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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3666/3865

3666話

「あれが肉屋だ」


 ニラシスの示す店は、大通りの中にあった。

 何となく……本当に何となくだが、レイは肉屋という名前から古い店、あるいは薄汚い……という表現はどうかと思うが、とにかく綺麗で清潔な店ではないと思っていたのだが、その予想が良い意味で外れた形だ。

 勿論新築同様とまではいかないが、それでも店の前はきちんと掃除されており、店の外観もそれなりに清潔だと断言出来るくらいにはなっている。


「ちょっと予想外だな。名前からして、もう少し汚い店だと思っていたんだが……ただ、納得出来ないのは、なんで店の看板が『肉屋』になってるんだ? 俺が聞いた話だと、肉屋というのは通称で、正式は肉料理自慢の店とかだった気がするんだけど」

「まぁ、肉屋の方がわかりやすいしな」


 レイの言葉にニラシスがそう返す。

 それで本当にいいのか?

 そう思ったレイだったが、既に他の者達も慣れているのか、気にした様子はない。


「店は綺麗だし、それなりの大きさだけど……セトも一緒に食べられるのか?」

「その辺は心配いらない。以前、テイマーの連れていたモンスターが一緒に食べているのを見たことがある」

「……このガンダルシアに、俺以外のテイマーがいるのか」


 テイマーというのは、個人の才能が大きな割合を占めている。

 Aという人物がテイマーになったからといって、Bという人物がAと同じ方法でテイマーになれるかと言えば、それは否だ。

 また、どんなにテイマーになりたくても、何らかの理由でモンスターに嫌悪されるような特徴を持っていれば、テイマーになるのは不可能だろう。

 今でこそ、深紅の異名を持つレイがグリフォンのセトをテイムしたということで、テイマーに憧れる者も多くなったが、そのような者達のうち、一体どれだけの者がテイマーになれるのか。


(そう考えれば、ダリクソンは幸運というか、才能に恵まれたというか)


 レイが思い浮かべたのは、深紅の噂を聞いてテイマーになろうとした者だった。

 それなりの戦士だったのに、テイマーになりたいという意思を曲げなかった結果、パーティを追放された人物。

 色々とあってレイが少し面倒を見たのだが、才能があったのかすぐに水晶の角を持つ鹿のモンスター、クリスタルディアをテイム出来たのだ。

 これはあくまでもレイの協力と、何より本人の才能があったからこそ出来たことだ。

 普通ならそう簡単にテイマーにはなれない。


「ガンダルシアのテイマーか。会ってみたいな」

「レイもダンジョンを攻略する気なんだろう? なら、いずれ会えると思うぞ」


 ニラシスの口元には笑みが浮かんでいる。

 ニラシスの知っているテイマーとレイが……正確にはレイがテイムしたセトを見た時、どのような反応をするのか楽しみなのだろう。


「そう言うってことは、そのテイマーはいわゆる攻略組なのか?」

「そうだ。久遠の牙には届かないが、結構深い階層まで潜ってる」

「それは素直に会ってみたいな」

「グルゥ」


 ニラシスの仲間の女達に可愛がられながらも、話を聞いていたセトは自分も会ってみたいと喉を鳴らす。

 セトにとっても、自分以外の従魔とは会うのは楽しみなのだろう。


(というか、セト……もしかして自分が本当は従魔じゃないって忘れてないか?)


 セトの様子に、少しだけ心配になるレイ。

 セトは従魔ではなく、魔獣術によってレイの魔力から生み出された存在なのだ。

 だが、今のセトの様子を見ると自分が従魔であると思い込んでいるように見えてしまう。


(まぁ、それなら万が一にも魔獣術について知られることがないだろうから、そういう意味では悪くないんだろうけど)


 取りあえず今は問題ないだろうと判断し、レイはニラシスに視線を向ける。


「それで、セトにも料理を出して貰えるようにするには、どうすればいいんだ? 店員に言えばいいのか?」

「多分、それでいいと思う。……ちょっと待ってくれ。少し聞いてくるから」

「あ、ニラシス。それなら俺が聞いてくる。ニラシスはレイの相手をしていてくれ」


 そう口にしたのは、ニラシスの仲間の男の一人。

 その男にしてみれば、ニラシスと違って自分はレイと接点がないので、気軽に声を掛けにくいのだろう。

 これでセトを可愛がっていれば、その件について話をしたりも出来るのだが、セトは女達に占有されている。

 だからこそ、この状況でニラシスがいなくなれば自分達がレイの相手をしなければならず、それは避けたかったのだろう。

 ニラシスもそれが分かったのか、その提案に反対はせずに頷く。


「分かった、じゃあ頼む。俺達はここで待ってるから」

「じゃあ、すぐに聞いてくるな。ほら、いくぞ」

「おう」


 男二人が店の中に入っていく。

 それを見送ったレイは、ふと気になったことをニラシスに尋ねる。


「そう言えば、あの連中……セトをどうにかしようとして、セトを可愛がっている奴にやられた連中をそのままにしてきたけど、よかったのか?」

「ん? ああ、それなら多分問題はないと思うぞ? もしそれで何かあっても、自業自得だし」

「……そう言われればそうか」


 これでセトにちょっかいを掛けようとしたのではなく、もっと別の理由で気絶させられたのなら、レイも少しは同情しただろう。

 だが、セトにちょっかいを掛けた理由が理由である以上、自業自得としかレイには思えなかった。


「あの連中はどうなるんだ?」

「さぁ? 場合によっては警備兵が起こして、何があったのかを聞くとか、もしくは知り合いの冒険者が近くを通ったら救助するかもしれない。運が悪ければ、スラム街の連中に身ぐるみ剥がされるかもしれないな」


 スラム街という単語に、レイはやっぱりガンダルシアにもスラム街があるのかと納得する。

 一定以上の大きな街であれば、スラム街というのはあって当然の場所なのだ。

 特にこのガンダルシアは、迷宮都市だ。

 両親がダンジョンに挑んで死んだ子供であったり、ダンジョンの中で心を折られた冒険者だったりが、最終的に行き着く場所がスラム街となる。

 だからこそ、ガンダルシアにはスラム街があってもレイは驚かない。

 ギルムと一緒なのだろうと、そう思えるのだから。


「なら、運が良いことを祈るしかないな。……俺は祈らないけど」


 レイにしてみれば、気絶していた者達はセトにちょっかいを出そうとした者達だ。

 そのような者達の無事を祈ろうとは、レイには到底思えなかった。

 そうしてレイがニラシスと話していると、肉屋の中に入った男二人が戻ってくる。

 その表情には笑みを浮かべており、セトの件もOKを貰えたことは明らかだ。


「問題ないってよ。ただ、もし食器とかを壊した場合は弁償してもらうし、店の前を汚したら掃除するのを条件につけられたけど、構わないか?」


 男の一人が言う言葉に、レイは頷く。


「セトなら食器を壊したりしないだろうし、食べるのに汚したりもしないから構わない」


 クチバシを持つセトだけに、食器を壊してしまうかもしれないというのが、店側の不安だったのだろう。

 また、モンスターである以上は人が食べるように綺麗に食べるのも難しいと思ったのか。

 ……人の場合でも、育ちによっては汚く食べるという者は多い。

 そして冒険者というのは、そのような育ちの悪い者も多いので、そういう意味では冒険者だからといって綺麗に食べるとは限らないのだが。

 もっとも、この肉屋はガンダルシアにある店の中でもそれなりに高級な店だ。

 このような店に来る冒険者ともなれば、最低限テーブルを汚したりといったことはないのだろう。


「わ……分かった。じゃあ、そういうことですぐに言ってくる」


 レイではなく、セトの側にいた女二人……男達の仲間である筈の女達からの鋭い、それこそ半ば殺気が込められているのではないかと思えてしまうような視線に、男達は慌てて頷く。

 このままここにいれば、セトを侮辱したということで女達に何をされるのか分からなかったからだろう。

 実際、レイの目から見ても女達は自分達が可愛がっているセトを侮辱したといった不満を見せていたのだから。

 言われたセトは、そこまで気にしているようには見えなかったが。

 寧ろ、早く肉料理を食べたいといった様子ですらある。


「さて、じゃあ行くか。この時間なら、まだ席に余裕はあるよな?」


 まだ夕方と呼ぶには少し早い時間だ。

 偶然仕事が早く終わった者、あるいは昼食を食べ損ねた者……他にも色々な者達が店に来ているかもしれないが、それでも夕食時と比べるとそこまで人が多いとはレイには思えなかった。

 それはニラシスも同様なのか、レイの言葉に素直に頷く。


「そうだな。肉屋は冒険者に人気の店だけど、今の時間なら余裕はあると思う。……とはいえ、こいつらのことを思うと、扉に近いテーブルを確保した方がいいと思うけど」


 ニラシスの呆れの視線が仲間の女二人に向けられる。

 セトの愛らしさにやられた二人は、当然ながら肉屋で食事をする時もセトと一緒に食事をしたいと主張するだろう。

 そうなると、外と行き来がしやすい扉の側の席にした方が、他の客に面倒な思いはさせなくてすむ。

 食事をしている中、一度や二度ならともかく、十度、二十度といったように行き来をされると、他の客にとってはうざったいと思うだろう。

 だからこそ、店の出入りをしてもあまり邪魔にならない場所に座るのが最善なのだ。


「俺はそれで構わない。セトが好きに食べられるのなら、それはそれで構わないし」


 レイが承知すると、ニラシスもそれ以上は何も言わず、店に向かう。

 そうして店に入ると……


(結構綺麗だな)


 店の中を見たレイは、そう感心する。

 ギルムにも料理を食べさせる店は複数あるのだが、その中には汚い店も多い。

 とはいえ、汚い店が不味いということにもならないので、汚い店だからといってその店にいかないのは、それはそれでどうかと思うのだが。

 ただ、店を利用する者としては、その店が綺麗である方が気分良く店を利用出来るのも事実。

 そういう意味ではこの肉屋という店はその名前とは裏腹に、利用しやすい店であるのは間違いなかった。


「いらっしゃいませ。……ようこそ、肉屋へ」


 店員の中でもそれなりに偉そうな男が、レイ達……いや、レイに向かって一礼する。

 店の方でも、先に話をしにきていた二人の男から、深紅のレイがこの店を使うというのを聞いていたのだろう。

 だからこそ、店の中でも相応の地位にいるだろう男がわざわざこうして挨拶をしたのだ。

 ……もっとも、ドラゴンローブの持つ隠蔽の能力の件もあってか、最初はレイをレイと認識は出来ていなかったようだが。

 レイだと認識出来たのは、ニラシス達がこの肉屋をそれなりに利用しており、それでニラシスのパーティで見たことのない相手が一人だけいたので、それがレイだと認識したのだろう。


「セトについてはさっき聞いた通りでいいんだよな?」


 ニラシスが代表して尋ねたのは、ここでレイが出ない方がいいだろうと判断したからか。

 店員の教育がしっかりしている肉屋であれば、深紅の異名を持つレイがいたからといって、すぐに騒いだりするようなことはしないだろう。

 しかし、それでも万が一を考えてのニラシスの行動だった。

 レイもニラシスの気遣いは分かっていたが、それについては特に突っ込むようなことはしない。


「ええ。問題ありません。まぁ……深紅のレイさんの従魔なら、問題ないとは思いますが」

「そうだな。多分大丈夫だ。ただ、その従魔の面倒をうちの女二人が見るということらしいから、店の外と中を頻繁に出入りすると思う。そうなった時、他の客の迷惑にならないように、扉の側の席にしてくれないか?」

「え? ……あ、はい。分かりました。ではそのように」


 店員にとって、ニラシスの言葉はかなり予想外だったのだろう。

 それでもすぐに受け入れると、他の店員に指示を出す。

 指示を受けた店員は、恐らくレイ達の為に用意したのだろう他のテーブルから、ナイフやフォーク、スプーンといった諸々を扉の側の席まで運ぶ。

 普通なら、扉の側の席というのは決して良い席ではない。

 何しろ新しい客が来れば、その度に自分達の側を通っていくのだから。

 レイのような上客……それこそ、この肉屋が始まって以来の上客と評してもいい客が、まさかそのような席を望むというのは、店員にとってもかなり予想外ではあったのだが。

 それでもレイが望むのなら、その要望は出来る限り叶える必要がある。

 そんな風に思いつつ、店員達はレイ達の席の準備を進めていく。


「ちょっと悪いことをしたか?」


 その光景を見ながらレイがそのように呟くが、ニラシスはその言葉にどう答えればいいのか分からず、微妙な表情を浮かべるのだった。

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