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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3671/3865

3671話

 ざわり、と。

 教官達が驚く。

 教官達の視線の先にあるのは、模擬戦用の弓で次々と矢を射るハルエスの姿だ。

 射られた矢は、標的として用意された土で出来た人形に次々と突き刺さる。

 今までハルエスは、悪い意味で有名な人物だった。

 ひたすらに純粋なポーターとして活動することに拘り、武器は精々が護衛用の短剣くらい。

 その短剣も、扱いは決して得意とは言えず、例えば前線で戦う者達の短剣を扱う技量と比べると、著しく劣る。

 そんなことから、悪い意味でハルエスは目立つ人物だった。

 なのに、そんなハルエスがこうして次々に矢を射り、しかもその矢は外れることなく標的の土人形に命中している。

 勿論、まだ弓を使い始めたばかりである以上、狙いそのものは荒い。

 矢も土人形に命中はしているものの、頭部に刺さったり、胴体に刺さったり、右肩に刺さったり、足首に刺さったりしている。

 酷い場合には股間を矢が貫くこともあり、それを見た多くの男達は反射的に内股になっていた。


「えっと……」


 ハルエスは、当然ながら自分が注目を浴びているのを知っている。

 自分が悪い意味で有名だったのは、理解している為だ。

 しかし、それでもこうして多くの者に注目を浴びるのは好ましいことではない。

 どうしたらいいのか分からないといったように周囲を見回し、クラスメイト達とも困った様子で視線を合わせ……

 ちょうどそのタイミングで、誰かが手を叩く。

 それは、マティソン。


「さて、そろそろ休み時間も終わりだ。授業を始めるよ」


 そんなマティソンの言葉に救われた表情を浮かべるハルエス。

 あるいはハルエスの困った様子を見たからこそ、マティソンは皆の注目を集めるようなことをしたのかもしれないが。

 ともあれ、そんなマティソンの言葉に従って生徒達が集まってくる。


(人数が少ないな。最下位のクラスだからというのも影響してるんだろうけど)


 冒険者育成校に入学した生徒達の中でも、頭角を現した生徒達はすぐに上のクラスに上がっていく。

 結果として、最下位のクラスに残るのは上のクラスでやっていくだけの才能や実力がない者達……悪く言えば落ちこぼれと呼ぶべき者達だ。

 そのような生徒達だけに、数は当然少ない。

 他のクラスが二十人前後だったのに対し、このクラスは十三人だ。


(そう言えば、日本……というか、地球だと十三ってのは不吉な数字なんだったか)


 ふとそんなことを思うが、別にそれは今の自分にとって重要なことではないだろうと、考えるのを止める。

 その間に、マティソンはハルエスを含めた生徒達にレイの紹介をしていた。


「既に知ってる者も多いと思う。知り合いから話を聞いた者もいるだろう。この人が深紅のレイさんだ。これから教官として君達を含め、この学校の生徒達を鍛えることになる」


 その言葉に、生徒達の視線がレイに向けられる。

 うん? と、その視線を向けられたレイは、少しだけ疑問を抱く。

 今までなら、レイだと紹介されても、その小柄な体格から、生徒達の何人かは本物か? といった視線を向けてくる者もいたのだ。

 そのような疑惑を解消する為にも、生徒達とレイが模擬戦を行ってその実力を見せつけていたのだが。

 なのに、このクラスはレイに疑惑の視線を向ける者はいない。


(まぁ、もう殆どのクラスと模擬戦をしたしな。そういう連中から話を聞いてるんだろう。後は、ハルエスから話を聞いたか)


 ともあれ、侮られないというのはレイにとってもやりやすい。


「ミレアーナ王国の中でも冒険者の本場と呼ばれるギルムにおいて活躍しているレイさんだ。その教えを受けられるのは、冒険者として……それもまだ未熟と判断されている君達にとってはありがたいことだと思う」


 マティソンの言葉に、生徒達のうち半数が期待の視線をレイに向ける。

 だがもう半分は、諦めに近い……もしくは、やる気のない視線をレイに向けていた。


(やる気がないのは、最下位のクラスにいるとなれば仕方がないか。ここでどうにかして上に行くといった気概がないのなら、そもそも冒険者にはならない方がいいと思うし)


 厳しい考え方ではあるが、冒険者というのは基本的に自己責任だ。

 そうである以上、やる気のない者が冒険者になれば、すぐに死んでもおかしくはない。

 あるいは、生徒の中には女も何人かいる。

 もしゴブリンやオークと戦って負けるようなことになれば、それこそ女として最悪の結果となってしまうだろう。

 そのようなことになる前に、冒険者の道を諦めるというのは、決して悪いことではない。

 ……もっとも、冒険者というのは一種のセーフティネット的な役割もある。

 もし冒険者の道を諦めた場合、その者は一体どうやって生きていくのかという問題も出てくる。

 そちらについては、レイもどうこう言うつもりはない。

 本人達がもう冒険者として上に行くのを諦めている以上、冒険者としてやっていくのは難しいというのがレイの予想ではあったが。

 あるいは冒険者としてやっていくにしても、ダンジョンに挑むのではなく街中で行える依頼だけを受けるという方法もある。

 もっとも街中だけで行うような依頼は報酬が安い。

 その報酬で生活をしていくのなら、依頼を受ける際に工夫をし、効率的に依頼をこなし、そして生活も節約が重要になってくる。

 そういう意味では、冒険者として活動するのはやはり難しいのだろう。


「さて、いつもならレイさんと生徒達の間で模擬戦をやって貰うのだが……」


 マティソンが言葉を濁したのは、このクラスの生徒の数が少ないからというのもあるが、やはりやる気のない生徒達が多いというのもあるのだろう。

 ここで模擬戦をやっても、生徒達の為になるのかどうかは分からないと思ったのだろう。


「やります!」


 そう言ったのは、生徒達の中の一人の女。

 マティソンを見る目には、強い上昇志向があり、やる気に満ちていた。

 だが……そこまでやる気を見せているのは、その女一人だ。

 ハルエスを含め、何人かはやる気を見せているものの、それでもやはり半数程はやる気がない。

 そんなクラスメイト達の様子に気が付いたのだろう。

 模擬戦をやると真っ先に言った女が、やる気のないクラスメイト達を睨む。


「ちょっと! 折角異名持ちの教官が来たのよ! これを機会に上に行こうとしないでどうするのよ!」


 十代半ばの女は、自分よりも年上の同級生達に向かって不満を口にする。

 だが、それを聞いてもやる気のない生徒達は視線を逸らすだけだ。


「マティソン、あのやる気のない連中……この学校にいる必要があるのか?」

「一応入学金を支払っている以上、こちらから辞めさせることは出来ないんですよ。もっとも、このままだと……」


 最後は言葉を濁すマティソンだったが、何を言いたいのかはレイにも理解は出来る。

 今は冒険者育成校の最下位クラスとして行動しているものの、生徒達は別に給料を貰ったりしている訳ではない。

 稼ぐには、ダンジョンに行くなり、何らかの依頼を受けるなりする必要がある。

 最下位クラスの生徒達は当然ながら実力もないので、そのようなことも難しい。

 そうなると、今はともかく、このままの生活を続けるのも難しいだろう。


「どうなるのかは分からないが、今の状況でああやってやる気のないところを見せていると、他のやる気のある生徒達に悪影響があるぞ?」

「でしょうね。私もそれは分かっています。学園長も色々と考えてはいますが……何しろ、こういう学校が初めての経験である以上、試行錯誤をしていく必要があるんです」

「大変だな」

「……はい」


 レイの言葉に、しみじみとマティソンが頷く。

 それでもマティソンは、そこまで深く冒険者育成校に関わっている訳ではない。

 学園長のフランシスと違って、深くこの学校について考える必要がないのは事実だった。


「とにかく、やる気のない生徒達を首にする……退学にするとか、そういう規則は出来るだけ早く作った方がいいと思う。今はまだそこまで人数も多くないけど、このままやる気のない生徒達が集まっていったら、最下位のクラスだけが三十人、四十人、五十人……場合によっては、百人になったりとかもしかねないし」

「出来るだけ早く学園長に言っておきます」


 レイの言葉で何を想像したのか、マティソンは少し慌ててそう言う。

 ……なお、周囲でレイとマティソンの会話を聞いていた他の教官達も、二人の会話には色々と思うところがあったらしい。

 それぞれが近くにいる相手と話をしている。

 そんな中……


「私はそれは納得出来ないな」


 こちらもレイとマティソンの話を聞いていたアルカイデが、そう話に割り込んでくる。

 取り巻き達はそんなアルカイデの行動を止めようとしていたらしいのだが、本人はそれを無視している。

 あるいは以前レイとの模擬戦で一方的にやられたものの、それでもレイを相手に一歩も退くところを見せたくないといったところか。

 アルカイデは、自分の行動がみっともないとは分かっている。

 分かっているが、それでも貴族の血筋に連なる者として、レイとの模擬戦で負けたからといって、それで何も出来なくなるのだけはごめんだった。


「納得出来ないとは、何でだ? このままだとさっき言ったようにこのクラスの生徒はやる気のない、上に行く気概もない生徒達で埋まることになりかねないぞ? そうなると、新しい生徒達が入ってきた時、悪影響を与えるのは間違いない」


 冒険者になりたい、あるいは冒険者がもっと実力を付けたい。

 そう思って冒険者育成校に入学してくるのに、最初に入ったクラスではやる気のない者達が大勢いた場合、どう思うか。

 ふざけるなと奮起して、上に行く者もいるだろう。

 だが、集団圧力に負けて自分もやる気をなくして最下位のクラスに留まり続けるといった者が出てくる可能性は十分にある。

 それこそ、人の意見に流されたり、楽な方に流されるといったようなことになってもおかしくはないのだから。

 そうなると、当然ながら冒険者育成校の悪い評判が広がるだろう。

 最終的に、この冒険者育成校という制度は失敗という扱いになる可能性は十分にあった。

 なら、そうなる前に予防策を考えておくのはそうおかしな話ではない。


(というか、貴族の血に拘りを持っているアルカイデなんだから、平民の落ちこぼれの血筋はあっさりと切り捨ててもおかしくはないと思うんだが。そういう意味では、この反応はかなり意外だったな)


 アルカイデの言葉に驚くレイ。

 あるいは、自分とマティソンがやる気のない生徒を辞めさせる方向で話を進めていたので、自分達に反感を持つアルカイデは辞めさせるのを反対する側に回ったのかとも思ったが、アルカイデの様子を見る限りでは真剣に反対しているように思える。

 だとすれば……


「なら、聞くが。やる気のない生徒達をどうすればいいと思うんだ? このまま冒険者育成校に置いておいても、邪魔者でしかない筈だ」

「それは……」


 レイの言葉に、アルカイデは何と答えるのか迷う。

 アルカイデにしてみれば、劣った平民を導くのも貴族の血筋に連なる者の役目という認識があった。

 ……この辺が、レイが勘違いしたところだろう。

 レイから見たアルカイデは、貴族の血筋を自慢にしているものの、それは自分が良い気分になる為にそのように言ってるもので、高貴なる者の義務……いわゆる、ノブレス・オブリージュというのは自分には関係がないという者だった。

 しかし、実際には違う。

 自分に従う者、あるいは自分を敬う者に対してだけという狭い範囲ではあるが、アルカイデには高貴なる者の義務を果たそうという思いがあった。

 ……この最下位のクラスの場合、やる気のない者達を自分が庇えば、自分のシンパに出来るかもしれないという思いもそこにあるのは間違いなかったが。

 だが、だからといってどうすればいいのかというのは、また別の話だ。

 アルカイデが自分の資金で雇うという手段もない訳ではなかったが、アルカイデの資金もそこまで豊富にある訳ではない。……平民と比べると、桁が違う資産を持っているのは間違いなかったが。


「どうした? 何も手段がないのに庇うというのは、みっともないと思わないか?」

「ぐ……それは……」


 レイの言葉に悔しげな様子のアルカイデ。

 実際、この状況でやる気のない生徒達をどうしたらいいのかと言われても、容易に答えは出せない。

 どうしたものかと、アルカイデが周囲の様子を見ると……


「やります。模擬戦ですよね? やらせてください!」


 やる気のない生徒のうちの一人が、誰かに宣言するかのように叫ぶのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  単純に一定の評価に満たない試験がよくない物は一定回数後に勧告後に改善しない場合は退学にすればいい・・・というのは難しいものはあるな、現代でも高校退学は就職に影響するしそれを理由に非行に走る…
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