3657話
カクヨムにて17話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
「これは……確かに砂漠とは呼べないな」
四階に降りたレイは、目の前に広がっていた光景にそう呟く。
砂漠の中でも砂の砂漠というのはかなりの砂があるのだが、目の前に広がってる光景は、砂漠とまではいかず、砂浜……もしくは公園にある砂場がどこまでも広がっているかのような、そんな光景だった。
そして……砂の上には、血がある。
不規則な間隔なのは、先程の三人組が必死になって走っていたから、その影響だろう。
レイがそんな様子に目を奪われていると……
「グルゥ」
セトが、レイを注意するように喉を鳴らす。
そんなセトの様子で、レイは我に返った。
自分がこの四階にいるのは、五階にいるというオークの希少種を倒す為なのだと。
「悪い、セト。そうだったな。今はとにかく、出来るだけ早く五階に向かわないと。……空を飛んでも大丈夫か?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
幸いなことに、四階の階段近くには他の冒険者の姿はない。
これは四階が砂の階層とでも呼ぶべき場所なので、それを嫌がってここで活動している冒険者の数が少ないのか、それとも偶然今は冒険者がいないだけなのか。
その辺は生憎とレイにも分からなかった。
しかし、周囲に冒険者がいないという今の状況はレイにとって決して悪いものではない。
「グルルルルゥ!」
レイが軽く首の後ろを叩いて合図すると、セトは素早く走り出す。
数歩の助走の後、翼を羽ばたかせながらセトは空に駆け上がっていく。
とはいえ、そこまで高度は取らない。
具体的にどのくらいの高度ならダンジョンの範囲内なのかが分からない以上、下手に高度を取ると場合によっては見えない天井に頭をぶつけることになりかねないのだから。
ちなみにこの階層は天井があるようには思えない。
まるで外のように青空が広がっている。
それ自体はそこまで珍しいものではない。
それこそダンジョンだからで納得出来る範囲内だ。
それでも明確に天井が見えない以上、その辺は気を付ける必要があるのは間違いなかった。
(それに、砂にある血を見逃さないようにする必要があるしな)
先程の三人組のうち、怪我をしてここを移動してきた男から聞いた情報。
それは五階に続く階段から、三階に続く階段まで真っ直ぐ走ってきたということだった。
それはつまり、砂に落ちた血を追っていけば五階に続く階段に到着するということを意味していた。
砂に落ちている血……それを見つけるのは、普通ならそう簡単なことではない。
だが、セトの持つ鋭い視覚があれば不可能ではない……どころか、容易ですらある。
視覚だけではなく、嗅覚もある。
血の数滴を嗅ぎ取るのはセトであれば難しくはないし、嗅覚上昇のスキルもある。
それだけに、空を飛ぶセトなら五階に続く階段まで移動するのはそう難しくはない。
(とはいえ……砂地が広がる階層となると、どんなモンスターがいるんだろうな?)
これが本格的な砂漠の階層であれば、地中に隠れて敵……この場合は冒険者となるだろうが、その冒険者が現れたところで、奇襲をするといった方法がある。
しかし、ここにある砂の地面の厚さそのものはそこまでではなく、そのようなことをするのは難しい。
勿論、絶対にそのようなことが出来ないという訳ではない。
蛇型のモンスターのようなタイプであれば、そのようなことも可能かもしれない。
(後は……空か)
レイは空を飛ぶセトの背の上から、周囲の様子を確認する。
砂の地面がどこまでも広がっているこの四階において、攻撃をする際に有利なのはやはり空を飛ぶモンスターだろう。
そうである以上、こうしてレイ達が空を飛んでいる以上は狙われる可能性が高くなってしまう。
もっとも、レイにしてみれば未知のモンスターとの遭遇、そして戦闘は寧ろ積極的に行いたいとすら思っているが。
ただ、こうしてセトの背の上から周囲の様子を確認しても、特にモンスターの姿を見つけることが出来ない。
(空を飛ぶモンスターはいないのか?)
あるいはいても、セトを見た瞬間に逃げているのかもしれないが。
そんな風に考えていると、金属音が聞こえてくる。
何だ? と地上を見たレイは、二人の冒険者がリザードマンと戦っているのが見える。
それもただのリザードマンではなく、身体の色が砂色になっているリザードマンだ。
(そう言えば、エグジルのダンジョンでも砂漠でリザードマンと戦ったことがあったような、なかったような……?)
そう思うも、戦っている冒険者達の手助けをするつもりはない。
何しろ、リザードマンは四匹いて冒険者は二人なのに、明らかに優勢なのは後者なのだから。
三階でウィードアニマルに襲われていた冒険者育成校の生徒達を助けた時は、生徒達の方が危なかったから、一声掛けて助けたのだ。
その時と比べると、現在地上で戦っている二人は有利である以上、レイが助ける必要はない。
それこそここで強引に戦いに割り込んだりしたら、横殴りと認識されてしまうだろう。
レイはそれを知っているので、手を出すようなことはせず、上空から戦いを眺めるだけだ。
その時……
「へぇ」
レイの口から感心の声が上がる。
何故なら、リザードマンと戦っている二人のうち、片方が不意にその顔を上げたからだ。
その視線は、間違いなくレイやセトに向けられていた。
それはつまり、レイの視線に気が付いたか、あるいは気配か何かを察知したという事だろう。
(それなりに腕の立つ奴もいるらしいな。……四階にいる理由は分からないけど)
転移水晶が存在する以上、それが設置されている場所までは即座に転移出来る。
勿論、それはあくまでも転移水晶に登録したらの話だが。
マティソンと比較しても、恐らくは上の実力を持つ二人。
そんな二人が何故四階にいるのか、レイには分からなかった。
(考えられるとすれば、この階層でしか入手出来ない何らかの素材があるとか?)
ダンジョンはその階層ごとに環境が大きく変わる。
一階と三階のように、同じ草原というのもあるが……それでもウィードアニマルの例を見れば分かるように、一階にいないモンスターが三階にはいる。
そういう意味で、この四階でしか確保出来ない何らかの素材があり、それを採取するなり、剥ぎ取りをするなりする為にガンダルシアにおいては腕利きの冒険者がここにいてもおかしくはない。
他にも幾つか考えられる可能性はあるが、今はそれを考えるよりもオークの希少種を見つけて倒すのが先だと、レイはセトの背に乗って移動を続けるのだった。
「ねぇ、ギガナス。さっきの見た?」
女は長剣に付着した血を振り払いながら、相棒に尋ねる。
ギガナスと呼ばれた相棒は、ポールアックスを肩に担ぎながら、女の言葉に頷く。
「ああ。グリフォンだろう。噂になっていた深紅のレイで間違いない。ガンダルシアに来てからまだ数日だってのに、もう四階までやってきたのか。さすが異名持ちだな」
感心したように言うギガナス。
異名持ちの高ランク冒険者ということで、自分達より格上の存在だというのは理解していた。
だが、それでも数日で四階まで来るというのは、呆れるしかない。
……いや、そのようなことが出来るからこそ、異名持ちになれるのだと言われれば、納得するしかないのだが。
「でも、レイは冒険者育成校の教官でしょう? 教官をやりながら四階までって……ちょっと信じられないわね」
「そうだな。ただ、ああいう連中のことは気にするだけ無駄だ。上を見れば、それこそ幾らでも上は存在してるんだからな。だから俺達がやるべきなのは、少しでも自分の力を付けることだ。……その為に、わざわざ四階まで戻ってきたんだし」
「そうね。出来るだけ早く素材を確保出来るように頑張りましょうか。……どうやら、仲間の血の臭いに引き寄せられてきたみたいだし」
女はそう言いながら、新たに姿を現したリザードマンの群れに視線を向けるのだった。
「お、あれだな」
セトの背の上で、レイは視線の先にある階段を見てそう呟く。
血の跡を追ってきた為、普通に攻略するよりも大分素早く階段を見つけることが出来た。
その階段を見つけ、嬉しそうな様子のレイ。
三階では階段を見つけるのにかなり手間取った……それ以外にも色々な出来事があったのに比べると、四階では結局特に何も起きなかったのだから。
空を飛ぶモンスターが出てくるかも……いや、出て来て欲しいという思いもあったが、結局そのようなモンスターも出てくることはなかった。
単純に四階には空を飛ぶモンスターが存在しないのか、もしくは空を飛ぶモンスターがいてもセトの存在を察して近付かなかったのか。
そのどちらなのかはレイにも分からないが、とにかく空を飛ぶ敵に遭遇することがなかったのは間違いない。
(イベントらしいイベントとなると……あの二人組がリザードマンと戦っていた件か?)
離れていたので、あのリザードマンがレイの知っている普通のリザードマンなのか、あるいは以前エグジルのダンジョンにある砂漠で遭遇したのと同じタイプのリザードマンなのか、もしくはそれらと全く違う、ガンダルシアのダンジョン特有のリザードマンなのか。
そこまではレイにも正確には分からなかった。
リザードマンと戦っていた二人組が危ないようなら、レイも魔石目当てに手助けをしただろう。
だが、レイが見た二人は明らかに自分達よりも数の多いリザードマンを相手にしているにも関わらず、有利に戦いを進めていた。
そのような状況で戦闘に乱入するのは問題なので、結局そのままスルーしたのだが。
とにかくレイが四階で遭遇したイベントとなると、その程度だった。
「グルルゥ?」
階段のある場所に降りてもいい?
そう喉を鳴らすセト。
レイも特に問題はないと判断したので、セトに頷く。
「降りてくれ。幸い、誰もいないから階段のすぐ側でいいぞ」
もしこれで階段の側に何人も人がいるようなら、空からセトが……グリフォンが急に降りてきたということで、攻撃をしてきてもおかしくはない。
もっとも、四階はまだダンジョンでは上層階だ。
そこで活動してる冒険者の強さを考えると、応戦するより逃げる方を選ぶのが自然だろう。
ただし、冒険者の中には気の強い者も多い。
あるいはここで逃げれば他の冒険者に侮られるといった考えから、セトに立ち向かう者もいるかもしれない。
そのような冒険者達では、セトがどうにかなるということはないだろう。
それでもわざわざ冒険者と敵対する必要はないだろうとレイには思える為、もし階段の近くに冒険者達がいれば、レイはセトにある程度離れた場所に降りるように言う。
離れた場所に降りれば、セトの背中にレイが乗っているのを知らせることが出来る。
そうなればセトはレイの従魔であると認識され、それによって必要のない戦いは避けられるのだから。
ただ、今の階段の側には特に誰の姿もないので、そんなことを気にせず地上に降りる。
「さて……行くぞ。五階にはオークの希少種がいる。聞いた話によると、五階は森になっていて、黒いオークはかなり強力な防御力を持っているらしい。それでいて大剣も使いこなす実力を持っているとか。そういう意味では、ある程度警戒した方がいいかもれないな」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
そんなセトを一撫ですると、レイはセトと共に階段を降りていく。
そして階段を降りると……むわっとした森の臭いが漂う。
階段を降りている時は、そのような臭いはなかった。
なのに、階段を降りるとすぐにそのような臭いが漂ってくるのだ。
(草いきれ……とかだったか?)
木々の臭いというのは、山の側で生まれ育ち、小さい頃は山の中が遊び場だったレイにとっては、特に珍しいものではない。
ただ、この手の臭いは慣れていない者にとっては違和感があるという話を思い出しつつ、周囲の様子を確認する。
「いないな」
「グルゥ」
セトが何も反応していない時点で、周囲にオークの希少種がいないというのは分かっていた。
それでも相手が希少種である以上、レイにとっては理解出来ない何らかの行動をする可能性もあるので、念には念を入れた形だ。
(とはいえ、森の中か。俺にとってはあまり好ましい場所じゃないんだよな。……まさか一気に燃やすなんてことも出来ないし)
五階に他の冒険者がいる可能性を考えると、それは出来ない。
また、森で採取出来る素材の類もあり、森を燃やしてしまうとそれらも全て燃やしてしまうことになる。
そう考えると、やはり森を燃やすのは本当にどうしようもなくなった時以外は止めておこうとレイは思うのだった。