく分かったな」

「癖が私の着ぐるみと似ているし、今まで何度か見たことがある、他のエスタ・ノールの作品と似ていたしね。それにしても……エスタ・ノールの作品というのは非常に貴重なのだが、よく持ってるね」

「俺の師匠のお陰だな」


 実際にはエスタ・ノールがゼパイル一門に所属しており、その為にこうしてエスタ・ノールの作ったマジックアイテムを複数持っているのだが、その件については話せる内容ではない。


(となると、セトのマジックアイテムも秘密にしておいた方がいいな。……セトを連れてこなくてよかった)


 セトの持つ剛力の腕輪も、当然ながらエスタ・ノールの作品だ。

 もしここにセトがいれば、猫店長のことなのですぐにでもそのことに気が付いてもおかしくはなかった。


「師匠か。随分といい師匠みたいだね」

「それは否定しない。俺を子供の頃から育ててくれた人物だしな」


 実際には色々と違うのだが、それを言える筈もないので誤魔化しておく。

 レイの言葉に納得した猫店長は、改めてレイの右手首のミスティリングをじっと見る。


「ありがとう。素晴らしい品を見ることが出来て、嬉しく思う」

「喜んで貰えて何よりだよ。それで、これでマジックアイテムを売ってくれるんだよな?」

「それはそうだろう。ここまで騒いで、マジックアイテムを売らないなんてことはない筈だ」


 レイと猫店長のやり取りを黙って見ていたニラシスだったが、レイの言葉にそう言う。

 そんなニラシスの言葉に、猫店長は少し困った様子を――これもまた雰囲気的にだが――見せつつ、頷く。


「勿論、ここまでして貰った以上、マジックアイテムを売らないということはないよ。ただ……品揃えにはそれなり以上に自信はあるけど、レイの持っているマジックアイテムを見ると……」


 大袈裟な様子で首を横に振る猫店長。

 それは猫店長が着ぐるみを着ているからわざとらしくそうしているのか、それとも自分でも気が付かないうちに自然とそうなってしまっているのか。

 レイにもそれは分からなかったが、今はそれよりもこの店で売られているマジックアイテムだ。


「どういうのがお勧めなんだ?」

「うーん、そうだね。……逆に聞くけど、レイはどのようなマジックアイテムが欲しいんだい? 言っておくけど、エスタ・ノールが作ったマジックアイテムとかは売ってないよ? 私の店にあるエスタ・ノールの作品もこの着ぐるみだけだ。そして私はこの着ぐるみを売るつもりはない」

「いや、別にそれはいいから」


 一定の防御力があり、簡易エアコン機能もある着ぐるみだ。

 相応に高性能なのは間違いないが、着ぐるみはどうしても目立つ。

 いわゆるネタ装備と呼ぶべき物を欲しいとは、レイも思わなかった。

 ……実際には高性能なので、性能だけを求めるのなら欲しがる者も多いのだろうが。


「そうですか? 快適なんですけどね」


 自分で着ぐるみは売らないと言っているのに、レイがいらないと言うと残念そうな様子を見せる。

 それに対して、レイはどう反応すればいいのか迷うのだった。

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