3663話
レイは男達に五階にやって来た理由を話す。
オークの希少種によって半壊状態になったパーティが何とか逃げてきたのを、三階で見つけたこと。
そのパーティから話を聞き、興味を持ってこの五階にやって来たこと。
五階でオークの希少種を捜していたところ、不意に冒険者達に襲撃を受け、そのまま戦いになったがオークの希少種が乱入してきて冒険者狩りをしていた者達を倒したこと。
「で、これがその冒険者の持っていたギルドカードだ」
そう言い、レイはミスティリングから取り出した二枚のギルドカードを男に見せる。
ミスティリングの存在に目を奪われた男だったが、それでもレイから受け取ったギルドカードを確認し、ギルドカードの名前がギルドから聞いていた者達であると確認すると、大きく息を吐く。
「こいつらも、馬鹿だな。冒険者狩りをしてるのはともかく、何だってわざわざ深紅のレイを襲撃するようなことをしたのやら」
呆れながら、しみじみと呟く。
冒険者育成校で行われた模擬戦で、男はレイがどれだけの強さを持つのかよく理解している。
とてもではないが、自分では勝てないだろうという相手。
そんな相手を襲撃するというのは、普通に考えて自殺行為としか思えなかった。
「その件だけど、どうやらこのギルドカードの持ち主は俺がレイの振りをしていると思っていたようだな。セトと別行動していたのも影響したんだろうけど」
「グルゥ?」
レイに名前を呼ばれたセトは、男の仲間のうち二人の女に撫でられて気持ちよさそうにしていたものの、レイの方を見る。
「いや、何でもない。セトはそこで遊んでいてくれ」
「グルルルゥ」
「あはは、凄い。この子、レイの言葉がしっかりと分かってるみたいに返事をしてるわよ?」
セトを撫でていた女が、レイとセトのやり取りに面白そうに笑う。
分かっているみたいにではなく、実際にセトはレイの言葉を完全に理解しているのだが、女はそこまでは分からなかったらしい。
レイと話していた男は、そんな仲間の様子を見て、レイに謝ってくる。
「悪いな、レイ。セトを俺の仲間が」
「気にするな。セトも喜んでるしな」
レイの言葉通り、実際にセトは遊んで貰えて嬉しそうにしている。
男はレイの言葉にセトを見て、少し困った様子で口を開く。
「正直なところ、あのセトをここまであっさりと受け入れるとは思わなかったな」
男にしてみれば、自分のパーティメンバーの女二人はそう簡単に気を許したりするタイプではないと思っていたのだろう。
それが、今ではセトを相手に嬉しそうな様子で可愛がっているのだから、不思議に思うなという方が無理だろう。
「そうか? 俺にとっては珍しくもない光景なんだけどな」
レイの言葉は事実だ。
ギルムでのマスコット的な存在というのもそうだし、それを抜きにしても多くの場所でセトは可愛がられている。
初めてセトを見た時は怖がる者も多いのだが。
「そういうものなのか?」
「ギルムでは皆に可愛がられているしな。このガンダルシアでも……何だったか。一番ダンジョンを攻略しているパーティ……そう、久遠の牙だったか。そこのエミリーとかいうのが、セトに夢中になっていたぞ」
「うお……」
レイの口から出た言葉は、男にとってそれだけ驚きだったのだろう。
一体どう反応すればいいのか分からないといった様子を見せる。
「セトの愛らしさはこのガンダルシアでも通じるってことだな。……って、そうじゃなくて。えっと、何の話だった?」
「え? あれ? うーん……」
レイが戸惑うと、男もまた戸惑う。
久遠の牙のエミリーがセトに夢中になっているというのは、それだけ男に強い衝撃を与えたのだろう。
実際、セトを愛でている二人の女はともかく、レイとの知り合いということで話すのを任せて、特に口出しせず話を聞いていた二人の男は、レイの言葉に驚愕の表情を浮かべるしか出来なかったのだから。
「ああ、セトがいなかったからレイを偽物だと判断したってことか。……レイを見て、実力を見抜けないとそういう悲惨な最期になるんだな」
しみじみと男が呟くと、それにレイも頷く。
「そうだな。俺のことをしっかりと認識していれば、隠れた状態からでも俺を奇襲でどうにかしようとかは、とてもではないが考えられなかった筈だし。もっとも、その場合は代わりに被害者が……あー……どうだろうな」
話している途中でレイが思い浮かべたのは、オークの希少種の持つ大剣によってあっさりと殺された二人の光景だった。
レイとあの二人が戦っている気配を察知してオークの希少種はやって来たのかもしれないが、もしレイがいなくても、あの二人がオークの希少種と遭遇していた可能性は高い。
幾ら背後からの奇襲だったとはいえ、それでも攻撃に反応することも出来ず、一方的に殺されたのだ。
つまり実力が大きく離れていたという訳で、もしあの二人が今日レイと遭遇しなくても、いずれはオークの希少種と遭遇していた可能性はある。
「レイ? どうしたんだ?」
「さっきも言った、オークの希少種だ。もし俺が冒険者狩りをしていた奴に遭遇しなくても、恐らくオークの希少種によって殺されていた可能性が高い」
「……なるほど。冒険者狩りをしていた者達と比べたら、そのオークの希少種はそこまで強かったのか」
「そうなる。まぁ……今はもういないけど」
「死体はどうしたんだ?」
「解体して、もうないな」
「……そうか」
男はレイの言葉に色々と言いたいことがあった。
レイから話を聞いた限りでは、オークの希少種を倒してからまだそんなに時間は経っていない。
そしてオークの解体となると、それなりに時間が掛かる。
特に希少種ともなれば、その解体は慎重に行いたいと思うのが当然だろう。
しかし、もうオークの希少種の解体は終わっているという。
それを聞き、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、オークの希少種の話は嘘なのではないかと一瞬思うが、すぐにそれを否定する。
わざわざレイがそのようなことをする必要はないのだから。
オークの希少種の件にしても、先程レイから聞いた話によると、冒険者が遭遇して逃げ出したという話だった。
つまり、ギルドに報告される可能性が高い。
なら、冒険者狩りをやっていた二人を倒したのを隠したかったのか。
それもまた、男達がギルドから直接依頼を受けてここにいるのを見れば分かるように、冒険者狩りをしていたというのはギルドで既に確認されている。
なら、他に何か理由があるのか。
そうも思ったが、それはそれで分からないのも事実。
「ともあれ、話については分かった。ただ、ギルドからの依頼である以上、ギルドに報告しないといけない。そうなると、ギルドもレイから話を聞かせて欲しいと言ってくると思うけど、いいか?」
「それはしょうがないだろうな。面倒な点はあるけど」
「助かる」
そう言い、男はレイに向かって頭を下げる。
レイにしてみれば、別にそこまでする必要はないと思うのだが。
ただ、男にしてみればもしレイが嫌だと言ったら、どうにか説得をする必要があったのだ。
説得……レイのように圧倒的な力を持つ者に対し、説得をするのは難しい。
もしレイが嫌だと言えば、まさか力で強引に……といったことが出来る筈もない。
だからこそ、こうしてレイが素直に自分の言葉に頷いてくれたのは嬉しかったのだろう。
「じゃあ、戻るか」
「戻るには、この転移水晶に登録する必要があるんだよな?」
「そうだけど……ああ、そう言えばこの転移水晶が最初の奴か。レイはまだこれに登録してないんだよな?」
「ああ。マティソンから地図を貰うって話だったけど、何だかんだとまだ貰っていない。そもそも五階に来たのもオークの希少種が出たからというのが理由だし」
もしオークの希少種の件がなければ、三階の探索をした後でもう地上に戻ったか、もしくは四階を少し探索したら満足して地上に戻っていた筈だ。
この五階にくるようなことは、オークの希少種のような突発的な出来事がない限り、なかっただろう。
「というか、レイがガンダルシアに来てから……というか、ダンジョンの探索を始めてから数日で五階か……さすが異名持ちだよな」
しみじみと男が呟く。
男も、今ならレイと同じか……場合によっては、レイよりも早く五階まで到着出来るかもしれない。
だがそれは、あくまでも今ならの話だ。
実際に自分達がダンジョンに潜り始めた時、五階に到着するまで一体どれだけの時間が掛かったのか。
それこそ数日どころか、数十日くらいだった記憶がある。
自分達とレイの実力差を考えると、やはり色々と思うところがあるのだろう。
「俺の実力とかもそうだけど、それ以上に大きいのはセトがいる点だろうな」
レイは男に答えながら、未だに二人の女に撫でて貰って喜んでいるセトを見る。
実際、四階はセトに乗って血の跡や臭いを追って真っ直ぐ階段まで到着した。
一階から三階も、セトに乗って移動しているので移動時間は大幅に短縮出来ている。
そうレイが説明すると、レイと話していた男は……いや、黙って話の行方を見守っていた他の二人も、驚きの視線をセトに向ける。
「乗り物か。……これから誰かをテイマーにするのは難しいから、テイマーを仲間にするか?」
「一応言っておくけど、テイマーがテイムしているモンスターでも、五人を……しかも荷物とかも考えると、そう簡単に運ぶことは出来ないと思うぞ」
レイとセトの場合は、レイが一人でミスティリングを持っているからこそ、今回のようなことが出来るのだ。
それが五人パーティとなると、そう簡単にそのようなことは出来ない。
セトよりも巨大なモンスターなり、多数のモンスターなりをテイムや召喚出来る者が必要となる。
ましてや、魔法使いというのは元々絶対数が少ないし、テイマーは個人の才能による部分が大きいので、そういう意味でも数は少ない。
男達がテイマーや召喚魔法を使える者を捜しても、そう簡単に見つかるとは思えなかった。
「まぁ、頑張ってくれ。それより、転移水晶に登録してもいいか? 俺だけじゃなくてセトもだけど」
「ああ、分かった。好きに登録してくれ。……ちなみにだが、ガンダルシアの冒険者の中ではこの五階の転移水晶に登録出来るかどうかが、一つの壁という感じだったりする。そういう意味では、レイはあっさりと壁を越えたことになるな」
「そう言われても、これでも異名持ちのランクA冒険者だぞ? このくらいの壁は容易にどうにか出来るよ」
「だろうな」
男も別にそこまで本気で驚いていた訳ではないのだろう。
そもそも、そんなレイだからこそ冒険者育成校の教官として招かれたのだから。
もしレイがそこまでの実力がなければ、ここでわざわざ招く必要はないのだから。
「セト、遊んでるところ悪いけど、ちょっとこっちに来てくれ」
「グルゥ? ……グルゥ!」
レイの言葉に反応し、寝転がって撫でられていたセトはすぐにレイの側までやってくる。
セトに逃げられた二人の女の口からは悲痛な悲鳴が上がったが……レイはそれを気にしない。
「セト、これから転移水晶に登録するぞ」
「グルゥ!」
レイはそう言うと、転移水晶に触れる。
すると次の瞬間、自分が転移水晶に登録されたというのが理解出来た。
ちょうどダンジョンの前にある転移水晶に触れた時とは違う感覚。
そして、ダンジョンから転移で出ることが出来るというのも、レイは理解出来る。
ある意味、魔獣術のアナウンスメッセージと感覚が似ていた。
(というか、多分魔獣術のアナウンスメッセージは、これをベースに考えられた……のか?)
ゼパイル一門が生みだした、魔獣術だ。
その中にはレイと同時代……もしくは多少前後するかもしれないが、時代的にはそう違いないタクム・スズノセがいる。
タクムならゲーム的な知識もあるだろうとレイは判断しているので、アナウンスメッセージについて魔獣術に流用するといったことを考えてもおかしくはない。
ゲームにおいても、メッセージを流用するといったことは珍しくないのだから。
「グルゥ?」
レイの様子を見て不思議に思ったのか、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
「いや、何でもない。ちょっとまだこの転移水晶の登録に慣れていないだけだ。……ほら、セトも登録をするんだろ?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、前足を伸ばして転移水晶に触れる。
その瞬間、セトの脳裏でも先程のレイと同じように慣れない感触があったのだろう。
セトもレイと同様に微妙な表情を浮かべていた。
(この感覚については、多分俺とセト以外には分からないんだろうな)
そんな風に思いつつ、レイは息を吐くのだった。