3664話
レイとセトが転移水晶を使ってダンジョンの前に姿を現すと、周囲にいた者達がざわめく。
中には初めてレイ……いや、セトを見る者もいるのか、思わずといった様子で武器を構えようとしている者もいる。
もっとも、そんな者達もすぐに周囲にいる者達に止められるが。
「さて、後はあいつらが……ああ、来たな」
さすが転移水晶と評するべきなのだろう。
レイ達が転移してきてから、数秒もしないうちにレイの同僚の教官とその仲間達が姿を現す。
「ふぅ、無事に戻ってこられたな。……予想外の結果だったけど」
周囲の様子を見ながら、そう言う男。
本来なら、冒険者狩りをしていた冒険者達を自分達が殺すなり、あるいは捕らえるなりする予定だった。
しかし、実際には五階に転移してみれば既に標的はオークの希少種に倒されていたのだから、男達がやったことは、せいぜいが五階に転移し、レイと遭遇して事情を説明し、ギルドでの説明にレイも同行して貰うように頼むだけだった。
……もっとも、男のパーティメンバーの女二人はセトを可愛がるという行為に専念していたが。
「じゃあ、レイ。早速ギルドに行こうか。……ただ、セトは連れていけないけど、どうする?」
「うーん、いっそ家に戻すか?」
このダンジョンはギルドや冒険者育成校の側にある。
つまりそれは、現在レイが生活している場所からもそう離れていないということを意味していた。
だからこそ、少し手間ではあるが、ギルドに行く前に一度家に戻ってセトを厩舎に……いや、この場合には庭だろうが、そこに置いてくるといったことも出来ない訳ではない。
そんなレイの言葉に真っ先に反応したのは……
「ちょっと待って。レイ達がギルドで報告している間は私が……いえ、私達がセトの面倒を見るから、心配しなくてもいいわ」
そう言ったのは、あっという間にセトに骨抜きにされた二人の女。
レイに声を掛けた女が自分だけでセトの面倒を見ると言おうとしたところで、それに気が付いたもう一人の女の殺気が込められた視線に気が付き、慌てて私達と言い直していたが。
女達にしてみれば、次にいつセトと遊べるか分からないのだ。
だからこそ、ここでしっかりとセトと一緒に遊んでおきたいと思ったのだろう。
「おい! ……えっと、こう言ってるけど、どうだ?」
教官をしている男が、仲間の女達を注意するように声を掛けるも、すぐにレイに向かって聞いてくる。
何となく……そう、本当に何となくだが男のパーティの中での力関係を察したレイは、少し考えてから頷く。
「分かった。セトも自分を可愛がってくれる相手と一緒の方がいいだろう。ただ、まだこのガンダルシアではセトを見たことがない者がいる。あるいは、俺の噂を知っていても実際にセトを見るのは初めてという奴もな。そういう連中がセトに驚いて騒動を起こしたりはしないように注意してくれ」
従魔が何か問題を起こした場合、その責任を取るのは従魔の主……つまり、この場合はレイだ。
だからこそ、レイとしてはこうして注意をしておく必要があったのだろう。
もしレイがいない場所でセトに何かちょっかいを出してくる者がいれば、それは間違いなく面倒なことになるだろう。
「分かったわ。何があっても私達がセトちゃんを守ってみせる。だから、レイは心配しないでギルドに報告をしてきて」
気迫漲る……いや、それこそ決死の覚悟と評してもいいような様子で言う女。
もう一人の女も、その言葉に同意するようにやる気満々といった様子で頷いていた。
(この二人に任せておけば、大丈夫か。本当に何かがあったら、セトがどうにかするだろうし)
従魔が何か問題を起こしたら、それは主人の責任となる。
それは間違いないが、例えば従魔を奪おうとしたり、従魔の素材を欲して殺そうとしたりといったように、避けられない問題があった場合は話が違う。
「じゃあ、任せる」
そう言い、レイは男とギルドに向かうのだが……
「あれ? 他の二人は何でこないんだ?」
何故かレイと一緒にギルドに向かうのは、レイと同じく教官をしている男だけだ。
女達二人はセトを愛でる為に残ると言っていたから、一緒に来ないのは分かる。
だが、もう二人の男も何故あの場に残るのかがレイには分からなかった。
「一応だよ、一応。セトと女が二人だけとなると、妙な考えを抱くような奴もいるかもしれないし。それに……冒険者狩りの件の説明をするだけなら、俺がいればそれでいいしな」
もし男達が冒険者狩りを倒したのなら、また話は別だっただろう。
だが、冒険者狩りを倒したのはオークの希少種だ。
男達は特に仕事らしい仕事はしていない。
敢えて仕事をしたと言うのなら、説明役としてレイをギルドに連れていくだけだろう。
男がギルドにする説明は、転移水晶で五階に行ったら、冒険者狩りが倒されたのを見たレイと遭遇したというだけだ。
それならこの男だけで十分だった。
「そういうものか? それで問題がないのなら、こっちはそれで構わないけど」
言葉を交わしながら、レイと男はギルドに入っていく。
時間はまだ夕方には少し早い。
時間的には午後四時くらいか。
その為、ギルドはそこまで混んではいない。
……もっとも、ギルムのギルドとは違ってガンダルシアのギルドはダンジョンに行く冒険者が大半だ。
そうである以上、ギルムのギルドと比べると時間帯で考えるとそれなり冒険者の数は多かったのだが。
そんなギルドにいた冒険者達のうち、何人かレイの姿に気が付く。
ただ、レイはドラゴンローブを着て顔を隠しているので、その強さを感じ取れる者でなければ、レイをレイとは認識出来なかっただろうが。
レイの存在を感知出来ない者達は、ドラゴンローブの持つ隠蔽の効果によって、レイを新人の魔法使いといったように認識している者も多かった。
セトが一緒にいれば、話は違ったのだろうが。
なので、そこまで注目を浴びたりはしないまま、レイは男と共にカウンターに向かう。
「アニタ?」
レイは男が向かったカウンターにいる受付嬢を見て、その名前を呼ぶ。
その受付嬢は、以前レイがガンダルシアに来たばかりの頃――実際には今もまだそこまで時間が経っている訳ではないのだが――にギルドでレイの担当をした受付嬢だった。
時間も時間なので、カウンターに並んでいる冒険者は少なく、幸いにもアニタの場所には誰も並んでいない。
その為、アニタはレイに名前を呼ばれると書類仕事を止め、顔を上げる。
そしてまじまじとレイを見て、それから驚きの表情を浮かべた。
レイがギルドに来たのは一度だけ。
その後はダンジョンに潜っているとは聞いているし、冒険者育成校の教官として働いているのも知っているが、ギルドに来ることは一度もなかったのだ。
もっとも、ギルドに来るというのは何らかの依頼を受けるか、あるいは魔石や素材、討伐証明部位の換金といったようなことが主だ。
あるいは、ギルドに併設されている酒場で宴会をするか。
そのどれもが、レイにとってあまり興味のないことだった。
結果として、ギルドのすぐ側にあるダンジョンには入るものの、ギルドに顔を出すということはなかったのだ。
もっとも、ギルドの方でもレイと至急連絡がしたいといったことはなかったので、それでも問題はなかったが。
一応、何か緊急の事態があったらレイから手を貸して貰えるようになってはいるものの、その緊急の事態というのはあくまでもギルドでは手に負えない出来事……それこそスタンピードといったようなもので、今回の冒険者狩りについてはレイに助力を求めるようなことではなかった。
「どうしたんですか、レイさん。何かありましたか?」
「あったというか……五階でちょっとな。詳しい話についてはこいつに聞いてくれ」
そう言い、レイは自分の隣にいる男を前に出す。
「ニラシスさん? ……あ、なるほど」
男……ニラシスという名前を呼ぶと、アニタは何があったのかを理解したらしい。
「戻ってくるのが随分と早いと思ったら、もしかして依頼についてはレイさんがどうにかしたんですか?」
「正解だよ。俺達が五階に転移したら、すぐにレイがセトに乗って現れてな。幸い俺も教官をやっていてレイと顔見知りだったから、特に問題は起きなかった。それで話を聞いたら……そういうことだった。そんな訳で、これが冒険者狩りをしていた奴のギルドカードだ」
ニラシスはレイから渡されたギルドカードをカウンターの上に置く。
(この様子を見ると、冒険者狩りの討伐の担当はアニタだったんだろうな。もしくは、どの受付嬢にギルドカードを提出してもよかったのか)
そんな風に考えていると、アニタはギルドカードを受け取り、確認する。
何かの間違いがないように、しっかりと確認し、それが本物だと判断したところで、重く息を吐く。
受付嬢をしているアニタにとって、冒険者狩りをするような者がいたのは好ましいことではない。
とはいえ、冒険者の中にはそのようなことをする者も多いというのは知っている以上、それについてはどうしようもなかった。
出来ればもう二度とこのようなことが起こらないように。
そう思うものの、実際にそれが叶うかと言われれば、駄目だろうとアニタ本人も思うだろう。
「それで、話を聞かせて貰えますか?」
アニタも受付嬢としての経験はそれなりに長い。
その為、冒険者狩りについては落ち込んだものの、すぐに気分を切り替えてレイに尋ねる。
「分かった。そもそも俺は三階で……」
先程ニラシス達にしたのと同じ説明をアニタにする。
レイが話していた時間そのものは、数分といったところだ。
しかし、アニタはその数分の話の中で何度も驚くことになる。
特に驚いたのは、オークの希少種だ。
黒い肌を持ち、大剣を振るうオーク。
冒険者狩りをしていた二人も、結局はそのオークの希少種に殺されたのだから、アニタに驚くなと言う方が無理だった。
「オークの希少種ですか。……ですが、そのオークの希少種も倒したんですよね?」
「ああ。ちなみに五階にはああいうオークの希少種が他にも出たりするのか?」
レイにしてみれば、あのオークの希少種の魔石はデスサイズに使った為、出来ればセトが魔獣術に使う分の魔石も欲しかったのだ。
しかし、期待を込めた視線を向けられたアニタは少し困った様子で口を開く。
「希少種ですから、いつ出るかは分かりません。ですが、モンスターがいる以上は希少種が現れてもおかしくはないと思います。……ただ、希少種の存在を思うと、それこそ現れた希少種がレイさんの期待するような希少種とは限りませんが」
「それはそうか」
アニタにそう返すレイだったが、正直なところレイにしてみれば希少種であればそれで構わなかった。
今までの経験から、希少種の魔石を魔獣術に使えば、スキルの習得やレベルアップが行われるのは間違いないのだから。
(希少種でも全く同じ希少種とかなら、同じモンスターという扱いになるかもしれないけど……どうなんだろうな? 今のところ、そうなったことはないし)
そもそも、希少種というのは希少だからこそ希少種と名付けられているのだ。
レイの場合、色々な場所に行き、多くのモンスターと戦っているので、それなりに多くの希少種と戦っているが、それはあくまでも特殊な例だ。
普通の冒険者が希少種と遭遇するというのは、一生に一度とは言わないが、数年に一度あるかどうかだろう。
運が悪ければ、十数年に一度という者すらいてもおかしくはない。
そんな希少種だけに、狙って遭遇というのは難しい。
(まぁ、希少種の情報を聞いてから……聞いてから……うん? ちょっと待った。ここは迷宮都市、ダンジョンの近くにこのギルドがある。つまり、ダンジョンの情報が集まりやすい訳だ。そうなると……いけるか?)
頭の中に浮かんだアイディア。
それそのものは、そこまで珍しいものではない。
コロンブスの卵……という程に意表を突くものではなく、冒険者という職業を考えるといたって普通のものなのは間違いなかった。
「レイさん? どうしました?」
「あ、悪い。いや。ちょっと考えごとをしていてな。それで冒険者狩りについてだったな」
まずは自分のやるべきことを終えてからと考え直し、レイはアニタの質問に答えていく。
三十分程が経過し、アニタの聞き取りは終わる。
「ありがとうございました。ただ、冒険者狩りという行為の件なので、もしかしたら後日改めて話を伺う必要があるかもしれませんが」
「それは構わない。ガンダルシアのギルドにしてみれば、それだけ重要なことだろうし」
「ありがとうございます」
レイの言葉に頭を下げるアニタ。
レイはそんなアニタに気にしてないと言い……そして次に先程の思いつきを口にする。
「希少種の目撃情報を集める依頼というのは出来るか?」