3662話
3660話にてスキルの詳細について書き忘れていたので、追加しました。
気になるかたは3660話の後書きを見て下さい。
何故オークがこの階層にいるのか。
何故リザードマンが上の階層にいるのか。
それは結局分からなかったものの、レイはそのままセトの背に乗って移動をしていた。
転移水晶のある場所を求めての行動だったが、不思議なことにオーク以外のモンスターはいない。
(もしかして、この階層はオークだけしかいないのか?)
セトの背に乗って周囲の様子を確認しているレイはそう予想するが、それが正しいのかどうかは分からない。
これが草原や荒れ地、砂漠といった場所ならともかく、この階層は森だ。
木々に隠れているモンスターがいても、おかしくはないのだから。
隠れる場所は、それこそ幾らでもある。
……セトの五感に見つからないというのは、それはそれで疑問ではあるが。
「とにかく、今はまず転移水晶だな」
既にレイの中では、この五階に転移水晶があるかもしれないという予想から、確実にあるだろうという思いに変わっている。
それはレイにとって決して何らかの理由があることではないのだが、それでも五階ということを考えるとそう思ってしまうのだ。
もしこれで五階に転移水晶がなければ、レイも諦めるだろうが。
「グルルゥ」
「ん?」
不意に五階の中を走っていたセトが、その動きを止める。
何かを見つけたといった様子。
それを見たレイは、期待を込めてセトの視線を追うが……
「あれ?」
その視線の先……木々の隙間から見えたのは、転移水晶ではなく階段だった。
「えっと……あれ? 階段? 転移水晶は?」
「グルゥ……」
残念そうなレイの言葉に、セトは少しだけ申し訳なさそうな様子で喉を鳴らす。
セトも出来ればレイが探していた転移水晶を見つけたかったのだろう。
だが、実際にこうして森の中を走り回って見つけたのは転移水晶ではなく階段だったのだ。
そうである以上、セトが残念そうに思うのはそうおかしな話ではなかった。
そんなセトの様子に気が付いたのだろう。
レイは慌ててセトを撫でる。
「あ、セト。別にお前を責めてる訳じゃないから、気にするな。この階層を探索して転移水晶を見つけても、結局六階に続く階段は見つけないといけないんだし」
そんなレイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、レイががっかりしてるのが自分のせいではないと理解出来たのだ。
それを嬉しく思うのは当然だろう。
「ともあれ、まずはあの階段の側まで行くぞ。もしかしたら、近くに転移水晶があるかもしれないし」
「グルゥ!」
レイの指示に従い、セトは喉を鳴らしながら階段に向かって走り出す。
そうして階段の近くに到着すると、レイは目の前の階段をじっと見る。
目の前にある階段は、間違いなく六階に続いている階段だろう。
それを確認出来ただけでも、レイにとってこの状況は決して悪いものではない。
とはいえ、そうなると次に見つけたいのはやはり転移水晶だが。
こうして周囲の状況を確認しても、転移水晶と思しきものはどこにもない。
そうなると、やはりどうにかしてもっと別の場所にある転移水晶を見つける必要があった。
(ここが階段だとすると、六階から上がってくる奴がいないか待つか? そうなれば、恐らくはこの階の転移水晶で地上に戻るんだろうし。転移水晶のある場所を教えて貰ってもいいし、そうでなければその冒険者達を追って転移水晶のある場所に案内して貰ってもいい。……これ、客観的に考えたら、かなり問題のある行動だよな)
レイは自分の行動が色々と問題があると理解しつつも、だからといって転移水晶のある場所を見つけないという選択肢は存在しない。
そうである以上、まずはどうにかして転移水晶を見つけるのを優先するべきだった。
「セト、周辺に誰かいたりするかは分からないか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは周囲の様子を探った後で、首を横に振る。
セトの能力でも、他に冒険者がいるかどうか分からなかったらしい。
「そうか。となると……この周辺を気にしながら、この近くに転移水晶がないかどうかを探すか」
「グルルゥ、グルゥ」
セトは周囲を見回しながら、分かったと頷く。
この周辺には、特にそれらしい場所はない。
だが、転移水晶がもしあるとすれば、何らかの手段で隠されている可能性もないとは言えないのだ。
だからこそ、セトは周囲の様子をしっかりと確認しながら、転移水晶を探すことにする。
レイが言うのなら……という思いも、多少ながらそこにはあるのだろう。
……実際にはレイにしてみれば、そうであって欲しいと思っての言葉だったのだが。
「悪いな、セト。セトにも色々と見て回ったりとか、したい場所があると思うのに」
「グルゥ!」
気にしないでと喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、今回のレイの頼みは特にそこまで嫌な訳ではない。
寧ろレイと一緒にこの五階を自由に動き回れるのだから、それは寧ろ喜ぶべきことだ。
そんな訳で、レイの言葉とは裏腹にセトは上機嫌でレイを背中に乗せて森の中を歩いていく。
六階に続く階段を中心にして、円を描くような移動。
(もしかしたら、転移水晶は五階に続く階段の近くにあったりするのか? 今更だけど)
もしゲームであったら。
地上に転移出来る存在は、四階に続く階段と六階に続く階段のどちらの近くにある方が可能性が高いか。
普通に考えれば、これはやはり前者だろう。
「しまったな」
「グルゥ?」
六階に続く階段の周囲を少しずつ広がるように移動していたセトだったが、レイの言葉にどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトに対して、申し訳なさそうにしながら口を開く。
「セト、もしかしたら俺が間違っていたかもしれない。転移水晶は、六階に続く階段じゃなくて、四階に続く階段の側にあるかもしれない。悪いけど、そっちに戻ってくれるか?」
「グルルゥ」
レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。
特に不満はなかったのか、あっさりと四階に続く階段に向かう。
幸いにも……あるいは残念にもなのか、四階に続く階段に向かう途中で他のモンスターに遭遇することはなかった。
オークくらいは遭遇してもいいのではないか? ともレイは思っていたのだが。
(というか、この階層にオークがあれだけの数纏まっているとなると、恐らくはどこかにオークの集落とかそういうのがあると思うんだけど。そこを見つければ、オークの肉を大量に入手出来る筈だ。……いやまぁ、そのくらいのことはガンダルシアの冒険者も当然ながら考えてはいるんだろうけど)
あるいは見つからないように集落が作られているのか。
もしくは、ギルドの方から定期的にオークの肉を手に入れる為に集落は見つけても壊滅させないように指示が出ているのか。
レイもその辺りについてはあまり分からなかったが、今はそれを考えている必要はない。
とにかく転移水晶を見つけるのが先だと判断し、セトの背に乗って移動していると……
「ん?」
「グルゥ!」
丁度半分程の距離を踏破した辺りで、不意に少し離れた場所に薄らと光が見えた。
一瞬の、それもそこまで強くはなかった光なので、もしかしたら自分の見間違いではないかとも思ったレイだったが、セトが反応しているのを見れば、見間違いや気のせいでないのは明らかだ。
「あれは……もしかして、当たりか? セト!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは即座に反応する。
元々見えた光は微かで、そこまで長い間光っている訳でもなかった。
それだけに、セトが走っているのは光った方。
そちらに向かえば、何かが……それこそレイが期待している、転移水晶があるのではないかと思っての行動だった。
セトは光った方向に向かって走る、走る、走る。
先程までの、周囲の様子を確認しながらの走り方ではなく、それこそ全速力に近い速度での疾走。
普通なら、そのような速度で森の中を走ったりすれば、生えている木々に衝突する。
だが、そこはセト。
その鋭い感覚で木々の存在を察知し、素早く安全に走ることが出来るルートを選択する。
それは、軍馬であってもちょっとやそっと鍛えただけでは出来ない芸当。
セトはそのような行為を容易に行っていたのだ。
背中に乗っているレイは、周囲の光景が流れていくのを見つつ、何が起きてもいいように心構えをしておく。
先程の光は、恐らく転移水晶だとは思う。
思うのだが、それはあくまでもレイの予想でしかない。
もしかしたら、レイには想像出来ないような別の何かの可能性も十分にあった。
(これで、実はどこか別の場所にあるオークの集落に出入りする際の光とかだったら……いやまぁ、その可能性は少ないか)
オークの集落については、未だに見つかっていない。
しかし、それが正解かどうかは別として、実際にそれを行っている場所まで行かなければ分からないのも事実。
だからこそ、レイは注意していたのだが……
「何か来る! 戦闘準備!」
ある程度光のある場所まで近付いたところで、不意にそんな声が聞こえてきた。
その声が誰の声なのかは、考えるまでもない。
レイは自分の予想が当たっていたという思いを抱くと同時に、それ以上に今はまず現在の状況をどうにかする方が先だと判断した。
「敵じゃない! 俺も冒険者だ! セト!」
聞こえてきた声から、向こうが戦いの準備をしているのは明らかだった。
だからこそ、相手に自分は敵ではないとしっかりと叫ぶ。
最後の一言は、セトに速度を緩めるようにとの指示。
セトはその自分の名前を呼ばれただけだったが、それだけで十分にレイの言いたいことを理解したのだろう。
走る速度を急速に緩める。
(セトの気配に気が付いたということは、向こうもそれなりに腕の立つパーティなのは間違いない。……とはいえ、四階の二人組もそうだったけど、それなりに腕の立つ奴が何で四階とか五階にいるんだ?)
そんな疑問を抱きつつ、レイは再度口を開く。
「俺達は冒険者だ! 敵じゃない!」
そう叫びながらも、この階層で自分を襲ってきた二人組の冒険者のことを考えると、そう簡単に信じては貰えないだろうという思いもそこにはあった。
あの二人のように、冒険者狩りをしている者がいるという情報が広まれば、この階層で……最悪、ダンジョンにおいてでも同じ冒険者を信用出来ないようなことになってもおかしくはない。
だからこそ、今この状況で叫んでも信じて貰えないかもしれない……そんな風に一瞬思ったのだが、向こうからの先制攻撃が来ないことに、安堵する。
やがて森の木々の中を抜けると、不意に周囲に木々の生えていない……一種の広場に近いような場所に出る。
そこでは、五人の男女がそれぞれ武器を構え、いつでも戦闘に移れるような陣形でレイ達を待ち構えていた。
ただし、レイとセトが姿を見せても、即座に攻撃してくる様子はない。
あくまでも、レイ達を待ち構えてはいるものの、先程のレイの声を聞いたので、取りあえず様子見という選択にしたのだろう。
とはいえ、その五人はレイ達を見て揃って大きく目を見開いていたが。
「レイ……?」
そんな五人の中で、一人がレイを見てそう呟く。
自分の名前を口にした男の顔を見て、レイも驚く。
その男はレイと同じく冒険者育成校の教官をしている男だったのだから。
マティソンと同じく、教官をやってはいるが冒険者としての活動に比重を置いている男の一人だった。
「お前は……何でこんな場所に?」
取りあえずお互いに知り合いだということで――五人のパーティの中では一人だけがレイと知り合いという形だったが――それぞれ警戒するのを止める。
「いや、その……ちょっとギルドからの要請があって……」
何かを言いにくそうにする男の言葉……特にギルドからの要請というところで、レイは思い浮かぶ件があった。
「もしかして、冒険者狩りをしていた連中か? もしくは、オークの希少種か」
「……前者だ。というか、オークの希少種? それは聞いたことがないな」
「ちょっ、いいの?」
あっさりと男がここに来た理由について話すのを見ていた仲間の女が、慌てたように言う。
女にしてみれば、ギルドからの要請を受けてやって来たのに、その件についてこうもあっさりと口にしてもいいのかと、そう考えたらしい。
だが、男はそんな仲間の女に問題ないと首を横に振る。
「冒険者狩りが起きていたのは、レイが来る前からだろ。なら、その件にレイが関わっている可能性はまず考えなくてもいい」
「それは……そうかもしれないけど」
「だろう? とにかく、そんな訳で俺達は冒険者狩りをやってる奴を捜しにきたんだ。何か知ってるか?」
「知ってるというか……うん。実はオークの希少種に殺されてしまった」
そう言うレイに、男を含めた五人は驚きの表情を浮かべるのだった。