3673話
「今回は随分と時間が余ってしまったな」
死屍累々といった様子の訓練場を見ながら、レイが呟く。
そこには最下位クラスの生徒達が倒れている。
何人かは意識を保っていたり、気絶から目覚めていたりするが、気絶している者が大半となる。
最初はやる気のない生徒達が多かった。
しかしレイとマティソン、アルカイデの会話を聞いて、このままだと本気でこの冒険者育成校を退学させられると判断したのか、最終的には全員がやる気になったのだが……例えやる気になったとしても、結局のところ最下位クラスなのは違いない。
他のクラス……特に一組のような上位クラスと比べると、その強さは当然ながら劣る。
そしてレイとの模擬戦では、それこそ一組の生徒達ですら勝つことが出来なかったのだ。
そう思えば、こうして一方的に負ける……それこそ蹂躙といった表現が相応しいくらいの負けっぷりはおかしな話ではない。
そもそもの話、この冒険者育成校の中でも最高のクラスとされる一組であっても、結局のところ冒険者として未熟な者や、これから冒険者として活動していこうと思う者達が集まった中でのことだ。
一組の生徒も、ガンダルシアにおける冒険者の中堅にも入っていない。
とはいえ、何にでも例外はある。
一組、二組、三組のそれぞれのトップたる、アーヴァイン、イステル、ザイードといった者達は、ガンダルシアの冒険者の中でも中堅に入るだけの実力は持っていたが。
「それで、どうする? 時間が余ったけど……やっぱり教官同士での模擬戦をやるのか?」
「いえ、止めておきましょう。残念ながら、生徒達の様子を見る限りでは教官同士で模擬戦をやっても、それを見ることは出来ない者が多いでしょうし」
教官同士の模擬戦は、勿論教官の実力を高めるという意味もある。
だがそれ以上に、生徒達がその模擬戦を見る……いわゆる、見取り稽古といった意味を持つ。
しかし、現在はその見取り稽古を行う生徒達の大半が気絶している状況だ。
そうである以上、ここで見取り稽古を行っても意味はないだろう。
教官達の中には、レイと模擬戦が出来ないのを残念に思っている者も多かったが。
特に昨日レイと話したニラシスは、レイとの模擬戦をやってみたいといった表情を顔に出している。
「模擬戦が出来ないとなると、どうする?」
「うーん……そうですね。レイさんからこれまでどういう冒険をしてきたか聞くというのはどうでしょう? それなら生徒達も起き上がれなくても問題はないですし」
マティソンの言葉に、他の教官達も興味深そうにレイを見る。
レイの……深紅の噂は、吟遊詩人の歌であったり、人伝に聞く噂で、ガンダルシアにも届いている。
だが、吟遊詩人はその歌で生活の糧を稼いでいる以上、多くの人の注目を集める必要があり、そうなると意図的に噂は大きくなる。
人伝の噂は、よりその傾向が大きい。
勿論、それでも何も知らないよりは、吟遊詩人の歌や人伝の噂は重要な情報源となるだろう。
しかし、ここにはレイが……その噂の源たる本人がいる。
であれば、噂についてはどのくらいが真実なのかを、直接聞いてみたいと思うのはおかしくなかった。
マティソンの提案は皆が……それこそ、レイに対して思うところのあるアルカイデですら、賛成したのだから、その噂がどれだけ皆の興味を惹いているのかは明らかだろう。
「そう言われても、話すのはあまり得意じゃないんだが」
吟遊詩人が歌うように物語のように話すといったことは、レイには出来ない。
そうして迷っていると、マティソンがならばと口を開く。
「では、こちらから質問をするので、それにレイさんが答えるという形でどうでしょう? それならレイさんにも答えやすいのではないですか?」
「……分かった。じゃあ、それでいい」
本音を言えば面倒だと思うのだが、ここまで期待の視線を……それも教官達だけではなく、意識のある生徒達からも向けられれば、仕方がないと諦めるしかない。
一応現在の自分は教官という立場なのだからと、そう思いながら。
「それで、何を聞きたい?」
「そうですね。まずは……レイさんが深紅と呼ばれるようになった、ベスティア帝国との戦争。噂では、それこそベスティア帝国軍全てを焼き払ったとか、もっと凄いのになるとベスティア帝国そのものを焼き払ったとか、そういう風に言われてますけど、どうなんでしょう? 後者はさすがに嘘だと思いますが」
ベスティア帝国は、ミレアーナ王国と並ぶこの大陸における二大大国だ。
そのベスティア帝国そのものを焼き滅ぼしたという噂は、さすがに嘘だろうとマティソンも思っている。
しかし、中にはそんな噂をまともに信じているような者もいるのだ。
だからこそ、こうして改めてレイから噂を否定して貰いたいと思ったのだろう。そして……
「どっちも嘘だ」
レイはあっさりと二つの噂を否定する。
「ベスティア帝国軍を炎の竜巻で攻撃したのは間違いないが、焼いたのは俺と同じ戦場にいた連中だけで、別の戦場にいるベスティア帝国軍に被害はなかった」
その言葉に、マティソンは……いや、話を聞いていた者達もどう反応すればいいのか戸惑う。
例えばこれが、十人、二十人を焼いた程度だということであれば、そういうものだろうと納得も出来ただろう。
あるいはベスティア帝国軍の全てを焼いたと言われれば、噂は真実だったのかと驚きもする。
だが……レイの説明からすると、それこそ百人規模を焼き殺したのは間違いないのだろうが、それでもどう反応すればいいのか、迷ってしまう。
凄いのは凄い。それは間違いないものの、だからといって噂が派手だっただけに少し……といった感じか。
同じようなことをやってみせろと言われれば、ここにいる全員が出来ないと言えるだけの戦果なのは間違いないのだが。
「じゃ、じゃあ……その……敵になった相手なら、貴族であっても容赦なくその力を振るうってのは?」
教官の一人が、アルカイデやその取り巻きに一瞬視線を向けながら、そう尋ねる。
アルカイデやその取り巻きは、貴族の血筋であることを何よりの誇りとしている。
そうである以上、貴族の血筋を意味のないものとして扱うというこの噂については、聞いてもいいのかどうか分からなかった。
分からなかったが、強い興味を惹かれたので尋ねてみたのだ。
そんな質問をした教官に、アルカイデの取り巻き達が忌々しげな視線を向ける。
質問をした教官はそのような視線にも気が付くが、それはスルーしてレイの答えを待つ。
レイもアルカイデ達のことは知ってるので、言ってもいいのか? とも疑問に思ったが、質問に答えると口にしたのは自分だ。
その内容が言えないようなもの……例えば穢れの一件であったりすればともかく、この件については特に隠すことでもないので、普通に答える。
「ああ、そうだな。実際に敵対した貴族の四肢を切断したことがある」
ざわり、と。
レイのその言葉を聞いた者達が、教官や生徒の区別なくざわめく。
聞いた方も、まさかここまであっさり言うとは思わなかったらしく、どう反応すればいいのか迷っていた。
「敵である以上、それはおかしなことじゃないと思うが?」
「あー……うん。そうだね」
質問をした者にしても、何と言えばいいのか分からなくなる。
貴族と敵対してもその力を振るうのに容赦はしない。
そう聞いた時、恐らく容赦なく殴るとか、そういうことを言ってるのだと思ったのだろう。
……普通に考えれば、それだけでも十分にもの凄いことなのだが。
だからこそ、まさか四肢切断などという言葉が出て来るというのは、聞いた方にしても予想外だったらしい。
「その!」
「うん?」
静まりかえった中で、いきなり一人の生徒が声を上げる。
突然の言葉だったので、レイも少し驚いて視線を向けた。
気絶していなかった、数少ない生徒の一人が、それでも声を出すのも大変そうな様子を見せながら、それでも何とか口を開く。
今の雰囲気のままでは、色々と不味い。
そう思っての行動だったのだろう。
「レイ教官は今までダンジョンを攻略したことがあるって噂にありましたけど、それは本当ですか?」
「ああ、間違いない。ダンジョンの核を破壊もしている。……ちょっと変わったところでは、ダンジョンになりかけているダンジョンの核……いや、この場合はまだダンジョンになってないから、ダンジョンの核という表現は違うのか? とにかく、そういうのも壊したことがある」
魔熱病の時の一件だった。
流水の短剣を入手したという意味でも、レイにとっては印象強かったのは間違いない。
「それは凄いですね。ダンジョンが出来る瞬間に立ち会うなんて、普通は出来ないですよ?」
「そうだな。滅多にない経験だった」
そしてレイにしてみれば、これ以上ない程にラッキーな出来事だったのも間違いない。
魔熱病のことを思えば、本来ならそのようなことは言わない方がいいのだろう。
だが、ダンジョンの核というのはレイにとって非常に大きな意味を持つ。
冬に行った廃墟のような特殊な例を除き、魔獣術で使えるのは一種類のモンスターにつき一個……正確にはデスサイズとセトがいるので、二個だけだ。
しかし、ダンジョンの核は違う。
何故か毎回地形操作のレベルが上がるのだ。
これが魔獣術の隠し要素なのか、あるいはダンジョンの核はそれぞれがオリジナルの……それこそ一匹しかいないモンスターという扱いになっているのか。
その辺は生憎とレイにも分からなかったが、とにかくダンジョンの核を破壊すると地形操作のレベルが上がるというのはだけは事実。
これは、レイにとって非常に大きな意味を持つ。
例えば魔獣術でも、どのモンスターを倒せばどのスキルが習得できるのか、あるいはレベルアップするかは分からない。
一応、モンスターの使うスキルであったり、その特徴だったりである程度の傾向はある。
あるのだが、中にはそんな傾向とは全く関係のないスキルを習得したり、レベルアップしたりすることも珍しくはなかった。
そんな中、ダンジョンの核はデスサイズで破壊すれば、確定で地形操作のレベルが上がるのだ。
ましてや地形操作はデスサイズが使えるスキルの中でも屈指の大規模な効果を持つ。
純粋な威力という点では多連斬が最強なのだが、スキルの影響を及ぼす規模を考えれば、地形操作は多連斬以上だ。
それこそ多連斬が対個人として強力なら、地形操作は対多数用のスキルといったところか。
だからこそ、レイとしてはダンジョンはまだ幾つも攻略したいと思っているし、このガンダルシアでもそれを狙っていた。
「他にも、ダンジョンになる途中じゃないが、出来てからそう時間が経っていないダンジョンを攻略したりしたな」
こちらは、ギルムからそう離れていない場所に出来たダンジョンの話だ。
このダンジョンに多くのガメリオンが呑まれたせいで、その年のガメリオンの肉が高騰した。
……もっとも、レイはそのダンジョンで大量のガメリオンを確保したので、値段の高騰によるダメージは全くなかったが。
「そういうダンジョンって、普通のダンジョンと違うんですか?」
「普通のダンジョンと言ってもな。ダンジョンは基本的にそれぞれ違うし」
「えっと、じゃあ、このガンダルシアのダンジョンとはどうですか?」
「大分違うな。……というか、そもそも比べるのが間違ってると思うけど」
このガンダルシアのダンジョンは、巨大なダンジョンだ。
だからこそガンダルシアという迷宮都市が出来たのだから。
そんなダンジョンと、生まれたばかりのダンジョンを比べるというのは……そもそもの時点で間違っていた。
二つのダンジョンを比べても、それこそダンジョンであるというくらいの共通点しかないのではないかと思える程に。
「ちなみに、ここのダンジョンにある転移水晶については、非常に珍しいと覚えておくといい。他のダンジョンではこういうのは滅多にないし」
その言葉に、何人かの教官達が頷く。
恐らくこのガンダルシアのダンジョンではない、他のダンジョンに挑んだことがあるのだろう。
「そうなんですか!?」
そしてレイにダンジョンについて聞いた生徒は、レイの答えに驚きの声を上げる。
ガンダルシアのダンジョンしか知らないので、転移水晶というのはあって当然のものとして認識していたのだろう。
(その辺は授業でやらないのか? あ、いや。でもこの冒険者育成校はガンダルシアのダンジョンを攻略する為の冒険者を養成する場所だ。そう考えればおかしくないのか?)
そんな風に思いつつ、レイは自分の経験してきた中でも教えても問題のない話をするのだった。