3660話
「グルゥ!?」
セトはオークの希少種の肉を見て、そんな驚きの声を上げる。
肉そのものが黒かったのだから、それも当然だろう。
レイが思い出したように、烏骨鶏に近い色。
……正確には、烏骨鶏の肉と比べても明らかに肉の色はより濃い黒だ。
炭……とまではいかないが、それに近い肉の色。
セトがそれを見て驚くなという方が無理だった。
「グルゥ? グルルルルゥ!」
とはいえ、黒い肉を見たからといって、それを嫌悪するといったことはない。
普通なら肉の色が黒いといったようなことにでもなれば、その外見から嫌う者がいてもおかしくはないのだが。
寧ろセトは、黒い肉ということで強い興味を抱いている様子だった。
これがオークの希少種の肉であると知っているだけに、不味いことはないと判断するのはそうおかしなことではないのかもしれないが。
「グルゥ!」
食べてみたい!
そう喉を鳴らすセトだったが、レイは首を横に振る。
「この階層のモンスターなら、俺とセトなら全く問題なく倒せると思う。けど、こんな美味い……多分、いや間違いなく美味い肉を食べている時に、その匂いに惹かれて他のモンスターがやってきたりしたら、どうする? 美味い肉を味わっている邪魔をされるのは、面白くないだろう?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは渋々といった様子だが、同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、ここで美味い肉を食べている時に邪魔されるといったことは避けたいのだろう。
「さて、そうなると残る問題はこの魔石だけど……どうする?」
「グルゥ? ……グルルゥ」
セトはレイに……より正確にはデスサイズに譲ると喉を鳴らす。
セトにとっても、未知のモンスターの魔石は魅力的だ。
魔獣術に使えば、新たなスキルを習得したり、もしくは現在のスキルがレベルアップする可能性があるのだから。
しかし、オークの希少種を倒したのはレイだ。
そうである以上、ここはレイの使うデスサイズに譲った方がいいと、そう思ったのだろう。
「いいのか? 悪いな」
レイはそんなセトの心遣いに笑みを浮かべ、その身体をそっと撫でる。
そのまま数分が経過したところで、セトから離れ……ミスティリングからデスサイズを取り出す。
「さて、どんなスキルを覚えられるのか、もしくはレベルアップするのか……どうだ?」
その言葉と共にオークの希少種の魔石を放り投げ、デスサイズで切断する。
【デスサイズは『黒連 Lv.一』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが脳裏に響く。
「えっと……黒連? 国連じゃないよな?」
聞き覚えのある名前に、レイはそう呟く。
国連というのは、日本にとって本当に意味のある機関なのかどうかというのを、日本にいる時にニュースでそれなりに見た記憶があった。
それと同じような名前のスキルなら、一体どういうスキルなのか。
相手から金を奪うスキルなのではないか。
ふとそう思ったが、そもそも字面が違う以上はそういうスキルではないだろうと思う。
「グルゥ? グルルゥ、グルルルルゥ!」
黒連というスキルに戸惑っているのが分かったのだろう。
セトは、実際にそのスキルを使ってみたら? と喉を鳴らす。
実際、スキルの効果は使ってみなければ分からない以上、セトの勧めは決して間違いではない。
「そうだな。じゃあ、使ってみるか。一応、何が起きるのか分からないから、セトは少し離れていてくれ」
レイの指示に、セトは大人しく従う。
どのような効果を発揮するスキルなのか分からない以上、周囲にどのような影響を与えるのかは分からない。
だからこそ、何が起きてもいいように離れておく必要があった。
そうして十分にセトが離れたのを確認し、もし何かがあっても周囲に生えている木々が多少なりともスキルを防ぐだろうと判断し、デスサイズを手にする。
(これがもっと分かりやすい名前だったら、ここまで警戒する必要もなかったんだけどな)
例えれば、腐食や飛斬といったスキル名なら、そこからどのような効果なのか分かりやすい。
だが、黒連というのは……その名前だけでは、どのようなスキルなのかは全く分からない。
(連ってついているということは、多連斬のように多数の攻撃があるのか? ……まぁ、もし危ないスキルであっても、結局のところはまだレベル一だ。その時点で威力や効果範囲はそこまで気にしなくてもいいだろう……と思っておく)
そんな風に思いながら、レイはスキルを発動する。
「黒連!」
スキルを発動すると、次の瞬間デスサイズの刃が黒く染まる。
そのことに少し……いや、大分驚くレイ。
今まで多くのスキルを使ってきたが、その効果はあくまでもデスサイズに直接影響するようなことはなかった。
しかし、この黒連というスキルはデスサイズの刃の色を変えたのだから、それに驚くなという方が無理だろう。もっとも……
「で、これからどうすればいいんだ? デスサイズのスキルなんだから、振るえばいいのか?」
疑問を抱きつつ、デスサイズを振るうレイ。
すると、デスサイズの刃の軌道に沿って、空中に黒い斬り傷……もしくは黒い空間とでも呼ぶべきものが生み出されていた。
「おお……」
空中に生み出された、デスサイズの刃の軌跡に沿ったかのような、黒い空間。
それを見たレイは驚きの声を上げる。
上げるのだが……数秒が経過しても、特にその黒い空間に何も起きないのに気が付き、首を傾げる。
「グルルゥ?」
その黒い空間を見たセトも、レイに向かって一体これは何なの? と不思議そうに尋ねる。
だが、黒連のスキルを使ったレイもこれが何なのかは分からない。
それでも見ていれば黒い空間に何か変化があるのかと思い、じっと観察していたのだが……数分が経過したところで、不意にその黒い空間が消える。
「え? あれ? ちょっと待った。これで本当に終わりなのか?」
黒い空間が消えた場所を見たレイは、慌ててその空間のあった場所を確認する。
だが、やはりそこには何もない。
黒い空間があった痕跡の類も特になく、黒連というスキルが一体どのような意味を持つのか全く分からない。
「グルルゥ?」
離れた場所で見ていたセトが、不思議そうに喉を鳴らしながら近付いてくる。
そんなセトに向かい、レイは困ったような視線を向け、口を開く。
「このスキルは、ちょっと分からないな。あの空中に出来た黒い空間に何の意味があるのか……ちょっと待ってくれ。もう一度試してみる」
レイの言葉に、セトは今度はレイから離れず、その近くで待機する。
先程の黒連の効果を思えば、近くにいても構わないと判断したのだろう。
実際、レイも自分で黒連を使っておいてなんだが、とてもではないが周囲に何らかの影響があるとは思えなかった。
「黒連」
スキルを発動。
先程と同様にデスサイズの刃が黒くなったのを確認してから、その場でデスサイズを振るう。
するとこちらも先程同様、デスサイズの刃の軌跡に沿うように、黒い空間が出来る。
その黒い空間を確認してから、レイは周囲を見回し、地面に落ちている枝を拾い……黒い空間に投擲する。
もしかしたら、黒い空間はいわゆる設置型の罠のようなものではないのかと考えた為だ。
だが、レイの投擲した枝は黒い空間に触れると、そのまま通りすぎる。
「これも違うか。……となると、何なんだ?」
ミスティリングの中に入っている、使い捨ての槍を一本取り出し、黒い空間に触れさせる。
しかし、そちらも結局は特に何も起きない。
「となると……ゴブリンでもいればいいんだけど、いないんだよな。……ああ、しまった。あの冒険者二人が生きてればな」
オークの希少種によって殺された、冒険者狩りをしていた二人を思い出す。
あの二人なら、この黒い空間に接触させてみてもよかったのに。
そのように思ったのだが、もう死んでいる以上は仕方がない。
レイの中で決意を固め、そっと手を伸ばし……その手が黒い空間に触れるも、特に何もない。
「あれ? これって本当に何もないのか? 生きてる相手には何らかの反応があると思ったんだが」
もし本当にそのようなことになれば危険だが、幸いなことに黒連のレベルはまだ一だ。
レイが予想した……いや、そうであって欲しいと思ったように、生み出された黒い空間に何らかの効果があっても、その効果はかなり低い筈だった。
だというのに、結局何もなかったのだ。
レイはかなり気落ちしてしまう。
「この黒連ってスキル……一体何の意味があるんだ? 出来ることとなると……相手に対するハッタリとか?」
実際、空中に黒い空間が出来るというのは、かなり衝撃的な光景だ。
何も知らない者がこの光景を見れば、その黒い空間に怯えてもおかしくはなかった。
とはいえ、ハッタリだと知られれば二度目からは全く意味のないスキルだが。
初見殺しのスキルなのかもしれないが、それにしても……とレイは納得出来ない。
「他には、何が出来る? 黒い空間だし、丁度相手の目に被せるようにすれば、目眩ましとか?」
そうも思うが、そんなことをするのなら目眩ましをせずに少し踏み込みを大きくして相手の頭部をそのまま切断してしまった方が手っ取り早い。
どうしても目眩ましをしなければならない状況……そのようなものもあるかもしれないが、その時は黒連以外に幾らでも手段があるだろう。
「目眩ましもちょっとな。……だとすれば、レベル五になったら大きく化けるスキルとか? あ、これは結構ありそうだな」
どのスキルもそうだが、レベル五になると化ける。
そう考えれば、この黒連というスキルもレベルが五になって初めて使い勝手がよくなるスキルなのではないか。
……それは、そうなって欲しいというレイの願望に近かったが。
ただ、そのように思う理由がない訳でもない。
魔獣術の特性を考えると、本当の意味で全く何の意味もないスキルを習得させるとは思えないのだ。
それなら、それこそ普通のゴブリンの魔石を使った時のように、何のスキルも習得出来なかったとするだろう。
つまり、こうして習得出来た以上、黒連というスキルはきっと何らかの有効さがある筈だった。
「……一応、空中だけじゃなくて、地面とか木にもやってみるか。もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、黒い空間が出来た瞬間には何らかの効果がある可能性もあるし」
自分でも無理だろうと分かっているような言い方だったが、それでも試してみるのは悪い話ではない。
そう思いつつ、再び黒連を発動したのだが……
「うん、やっぱりな」
「グルゥ……」
がっかりしたように呟くレイに、セトが慰めるように言う。
セトにとっても、このスキルについては思うところがあったらしい。
同じ魔獣術によって生み出された存在である以上、当然かもしれないが。
「ありがとな」
レイは慰めてくれるセトを軽く撫でると、気分を切り替える。
「取りあえず目的だったオークの希少種は倒した。となると、地上に戻る……あ、でもそうだな。一応、あの冒険者達のギルドカードを持っていくか」
ギルドカードを持っていけば、その冒険者がダンジョンで死んだというのがギルドで確認される。
ただ、この場合問題なのは、そのギルドカードを持っていた二人は、冒険者狩りをしていた冒険者達だということだろう。
それを考えれば、説明するのが少し面倒になるかもしれない。
幸いなことに、レイは異名持ちのランクA冒険者という意味で有名人だ。
また、冒険者育成校がわざわざ呼び寄せた人物ということもあり、信用されている。
そんなレイが言うのであれば……と、すぐに信じたりはされないかもしれないが、問答無用でレイが二人を殺してそれを誤魔化そうとしているとはならない筈だった。
(ならないよな?)
いざという時は、冒険者育成校のフランシスにどうにかしてもらおう。
そう思いながら、先程の場所……オークの希少種と戦った場所に戻る。
(そもそも、こんなオークの希少種のいる場所で冒険者狩りをしてるってのはどうなんだ? いや、それとも最初からその辺については全く理解していなかったとか、そんな感じなのか? 希少種がいるというのを分からなかったから……となれば、分からないでもないか?)
そう疑問に思うレイだったが、もう真実を話す者がいない以上、ここで何を考えても意味はない。
であれば、やはりここは気にしないようにしておく。
「荒らされていないか。セトのお陰か?」
二人の男の死体は、特に喰い荒らされたりはしていなかった。
森のフィールドということで、肉食系のモンスターが多くてもおかしくはないのだが。
あるいはこれもセトのお陰か?
そのように思いながら、レイは二人の冒険者の男の死体を漁るのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.八』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.五』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.五』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.六』『飛針 Lv.四』『地中転移斬 Lv.二』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.三』『黒連 Lv.一』new
黒連:デスサイズの刃が黒くなり、その刃で切断した場所が黒くなる。レベル一では一度デスサイズを振るって黒い斬り傷を作ると消える。その黒い空間はただそこに存在するだけで、特に特殊な効果はなく、数分で消える。