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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3655/3865

3655話

「ありがとうございました」


 四人組の冒険者……冒険者育成校の生徒達が、レイに向かって頭を下げる。

 とはいえ、その表情は本当に満足したといった様子ではない。

 この四人にしてみれば、レイは自分達の教官なのだから、自分達に味方をしてくれるのだろうとばかり思っていたのだ。

 しかし、実際には違う。

 四人にとって不利な結果にはならなかったものの、有利な結果にもならなかった。

 そう考えると、やはり今回の一件は不満……とまではいかないが、満足出来るものではなかったのだろう。

 レイも自分を見る四人の様子から、何をかんがえているのかは分かる。

 分かるのだが、だからといって生徒達の要望を素直に聞かなければならない訳でもない。


「言っておくが、あのウサギのモンスターの死体を持っていって貰ったんだが、お前達は相手に感謝すべきなんだぞ」


 ウサギのモンスターと言われてレイが一番に思い浮かべるのは、ガメリオンだ。

 しかし、この四人が倒したウサギのモンスターは、ガメリオン程に大きくはない。

 だが、それでもそれなりの大きさがあったのは間違いなく、普通のウサギとは比べものにならない程の大きさだった。

 そのモンスターの死体を運ぶのは、それなりの労力となる。

 ましてや、その死体を運んでいるところを別のモンスターに襲撃されるかもしれないと考えれば、それなりに注意して移動する必要もある。


(あ、しまったな。いっそドワイトナイフで解体してしまえばよかったような。……まぁ、俺は教官だけの、この四人の保護者って訳じゃないし、あの三人の冒険者は初対面の相手だ。そう考えると、俺がわざわざドワイトナイフを使う必要はなかったんだろう)


 そんな風に思い直す。


「それで、レイ教官は何でここに? ダンジョンの攻略ですか?」


 気分を切り替える為にだろう。

 四人のうちの一人が、レイに向かってそう聞いてくる。


「ああ、そうだ。まだガンダルシアに来てからそう経っていないし、模擬戦の授業をやっていないクラスもいるから、本格的にダンジョンを攻略するとまではいかないけど、多少はダンジョンについて経験しておきたいと思ってな」

「多少体験してみるってだけで、三階とかに来るのは……ちょっとどうかと思いますけど」


 生徒達にしてみれば、自分達が必死になって到着した場所に、お試し感覚で来られるのは思うところがあるのだろう。

 冒険者育成校の生徒と、そこに教官として招かれたレイの実力の差でしかないのだが。


「今はまだ無理だが、本格的にこのダンジョンを攻略しようとは思っているしな」

「……それが、レイ教官の言葉でなければ、呆れるところなんですけど」


 このダンジョンは長年攻略をされていない。

 それはダンジョンの周囲に出来たガンダルシアという迷宮都市の存在や、その大きさを思えば分かりやすいだろう。

 また、ダンジョンの攻略が遅い……現在最深部まで潜っている久遠の牙でさえ、まだ十八階までしか到達していないのだ。

 迷宮都市の領主はそれを不満に思い、冒険者育成校を設立したのだから。

 そんなダンジョンをレイは一人で攻略しようとしている。

 普通に考えれば、それは根拠のない大口……どんなに好意的であっても、将来的な目標といったように思われてもおかしくはない。

 しかし、レイの場合は本気でそれを言っている。

 四人の生徒達もそれを理解しているからこそ、レイの言葉を笑ったりは出来ないのだろう。

 ……それを羨ましいとは思うが。


「マティソン教官を始めとした人達も、ダンジョンの攻略を頑張ってるって話でしたけど、レイ教官もそれに混ざるんですね」

「そんな感じだな。……ちなみにこの辺に四階に続く階段があるって話だけど、知ってるか?」

「え? ええ。それは分かりますけど、レイ教官ならギルドで地図を買ったり出来るんじゃないですか?」

「最初はそのつもりだったけど、マティソンから地図を売って貰えることになったしな。ギルドの地図は基本的に浅い階層しかないらしいし。それに実際に攻略をしながら自分達で描いたマティソン達の地図の方が信頼出来るだろう?」


 そう言われると、四人の生徒達もレイの言葉に頷く。

 ギルドの地図が信頼出来ない訳ではない。

 訳ではないが、それでもやはりマティソン達のように実際に自分達で攻略しながら描いた地図の方が信頼出来るのも事実。

 とはいえ、それでもまだその地図を貰ってないのなら、ギルドで地図を貰った方がいいのでは? とも思ったが。

 それを素直にレイに言うのはちょっと不味いと思ったのか、男は慌てて話題を変える。


「えっと、階段ですよね。向こうの方です。ここからだと、少し歩きますけど……」


 男はレイから視線を逸らし、周囲の様子を確認しているセトを見る。

 男達のいる場所に来た時、レイはセトに乗っていた。

 三人組の冒険者達と言い争いをしていたので、必ずしも周囲の様子を確認はしていなかったものの、それでも最低限の警戒はしていたのに、セトが近付いてくるのを察知出来なかったのだ。

 それだけセトが凄い……そして自分が未熟なのだろうというのは理解出来たが、そんなセトに乗って移動するのなら、階段まではそこまで時間が掛からない筈だった。

 そんなセトの移動速度を男は知らないので、具体的にどのくらいで階段に到着するのかというのは言えなかった。


「取りあえず向こうの方に真っ直ぐ向かえば階段はあります。セトの走る速度なら、そんなに時間は掛からないと思いますが」

「そうか、分かった。……じゃあ、俺は行くけど、お前達も気を付けろよ。三階でもそれなりのモンスターは出たりするから」

「はい、分かりました。その辺は心配いらないので、レイ教官もダンジョンの攻略を頑張って下さいね」


 その言葉に頷くと、レイはセトの背に乗る。

 するとセトは四人の男達に向かって頑張ってねと喉を鳴らしてから、走り出す。


「……あれ、俺達を励ましたんだよな?」


 セトが喉を鳴らしたのを一番近くで見ていた男が、セトがいなくなってからそう呟く。

 他の三人もその言葉に素直に頷く。

 間近でセトを……グリフォンという高ランクモンスターを見ただけでも驚いていたのに、そのグリフォンに声を掛けられた……いや、正確には喉を鳴らされたのだ。

 それに驚くなという方が無理だった。


「よし、頑張るか」


 そんな中で最初に我に返ったのは、レイと話していた男。

 セトの存在で驚いたりもしたが、それを聞いてこれからも頑張ろうと、しみじみとそう思うのだった。






「あ、見えてきたな」


 生徒達が気合いを入れ直して頑張っている頃、レイはセトの背の上で階段を見つけていた。

 先程聞いた方向に向かっていたのだが、特に何の問題もなく、こうして無事に階段を見つけられたのだ。

 もっとも、三階にきてからウィードアニマルに襲われたり、襲われている者達を助けたり、果実の件だったり、先程の一件だったりと、それなりに騒動に巻き込まれたりしていたのだが。

 そういう意味では、階段を見つけて特に何も問題がなかったのは、トラブル誘引体質のレイにとって幸運だったのだろう。


「人は……誰もいないな。まぁ、行動する上でそっちの方がいいけど」


 ここが三階なので、一階や二階と比べると人の姿は少ない。

 それでも階段の側なら、他にも冒険者がいてもおかしくはないと思っていたのだが……幸いなことに、階段の周囲には誰の姿もない。

 それはつまり、階段に近付くまでに速度を緩める必要がないということを意味していた。

 勿論、実際に階段の前までいけば止まる必要がある。

 まさか、走ってきた勢いのまま階段に突っ込む訳にもいかない。

 ……実際には、セトの身体能力があればそのようなことをしても特に問題はないだろう。

 だが、階段を上ってきている者がいた場合……セトのような巨体と正面からぶつかれば、それは致命傷となりかねない。

 ダンジョンの中でのことは冒険者の自己責任とはいえ、それが知られるとレイの立場的に色々と不味いのは事実。

 そんな訳で、レイはセトにある程度まで階段に近付いたところで速度を緩めさせたのだが……


「って、セト!」

「グルゥ!」


 階段の側に近づいたところで、不意に感じた気配にレイはセトの名前を呼ぶ。

 セトはレイの言葉に即座に従い、走っていた状態から急速に速度を落とす。

 草原に、セトの踏ん張った足の痕が続く。

 お陰で、セトは階段からある程度の余裕を持った場所で動きを止めた。

 本来なら、セトの背中に乗ったままでそのようなことをされれば、レイは前に吹っ飛ぶなり、あるいはセトの背から転げ落ちるなりするだろう。

 だが、レイはセトの背の上で上手い具合にバランスを取り、その背中から落ちるようなことはなかった。

 無事にセトが止まったところで、レイはその背から降りる。

 ただし、その目には警戒の色がある。

 まだミスティリングから武器は取り出していないが、もし何かあったら即座に武器を取り出せるようには準備をしていた。

 そんな中で、やがて階段から声が聞こえてくる。


「急げ、急げ、急げ! 早くダンジョンから出るぞ!」

「分かってるわよ! ほら、ヒナシゲ。しっかりしなさい!」

「だ……大丈夫だ。まだ俺は死なない。今度、俺とデートしてくれるって言っただろ? それを叶えるまでは……」


 そんな声にレイは一瞬気が抜ける。

 勿論、階段を上ってきている者達が切羽詰まっているのは分かる。

 分かるのだが、最後の男の言葉がどう考えても死亡フラグにしか思えなかったからだ。

 ……ここまで露骨な死亡フラグだと、それこそフラグが折れる前提で言ってるのではないかと思える程に。

 とはいえ、そんなレイの気持ちはすぐに引き締められる。

 階段から血の臭いが漂ってきた為だ。

 そして声が近付いてくると同時に、鉄錆臭は濃くなっていく。


「セト、場所を譲ろう。ただ、何があっても即座に対応出来るようにしておくように」

「グルゥ!」


 セトはレイの指示に従い、階段から離れる。

 もし階段を上がってきた冒険者が、三階に出た瞬間にセトの姿を見れば、それこそ敵だと認識してもおかしくはない。

 ましてや、漂ってる濃厚な血の臭いを考えれば、間違いなく怪我をしている者がいる。


(会話の内容からして、あの死亡フラグを口にした奴なんだろうけど)


 そんな風に思っていると、やがて階段から三人の冒険者が姿を現す。

 男が二人に女が一人。

 女が怪我をしている冒険者に肩を貸し、男はそんな二人の護衛をしていた。

 当然ながら、その護衛をしていた男は階段の側にいるレイの姿に気が付く。

 一瞬だけ緊張して警戒の視線を向けるものの、そこにいるのがレイ……いや、レイだとは認識していないだろうが、小柄なローブを着ている冒険者だと知ると、安堵する。

 セトは階段から離れているので、どうやらまだセトには気が付いていないらしい。


「すまねえが、ポーションを持ってないか!? 仲間が怪我をしてしまったんだ」

「あるけど、そっちの男の怪我はかなり深いぞ。それを治すとなると……かなり高級なポーションが必要になる」

「分かっている! 金は払うから、ポーションを持っていたらくれ!」


 そう言われたレイは、ふとエグジニスでトラブルを起こした結果、貰ったポーションを思い出す。

 それなりに効果が高い上に、瓶が割れたりとかしない、新しいタイプのポーション。

 正直なところ、自分で使うのはどうかと思わないでもなかった。

 ポーションを渡した執事のことを思えば、多分大丈夫だろうとは思う。

 思うのだが、それでも……もし万が一を考えれば、と。

 勿論、何かあれば自分で使うつもりではあったものの、こうして目の前にいる冒険者達は一刻を争うような、そんな怪我だ。

 それなら、あのポーションを使ってもいいのではないかと、そう思ったのだ。


「分かった。このポーションは新しいタイプのポーションだ。ミレアーナ王国で近いうちに売り出される……もしくは実際にもう売り出されているのかもしれないが、とにかくそういう新しいポーションだ。生憎と、渡せるポーションの中で効果が高くて、それでいてそこそこ安い値段のポーションとなるとこれしかないが、それでも構わないか?」


 実際には、その新型のポーションがどのくらいの値段で売られているのか、あるいは売られる予定なのかは、レイにも分からない。

 分からないが、それでも……と、取りあえずそういう風に言っておく。

 そうして尋ねたレイの言葉に、話を聞いていた男は、そして女は即座に頷く。


「頼む、そのポーションを売ってくれ!」

「お願い、そのポーションを売って!」


 そう言う二人に、レイはミスティリングからポーションを取り出すのだった。

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