3653話
昨日の更新で後書きにスキルについて書き忘れたので、追加しておきました。
気になる方は前話の後書きをご覧下さい。
「セト、スキルを消してもいいぞ!」
レイは再び霧の中に戻りながら、セトにそう声を掛ける。
するとまだかなり離れているにも関わらず、レイの声がしっかりと聞こえたのだろう。
レイの周囲にあった霧は、次の瞬間には消えていた。
それこそ、一瞬前まであった霧があったように思えるのは夢だったのか?
そう思えるくらい、綺麗さっぱりと。
レイは先程の霧がスキルの効果であると知っているので、そこまで驚くようなこともない。
だが、それはあくまでもセトのスキルであると知っているレイだからこそだ。
もしスキルについて何も知らない者が先程の霧の中に入ってしまい、いきなりその霧が消えたら……そうなったら、一体どうなるか。
間違いなく混乱するだろう。
(そういう意味だと、相手の意表を突くという意味で使ってもいいかもしれないな)
レイは草原の中を自分に向かって走ってくるセトを見ながら、そんな風に思う。
霧の爪牙という、霧に付随する別のスキルを使ったり、単純に目眩ましとして使うといった認識があったのだが、霧というスキルはもっと別の使い方も出来そうだと。
「グルゥ!」
どうだった? とレイに向かって喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でつつ、口を開く。
「半径九百mってとこだな。結構距離が延びたから、使い方によっては色々と便利じゃないか?」
「グルゥ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し考えた後で嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトの様子にレイもまた嬉しく思い、撫で続ける。
やがて数分が経過したところで、ようやくレイはセトを撫でるのを止める。
「さて、とにかく……これからどうするかだな」
「グルルゥ?」
どうするかって? と喉を鳴らすセト。
レイは周囲の様子を確認しつつ、そんなセトに分かるように説明する。
「ウィードアニマルの例を見れば分かるように、この三階には未知のモンスターがいる可能性もある。もっとも、単純に未知のモンスターというだけなら、二階にも泥のゴーレムがいたけど」
「グルルゥ……」
レイの言葉に、セトは迷ったように喉を鳴らす。
魔獣術的に考えれば、未知のモンスターの魔石を入手出来るだろうと思えば、この三階をもっと探索してもいいのではないかと思う。
同時に、四階、五階といったところまで行って転移水晶に登録をしてしまえば、次からはわざわざ一階から再度攻略をする必要はない。
そんなどっちつかずの態度を見せるセト。
レイもまた、三階の探索を続けるべきか、四階に向かうべきか迷っていた。
「これで決めるか」
迷った結果、レイがミスティリングから取りだしたのは、一枚の銀貨。
「表が出たら三階の探索。裏が出たら四階に向かう。……これでいいか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
それを確認してから、レイは親指でコインを上に飛ばし……右手の甲で受け止め、左手で押さえる。
「さて、どっちだ?」
呟き、左手を退かすと……
「裏だな。四階に向かうぞ。まぁ、階段を見つけるまでに未知のモンスターを見つけたら、それは倒すけど」
「グルゥ!」
セトはやる気満々といった様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、この三階で未知のモンスターを見つけるのもいいが、四階に進むというのも捨てがたい。
それに三階を探索するのなら、それこそまた一階から入ればすぐにやって来られるのだ。
普通なら歩いて移動するので、一階から三階までは何だかんだと移動するのに時間も掛かる。
だが、グリフォンのセトの場合は、走って移動出来た。
そしてセトの走る速度は、飛行速度に比べれば劣るものの、それでも馬が全力疾走する以上の速度だ。
……勿論、本当の意味で全速力を出したりしたら、歩いて移動している他の冒険者達が危ないので、そこまでの速度は出さないが。
これがもっと下の階層になり、冒険者の数が少なくなればまた話は別なのだろうが。
そんな訳で、セトはレイを背中に乗せると階段のあると思しき方向――それがどこにあるのか分からないので、半ば勘でだが――に走り出す。
(さて、後の問題はどうやって四階に降りる階段を見つけるかだな。……いっそ、四階の階段を知ってる連中と一緒に行動するというのはありか?)
そうなると、まずはどうやってそのような相手を見つけるかというのが大事なのだが、セトの背に乗りながら周囲を見ても、そのような相手は分からない。
それこそ直接聞いてもいいのだが、相手によっては案内料を寄越せといったことを言ってくる可能性もある。
レイとしては、そこまで金に拘りがある訳ではないので、多少なら支払っても問題はないのだが……そのような者に限って、もっと寄越せと言ってくる筈だった。
幸運にも、そういうのを気にしない相手もいるだろうが、レイは自分の運の悪さ……そしてトラブル誘引体質について考えると、何となく先が予想出来てしまう。
(そうなると、やっぱり自力で階段を見つけた方がいいのかもしれないな。……問題なのは、やっぱりその階段をいつ見つけられるかといったところだけど)
そんな風に考えつつ、周囲の様子を確認するレイ。
だが、レイが見る限りでは階段の類はない。
「セト、人の多い方に向かってくれ。もっとも、その人の姿が二階よりも少ないから難しいかもしれないけど」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らしつつ周囲の様子を確認する。
そして、やがてとある方を向いて喉を鳴らす。
「グルルルルゥ」
レイが見た限りでは、人の姿は見えない。
だが、セトが見て今のように喉を鳴らしたのなら、それは間違いなく何かあるということだ。
「じゃあ、そっちに向かってくれ」
レイの指示に従い、セトは草原を走るのだが……やがて見えてきた光景に、レイは何と言えばいいのか分からなくなった。
そこにあったのは、微妙に見覚えのある数本の木。
そして木の周囲には十人程の冒険者の姿がある。
「まぁ、同じ草原という場所だし、果実のなる木があってもおかしくはないよな」
一階の時は木の側にいた冒険者の数は少なかったが、三階には十人以上がいる。
その冒険者達も、自分達の方に近付いてくるセトの姿に気が付いたのだろう。
ざわめいているのが、遠く離れたレイからでも十分に理解出来た。
果実を採る為にここにいる者達にしてみれば、セトが……そしてセトに乗っているレイが、何をしに来たのかと思ったのだろう。
そんな面々を眺めていたレイだったが、こうしてここまで来た以上、取りあえず話でも聞いていくかと判断し、冒険者達に近付いていく。
「な……何でしょう?」
セトの背の上に乗っているレイだけに、木の側にいた冒険者達にしてみればそれなりにプレッシャーがあったのだろう。
その中の一人が、レイに向かって恐る恐るといった様子で尋ねる。
ただし、尋ねた男の視線はレイに向けられているが、何度となくレイが乗っているセトにも向けられていた。
冒険者にとって、ダンジョンの中でグリフォンのセトと遭遇するのは驚きが強いのだろう。
セト好きの者達であれば、寧ろ喜ぶべきところだろうが……双方にとって不幸なことに、木の側にいた者達の中にはセト好きの者は誰もいなかった。
もしいれば、セトを愛でることが出来ると喜んだのは間違いないのだろうが。
「一応聞くけど、この木は一階にある木と同じで果実がなるのか?」
「え、ええ。そうですよ」
一瞬、本当に一瞬だけだが、男は違うと言おうかとも思った。
だが、一階にある木のことを知っている以上、それを誤魔化すのは難しいと判断し、レイの言葉を素直に認める。
もしここで嘘だと言い、それがレイに知られたら一体どうなるのか分からなかったというのも、素直に話した理由だろう。
「そうか。ちなみに一階にある果実は殆ど甘みがなかったけど、三階にある果実は違うのか?」
レイのその問いに、話していた男は表情を引き攣らせる。
男にしてみれば、それは一番聞かれたくなかったことなのだろう。
出来れば、その件については聞かないでそのままどこかに行って欲しかったのだが、こうして明確に聞かれてしまえば、それについて答えない訳にもいかない。
「はい。一階の果実と比べても間違いなく甘いです」
「一階の果実は、それを売って小遣い稼ぎをしようと思っている者達がいたけど、ここにいるお前達も似たようなものか?」
「ええ、戦闘は……まぁ、果実の数によっては取り合いになることもありますけど、モンスターとの戦闘のように命懸けということはないですし。その……貴方も果実を目当てに?」
恐る恐るといった様子で……そして表情には出さないものの、出来れば違っていて欲しいという風に思いながら、レイに尋ねる。
側で話を聞いていた者達の中には、よく聞いたと男に感謝する者もいれば、それを聞いたレイの気が変わってここに残るつもりになったらどうするのかと責めるような視線を向けている者もいた。
そんな面々の視線を向けられつつも、男はレイの言葉を待つ。
「いや、階段を探している途中でここに来ただけだ。……けど、そうだな。そう言われるとちょっと果実も気になるし、俺とセトの分、それぞれ一個ずつ貰っていくか」
その言葉に、話していた男は……そして近くにいた他の者達も安堵する。
果実がどのくらいなるのかは分からないが、二個程度なら特に問題はないだろうと。
もしレイがセトと共に、木になった果実を全て手に入れようと思えば、ここにいる者達ではそれを止められないのだから。
そういう意味では二個ですむのなら御の字といったところなのだろう。
「とはいえ、いつ果実がなるのかは分からないし、ここにずっといる訳にもいかないしな」
「そうですね。いつ果実がなるのか分からない以上、ここで待つ必要がありますから、階段を優先するのならここで諦めるのも……」
いいかもしれません。
そう言おうとした男だったが、それを言い終わるよりも前に木々が輝き始めた。
それに気が付いた男は、果実がなるということで嬉しく思うと同時に、何故このタイミングでと恨めしくも思う。
とはいえ、果実がなる前兆となる光が現れた以上、どうすることも出来なかったが。
男はすぐに気分を切り替えて口を開く。
「その、貴方達……レイさん達は二個果実があればいいんでしたよね? なら、その二個は甘い果実の方がいいでしょうから、こちらで選びます」
俺の名前を知っていたのか?
そんな思いでレイは男を見るが、そもそもレイがガンダルシアに来たという噂は大きく広まっている。
そうである以上、直接レイを見たことがある者ではなくても、グリフォンに乗っている人物を見れば、それがレイだと予想するのは難しくない。
「分かった。じゃあ、二個持ってきてくれ。セトもそれでいいよな?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
いつもなら、セトも一個じゃなくてもっと果実を食べたいと主張するだろう。
だが、そんなセトが一個でいいと判断したのは、やはり一階で食べた果実が好みではなかったからだろう。
一階の果実も、甘いか甘くないかと言われれば、甘いとレイもセトも答える。
しかし、それはあくまでも甘いか甘くないかの二択であった場合だ。
それが満足出来る甘さなのかと言われれば、レイは即座に否定するし、それはセトも同じだろう。
そんな果実の印象が残っているので、セトも一個でいいと判断したらしい。
レイとセトの要望は、ここで果実を採る為に待っていた者達にとっては幸運だったのだろう。
そして光が収まると……昨日の一階程ではないにしろ、それなりの数の果実がなる。
「では、まずは深紅のレイさんとその従魔のグリフォンに一番甘いと思われる果実を渡したいと思うので、少し待って下さい」
果実を採ろうとした冒険者達にそう声を掛ける男。
そう言われた他の冒険者達は不満そうな様子を見せるものの、それでも足を止める。
もしここで男の言葉を無視して果実を採ろうとしようものなら、レイを敵に回すかもしれないと判断したのだ。
……実際には、レイもセトも、取りあえず食べてみるかといったようなことしか考えていなかったので、もし男の言葉を無視しても特に何かをするといった可能性はなかったのだが。
ただ、それはレイとセト側の事情でしかない。
それについては何も知らない冒険者達にしてみれば、その可能性があるというだけで動けなかった。
そうやって動けなくなった冒険者達の前を、レイと話していた男は通りすぎ……
「うん、これだね」
男の目から見て十分に熟しており、甘いと思える果実を見つけると、それを採るのだった。