3667話
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「じゃあ、レイ。乾杯の合図を頼む」
「え? 俺がやるのか?」
適当な料理がテーブルの上に並ぶ中、ニラシスの言葉にレイは意外そうな表情を浮かべる。
だが、そんなレイの言葉にニラシスは……いや、他の面々も当然といった様子で頷く。
「それはそうだろう。冒険者狩りの死亡を確認したのはレイだ。その報酬でこうして奢ってくれているのもレイだし……」
そこまで言ったニラシスは、パーティメンバーの女二人の視線に負けたように言葉を続ける。
「その……何だ。セトと会わせてもくれた訳だし」
渋々といった様子のニラシスだったが、女二人はその言葉に満足そうな様子を見せる。
これから乾杯が行われるのだから、その乾杯の理由にセトが含まれないのは女達にとっては有り得なかったのだろう。
そんなニラシスに、仲間の男二人が同情の視線を向ける。
その視線にはニラシスも色々と思うところがあったが、とにかく今は乾杯をしてしまった方がいいと考え、話を進めることにする。
乾杯が終われば。恐らく女達は外にいるセトに会いに行くのだから。
「そんな訳で、乾杯をするのならやっぱりレイがいい」
「分かった。……あまりこういうのは得意じゃないんだけどな」
そう言いつつも、レイはコップを――中は果実水だが――手にし、口を開く。
「冒険者狩りの討伐が無事に終わったことを祝って……乾杯」
『乾杯!』
レイの声に合わせ、それぞれが持っていたコップを掲げ、近くにいる者達とぶつけ合う。
その後でコップの中身を飲むが……
(うん? これは結構美味いな)
ハルエスと行った屋台で売っていた果実水は、薄くて温かった。
その果実水と比べると、肉屋で出された果実水は十分に味がある。
(考えてみれば当然か。肉屋はちょっと……いや、それなりに高級な店だ。ハルエスのような学生が行ける屋台と比べるのは間違いか)
実際、レイが飲んでいる果実水も結構な値段がする。
屋台で売っていた果実水と比べても、数倍程度は。
「じゃあ、私達はちょっとセトちゃんの様子を見てくるわね。馬鹿な人達がちょっかいを出さないか心配だし」
こちらはエールを飲み終わった女二人が、店を出ていく。
それを見送り……ようやくニラシスが安堵の息を吐く。
「ふぅ。これでようやくゆっくりと食べられるな。……まさか、セトにあそこまで夢中になるとは思わなかった」
「全くだ。一体何であそこまで一気にセトに夢中になったんだろうな」
「さぁ? ……レイ、一応聞いておくけど、セトは何か妙なスキルを使ったりはしていないよな?」
仲間の言葉に、一応といった様子でレイに尋ねるニラシス。
しかし、そんなニラシスの言葉にレイは首を横に振る。
「セトは多くのスキルを使えるけど、そういうスキルはないな。それに……もし本当にそういうスキルがあったら、ニラシス達に何も影響がないのはどうなんだ?」
「それは……まぁ、そうか」
レイの言葉に納得しながら、ニラシスはテーブルの上にある肉料理を口に運ぶ。
最初に頼んだ料理は、客が少ないということもあって……何よりレイからの注文だということもあって、即座に用意された。
もっとも、手間の掛かる料理はまだ出て来ていないが。
(女だけに効果のあるスキルとか、そういうのもあるかもしれないけど。……まぁ、スキルについては習得した時に色々と試しているから、そんな心配はないと思うけど。特に魅了系のスキルは俺もセトも持ってないし)
レイはそんな風に思いつつ、肉を口に運ぶ。
鶏肉……ただし、柔らかな肉ではなく、軍鶏の、それも老鶏と呼ぶに近くなったような硬さの肉。
しかし、それだけなら店では出さないだろう。
あるいはその旨みを抽出する為に出汁として使うか。
だが、この肉は硬いのに、不思議と噛んでいると柔らかくなっていき、十秒も経たないうちに口の中で肉が完全に溶ける。
「何とも不思議な肉だな」
「ああ、その肉は五階の森の中にいる鳥のモンスターの肉だぞ」
「五階に……? オーク以外にもいるのか?」
レイの感想を聞いたニラシスの言葉に、レイは思わずそう尋ねる。
今日、五階の森をセトに乗ってかなり移動したが、オーク以外のモンスターとは遭遇しなかったので、てっきり五階はオークしかいないのかと思っていた。
「いるぞ。ただ、結構見つけにくいモンスターだが。……とはいえ、そこでも結局五階のモンスターでしかない。セトなら見つけられてもおかしくはないと思うんだが」
ニラシスの説明にレイが思い浮かんだのはオークはオークでも、希少種のオークだった。
普通のオークと比べると、その強さは圧倒的だ。
……もっとも、それはあくまでも普通のオークと比べての話であって、レイを相手にした結果、あっさりと倒されてしまったのだが。
とにかくそのような強さを持つオークの希少種だけに、五階に存在するオーク以外のモンスターを……いや、場合によってはオークですらも、殺していた可能性は十分にある。
(普通のオークが群れていたのも、もしかしたらそれが理由なのかもしれないな)
オークの希少種に襲われないように、あるいは襲われても対処出来るように集団で行動していたと言われても、レイはそこまで気にならない。
そういうものだろうと納得するだけだ。
「じゃあ、今度五階に行った時、もう少し慎重に調べてみるよ」
「擬態……って言うんだったか? 周辺の景色に溶け込む能力を持ってるから、見つけるのは難しいと思うけど、レイやセトなら何とかなりそうだな」
そうした会話を交わしながら、料理を食べていく。
「うげ、ギルムって今そんなことになってるのか?」
「ああ。ようやく街から都市になる。……増築工事で、人が大量に集まっている」
「あれ? ちょっと待った。でも、俺が聞いた話だと夏になったら生徒を何人かと、教官から一人ギルムに行くんだろ? そういう時に行ってもいいのか?」
ニラシスは冒険者育成校の教官である以上、当然ながらその話については知っていたのだろう。
あるいは、自分もギルムに行く教官として立候補するつもりだったのかもしれない。
「それも経験だろう? フランシスも、ギルムの状況は理解している筈だ。その上でこの話を進めてるんだから、俺はそういうものだろうと納得してるけどな。何があっても、それは自己責任ということで、俺には基本的に関係ないし」
そう言うレイだったが、実際にはもし何かあったら駆り出されるのだろうとは思っている。
ただ。それはあくまでも生徒や教官達ではどうにも出来なくなった時……本当にどうしようもない場合に限るのだろうが。
(幾らギルムだからといって、まさかそんなに面倒なことは……って、あれ? もしかしてこれフラグか?)
自分でフラグを立ててしまったかと思うレイだったが、すぐにそれを否定する。
まさか、そんな……といった具合に。
あるいは、自分のトラブル誘引体質が予期せぬトラブルを起こす可能性も否定は出来なかったが、それも取りあえず今は忘れて、美味い肉を味わおうと思いつつ。
「それより、ガンダルシアでマジックアイテムを売ってる店、それも品揃えのいい店って知らないか? この前適当にガンダルシアの中を見て回ったんだけど、見つからなかったんだよな。武器屋とかはあったけど」
「うん? それなりにマジックアイテムを売ってる店はある筈だけど……今度教えるよ」
「頼む。金額は度外視してもいい」
「……羨ましいな」
レイの言葉に、しみじみとニラシスが言う。
金額を度外視した買い物。それもマジックアイテムでとなると、一体どれだけの金額になるのか分からない。
ニラシス達も、ダンジョンの攻略組に分類されるだけの実力はある。
だからこそ冒険者育成校の教官としてスカウトされているし、冒険者狩りの件もギルドから指名依頼される程だ。
しかし、それでもレイが言うように金額を度外視してマジックアイテムを購入するといったことは出来ない。
あるいはそのように言っても、実際には金額の限界を決めていたりするだろう。
「今日の冒険者狩りじゃないが、金が足りないのなら盗賊狩りをすれば金に困ることはないぞ」
レイにしてみれば、盗賊というのはこれ以上ない獲物だった。
盗賊だけあってお宝を貯めているし、武器とかもある程度奪える。
生け捕りにすれば犯罪奴隷として売って相応の金になる。
殺したり捕らえたりすれば、その地域の盗賊がいなくなって安全になり、その周辺に住んでいる者達に喜ばれる。
それで盗賊狩りをやらないという選択肢は、レイの中にはない。
「いや、そもそも盗賊を見つけるのが大変なんだが」
ニラシスにしてみれば、そもそも盗賊を……あるいは盗賊の拠点を見つけるのが、そもそも難しい。
レイの場合はトラブル誘引体質によって盗賊が誰かを襲っていたりするところに遭遇する機会も多いし、何より五感が鋭いセトもいるので、盗賊のアジトを見つけるのも容易だ。
だが、レイのようなトラブル誘引体質でもなければ、セトのような従魔もいないニラシスやその仲間にしてみれば、盗賊狩りをしようと思ったらまずはどうにかして盗賊を見つける必要がある。
また、レイの場合は盗賊狩りをする場合はソロで行動している時が多いから、盗賊のお宝を独り占め出来るが、ニラシス達は五人パーティである以上、五等分する必要がある。
いや、単純に五等分をするのではなく、パーティとしての資金も考えればもっと少ないだろう。
そうなると、盗賊狩りをしてもレイ程に儲かるとはいかない。
また、盗賊のアジトというのは基本的に人の来ないような場所にある。
そのアジトにあったお宝を運ぶというのは、相応の労力が必要になるだろう。
レイの場合はミスティリングがあるし、セトがいるのでお宝は容易に運べるし、セトがいるので移動手段という意味でも問題はない。
「普通なら、盗賊狩りなんてレイが言ってるようなことは、そう簡単には出来ないんだよ」
ニラシスがしみじみと言いながら、手早く野菜と炒めた肉を食べる。
「お、これ美味いな」
そんなニラシスの言葉に誘われるように、レイもまた野菜と炒めた肉を食べる。
シャキシャキとした、炒めすぎていない野菜に絶妙の火の通し加減の肉。
驚くべきは、皿の中に汁がないことだろう。
料理を下手な者……いや、この場合は料理が上手い者以外はと表現すべきかもしれないが、そのような者が肉や野菜を炒めると、野菜や肉の切断面から旨みの入った汁が流れ出す。
この汁……スープをどれだけ出さないように炒めるかが、料理の腕の見せどころとなる。
強火で炒めるのは間違いないが、中途半端に強火で炒めると、今度は肉や野菜が生焼けとなってしまう。
強火で素早く、それでいながらしっかりと火を通し、更には火を通しすぎないように仕上げる。
言うのは簡単だが、実際にやるとなれば相応の技量が必要なことだった。
「そうだな。美味い。こういうのを見ると、料理人がしっかりとした技量を持ってるのが分かる。……こっちの煮込みは……」
次にレイが手を伸ばしたのは、肉と豆の煮込み。
こちらも肉の味がしっかりと豆に染みこんでいる。
いるのだが……
「こんなに肉の味が豆に移ってるのに、何で肉もしっかりと美味いんだ?」
本来ならこれだけ肉の味が豆に移っていれば、既に肉は出涸らしになっていてもおかしくはない。
なのに、皿の中にある肉はしっかりと旨みが残っており、煮込まれて柔かでいながら、しっかりと肉の味も楽しめる。
「あ、それはですね。一度徹底的に肉の味を出してから、後で別の肉を追加して煮込んだんです」
レイの呟きが聞こえたのだろう。
近くを通りかかったウェイトレスが、レイに向かってそう言う。
料理の秘密をそう簡単に教えてもいいのか?
そうも思ったが、他のウェイトレスが注意したりする様子はない。
「料理の秘密を教えてもいいのか?」
「ええ、このくらいなら。本当に大事なところは、私達にも教えられていませんから」
ウェイトレスの言葉に、そういうものかとレイも納得する。
食べる用の肉と出汁を取る用の肉に分けているという時点で、それはかなりすごい秘密だとは思うのだが。
それ以上の秘密となると、元々料理については大雑把な知識……それこそ料理漫画で少し見たくらいのものであったり、TVでやっていたのを見たくらいの知識しかないレイには、想像も出来なかった。
「だから、この店は流行ってるんだろうな」
ニラシスのその言葉に、レイは納得する。
何らかの独自の調理技術があり、それがあるからこそ皆がこの店に来るのだろうと。
勿論、それ以外にも店を綺麗にして入る際の抵抗を少なくしたり、色々なモンスターの肉を仕入れたりといったように、やるべきことはたくさんあるのだろうが。
そんな風に思いつつ、レイは肉屋の料理を楽しむのだった。