3670話
「参りました……」
レイの突き出す槍に、男は降伏の意思を口にする。
冒険者狩りや肉屋に行った翌日、レイは当然のように冒険者育成校の生徒達と模擬戦をしていた。
とはいえ、上位クラスは既に以前模擬戦を行っており、残るのは中位と下位のクラスだけだ。
そうなると、見所という意味ではあまり目立つ人物はいなくなる。
「さて、こんな感じだな。冒険者となると、いつも決まったパーティで行動するように思う奴もいるかもしれない。それは決して間違っていないが、ギルドからの指示で臨時のパーティを組んだりするのは珍しいことじゃない」
倒れている生徒達に向かって、そう言うレイ。
レイが何を言いたいのか分かっていない者が大半。
他にもレイとの模擬戦で体力や気力が限界を迎え、それによってレイの言葉を聞き逃している者もいる。
レイの言いたいことを理解しているのは、数人といったところか。
(下位クラスである以上。仕方がないのかもしれないな)
そんな風に思いつつ、レイは言葉を続ける。
「今からそれを完璧にやれとは言わない。……だが、冒険者として活動していく以上、連携を上手く出来るというのは、それだけで評価が上がる。ギルドの方で同じくらいの実力の持ち主で、双方共に性格に問題がない場合、何らかのギルドからの依頼があった場合、当然連携の出来る方を選ぶ筈だ」
その言葉に、レイの話を聞いていた者達のうち、何人かが驚きの表情を浮かべる。
もしかしたら、レイが口にした内容に何か心当たりがあったのかもしれない。
ギルドからの特別な依頼を受けられるような者が、この冒険者育成校に入るとはレイも思わない。
だが、自分で経験したのではなくても、知り合いの冒険者が……ということは、あってもおかしくはない。
そして当然ながら、ギルドからの依頼を受けた場合、次のランクアップ試験までの道は間違いなく短くなる。
「あくまでも参考程度だが、そういうこともあると覚えておいた方がいい」
「その……でも、連携なんて簡単には……」
恐る恐るといった様子で、一人の男がレイに向かってそう言う。
外見年齢的には、小柄なレイよりも明らかに年上だったが、力の差を見せつけられた為か、あるいは異名持ちの高ランク冒険者だというのを知ってる為か、そこに嫉妬の類はない。
……もっとも、それを言うのなら冒険者育成校の生徒の大半がレイよりも年上なのだが。
「それは分かる。連携というのはそう簡単じゃないしな」
そう言うレイもまた、決して連携が得意な訳ではない。
セトとの連携は例外だったが、それ以外の相手との連携は……エレーナを始めとした気心の知れた者以外であれば、そこまで上手く連携は出来ない。
ただ、レイの場合は元々の能力が高いので、連携する相手の行動を確認してから、それに合わせるといった、ある意味力ずくの連携とでも評するべき行動が出来る。
勿論しっかりとした連携ではない以上、本来の連携と比べると、その連携の威力は劣る。
しかし、それでも相応の連携が出来るのは事実。
何も連携が出来ない、あるいは連携といったことを全く考えておらず、自分だけが戦って手柄を挙げたいと考えているような者とは比べものにならないくらい評価されてもおかしくはなかった。
「じゃあ、どうやって連携をすればいいんですか?」
そう聞いてきたのは、先程レイに質問したのとは別の人物。
レイとの模擬戦で動けなくなっていた者達も、時間も経ったことがあってか……あるいは冒険者として聞き逃さないようにしなければいけないと判断したのか、何とか顔を上げてレイの話を聞き逃さないようにしていた。
それだけ本気だということなのだろう。
そのような視線を向けられたレイは、どう答えればいいのか少し考え、やがて口を開く。
「例えば、そうだな。視野を広くするという訓練を行うのが有効だ」
「視野を……?」
「そうだ。まだ実力のない若い奴……と俺が言うのもどうかと思うが、とにかくこの冒険者育成校の生徒だけではなくて、普通に活動している冒険者の中にも、戦いの時に視野の狭い奴がいる。とにかく、自分の攻撃を当てたい、自分が敵を倒したいと思ってるような奴にそういうのは多いな」
自分の攻撃で敵を倒したいとおもっているからこそ、自分の動きで仲間の行動の邪魔をしているのに気が付かない者というのは多い。
これがずっと同じパーティを組んでいるような者達であれば、戦いの中でそういうのを組み込んで動けるように行動を調整していくことも出来るだろう。
だが、今レイが話しているのはあくまでも臨時でパーティを組んだ時の連携についてだ。
そうなると、決まったパーティでしか連携を出来ないというのでは役に立たない。
だからこそ周囲の状況をよく見るというのが影響してくる。
このタイミングで自分が攻撃をしてもいいのか。
一呼吸待って、相手が別の仲間に攻撃されているタイミングで攻撃した方がいいのか。
その辺の判断は、それこそ場合によって違う。
違うのだが、それでも強敵を臨時のパーティで倒すとなると、その辺の判断は重要になってくる。
「もっとも、強力な指揮能力を持つリーダーがいる場合は、その指揮に従っていればいいという考え方もある」
レイの言葉に、話を聞いていた何人かが心の底から安堵した様子を見せる。
どうしても連携に自信を持てなかった者達だろう。
「その……レイ教官の目から見て、この学校の上位クラスは連携が上手いですか?」
「ん? ああ、そうだな。……俺が見た感じでは、純粋な連携という意味では三組が一番上手いな」
「……え?」
レイの口から出た言葉は、聞いた者にとっても……いや、それ以外の者達にとっても、予想外だったらしい。
完全に意表を突かれたといった表情を浮かべていた。
「その、一組や二組とかじゃなくてですか?」
改めてそう聞いたのは、レイが教官を始めてからまだあまり経っていないので、何か間違っているのではないかと、そう思ったからだろう。
だが、レイは改めて首を横に振る。
「違う。三組のザイードだ。巨大な盾を使う奴」
レイの言葉に、話を聞いていた者達は驚きの表情を浮かべる。
だが、レイ以外の教官は特に驚いた様子はない。
一組や二組の生徒の連携が上手いのは知っている。
しかし、それを考えた上でも純粋に連携だけを考えた場合、やはり三組が上なのだ。
「ザイードはタンク……いわば、壁役や防御役だ。その影響もあって、周囲を見る目が広く、指示を出すのを得意としてるんだろう。……そして生徒達も、最前線で自分達を守ってくれるザイードを信頼している」
二組のイステルや一組のアーヴァインも、視野の広さという点では決してザイードに負けてはいない。
いないのだが、この辺りは攻撃役か防御役かというのも影響しているのだろう。
「とにかく、冒険者として上に行きたいのなら自分のことだけでは駄目だ。仲間についてもしっかりと見ておく必要がある」
「でも……ソロならどうなんです?」
また違う生徒の一人が、そうレイに言う。
「レイ教官もソロですよね? それなら、連携とかはあまり関係ないんじゃないですか?」
「多分俺の噂を聞いてそう言ってるんだろうが、今の俺はソロじゃない。きちんとパーティを組んでるぞ。……まぁ、こうして一人でガンダルシアに来ているから、あまり説得力はないが」
実際、レイはマリーナ、ヴィヘラ、ビューネの三人とパーティを組んでいる。
エレーナやアーラはその立場上パーティメンバーではないが、何かあったら協力するのは間違いない。
とはいえ、レイが口にしたように、現在はレイだけがガンダルシアにいる以上、説得力はなかったが。
ただ、レイはソロだがセトがいる。
普通に考えれば、人よりもモンスターの方が意思疎通は難しい訳で、そんなセトと行動を共にしているレイは、それだけで十分連携が上手い……とレイとセトのことを知っている者達には思えた。
実際にはセトはテイムしたモンスターではなく、魔獣術で生み出された存在でレイと魔力的な繋がりがあり、お互いの意思疎通は何となくだが普通に出来るのだが。
それを知らない者にとって、レイとセトの連携は驚き以外のなにものでもなかった。
「それで、これからどうすればいい?」
連携の重要さを話したところで、レイはマティソンに尋ねる。
連携についての話を、生徒達がどこまで理解出来たのかは分からない。
分からないが、それでも冒険者として活動する以上、嫌でも分かるだろうと判断し、それ以上は突っ込んだ話はしない。
そもそも今の説明でもどこまで話が分かっているのかは、微妙なところなのだから。
「そうですね。今までのことを考えると模擬戦なのですが……」
そこで一度言葉を切ったマティソンは、アルカイデやその取り巻き達に視線を向ける。
そんなマティソンの視線を、アルカイデはしっかりと正面から受け止める。
……ただし、取り巻き達は大半が視線を逸らしていたが。
視線を合わせた者でも、そこには強がっての視線が大半だった。
それでも何人かはアルカイデと同じく正面からマティソンの視線を受け止めたということは、称賛されるべきことなのだろう。
「誰かレイさんと模擬戦を希望する人はいますか?」
アルカイデから視線を逸らし、他の教官達……具体的にはマティソンの派閥と中立の者達にそう尋ねる。
すると多くの者がレイと模擬戦をしたいと希望する。
元々、マティソンの派閥は冒険者としての行動を優先している者達だ。
そうである以上、レイのような強者との模擬戦は望むところだった。
最終的にはマティソンの派閥から数人、中立から一人の相手と模擬戦を行うのだった。
「その……このクラスは下位クラスなので、レイさん的には模擬戦をしても少し不満かもしれませんが」
今日最後の模擬戦の時間。
男の教官の一人が申し訳なさそうに言ってくる。
その男にしてみれば、レイに恩を売ったり、お近づきになる……といったようなことを考えての言葉ではなく、レイが生徒達を見てやる気をなくさないよう、最初に忠告しておいたのだろう。
「中には光る奴もいるだろう? 基本的に能力を認められて上のクラスにいくんだから」
「そうですね。そういう生徒もいます。ただ、今は……」
そこで言葉を止め、首を振る。
その様子を見れば、レイも何となく男の言いたいことは理解出来た。
その言葉通り、現在は将来有望な生徒はいないのだろうと。
だが……レイはそんな相手に笑みを浮かべて口を開く。
「そうとも限らないんじゃないか?」
そうレイが言ったのは、模擬戦をやる為に入ってきた生徒達の中にハルエスの姿が見えたからだ。
レイと話していた男は、レイの視線を追い、ハルエスの姿を見る。
「あれは……」
どうやら男はハルエスのことを知っていたらしい。
純粋なポーターとしてのハルエスしか知らない男は、だからこそハルエスが模擬戦用の武器の中から弓を手にしたことに驚いたのだろう。
「ハルエスだ。ああ見えて、なかなか弓の才能がある。……いや、寧ろ何で弓術士じゃなくてポーターをしてたのかが分からないくらいだ。その辺は本人の考えもあるんだろうけど」
レイにしてみれば、ハルエスはポーターではなく弓を専門に使う弓術士として活動した方がいいと思える。
だが、自分が何をやりたいのかというのは、結局本人が決めることなのだ。
例えば魔法の才能のある者が、必ずしも魔法使いにならなくてもいいように。
勿論、それを知る者にしてみれば、才能の無駄遣いと思うだろう。
しかし、それを理解した上でも自分のやりたいことをやる者もいる。
ハルエスもまた、弓の才能があるのにポーターを続ける人物だ。
レイにしてみれば、何故わざわざ……という風に思うのだが。
その辺はやはり個人の考えなのだろう。
「レイさんは……あの……ハルエスでしたか。そのハルエスを知ってるので?」
ハルエスの名前を知っているレイに、話していた男は不思議そうに尋ねる。
下位クラス……いや、最下位クラスのこのクラスに所属する者の名前を、教官を始めてからまだ数日のレイが知っているとは思わなかったのだろう。
「色々とあってな。俺が最初にダンジョンに行った時、案内役をしてくれた。一階だけだったけど」
「それは、また……意外な繋がりですね。では、もしかして彼が弓を持っているのも?」
今までは純粋なポーターだったハルエスが、突然弓を手にしていたのだ。
それを見れば、レイと関係がないと思う方が無理だった。
「一応勧めてみたけど、それを選んだのはハルエスだ」
レイの言葉に、男は……続けて他の何人かも、ハルエスを見るのだった。