3661話
「さて、それじゃあ地上に戻るか。……とはいえ、ここからまた一階まで向かうのは面倒だな。出来れば転移水晶があればいいんだけど」
二人の男の死体から手に入れたギルドカードをミスティリングに収納し、レイはそう呟く。
ちなみに二人の男の死体からは、ギルドカード以外は銀貨や金貨の入った革袋と、弓を持っていた男がレイと戦う時に短剣に持ち替えた時、地面に放り投げた弓、長剣と短剣くらいしかない。
長剣や短剣はそこまで上質な品ではなかったのだが、このままここに置いておけば五階にいるモンスターがそれを拾って使うかもしれないという懸念がある。
だからといって、レイの使う武器は基本的に槍のような長物なので、長剣や短剣はあまり使わない。
売るなり、それこそ投擲するなりして使うかもしれないが、それだけだ。
いっそのこと、店に売った方がいいかもしれない。
そんな風に思いつつ、転移水晶を探すかどうかを考える。
日本にいた時、レイはゲームや漫画を趣味としていた。
それだけに、五階という区切りのいい場所には転移水晶があってもおかしくないのではないかと思える。
(ただ、この階層は森なんだよな。これが、それこそ砂漠とか草原とかそういう場所なら、上空から転移水晶を探すのも簡単なんだけど)
森である以上、当然のように多数の木々が生えている。
その木々が枯れているのならともかく、春らしく――ダンジョンの中なので季節は関係ないのだが――青々とした葉っぱが茂っている。
それらの葉っぱがある以上、空を飛んでも地上の様子を確認することは難しかった。
分かりやすいように、転移水晶の周囲に木々が生えていなければ上空からでも見つけられるだろう。
だが、そうでなければ探すだけ無駄骨となってしまう。
「取りあえず、他にも未知のモンスターがいるかもしれないと考えて、五階を探索してみるか。転移水晶が見つかったらラッキー程度の感じで」
「グルゥ」
セトはレイの言葉に分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、四階のモンスターはいいの? という気持ちもないではなかったが、レイが五階を探索するというのなら、それに反対するつもりはない。
寧ろ五階に存在するモンスター……特にその中でも未知のモンスターの魔石を手に入れるという意味でも、セトにとってはレイの言葉を否定するつもりはどこにもなかった。
「セトもやる気か。じゃあ、行くか。どういうモンスターがいるのかは分からないけど、セトがいるのならそこまで心配はいらないだろうし」
「グルルルルゥ!」
セトがやる気満々といった様子で喉を鳴らす。
レイは早速そんなセトの背に乗り、進み始めた。
森の中という、空間的に余裕のない――あくまでもレイやセトが戦うという意味で――場所を移動するのだから、いざという時のことを考えればセトの背に乗らず、降りて移動した方がいいのだろう。
実際、レイもただ周囲を探索するだけなら、そうしていたかもしれない。
しかし、今のレイは転移水晶を見つけるのを優先している。
つまり、出来るだけ速く、多くの場所を移動する必要があるのだ。
「セト、転移水晶のあるっぽいところがあったら、教えてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
レイを背中に乗せたセトは、森の中を素早く走り回る。
セトにとっては転移水晶もそうだが、それ以外に未知のモンスターを探してもいた。
いたのだが……
「グルゥ」
「セト?」
森の中を走る速度を緩め、喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子に疑問を抱いたレイがセトの視線を追うと……
「ああ、なるほど。まぁ、希少種がいたんだし、ノーマルの奴もいるよな」
そこには十匹近いオークの姿があった。
レイがこの五階に降りてきて最初に遭遇したモンスターがオークの希少種だった。
場合によっては、冒険者狩りをしていた二人をモンスター扱いしてもいいのかもしれないが。
とにかく、オークの希少種がいたのなら普通のオークがいてもおかしなことはない。
いや、寧ろそれが普通だろう。
「グルルゥ?」
あのオーク、どうするの?
そう喉を鳴らすセトに、レイは少し考えてから決断する。
「オークの肉は幾らあってもいいし、ここでしっかりと倒しておくとしよう」
「グルゥ!」
オーク達に聞こえないようにしながら、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにとっても、オークの肉は食べ慣れた肉だ。
それもかなり美味い肉である以上、ここでオークの肉をある程度確保出来るというのは、決して悪い話ではない。
「よし、じゃあ……セトが王の威圧を使って、相手の動きを止めてくれ。そうしたら俺が切り込む」
レイの指示にセトは分かったと喉を鳴らし、レイが武器を……いつものデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出したのを確認してから……
「グルルルルルルルルゥ!」
王の威圧を発動する。
そのスキルが放たれた瞬間、オークの群れはその動きを止める。
王の威圧は成功すればこうして相手の動きを止めることが出来る。
失敗しても、相手の速度が大分遅くなる。
こうして一網打尽にするには、悪くない選択肢だった。
実際、こうして全てのオークの動きが止まっていたのだから、その選択は正解だったのだろう。
レイは動きの止まったオークの群れに突っ込む。
オークの大半はセトの使った王の威圧によって動くことも出来ず、それこそ気絶しているようにすら見える。
……立ったまま気絶しているというのも、かなり特殊ではあったが。
それ以外の少数のオークは、動けはしないものの、気絶はしていない。
ある意味、その方が余程に不運だったのだろうが。
何しろ気絶しているオークは意識がないうちにレイに殺される。
それが幸せかどうかは別だが、それでも意識もあり、それも身動きが出来ない状態で殺されるのを自覚するよりはマシだろう。
そんな少数の不運なオーク達にとって、レイは文字通りの意味で死神にしか見えなかっただろう。
だが、レイにとってそんなのは関係ないと言わんばかりに、デスサイズを振るい、あるいは黄昏の槍で突き、オークを次々に仕留めていく。
そうして気が付けば、オークはその全てが死んでいた。
「グルゥ」
姿を現したセトが、お疲れさまと喉を鳴らす。
レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべ、そっちもお疲れさんと軽く撫でると、デスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納してからドワイトナイフを取り出す。
そこからやることは簡単だった。
ドワイトナイフに魔力を込めて、オークに突き刺すだけなのだから。
「やっぱり便利だよな、これ」
オークの群れの全てが素材に……それもレイの魔力をたっぷりと使っている為に、最上の状態で素材となったのを見て、しみじみと思う。
もしドワイトナイフがなければ、それこそ血抜きをして、一匹ずつ自分で解体をしていく必要があったのだ。
そうなると、オークの数も数なので、数時間は掛かっただろう。
もしくは、オークの肉の中でも本当に美味い部分だけを切り取って、そこだけを持っていくか。
……そもそも普通の冒険者の場合、レイの持つミスティリングがないので、自分達で肉を運ぶ必要がある。
もしくは、ハルエスのような専門のポーターを使うか。
(いや、俺が予想したようにこの五階に転移水晶があれば、オークの死体をそのまま引っ張って持っていくという手段も出来る。出来るけど……その辺、どうだろうな。実際にやってみないと何とも言えないと思うけど)
転移水晶の近くでオークと遭遇したのなら、そのようなことも出来るだろう。
だが、転移水晶から離れた場所でオークと遭遇して倒したら、それこそ死体を運んでいる者が別の敵の襲撃を受ける可能性は十分にあった。
そもそも、オークは基本的に百kg以上はある。
そうである以上、死体を運ぶのはかなりの難易度だ。
内臓を抜いて、頭部を切断して……とやれば多少は軽くなるかもしれないが、そうなれば当然ながらオークの血や体液、内臓の臭いが周囲に漂い、それを嗅ぎ取った他のモンスターが襲ってくる可能性があった。
そのような危険を承知の上で、そのような行為をするのかどうか。
それは微妙なところだろう。
(俺ならやらないな)
そんな風に思いつつ、レイはオークの肉と素材、魔石を次々にミスティリングに収納していく。
ミスティリングやドワイトナイフという便利な物を持つレイが、わざわざオークの死体をそのまま運ぶというのは、まずありえなかったが。
「さて、そんな訳でオークの肉とかも収納したし……転移水晶のある場所を見つける作業に戻るか。個人的には、またオークの集団がいて欲しいところだけど」
レイにしてみれば、オークと遭遇するというのは肉を入手するということを意味する。
オーク達にしてみれば、まさに最悪の相手でしかない。
もっとも、オークもオークで冒険者の女を見つければ捕らえて自分達の子供を産ませるので、そういう意味ではレイだけが酷い相手という訳ではないのだが。
「グルルゥ、グルゥ、グルルルゥ」
レイの言葉にセトも同意しながら森の中を走る。
ただし、走る速度はそこまで速くはない。
万が一にも転移水晶のある場所を見逃したくないというのもあるし、何より未知のモンスターを見逃すということがないようにという思いがそこにはあった。
レイもそれが分かっているので、セトを急がせたりといったことはしない。
ゆっくりと周囲の状況を見ながら、森の中を進む。
(一階と三階の草原にあったような、果実の類があるかもしれないし。……もっとも、そういう果実のある場所があれば、間違いなく何人かの冒険者が集まっているだろうけど)
一階と三階には、その果実を採取し、それを売って稼いでいる者もいた。
一階の果実よりも三階の果実が甘かったことを思えば、もし五階に果実があれば、より甘いだろう。
また、一階、三階ときたのだから、次は五階に果実があってもおかしくないのでは? という思いがレイの中にもあった。
(とはいえ、五階になると初心者や低ランク冒険者が来るのは難しくなる。そうなれば、果実があっても、それを採るよりはモンスターを倒した方が金になると思うけど)
一階や三階はともかく、砂の階層だった四階からは攻略する上でそれなりに強さが必要となるのは間違いない。
この五階もまたオークがいて、それ以外にも他のモンスターがいる筈だった。
(ただ、四階にはリザードマンがいて、五階にはオーク。俺の印象としては、オークよりもリザードマンの方が強いモンスターだと思うんだけどな。上位種や希少種と、そういうのを考えると何とも言えないけど)
レイの中には、やはりガガやゾゾといったリザードマンの印象があるので、そのように思うのかもしれないが、それでもレイの印象としてはそういう感じだった。
(となると……あれ? もしかして、この五階にいるオークって普通のオークじゃないのか? もしかしたら、オークの上位種とか、そういうのなのか?)
そう思うレイだったが、実際にオークを見た時の印象からすると、普通のオークのようにしか思えなかった。
それでも、もしかしたら……万が一にもそういうことがあった場合のことを考えて、レイはミスティリングの中から、先程のオークの魔石を取り出す。
「セト」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトはどうしたの? と走る速度を緩めて、背中に乗っているレイに視線を向けてくる。
レイはそんなセトに向かって、取り出した魔石を渡す。
「この魔石、ちょっと使ってみてくれないか? もしこの魔石を持っていたオークが普通のオークじゃなくて、何か特殊なオークだったら……もしかしたら、この魔石で魔獣術が使えるかもしれない」
「グルゥ? ……グルルゥ……」
セトはレイの言葉にそうなの? と喉を鳴らす。
セトから見た感じでは、先程のオークは普通の……希少種や上位種といったようなものではなく、本当に普通のオークのようにしか思えなかった。
だが、レイが言うのならと、レイが差し出してきた魔石をクチバシで咥え、飲み込む。
……が、特に何もない。
魔獣術が発動したら、すぐにでも脳裏にアナウンスメッセージが流れ、何らかのスキルを習得、あるいはレベルアップしたといったようなことになるのだが、そのようなことはない。
それはつまり、このオークの魔石では魔獣術が発動しなかったということを意味している。
「やっぱりか。となると、あのオークは普通のオークだった……ってことなのか?」
その後、一応ということでセトから降りたレイがデスサイズで別のオークの魔石を切断してみたが、それでアナウンスメッセージが流れるようなことはなかった。