3651話
「このモンスターについて教えてくれて助かった」
「いや、気にしないでくれ。俺達としても、あの深紅のレイの助けになったと思えば、悪くないことだし」
そう言い、笑みを浮かべる男。
もっとも、レイに教えることが出来たのが嬉しいというのは間違いないだろうが、同時にレイに貸しを作ったという思いもその心の中にはあった。
もしこの先、ダンジョンで自分が危なくなった時、その場にレイがいれば助けて貰えるだろうと思えるくらいには。
そして実際、レイも何かあったら恐らく男達を助けるだろう。
レイにとって、未知のモンスターというのはそれだけ価値があるのだから。
「じゃあ、俺達は行くよ。また何かあったら声を掛けてくれ」
「ああ、助かった」
そう言い、冒険者達と別れ……
「さて、そうなるとウィードアニマルについてだな。セト、魔石は見つかったか?」
「グルゥ!」
身体の一部だけとなってもまだ生きていたウィードアニマルだったが、それでもろくに動けない状態になってしまえば、セトから逃げることも出来ず、草の身体の中を移動していた魔石をセトはクチバシで咥え、取り出す。
【セトは『霧 Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
既に慣れているので、それについては特に気にならない。
だが……
「霧か。ウィードアニマルは何か霧を使うようなスキルを持っていたのか?」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトが不思議そうに首を傾げる。
そんな仕草も愛らしさがあり、それこそミレイヌやヨハンナならそんなセトを見た時点でレベルが上がったスキルについて考えるのを止めてもおかしくはなかったが、レイにしてみればそんなセトの仕草も慣れたものだ。
その為、愛らしいとは思いつつも、ウィードアニマルの魔石で霧のレベルが上がったことを考え続ける。
(考えられるとすれば、やっぱり植物……草で身体が構成されていたから、それが関係してるのか? 少し無理矢理な理由のようにも思えるが、魔獣術でこれまで習得してきたスキルを考えると、そうでもないか)
魔獣術を使って習得したスキルの中には、何故そのスキルが? と思うようなスキルも決して少なくはない。
そのモンスターが習得したスキルの才能を持っていたのか、あるいはレイが知らない何らかの要素があるのか。
生憎とレイにはその辺の詳細については分からなかったが、ともあれ低ランクモンスターの魔石であってもセトのスキルが強化されたのは悪い話ではなかった。
「そうなると……セト、悪いけど四階に続く階段を探すのは後回しだ。もう一匹ウィードアニマルを見つけてからにしたい」
初めて遭遇したウィードアニマルの魔石は、セトに使った。
そうなると、やはりセトだけではなくデスサイズにも使いたいと思うのは当然の話だろう。
セトもそのことは分かっているので、特に嫌がる様子を見せずに頷く。
セトにしてみれば、デスサイズは自分と同じく魔獣術で生み出された存在だ。
セトのように自我の類はないが、それでもセトにとってデスサイズというのは特別な存在なのだ。
だからこそ、デスサイズの為にもう一匹ウィードアニマルを見つけるというのは、全く問題なく引き受けたのだ。
レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納するとセトの背に乗り、セトはウィードアニマルを見つけるべく歩き始める。
「とはいえ……問題はどうやってウィードアニマルを見つけるかだよな」
今回ウィードアニマルを見つけたのも、かなり近付いてからのことだった。
それもセトは見つけることが出来たが、レイはそれを見つけることが出来なかったのだ。
そう考えると、ウィードアニマルの隠蔽能力はかなり高いことを示している。
それこそ、本当に低ランクモンスターか? と思えるくらいには。
だが、隠蔽能力は高いものの、純粋な戦闘能力という点では決して強くないのも事実。
そうである以上、見つけることさえ出来れば容易に倒せるということを意味している。
最初こそ、身体の一部が破壊されても全く痛がる様子もなく、そのことに戸惑ったレイだったが、魔石を取り出すなりなんなりしてしまえば、それでもう倒せるというのは分かりやすい弱点だ。
(ゴーレムに……それも錬金術師が作ったゴーレムじゃなくて、モンスターの野生のゴーレムに似ている感じか。というか、もしかしたらウィードアニマルって草で出来たゴーレムだとか、そういう感じじゃないのか? 見つけたり、倒したりされることが少ないから、まだそれが知られていないだけで)
レイは自分の推測が当たってるように思えた。
思えたが……すぐに、当たっていたからといって、それがどうしたと思ってしまう。
先程、ウィードアニマルについて教えてくれた冒険者達も言っていたではないか。
ウィードアニマルは倒しても特に何か貴重な素材となる部位がある訳でもないと。
魔石はそれなりに高く売れるという話だったが、その魔石もウィードアニマルを倒すよりは、他のモンスターを倒してその魔石を売った方が、隠蔽能力の高いウィードアニマルを見つけるよりも、楽に稼げると。
そう考えれば、それこそモンスターの研究者でもない限り、わざわざウィードアニマルが実はゴーレムかもしれないという推測を話す必要はない。
「まぁ、一応……本当に一応だが、ダンジョンから出たらギルドに報告でもしておくか」
そんなことをレイが考えている間にも、セトは歩き続けていた。
セトの持つ五感や第六感、魔力を感知する能力……それらを使っても見つけることが難しいウィードアニマルは、非常にやっかいな存在だった。
ウィードアニマルの能力がそこまで高くはない……攻撃力が決して高くなく、危険度という点ではそこまででもないし、何よりレイとセトが近付いて、どうしようもないと分かってから、ウィードアニマルは襲い掛かってきた。
つまり、モンスターであるのは間違いないものの、決して好戦的な存在でもないのだ。
そんな諸々から、ウィードアニマルは三階の中でも危険度の高いモンスターという扱いにはなっていないのだろう。
「どうだ、セト? 見つかりそうか?」
「グルゥ……」
レイの言葉にセトは残念そうに喉を鳴らす。
レイはそんなセトの首の後ろを撫でながら、気にするなと言う。
「ウィードアニマルが隠れていたら、見つけるのは難しいだろ。だからこそ、そこまで急がなくてもいい。他のモンスターの襲撃もあるかもしれないし。……いや、寧ろ俺としてはその方がいいか?」
ウィードアニマルとはまた違う、未知のモンスター。
そのような存在が出てきてくれれば、レイにとっても非常に嬉しいことだった。
レイがこのダンジョンに潜っているのは、マジックアイテムを入手出来るかもしれないというのもあるが、やはり一番大きいのは未知のモンスターとの遭遇の可能性が高かった為なのだから。
(今までも幾つかダンジョンに潜ってきたけど、基本的にダンジョンではそのダンジョン特有……というのは少し違うかもしれないけど、戦ったことがない未知のモンスターが出てきたしな。なら、このダンジョンでもそういうモンスターが多くいてもおかしくはない。それに……)
レイはミスティリングに収納したデスサイズ……より正確には、デスサイズの使えるスキルの中でも破格の性能を持つスキルの一つ、地形操作を思い浮かべる。
レベル六と高レベルのスキルである地形操作だが、ここまでレベルを上げるのには多くのダンジョンの核を切断してきた。
何故魔獣術……魔石を使ってモンスターを強化する魔獣術がダンジョンの核にも通用するのかはレイにも分からない。
ただ、もしかしたらダンジョンの核も一種の魔石なのかもしれないとは予想してはいるが。
もしくは、魔獣術を作ったゼパイル達がダンジョンの核に何か思うところがあり、それによってダンジョンの核も魔獣術の対象になっているのかもしれない。
その辺りは、ゼパイルの知識を大雑把に……本当に大雑把にしか受け継いでいないレイには分からないものの、とにかくダンジョンの核が魔獣術に使えるのは間違いのない事実。
それなら、色々と思うところはあるものの、ダンジョンの核も自分の強さの糧にしようと思うのは、レイにとってそうおかしな話ではなかった。
「うわあああああっ!」
「ちょっ、何で!」
ウィードアニマルを捜していたレイは、不意に聞こえてきた声に視線を向ける。
セトはレイが何かを言わなくても、既に声の聞こえた方に向かって走り出していた。
本来なら、セトもそこまでお人好しという訳ではない。
それでもこうしてすぐに悲鳴の聞こえた方に向かって駆け出したのは……
「なるほど」
近付いてくる光景、三人の冒険者が必死になってウィードアニマルと戦っているのを見たレイは、何故セトがそこまで急いだのかということを理解する。
あるいは、これで冒険者が優勢なら、セトも諦めて次のウィードアニマルを捜しに向かっただろうが……改めてレイが見ると、三人の冒険者は防戦一方だった。
(学生か?)
冒険者育成校の生徒達の全ての顔を覚えている訳ではないレイだったが、それでもウィードアニマルを相手に苦戦をしているのを見れば、本来なら三階に来るだけの実力はまだない……それこそ、下位クラスの生徒達の可能性が高いと思える。
(いやまぁ、俺達も最初はウィードアニマルの特性にちょっと戸惑ったから、人のことは言えないけど。もしかしたら、あの三人もいきなりウィードアニマルと遭遇してしまって困ってるだけの可能性も……あるのか?)
そんなことを考えている間に、セトはウィードアニマルと戦っている……いや、より正確には防御に徹することで何とか攻撃を防いでいる冒険者達の側までやってくる。
「おーい、助けはいるか?」
「助けて下さい!」
考えるまでもなく、一瞬にしてそう叫ぶ冒険者の一人。
他の二人もそんな仲間の言葉に不服はないらしい。
本来なら、他の冒険者が戦っているモンスターに勝手に攻撃をするのは、横殴りと言われてマナー違反だ。
犯罪という訳ではないが、それでも同じことを繰り返せば他の冒険者から疎まれるようになるし、ギルドからも悪印象を抱かれる。
そうなると、当然ながら受けられる依頼についても制限がついたり、ランクアップが遠のいたり、他にも色々と問題が起こる。
だからこそ、基本的には横殴りをするような者は少ない。
……いないのではなく少ないなのは、やはりどうしても目先の利益からそのようなことをする者がいるからだろう。
しかし、そんな横殴りだが、行っても構わない……いや、寧ろ積極的にやる必要のある時もある。
それが今のように、戦っていて危ない冒険者達を助ける時だ。
「分かった。セト、頼む。それと……念の為だ」
レイはセトの背から降りながら、セトに指示を下す。
その指示に従ってセトがウィードアニマルに向かって突っ込んでいくのを見ながら、レイはミスティリングから防御用のゴーレムを取り出し、起動する。
「その三人を守ってやれ」
レイの指示に従い、ボウリングの球のような形をしたゴーレムは、三人組の側まで移動すると、障壁を張る。
「え? ちょ……」
いきなりの展開に驚きの声を上げる三人のうちの一人。
これが例えば、先程話し掛けてきたような四人組の冒険者であれば、三階で普通に行動することが出来る実力を持っているのは明らかなので、レイもここまではしないだろう。
だが、この三人は恐らく冒険者育成校の生徒、しかも下位クラスの生徒と思われる。
三階で活動する実力がないのは、隠蔽能力は高いが戦闘力は高くないウィードアニマルを相手に、防御に徹していたことからも明らかだろう。
そうである以上、何が起きるのか分からない。
だからこそ、レイは念の為に防御用のゴーレムを出したのだ。
「その障壁の中にいれば、取りあえず攻撃されるようなことはないから、心配するな」
「え? その……本当ですか?」
「ああ。この階層に出てくるようなモンスターの攻撃なら、全て防いでくれる筈だ」
断言をしないのは、ウィードアニマルのようにこの階層にいるモンスターの全てを把握していない為だ。
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、中には隠蔽特化のウィードアニマルのように、攻撃特化の何らかのモンスターがいる可能性もある。
そんな相手の攻撃なら、防御用ゴーレムの障壁を破壊するなり、貫通するなり……そんなことになる可能性は十分にあったのだ。
とはいえ、その可能性は恐ろしく低いだろう。
そう思いながら、レイはセトとウィードアニマルの戦いを眺めるのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.五』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.八』『サイズ変更 Lv.三』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.三』『アースアロー Lv.三』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.五』『翼刃 Lv.四』『地中潜行 Lv.二』『サンダーブレス Lv.五』『霧 Lv.三』new『霧の爪牙 Lv.二』
霧:セトを中心に霧を自由に生み出すことが出来る。霧の濃さはセトが自由に決められるが、霧が濃くなればそれだけ消費する魔力も増す。霧は幾ら濃くしてもセトは問題なく行動出来る。レベル一では半径三百m、レベル二では半径六百m、レベル三では半径九百m。