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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3656/3865

3656話

「ありがとう、助かった!」


 三人組の冒険者のうち、無事……という訳ではないが、そこまで大きな怪我をしていなかった男の冒険者が、レイに向かってそう言う。

 レイが渡した新型のポーションは、予想したように……いや、予想以上にその効果を発揮した。

 多分大丈夫だろうとは思っていたが、もしかしたら……そのように思ってはいたものの、そんなレイの予想は良い意味で外れた。


「それで、その……値段はどのくらいになるのかしら?」


 女の冒険者が、レイに恐る恐るといった様子で尋ねる。

 既に三階に到着してからある程度の時間が経過していることもあり、自分達にポーションを渡したのがレイであるというのは、グリフォンのセトを見て理解していたが……だからこそ、女は不安を抱く。

 パーティメンバーの怪我が治ったのだ。

 それは勿論嬉しいものの、それだけの効果があるポーション……それも今度ミレアーナ王国で売りに出されるポーションとなれば、かなり高価でもおかしくはない。

 そして女のパーティはこのガンダルシアにおいて、決して優れたパーティではない。

 中堅……いや、中の下といった程度のパーティでしかないのだ。

 そうである以上、レイが要求する金額によっては支払うのが難しくなる。

 そう思っての言葉だったのだが……


「そうだな。貸しってことにしておくよ」

「ぐ……」


 レイの言葉に、女は思わず呻き声を上げる。

 現在の自分達に、支払う金額が……それこそ致命傷とはいかずとも、その一歩か二歩手前だった仲間の傷を治すだけのポーション。

 それもただのポーションではなく、ミレアーナ王国で新しく作られたという、新型のポーションだ。

 それをもし自分達が買うということになれば、一体どれくらいの金額になるのか。

 正確には分からないが、それでも結構な値段がするのは間違いない。

 その金額分の借りをレイに作ったということは、一体どんな風に返さなければならないのか。

 これで自分達がダンジョンの最前線を攻略しているパーティならともかく、今のところ自分達は最高でも七階までしか潜ったことがない……ガンダルシア全体で見ても、中堅といったくらいのパーティだ。

 とてもではないが、そんな新しいポーションの金額分の借りを返せるとは思えない。

 レイもそれを知っているのは間違いないのに、何故ここでそのようなことを言ってくるのか。

 手っ取り早く考えられるのは、それこそ女としての自分を求めているというものがあるが、レイのように有名な人物であれば、女に困るということはないだろう。

 勿論人の趣味はそれぞれなので、何か自分がレイのそういう場所を刺激したという可能性もあるが……レイが自分を見る目には欲望の色はないので、恐らく違う。

 そうなると、一体何を思って自分達に貸しを作ったのか……女には全く分からなかった。

 だからこそ、レイに対する借りというのは女にとってどう考えればいいのか分からず、怖い。


「貸しって……一体私達に何をさせる気なの? 分かってると思うけど、私達はそこまで強いパーティじゃないのよ? いいところ、ガンダルシアでも中堅といった程度なの」

「だろうな。まぁ、今のところは特に何かをしようとは考えていない。ただ、このダンジョンを攻略する上で助けが必要になったら、その時は助けて貰うと思う」

「……分かったわ」


 完全に納得した訳ではなかったが、女はレイの言葉に素直に頷いておく。

 もしここでこれ以上しつこく尋ねたりした場合、それなら……と何かをさせられたら困ると思った為だ。

 退くべき時にはしっかりと退く必要がある。

 そう判断しての行動だった。


「じゃあ、もし私達で何か助けられることがあったら、連絡をしてちょうだい。何度も言うようだけど、私達はあくまでも中堅のパーティよ。出来ることと出来ないことがあるから、それを理解した上で声を掛けて欲しいけど」

「ああ、分かった。……今更聞くのはなんだけど、どんなモンスターにやられたんだ?」

「オークの希少種よ。黒い肌をして、大剣を持った」

「オークの希少種か」


 女の言葉に、レイは笑みを浮かべる。

 レイにしてみれば、オーク系のモンスターというのは美味しい……文字通りの意味で美味しい敵だ。

 ましてや、希少種ともなれば普通のオークよりもランクが一つ上の存在として扱われる。

 具体的には、本来ならグリフォンはランクAモンスターなのだが、セトは多種多様なスキルを使えるということで希少種という扱いになり、ランクS相当ということになっている。

 また、オークの魔石は魔獣術で既に使っているが、それが希少種となれば別のモンスター扱いになり、再度魔石を魔獣術に使えるというのも、レイにとっては大きい。


「そのオークの希少種が現れたのは四階か?」

「いえ、五階よ。そこで奇襲を受けて、何とか逃げてきたの」

「それは運が悪かったな。けど、逃げられたという意味では運が良かったのか」

「……そうね」


 奇襲を受けながらも、誰も死なないで逃げ切ることが出来たのだ。

 そういう意味では幸運だろう。

 ましてや、相手はオークなのだ。

 もしレイと話している女が捕まったら、どのような目に遭っていたのか想像するのは難しくない。

 それこそ女として最悪の末路を迎えていただろう。

 ……いや、そもそも末路を迎えられたかどうかも分からない。

 延々と生かされ続けるということになる可能性も否定出来なかった。

 オークに勝つことが出来るだけの実力を持っていれば、オークは美味しい相手なのは間違いない。

 だがオークに勝てないのであれば、絶望しか待っていないのも事実だった。


「ともあれ、希少種がいるというのは俺にとっては悪くない話だ。……五階だな?」

「行くの?」


 改めてオークの希少種と遭遇した階層について尋ねるレイに、女はそう尋ねる。

 実際には尋ねるまでもないことなのは分かっていたのだが、それでも尋ねてしまったのは、黒いオークの実力について十分に知っていたからだろう。

 普通のオークなら、女達も勝てる自信はあった。

 勿論、オークの集団であったりすれば話は別だが、それでも自分達と同じ数であれば、間違いなく倒せるだろう。

 しかし、そんな女達を相手にオークの希少種は一匹だけで蹂躙したのだ。

 女達に出来るのは、オークの希少種から何とか仲間を連れて逃げ出すことだけ。

 それでも無事に逃げ出すことが出来たのは、女達の実力もそうだが、何よりも運が良かったからだろう。

 そんな相手に、目の前のレイは挑もうとしている。

 レイの実力を考えれば……それこそ聞こえてくる噂の一割でも本当なら、オークの希少種を相手にしても勝利出来るのは間違いないだろう。

 だがそれでも……仲間の命の恩人がどうにかなるかもしれないということは、考えたくなかった。


「ああ、行く」


 レイが一瞬の躊躇もなく、そう告げる。

 それを聞けば、女もそれ以上は何も言えなくなった。


「……じゃあ、気を付けて」


 結局女が口に出来たのは、その言葉だけ。

 それを聞いたレイは頷き、セトに視線を向ける。


「グルゥ」

「あ、悪いな。もう行くのか? 気をつけろよ」


 先程まで、下手をすれば生きるか死ぬかの怪我をしていた男が、撫でていたセトの様子にそう告げる。

 その態度の図太さに呆れるレイ。

 それは悪い意味ではなく、良い意味での呆れだ。

 冒険者をしている以上、どうしても怪我をするということはある。

 そして冒険者の中には、一度怪我……それも先程のこの男のように重傷を負ってしまうと、それにトラウマを抱く者もいるのだ。

 勿論、そのようなトラウマを抱いても自分でそのトラウマを乗り越える者も多い。

 ……乗り越えられない者は冒険者を続けられなくなる者が大半なので、当然なのかもしれないが。

 そういう意味で、この男は重傷を負ってもそれが治ればトラウマを抱いた訳ではないので、冒険者向きだとレイには思えた。


「セトの相手をしてくれていたみたいだな。感謝する」

「いや、そう言われると、俺は命を助けて貰ったんだ。一体どれだけ感謝すればいいのか、分からないって」

「その件については、お前達に対する貸しということになった。……正直、オークの希少種の件でその貸しは半ば返して貰ったと思うけどな」


 ポーション……それも今までとは違う新型のポーションだったが、レイにとっては正直なところ、そこまで重要ではない。

 それよりは、オークの希少種の方が十分大きな意味を持つ。

 寧ろレイとしては、今の時点で自分達の方に利益が多いとすら思っていた。

 だからといって、それをわざわざ口にする気はなかったが。


「とにかく、俺達は五階に向かう。出来れば四階もしっかりと探索をしたかったけど……いや、それを言うなら三階もだけどな」


 結局三階で入手した魔石は、ウィードアニマルの物だけだった。

 魔獣術的な意味では、あまり美味しくなかったのは事実。

 もっとも、それでも未知のモンスターと遭遇出来たことは、レイにとって決して悪くはなかったが。


「四階は砂漠……とは言えないな。砂浜? そんな感じだから気を付けてくれ」

「砂漠じゃないってことは、暑くはないのか?」


 以前、ミレアーナ王国にある迷宮都市のエグジルのダンジョンで、レイは砂漠の階層を経験した。

 その時はドラゴンローブのお陰もあって苦労はしなかったが、それでも他の冒険者にしてみればかなり厳しい階層なのは間違いない。

 そんな厳しい階層が、四階という浅い場所にあるのは不自然に思えた。

 それを示すように、男はレイの言葉に頷く。


「砂漠ってのは人から聞いた話だけど、一面が砂なんだろう?」

「まぁ……そうだな」


 取りあえず男の言葉に頷くレイだったが、それは実際には間違いだとレイは知っていた。

 砂漠と言われて一般的にイメージするのは、男が言うように一面が砂の世界だ。

 だが、実際には砂漠の中には岩石砂漠のような砂ではない荒れ地のような場所もある。

 ……それをここで口にしても、下手に話が逸れるだけなので、それを口にするようなことはなかったが。


「だろ? で、信じられないくらいに暑いと。けど、四階は砂が広がっているけど、気温は普通なんだよ」

「……なるほど。つまり砂漠の体験版とか、そんな感じか?」

「どうだろうな。けど、今のところ十八階まで攻略されているこのダンジョンだけど、そういう場所はないって話だぜ」


 それはフラグでは?

 男の言葉に一瞬そう思ったレイだったが、それを口にしても男が理解出来る訳ではないので、その件については特に突っ込まない。


「分かった。そういう場所なら、俺達は得意だ。なぁ、セト?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが喉を鳴らす。

 実際、レイもセトも暑さや寒さは全く効果がない。

 もし本当に砂漠があっても、レイとセトなら容易にどうとでも出来るだろう。


「じゃあ、俺は行くよ」

「ああ。……そうそう、四階の階段の位置だが、俺達は真っ直ぐ三階に続く階段までやってきた。そして俺は怪我をしていた。……分かるな?」

「助かる。オークの希少種の件とその情報で、ポーションの貸しは清算されたってことにしておいてくれ」


 少しでも早くオークの希少種を倒したいレイにしてみれば、真っ直ぐ四階の階段に行けるというのは非常にありがたかった。

 この三階でも、階段を見つけるのに結構な苦労をしたのだから。

 特にオークの希少種は、その名前通り非常に希少だ。

 五階で活動している冒険者が具体的にどのくらいの実力なのかはレイにも分からない。

 だが、その冒険者達がオークの希少種を倒してしまうという可能性は十分にあった。

 そうなる前に、レイは自分でオークの希少種を倒したい。

 その助けとなる情報をくれた以上、ポーションの件についてはチャラということにしても構わなかった。


「え? いいのか? いや、それは助けるけど……」

「ちょっと! ……ありがとう。じゃあ、そういうことでいいわね」


 男が何かを言おうとしたところで、先程までレイと話していた女が近付き、その口を塞ぐ。

 女にしてみれば、レイに対する借りなど少しでも早く返したい。

 それをレイが自分からしてくれるというのだから、それを邪魔するような男の口を塞ぐのは当然だった。

 そんな二人の様子を、周囲の様子を警戒している最後の男が呆れの視線で見ていた。

 レイもまた、そんな二人に呆れつつ口を開く。


「オークの希少種の情報を、そいつがいる場所に真っ直ぐ行く為の手助け。これだけ貰えばこっちとしては問題ないから、貸しについてはこれで返したということにする。そんな訳で俺達は行くから、お前達も頑張って地上まで戻ってくれ」


 そう言い、レイはセトの背に乗って階段を降りていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 10周年………すんごいなぁ…… ここまで人って持続できるものなのかぁ……。
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